第三百五十七話 受ける人、受けない人
大樹のダンジョン駅からソボク村行きとサウスモナ行きの列車が出発していった。
一般の人たちとは違う路線の列車なのでマルセールにとまることはない。
サウスモナ行きの列車は、途中のビール村には停車する。
ビール村出身の冒険者は数人しかいないが、お土産を買いたいという人もいるはずなので、駅責任者のシエンタさんには十五分ほど停車させてもらうように連絡済みだ。
ボクチク村行きの列車はアグネスたちが帰ってきてからの出発になる。
「行ってしまったでありますね……」
ソロモンさんはヒューゴさんたちを乗せた列車が見えなくなったあともマルセール方向を見続けている。
また一週間後に会えるとはいえ、寂しいんだろうな。
俺でさえみんなが帰省する度に寂しいと思うんだから。
「このあとどうするんですか?」
「一人でダンジョンに入ろうと思うのであります。完全にせっしゃがみんなの足を引っ張っているでありますから、みんなが休んでる間に少しでも強くならないといけないであります」
なかなかいい心がけじゃないか。
自分の実力を分析することはとても大事だ。
それにしても自分のことをせっしゃっていうのは少し面白いよな。
「ところで、パラディン隊に興味はないんですか?」
「……正直、かなり興味があるのであります」
まぁそうだよな。
じゃなきゃ帝国魔道士なんかになってないだろうし。
もちろん父親の影響もあったかもしれないが。
「ヒューゴさんたちには話しました?」
「いえ……。冒険者パーティというものに居心地の良さを感じてしまってるのも事実なのであります。ほかの冒険者の方々もみんないい方ばかりでありますし」
ソロモンさん以外にも悩んでる人はいっぱいいるんだろうな。
パーティメンバーからは裏切り者だと思われるかもしれない。
今後ここで顔を合わせることもあるんだから気まずいかもしれないし。
「ソロモンさん、悩んでるのであればロイスさんに委ねてみてはどうですか?」
ジョアンさんが話に入ってきた。
ジョアンさんはソボク村行きの列車に乗っていたティアリスさんたちを見送り、次のボクチク村行きの列車の出発を待っているところだ。
「委ねるというのはどういうことでありますか?」
「試験官はロイスさんなんですから、採用試験を受けて受かればパラディン、落ちたら冒険者を続ければいいだけです」
「それはパーティメンバーのみなさんに申し訳ないのであります……」
「あのお三方はそんなこと気にしませんよ。きっとソロモンさんの意志を尊重してくれるでしょうし、仮に落ちても実力不足だったからとは思わないですから」
「え、なぜであります? 落ちるというのはパラディンには相応しくないと判断されたということでありますよね? 落ちてまたパーティに戻るというのは少し都合が良すぎるのではありませんか?」
「もちろん総合的にパラディンには向いてないからと判断されることもあると思います。でもいくら能力や人格的に優れていたとしても、パラディンより冒険者のほうが向いてると判断された場合は落ちると思いませんか? ロイスさんたちは攻撃と守りのバランスを考えてるんです。だから例えばヒューゴさんだから受かるってわけでもないと思うんですよ」
「あ、なるほどであります。……でもやっぱり試験を受けること自体がパーティよりもパラディンになることを優先したってことでありますよね?」
「確かにメンバーがいなくなるのはツラいですが、そこまで気にしなくていいんですって。三人はソロモンさんが帝国魔道士だったことは知ってるんですし、おそらく本当はパラディン隊に入りたいんじゃないかとも思ってるはずです。それにこの前ララちゃんがパラディンも冒険者も仲間だって言ってたじゃないですか。採用試験は単なる意思確認みたいなもので、パラディンと冒険者は役割分担みたいなものですから迷っているのなら受けてみればいいんですよ。合格すれば喜んでくれますし、不合格なら出戻ってきたことを喜んでくれます。それが仲間ですから」
さすがジョアンさん。
ララの言葉や俺たちが考えてることまでしっかりと理解してる。
「それにほかのパーティからも空きが出ますから、パーティを再編成するにはちょうどいい機会かもしれないですしね」
「あ、そういう見方もできるでありますか」
「……まだ誰にも言ってませんが、ウチのパーティなんか僕以外の三人とも試験を受ける気なんですよ」
「「えっ!?」」
ティアリスさんと双子のお兄さんたちが!?
嘘だろ!?
