第三百四十三話 旅の終わり
「キュ! (絶対にもうしばらく馬車は引かないのですー!)」
「モー! (なにかご褒美ないとやってられないよね!)」
「メタリンちゃんとウェルダン君がなにか叫んでるのです!」
「あぁ、聞こえてる……好きな装備品を作ってやるから我慢してくれって言ってくれ」
「了解なのです! ……私も欲しいのです」
十八台、それに約百八十人もの人間や魔物を乗せた馬車を引いて高速で走ってるんだもんな。
とりあえずあとで思いっきり撫でておこう。
「そろそろ着きそうか?」
「……封印結界が見えてきたのです!」
ようやく屍村とベネットの中間の休憩場所か。
帝都から橋までの距離に比べると半分程度の距離だったのに、同じくらい時間がかかったな。
メタリンとウェルダンの限界を超えてるのかもしれない。
……ん?
「封印結界って言ったか?」
「しかもかなり広範囲なのです! ララちゃんかエマちゃんが張ったに違いないのです!」
「一昨日ここに来たときはそんなのなかったんだけどな。帝都からあまりに人がたくさん来すぎたからここにも張ることにしたんだろうか」
「とにかく一度休憩するのです!」
そして馬車がとまった。
避難者の姿は見当たらないようだ。
俺も一度外に出ようか。
腰に負担がかからないようにそ~っと起き、そ~っと歩き、馬車を降りる。
ユウナとシャルルは心配そうに横に付いてくれている。
「トイレ馬車の準備と、お腹が減った人には食事も準備してあげてくれ。テーブルもな」
「わかったのです!」
「ロイスはじっとしてなさいよ!」
この旅の最後の休憩になるだろうな。
メタリンとウェルダンは地面にグッタリと倒れている
その横にゆっくりと座り、二匹を撫でる。
「キュ? (大丈夫なのです?)」
「あぁ。メタリンとウェルダンのほうがキツイからな」
「モ~? (その服寒くないの?)」
「あ、毛布持ってくるの忘れてた……まぁいいや」
みんなにジロジロ見られてる気がしたのはそのせいか。
現在も魔物四匹が意識不明ということもあってか、気を遣って誰も話しかけてはこないが。
「どうやらここから馬車がたくさん出とったようじゃの」
「馬の足跡やタイヤの跡がいっぱいみたいだよ」
二人で確認してきてくれたのか。
……この二人との旅も終わりなんだな。
それなりに楽しかったようにも思える。
で、ウチの馬は四十頭くらい連れてきてたっけ。
頑張れば二頭で馬車二台くらい引けるか?
だとすると一回で四百人、十往復すれば四千人か。
乗るのは子供やお年寄りに絞って、あとのみんなには歩いてもらったのかもしれない。
屍村から七キロ地点までは封印結界が張ってあるから、その地点からここまでをウチの冒険者と帝国の冒険者、それに帝国騎士たちで守れば良かっただけか。
この一週間の中で最も簡単なミッションだっただろうな。
「ねぇロイス君、痛々しいからそのコートも服も着替えてよ……」
「城でのこと思い出しますか?」
「うん……。でね、それからリヴァずっと考えてたんだけどさ、あの人が使った魔法をリヴァも使えるようになりたいの」
「リヴァーナさんならできそうですね」
「だからね、まず見た目から入ってみようかなって思うんだけど……その、杖なんだけどさ」
杖?
……なるほど、面白そうじゃないか。
「わかりました。ウチでリヴァーナさん用というか、新しい杖を考案してみましょう」
「本当!? ありがとう!」
「でもユウナが今持ってるような素材の杖になりますけどね。ウチには木で杖を作れる職人はいないもので」
「リヴァのために作ってくれるんならなんでもいいよ!」
「杖じゃったらワシが作ろうか? 屍村でずっと作っておったから得意じゃぞ?」
……本当なのか?
いつものようにスルーしようと思ったが、杖と聞いたら気になるじゃないか。
「本当じゃって。帝都の武器屋でも売っておったんじゃぞ? あ、でもワシより上手く作れそうなやつがおるんじゃ。ワシも年じゃから今のうちに村の誰かに作り方を教えとこうと思っての、この前何人か若いやつらに教えてみたんじゃ。その中でも一人手先が器用なやつがおってのう。魔力のコントロールも抜群なんじゃ」
「……ぜひ紹介してください」
ジジイにお願いするのは癪だが仕方ない……。
「う~ん、でものう……」
ん?
自分の仕事が取られるようで嫌なのか?
「ジジイにはちゃんと別の仕事を用意しますから若い芽を潰さないでください」
「いや、そういうことじゃなくての……」
じゃあどういうことなんだよ?
「あっ!」
ビックリした……。
う、腰に痛みが……。
なんでリヴァーナさんは急に大きな声出したんだよ?
