第三百六十四話 可愛い暗殺者
「おい、ここは立ち入り禁止だ。子猫の飼い主なら早く連れて出ていってくれ。……って子供か? どうやってここに入ってきた?」
「あ、ボネ、そんなところに入ったら犯罪者だって思われるよ?」
「早く出てくるのです。こわいお姉ちゃんに捕まっちゃうのです」
……なにこれ?
なにがどうなってるのよ……。
「おい!? 早くこの二人を連れてけ! ……誰もいないのか!?」
「あの~、ボネがこわがるので大きな声出さないでもらえますか?」
「まだ生後三か月くらいなのです。言うこと聞いてくれないのです」
「ミャ!?」
「あ、すまん……でもここは立ち入り禁止の場所なんだよ」
「わかってますから。でも子猫って気まぐれで大変なんですよ」
「ミャ~!」
「怒っちゃダメなのです。短気は損気なのです」
「……ミャ~」
可愛いわね……。
って私はどうすればいいのよ……。
「ミルク飲む? こっちおいで」
「……ミャ」
……可愛いわね。
いい子に育ってるようで良かったわ。
ってそうじゃなくて……。
「なぁ、ミルク飲んだら出ていってくれるか?」
「その牢屋の中にいる人、なにしたんですか?」
「なにも悪いことはしてない。でも身の安全のためにここで保護してるんだよ」
「誰かに命でも狙われてるのです?」
「う~ん、これ以上は言えないんだ、ごめんな」
リアムお兄様ももっと疑いなさいよ……。
一般人がこんな場所まで入ってこれるはずないし、騎士が誰も来ないなんて異常でしかないでしょ……。
「お兄さんは偉い人なんですか?」
「一応この国の王様の子供なんだよ。第一王子って立場なんだけど」
「第一王子ということは次の王様になる可能性大なのです」
「ふ~ん。この人が第一王子か~。案外普通だね」
「普通なのです。もっとキラキラしてるかと思ってたのです」
「おいおい、本人を目の前にしていくらなんでもそれは失礼だろ……王子だって普通の人間なんだぞ?」
「あ、すぐに怒らないところは点数高いかも。六十点」
「優しそうではあるのです。七十点なのです」
なにがしたいのよ……。
私は喋っていいのかしら……。
「じゃあこのお姉ちゃんはどうなんだよ? こんなところに入ってるが、一応王女なんだぞ?」
「う~ん、色々迷惑かけてそうだからマイナス五点」
「わがままなうえに気が強そうだからマイナス三点なのです」
「はははっ! シャル、俺の圧勝のようだな! でも人に点数をつけるなんて失礼だから本当にやめたほうがいいぞ」
なんなのよ……怒るわよ?
「もしかしてシャルロット王女なんですか?」
「あ、しまったな……内緒にしてくれよ?」
「大丈夫なのです。口は堅いほうなのです」
どこがよ……。
軽すぎてロイスにいつも怒られてるじゃない……。
「それより、ドアの外に見張りの騎士がいなかったか?」
「いましたね。でもボネが入っていっちゃったので私たちも強引に入って来ました」
「強引にって……そんな簡単には入れてくれなかっただろ?」
「簡単だったのです。寝てたかもしれないのです」
「あいつら……今場内がどんな状況かわかってないのか……」
寝てるわけないわよね?
封印魔法で身動きを取れないようにしたの?
というかボネは魔力タイプだったってことよね。
猫太郎……じゃなくてダイフクはどうなってるのかしら?
そういや二匹の情報は全く入ってきてなかったわね。
……あ。
リアムお兄様……。
「もう終わりにしよっか」
「はいなのです。そろそろみんな集まってるかもしれないのです」
どういうこと?
「おい? ……お前たち、侵入者じゃないよな?」
「そうですよ」
「なんだと……」
「私はもうすぐ十五歳になるのです。子供じゃないのです」
いや、子供に見られることのほうが圧倒的に多いでしょ……。
「なにが目的だ? シャルの暗殺か? それとも俺か?」
「はい? 私たちが誰か検討つきませんか? リアム王子様」
「お前……全部芝居だったのか……」
「ドアには封印魔法かけてあるのです。誰も入ってこれないのです」
「封印魔法だと? 魔道士か? 何者だ?」
ローブ着てるのに……。
子供だからってなめてかかりすぎなのよ……。
「……なんだこれ? 動けないぞ……おい!? なにをした!?」
「リアム王子様の周りに特殊な封印結界を張っただけですからご安心を。そこから出られないってだけで身体に影響はありませんので」
「目的はシャルか!? やめろ! 誰に雇われた!?」
「誰に? う~んと、情報屋かな? いや、その情報屋の人はシャルロット王女様といつもいっしょにいる秘書みたいな人から頼まれたんだっけ?」
「な……ジェマがだと……バカな……」
「世の中信じられないような出来事がいっぱいあるのです。でも現実から逃げてばかりじゃダメなのです」
まだ続くのかしら……。
さすがにリアムお兄様が可哀想になってきたわ……。
「なんで王女を拘束して牢屋に入れたんですか?」
「……さっきも言っただろ。お前たちみたいな暗殺者から守るためだよ」
「シャルロット王女がいなくなって一番得するのはリアム王子じゃないのです?」
「……それはそうだが、俺はそんなことを望んではいない。でもスカーレットからしたら兄の俺に国王になってもらいたいだろうしな。なにかするのならスカーレットだと思ってたが、まさかジェマがシャルを裏切るとは……しかもこんな子供を雇うなんて……」
違うのよ……。
あ~、もう無理。
「ミャ~」
いつのまにかボネが私の足元に……。
まだ黙ってろって言うの?
