第三十五話 山フィールド
地下三階は山フィールドであり、入り口から見ると左半分は森林、右半分は草木などいっさいない山肌となっている。
山頂に行くルートは三本あり、最短時間で行けるのは中央のルートだ。
この中央ルートはほぼ真っ直ぐ山頂に向かっているが、傾斜がかなり急になっている。
階段はあるものの山登りに自信がなければ登るのが難しいルートだ。
だが、他のルートの半分の時間で山頂まで到達できるだろう。
左ルートは森林地帯となっており、こちらは緩やかな傾斜の道が用意されていて、魔物さえ苦にしなければさほど問題はないだろう。
右側のルートは山肌地帯であり、こちらも緩やかな傾斜で見晴らしもよく魔物とも戦いやすい。
この三本の道が合流する地点から少し進むと休憩エリアがあり、そのすぐ近くにはBBQエリアもある。
合流地点までは中央ルートが四十分、左ルート右ルートが八十分といったところだ。
合流地点から休憩エリアまでは十分、休憩エリアから山頂までは三十分程度だ。
「帰ってきたのか」
「だって誰も来ないんだもん」
「……お肉いっぱい用意してたんですけどね」
時刻は十四時過ぎ。
BBQエリアで冒険者たちを待っていたララとカトレアだったが、誰も来なかったため待ちくたびれて疲れ家に戻ってきたのだ。
早ければ十二時までには誰か来るだろうと思っていたが、十四時になってもまだ誰一人休憩エリアに到達していなかった。
「魔物に苦戦してるようだな」
「どっちの?」
「左だな。森林のほう」
「そっちか~。この周辺の森にもたまにいるのにね」
左ルートに出現する魔物はハニービー、グリーンモンキー、ナラジカ、ワイルドボアの四種類だ。
ハニービーは蜂型で、一般の蜂と比べてかなり大きく、刺されると毒を受ける。
ドロップ品は蜂蜜、しかも瓶詰だ。
グリーンモンキーは猿型で、周辺の葉に擬態して襲ってくる。
ドロップ品はなし。
ナラジカは鹿型で、角で攻撃してくる。
通常ドロップが鹿肉、レアドロップは鹿角だ。
ワイルドボアは猪型で、凄い速さで突進してくる。
猪肉をドロップする。
「地下二階までの魔物とはレベルが違うからな。それでも正直ここまで苦戦するとは思ってなかった」
「素材ドロップを狙ってるのかもしれないよ。BBQエリアと結びつければ鹿肉や猪肉を落とすかもって普通は考えるからね」
「そうだといいんだけどな」
「右にも行ってる人いるんでしょ?」
「十人くらい行ってるな」
「そっちのほうが苦戦するだろうねー」
右ルートには、コンドルン、ロック鳥、シャモ鳥の鳥型の魔物三種類が出現する。
コンドルンは大きく、空高いところから急降下して攻撃をしてくる。
ドロップ品はコンドルンの羽。
ロック鳥は岩のようにゴツゴツしたとても硬い体を持つ鳥だ。
ドロップ品はなし。
シャモ鳥はニワトリを二回りくらい大きくし黒くしたような体でとても好戦的だ。空は飛べない。
通常ドロップは鶏肉と卵の二種類。
さらにレアドロップとして丸鶏(処理済み)を落とす。
ちなみに丸鶏以外の鹿肉、猪肉、鶏肉は全て一キログラムの塊で包装された状態だ。
「右は魔道士がいないとキツイかもな。ロック鳥相手に剣は相性が悪いし、コンドルンは襲ってくる前に撃退したいしな。シャモ鳥はなんかこわい……」
「昨日シャモ鳥のレアドロップ狙ってたんだけど全然ダメだったの。今日の夕飯に丸ごと焼きたかったのに」
「あんなデカいの三人じゃ食べきれないぞ」
「……そもそもどうやって持って帰るんですかね」
「「……」」
カトレアがボソッと言った言葉に俺とララはなにも答えなかった。
そう、冒険者が持ち帰ることについてなにも考えていなかったのだ。
といってもそんな大きくはないぞ?
両手で抱えれば持てるサイズ! なはず。
「……お兄?」
「切って何人かでわければいいんじゃないかな」
「……それでは価値が落ちてしまいますよ。状態保存もなくなりますし」
「「……」」
切ってもいいじゃないか。
通常ドロップの鶏肉はモモ肉を使っているが、レアドロップはそれに他の部位もついてきたってイメージだろ。
……もう考えるのはやめよう。
「中央のルートも何人か行ったんだが、半分も行かずに赤になったな」
「あのルートはまだまだキツイよ。左右の敵が出てくるしね。ただ登るだけでも苦労するのに」
「……」
俺とララはカトレアの突き刺すような視線も気にせずに会話を進めた。
「でもこの敵でも初級レベルなんだよな?」
「うん、私でも倒せるしね! 地下二階の敵よりもだいぶ大きくなったからそれでビビっちゃってるのはあると思うよ。ピピとシルバも余裕そうだったしね!」
「まぁシルバは昔からそこらにいるナラジカやワイルドボアは簡単に倒してたからな。ピピは小さいのに凄いんだな」
「ピピはめちゃくちゃ速いの! 相手の急所を一撃って感じで倒しちゃうよ!」
「チュリリ! (あんな魔物たち私の相手にはなりません!)」
管理人室の窓の淵にいるピピが自信満々に言ってくる。
こう見ると真っ白な小鳥って感じで強そうには見えないのにな。
「……あの、すみません。夕方まで休憩しててもいいですか?」
「カトレア姉が休憩するなら私も休憩してていい?」
「あぁ、もちろんだ。なにかあったら呼ぶからゆっくりしてていいぞ」
二人は二階に上がっていった。
昨日からの疲れが溜まってるんだろう。
おそらくまだ誰も出てこないだろうし、俺も少し休憩するか。
◇◇◇
ん、いつの間にか寝てしまってたか。
今何時だ?