「あの三人はラスの町出身ですからね。王都パルドの隣町でもありますし、特にお兄さんたちは昔から王国騎士というものに憧れがあったらしいです。騎士採用試験を受けようとしたこともあったとか。今の王国騎士にはちっとも興味ないらしいですけどね」
「……ティアリスさんも王国騎士に興味があったんですか?」
「いえ、それはないらしいです。魔道士は募集してませんしね。でもパラディンの話を聞いたときから、お兄さんたちにはパラディンになりたいんだったらなってもいいよっていうスタンスでした」
「……ではなぜティアリスさんまでパラディンの試験を?」
「それ聞きます? ロイスさん、それを僕に聞きます? ロイスさんのほうが詳しく知ってるんじゃないですか……」
やっぱり……。
あのときの朝食の会話のせいか。
って別に俺は悪くないよな?
戦闘が苦手な回復魔道士でも来てくれればいいなぁって思っただけだし。
そういやティアリスさんとはあれ以来話をしてないな。
「パラディンのどこに惹かれたんですかね?」
「戦闘面よりも回復魔法の修行を重視することで、回復魔道士としてより高いレベルにいけるんじゃないかと考えてるようです。それに医療の勉強をすることで人間の身体や病気についても詳しく知ることができ、回復魔法にも相乗効果があるはずだって言ってました」
うん、まさにパラディン隊の回復魔道士として俺たちが望んでることだ。
ティアリスさんならきっとそうなれると思う。
……って今はそんな単純な話じゃないよな。
「ジョアン君……なんだかすみませんであります……」
「いいんですよ。僕も色々考えましたし、それを踏まえてこのような考えに至ったんですから。パーティは解散するかもしれませんが、今までいっしょに過ごした時間は変わりませんし、これからも仲間だということにも変わりはありませんから」
ジョアンさんはソロモンさんの話をどんな気持ちで聞いてたんだろう……。
もし三人が合格したらジョアンさんはソロになってしまうというのに。
……もしかして俺に委ねるというのは、俺に対する圧力か?
三人とも落としてくれますよね? っていうことなのかもしれない……。
いや、ジョアンさんはそんな人じゃない。
合格すれば心から祝福をしてあげようと思ってるんだろう。
冒険者、いや、人間の鑑だな。
……でも目がなにか俺に訴えかけてきてるな。
「えっと、不合格のほうがいいですかね?」
「それはやめてください! 厳正な審査のうえで落ちるならまだしも、僕のことを理由に落とすようなことだけは絶対にしないでください! あの三人ならきっと受かるはずですから!」
どっちなんだよ……。
それにさっきはヒューゴさんでも受かるかどうかわからないって言ってたのに……。
本当にあの三人のことが好きなんだな。
「あの三人がパラディン隊にいるとなると心強いのは確かですよね」
「そうなんです! 三人がいることで冒険者はパラディン隊への偏見なども持たないでしょうし、パラディン隊側からも冒険者に対して偏見を持たないようにしてくれると思うんです! それに魔工ダンジョンが出現したときなども冒険者は安心して封印結界の外に出ていけます!」
「……落とす理由がなくなりますけどいいんですか?」
「うっ…………はい。……ロイスさんにだから言いますけど、お兄さんたち二人がパラディン隊採用試験を受けるのは実はティアリスさんのためなんです」
「え?」
「お兄さんたちの本心としてはパラディンよりも冒険者に気持ちが傾いてるんです。ティアリスさんは二人がパラディン寄りの気持ちだと思ってるはずですけどね。でもそれ以上に、ティアリスさんからはパラディン隊に入って回復魔法に特化した修行がしたいって気持ちが伝わってくるんですよ。でもティアリスさんはウチでただ一人の魔道士ですし、おそらく一人でパーティを抜けることはないでしょう。だからお兄さんたちはそれに付き合うことにしたんだと思います」
思います?
「……ジョアンさんとお兄さんたちが話したわけではないんですか?」
「はい。僕が勝手にそう考えてるだけです。だから僕のほうから三人にパラディン隊の試験を受けてみてはどうかと提案しました。全部僕の勘違いかもしれませんけどね、ははっ」
「「……」」
勘違いじゃなければいい人すぎる……。
ジョアンさんは相当ツラかっただろうな……。
「お兄さんたちはジョアンさんがそう考えてることに気付いてるんですか?」
「どうでしょうか。凄く申し訳なさそうにはしてましたけど。でもお兄さんたちも僕もティアリスさんのことを最優先で考えたいというのは一致してるはずです。今までこのパーティを引っ張ってくれたり支えてくれてたのはティアリスさんなんですから。だから僕自身が後悔しないためにも、笑顔で送り出そうって決めたんです」
「「……」」
パラディン隊なんて廃止にしようかな……。




