第三百六十二話 牢屋での密談
「続きだが、みんなから反発を受けてジェマはどうしたと思う?」
「知らないわよ」
「少しは考えてくれよ……。そこからだ、ジェマによる脅しが始まったのは」
脅しって言葉だと凶悪に聞こえるわね。
「一本の棒みたいな物を取り出したかと思ったら、なんとその棒の先から炎が立ち上がったんだ。火じゃなくて炎だ。そしてそこでようやくその棒が杖なんだと気付いた。まさかジェマまでもが魔力持ちだとは知らなかったから全員開いた口が塞がらなかったよ」
無知ってこわいわよね。
今頃大樹のダンジョンでは全員が魔道士になってたりするかもしれないのに。
「私の魔法も見たい?」
「……あとでな。ジェマは、自分はマルセールの町役場の職員であり、町長の側近であり副町長の娘でもあるから自分の意見には力があって当然と言った。俺たちは炎を見せられた衝撃が強くて誰もなにも言えなかった。さらに続けて、自分は大樹のダンジョンの従業員でもあり、ダンジョンには自分専用の部屋もある。ダンジョンのとある重要な業務も任されてるし、ダンジョンとマルセールとのパイプ役も務めてる。それに総支配人や管理人とは人には言えないような関係もあると言ったんだぞ……」
確かに私やジェマがあの家に住んでることは誰にも言えないわね。
重要な業務って映像関係のことかしら?
魔石の仕入れとかもあるし、少しは貢献してるわよね?
というかお兄様たちは総支配人がララだってことはわかってないのね。
「自分が一言お願いすればすぐに管理人の魔物がやってきて、誰にもバレないように静かに暗殺することだってできる。もし自分やシャルの身になにかあればすぐに魔物たちが飛んでくる手はずになっているとも言った。だから命が惜しいのであれば下手なことは考えないほうがいいとまで言って、自分やシャルの身の安全を確保したんだ」
「だって私たちは悪いことしてるわけじゃないんだから、そんなことしようものなら天罰が下って当然よ。なにもされなければなにもしないって言ってるんだし」
「まぁ冷静に考えればそうなんだけどな……。でもほら、寝てる間に魔物に殺されるって考えたらこわいだろ? 俺たちは魔物と戦うどころか見た経験もほぼないわけだし……」
「情けないわね。次期国王がそんな弱気でいいと思ってるの? リアムお兄様も一度大樹のダンジョンに来ればいいのよ。剣は習ってたじゃない」
「簡単に言うなよ……ブルースライムすら倒せるか不安だ……」
「そういうところはなんだかロイスと似てるわね……」
「ロイスって大樹のダンジョンの管理人のことか? 呼び捨てにするほどの仲なのか? いくらお前が町長だからってダンジョン管理人に対してあまり強気な態度は…………はっ、もしかしてジェマと同じでお前も……」
あ、マズかったわね……。
私とロイスの関係はお父様も認めてくれてるほどの関係だけど、今それを言うと余計ややこしくなりそうだもの。
「彼とは対等の関係を築きたいから町長とか冒険者とかは関係ないのよ。だから私に対しても礼儀なんかはいっさい必要ないって言ってるし、彼のほうも完全にタメ口だし呼び捨てよ」
「彼って……それはやはりそういう関係だからってことじゃないのか?」
「え……違うわよ! そんなんじゃないんだからね!」
「おい……そんなに強く否定すると肯定してるように思うだろ……仮にシャルの片想いだとしても俺は応援するから落ち着けって」
「……本当? 城に戻ってきてから毎日誰かしらから縁談の話をされてるのよ? リアムお兄様のところの人だっていたはずよ?」
「そのことについてはなんとも言えないが……。でもシャルに限らず妹たちに好きな相手がいるなら応援しないわけないだろ? 政略結婚なんて完全に人権無視だしな。まぁスカーレットやダイアナにはそれが向いてるかもしれないけどさ……」
「私とお姉様たちのことをいっしょにしないでよね」
あの二人のことだから楽しんで選んでそうだもの。
「でも相手がロイス君だとするとまた少し問題が発生しそうなんだけどな……」
「……」
流れ的に完全にジェラード兄様が国王になってしまうかもしれないわね……。
「あ、でもそれはジェマが言ってたように王権に関わることだからダメなんじゃないの?」
「あ、そうか。……ってそんな簡単にいくわけないだろ。ジェラードがシャルを利用しようとしなくても、シャルと兄妹だってだけで民意は簡単に傾くんだよ……」
「そんなことまで私のせいにしないでよね。それならジェラード兄様が国王にはならないって宣言でもすればいいの?」
「そうしてくれると全てが丸く治まる……わけでもないな。国王候補はもう一人いる」
「バーナードのこと? あの子はまだ十五歳になったばかりだし、第三王妃であるレイラさんの子よ? さすがに考えすぎじゃない?」