……十七時半!?
マズい!
寝すぎた!
急いで隣の管理人室へ行き、小屋のほうを見る。
……あれ?
「ピピ! ピピ!?」
「チュリ! チュリリ? (はいはいここですよ! どうかしましたか?)」
「いや、俺が寝てる間になんかなかったかと思ってさ。小屋には誰もいないようだけどどうなってる?」
「チュリリー(まだ誰一人出てきてませんね)」
「一人もか?」
「チュリ(はい)」
この時間で誰一人戻ってきていないなんて今までなかったことだ。
リビングに戻り、慌てて水晶玉でダンジョン内部を見る。
「ん? どこにいるんだ?」
地下三階を見たがほとんど人はいないようだった。
左ルートと右ルートの地下三階入り口に近いところに数人だけ。
おそらく入り口の転移魔法陣へ向かっているんだろう。
となると、地下二階か。
……いた。
それもかなりの人数が同じエリアに集中しているようだ。
その場所、魔物急襲エリアは凄い光景となっていた。
冒険者たち四十人くらいと大量の魔物たちが入り乱れて戦っている。
まさに地獄絵図。
次々と魔物が倒され、また新たに魔物が出現しては倒され、その繰り返しだ。
「なるほど」
「わっ!」
「……自身のレベル上げと冒険者カードのランクアップのための経験値稼ぎに切り替えたみたいですね」
いつの間にかカトレアが横にいた。
いつも思うけどこの人、音立てなすぎじゃない?
「まだ誰も出てきてないんだ」
「……ギリギリまでやりたいみたいですね」
閉場時間の十八時の時点でダンジョン内にいる者は強制転移させるように設定している。
「ランク情報って今でも見れるの?」
「……はい、リアルタイムで更新されてるはずです」
ランクは各冒険者が装備しているセーフティリングで集計してる総経験値を目安に設定されることになる。
冒険者たちが自分の最新ランクを確認できるのはダンジョンから出てきた後だ。
今までは指輪専用回収箱に返すだけだったのが今日からは少し変更になる。
指輪を返却する前に、指輪専用回収箱の横に付いている縦型のカード差込口に冒険者カードを差し、その後に指輪を回収箱に入れるという方法になった。
その際に冒険者カードに最新のランク情報が反映されるわけだ。
もし順序が逆でも数秒なら大丈夫なように設定してある。
冒険者カードを持ってない人や、今日の経験値がいらない人は今まで通り指輪を返すだけで構わない。
また、明日からは受付時に冒険者カードを提出してもらう。
管理人室にある受付魔道具にカードを差すと、冒険者情報を結びつけた指輪と採集袋が排出されるので、その指輪と採集袋とカードを渡すことになる。
もちろんこの受付魔道具もカトレアが作ったものだ。
ランク情報については水晶玉でいつでも確認できるということなので、まだ冒険者が帰ってきてなくても今現在のランクならわかるわけだ。
「えぇと、これでいいのかな」
俺は水晶玉を操作して、現在ダンジョン内にいる冒険者全員の情報一覧を映し出した。
「情報が多すぎないか? どこにランクがあるのかわからん」
「……ここです。ここをこうしてランクでソートして、拡大すると」
「おお! これはランク順に並んでるの? ……Gランクが四十人か、あとはHランクだな」
「……やはりFランクはいないようですね」
「まぁ初日だしこんなもんだろ。それにこの様子だとまだしばらくは地下三階には行かないんじゃないかな」
さて、どんな顔をして出てくるのか。
……何人かは出てきたようだな
「ドラシー、出口の転移魔法陣大きくしたほうがいいのか?」
目の前にドラシーが現れる。
「そのへんは融通利かしてるから大丈夫よ。潰れたりしないわ」
「了解」
数分後、大勢の冒険者が出口に突然現れた。
「うわっ、そうか! もうこんな時間か」
「くそー! 明日も朝一からレベル上げだ!」
「こんなんじゃいつまでたっても地下三階行けねーぞ!」
「あの鳥絶対殲滅!」
「BBQ! BBQ!」
「早くランクを確認だ!」
……思ってた以上に士気は高いようだ。