というかボネ、笑ってる?
この状況を楽しんでるの?
「ジェマって人が裏切った理由はなんだと思います?」
「……この状況からして、俺がシャルを殺したように見せかけるんだろう……。そうなると今朝の会議でも言ってたように俺も暗殺されるか、生きてたとしても牢屋行きだ。残るのはジェラード、スカーレット、ダイアナ、バーナード。ジェラードがシャルを殺す理由はないから、ほかの三人の誰かとジェマが繋がってるんだろうな」
「ふむふむなのです。まぁまぁってところなのです?」
「そうね。推理は普通だけど、こんな状況にも関わらず冷静になれてるみたいだし、頭の回転も速そう。プラス五点」
「また点数か……。その若さでかなりの場数を踏んでるようだな」
「逆にリアム王子様は全然のようですね。でもこれも少しは経験になったでしょう?」
「経験か……。今後に活かせない経験なんてなんの意味もないだろ」
「もう諦めるのです? まだ誰も死んでないのです」
なるほど。
リアムお兄様のためなのね。
「じゃあどうしろと? 俺は封印魔法なんて使えない」
「妹を信じないんですか? 彼女は冒険者なんでしょ?」
「そうだが……いくら子供であろうがここまで難なく忍び込める暗殺者二人相手にシャル一人では……」
「妹の実力を知らないのです?」
「シャルが冒険者だと知ったのはつい昨日のことだ。だから戦ってる姿は見たことない」
「へぇ~。じゃあここからいなくなる前に少しくらい見せてあげたほうが良さそうですね。えいっ」
「な……」
……ララの剣によって牢屋が一瞬にして壊された。
壊されたというか斬られた。
でもなによ今の剣筋……。
今の一瞬で何振りした?
一振りでこんなにはならないわよね?
「シャルロット王女様、どうぞ槍をお持ちください」
……いいのね?
本気を出していいのよね?
こっちに来てからも少しは成長してるってところ見せないと。
毎日部屋の中で多少の訓練はしてたんだからね。
……ふぅ~。
まずは集中、それから魔力をゆっくり流し、徐々に強くしてと。
「おお~? 凄い氷魔法ですね~。リアム王子様、槍の先に氷の刃が作られたのわかります? これが彼女の得意技の一つなんです」
「……あぁ、凄い。鳥肌が立ったよ……」
「あの槍の先から同時に何本もの氷柱みたいなのも発射できるのです。凶悪なのです」
「なんと……ってそこまで情報収集済みなのか……さすが暗殺者だな。シャル、俺のことはいいからどうにかして逃げろ」
「リアムお兄様……」
もういいんじゃないの?
本当に戦う気?
「ミャ~」
「え、お腹空いたの? じゃあご飯にしよっか」
「ボネちゃんはよく食べるのです」
「「……」」
ふふっ、この二人、やっぱりぶっ飛んでるわね。
「もういいかしら?」
「シャルルちゃん、まずボネに挨拶ね」
「ロイスさんが言うには超天才子猫らしいのです」
「……ボネ、私のこと覚えてる? 帝国でいっしょの馬車に乗ってたでしょ?」
「ミャ~」
「どういう反応?」
「さぁ? この子結構生意気らしくて、シャルルちゃんそっくりの言葉遣いらしいからね。大方、二か月近くも前のことなんて覚えてるわけないでしょ、そのとき私まだ生後一か月くらいなのよ? あなたバカじゃない? みたいなことだと思うよ」
「なんですって……」
私はそんなこと言わないわよ……言わないわよね?
「それより軽く状況を説明しておくのです。私たちには時間がないのです」
「そ、そうよ! なにがどうなってるのよ!? リアムお兄様! この二人は……リアムお兄様? リアムお兄様!?」
「放心状態になっちゃってるね。安心したんじゃない? というか王子様、とっくに封印結界解いてますから動けますよ?」
「なかなか面白かったのです。話のネタが一つできたのです」
絶対にただ自分たちが楽しみたかっただけよね……。