「そうだといいんだけどな。ダイアナが弟を国王にするために一転してシャルに取り入ろうとするかもしれない」
「というかそもそもお父様もそんなすぐに国王交代なんて考えてないでしょ? みんな先のことばかり考えすぎなのよ」
そこまでして権力が欲しいものなのかしら。
国王なんて自由に動けなくて面倒なだけじゃない。
リアムお兄様も第一王子らしくどっしり構えてればいいのに。
「……また話が逸れてたな。ジェマの話にはまだ続きがある。パラディン隊のことは知ってるよな?」
「マルセールにできるっていう騎士みたいなやつよね?」
「ん? もしかしてシャルは関わってないのか?」
「私だって最近聞いた話だもの。だからジェマだってそこまで詳しくは知らないはずよ」
「じゃあセバスが勝手に進めてるのか?」
「セバスがそんなことするわけじゃない。で、どんな話だったの?」
「俺たちはパラディン隊の話自体を今朝初めて聞いたんだよ。なのにもうパラディン隊本部とかいう建物は作り始めてて、1月10日と11日に第1期生の採用試験を行うことまで決まってるらしいんだ」
二週間後か。
思ってたより早いわね。
「で、これがそのビラだ。明日には各町の冒険者ギルドに貼り出されるそうだ」
……いいじゃない。
給料面も期待できそうな書き方ね。
「なにか問題があるの?」
「大問題だろ。なんのために王国騎士があると思ってるんだ?」
「王都を守るためでしょ?」
「え……王都だけじゃなくて国を守るためだ……」
「どこが?」
「え……そりゃほかの町に派遣したりはしてないけどさ……」
「なら王都のためだけの王国騎士じゃない。マルセールが自分たちの町を守るために独自の騎士隊を作ろうと考えるのは当然でしょ? 魔王が大樹のダンジョンを目の敵にしてるのは明らかなんだから近くにあるマルセールも被害を受けるに決まってるし、自分たちで守らなきゃ誰が守ってくれるのよ?」
「その……面子の問題というのがあってだな……」
「王国騎士になんて誰もなにも期待してないわよ。ほかの町に行って誰かに聞いてみれば?」
「……ジェマにも同じことを言われた」
「当たり前よ。王国騎士隊じゃなくて王都騎士隊に名前を変えれば誰も文句言わないわよ」
「……」
王国騎士はプライドばかり高いからね。
今の私なら騎士の誰にも負けないんじゃないかしら。
ってそれはさすがに強気すぎるか。
「……それにこのビラのここ見てくれ。あとから見て気付いたんだが、大樹のダンジョンが主導で運営を行うと書いてあるんだ」
「それがどうかしたの?」
「町の騎士隊だぞ? 冒険者とは違うんだぞ? なんで大樹のダンジョンがここにまで絡んでくる?」
「なんでってロイスが発案したからに決まってるでしょ? 費用もダンジョンと町で折半って聞いてるし」
「は? なんでダンジョン管理人が町の治安を気にする必要があるんだ?」
「さっきからなに言ってるの? ロイスはマルセールや近隣の村だけじゃなくて帝国の人々も救おうとするくらいよ? というか魔道列車がなんのために作られたか知らないんじゃない? 魔工ダンジョンが出現したときにいち早く冒険者が駆けつけられるようになのよ? そうしないとマルセール付近の村が魔物に襲われるからね。それにパラディン隊の仕事にはその魔道列車の道となってる魔道プレートの安全確認や、町や村の封印結界が破損してないかどうかの確認もあるわ。今まではそれも全部ロイスの魔物たちがやってたけど、移住者が多くやってきて冒険者の人数も少し多すぎる状況だから、パラディン隊という受け皿を用意して町の治安と雇用問題を同時に解決することにしたのよ。どれも魔王と戦っていくうえで必要なことなの」
「わかったから……少し落ち着いてくれ……」
落ち着いてるじゃない。
リアムお兄様がなにも知らないから一から説明することになったんでしょ。
「つまり、全部ロイス君や大樹のダンジョンが主導でやってきた……やってるってことでいいのか?」
「だからそう言ってるじゃない。私たちはロイスが考えたことを実行してるだけ。ロイスが考えることに間違いなんてないんだもの」
「……」
それくらいマルセールの町の人ならみんな……みんなは知らないか。
町の人からしたら私たちが考えたことを大樹のダンジョンが実行してるって思うわよね。
ロイスやカトレアたちは表には出てこないし、土を掘って魔道プレートを埋めるような誰もやりたがらなくて誰にも見られない地味な作業ばかりしてるんだもの。
……私たちが実行してるっていうのも嘘ね。
実際には大樹のダンジョンの人だけでも全部やってのけちゃうはずだし。
「私たちってなんのためにいるのかな……」
「それ以上は言うな……自分が惨めになる……」
なんで私は王族として生まれちゃったんだろう。