「もしかして……ユウトなの?」
「え?」
「……そうじゃ」
「やっぱり……」
おいおい、いいのかよ……。
俺は知らないからな。
「ユウトっていうのはね、昔私とパーティを組んでたユウシャ村出身の男の子のことなの。あ、ユウナのお兄ちゃんでもあるんだよ?」
……もういいか。
「知ってます」
「えっ!? ロイス君にも話したっけ!?」
「いえ、俺はユウトさんから聞きました」
「ユウトから!? ……あ、王国で会ったの!?」
「はい。ユウトさんが屍村からの第一便で来て以来、ずっと移住者の受け入れを手伝ってくれてましたのでそれなりに話す機会がありまして」
「……リヴァのことなにか言ってた?」
「……それは本人の口からお聞きになってください。二人とも前に進むために必要なことだと思いますので」
「ロイス君……ずっとリヴァのこと酷い女だって知ってたんだね……」
「いや、酷いのはユウトさんのほうだと思いますけど……」
「え? そうなの? ……まぁ正直今となってはもうどうでも良くなっちゃったけどね。大樹のダンジョンのみんなに出会えたおかげかも」
「そうやって人は成長していくんです。それにこれからはもっともっと多くの出会いがありますよ」
「……ぷぷっ。ロイス君ってたまにおじさんみたいだよね。私より年下なのにさ」
「たまにワシよりも年取ってるんじゃないかとさえ思うぞ」
いくらなんでもそれは酷い……。
ジジイが子供っぽすぎるんじゃないか。
「とにかく杖のことはワシからユウトに話してみるからの」
「えぇ、お願いします。ユウトさんも今後のことを色々悩んでましたので、一つのきっかけになるかもしれませんしね」
「今お兄ちゃんのこと話してましたのです!? どこにいるか知ってるのです!?」
ユウナが話に入ってきた。
三人ともどう話していいか悩んだが、リヴァーナさんが全てを伝えることにしたようだ。
「……お兄ちゃんは昔から戦闘が嫌いだったのです。だから強くなんてなれるわけなかったのです。……でも魔法の才能はあるのです。戦闘だけが魔道士の生きる道ではないのです」
「そうだよね……。ずっとリヴァが無理させてたんだよきっと。ユウナ、ごめんね」
「……いいのです。きっとお兄ちゃんの分もリヴァーナちゃんが強くなったのです。私もビス君やお兄ちゃんの分、強くなるのです」
ユウナのことだから泣き出すかと思ったら、意外と冷静に聞けてるようだ。
これからはお兄ちゃんもお婆ちゃんもお爺ちゃんも近くにいるんだからもっと甘えたらいい。
あ、そういや家をマルセールで探してやるって約束してたな……。
まぁ向こうに着いてからユウナになんとかしてもらおう。
「ユウナ、あとはユウトさん本人から直接聞け。ユウナのこと凄く心配してたから。……さて、そろそろ出発するか。あ、リスたちにミニ大樹の柵を回収してきてもらわないと」
そのあとゲンさんの様子を見て、馬車に戻った。
そしてメタリンとウェルダンのラストスパートにより、二時間ほどで屍村から七キロ地点に到着。
そこはまだ大勢の避難者で溢れていた。
帝都からの避難者が大半だろうが、思ってたよりもだいぶ早くここまで来れたんだな。
道中冒険者たちの姿も全く見なかったし。
ジジイは屍村の冒険者を発見したらしく、颯爽と馬車から降りていった。
「ユウナちゃん!?」
「あっ! ティアリスさんなのです!」
「良かった! ユウシャ村からもう帰ってこないかと思ってたんだよ!?」
「なに言ってるのです!? 帰るに決まってるのです!」
外から賑やかな声が聞こえてくる。
感動的な再会ってやつか。
ティアリスさんは早くユウナから色々聞きたくてたまらないだろうな。
「ねぇ、ジェマ来てないかな?」
「来てるわけないだろ。忙しすぎてシャルルのことなんか忘れてるよ」
「……」
「いや、冗談だからな? 俺が出発するときジェマたち三人は、例え俺が死ぬことになってもシャルルだけは助けてこいみたいな感じだったんだからな?」
「……うん。帰ったら私も手伝わないと」
「もう町長はいいだろ。午前中の時間が無駄だ」
シャルルはなにも仕事してないんだろうしな……。
「……そうよね! あとはセバスたちに任せて私は冒険者として生きるわ!」
その覚悟は素晴らしいが、王族の面倒事だけは持ち込まないでくれよ。
「ロイス君! 大丈夫なの!?」
ティアリスさんが乗り込んできた……。
早速ユウナから聞いたんだな。
「大丈夫ですよ。この体勢が一番楽なので寝てるだけですから」
「でも骨折してるんでしょ!? なんだかよくわからない凄い上級攻撃魔法をまともにくらったって聞いたよ!?」
「ちょっとティアリス、重傷者がいっぱいいるんだから静かにしてよね」
「あ、シャルルさん……ごめんなさい……」
そういやティアリスさんにはシャルルのことバレたんだったな。
だからシャルルに対して少しよそよそしくなってるのか。
「ピピちゃんたちまだ目を覚ましてないって聞いたけど……でも生きてるんだよね? 良かった……」
「ビスは死んだわよ」
「え……」
それは聞いてなかったのか。
さすがのユウナも話せなかったようだな。
「ビスって聞いてどの子かわかる? 水魔法と氷魔法が得意な子よ。中級魔工ダンジョンでユウシャ村の人が魔物に襲われてるところを助けに入って、私とユウナの目の前で死んだわ。隣の馬車ではゲンさんもまだ生死をさまよってるし、安心できるような状況じゃないのよ」
「……」
ティアリスさんが可哀想な気もするが、シャルルなりになにかを伝えたいんだろう。
「ほら、だからティアリスは今できることをしっかりやりなさい。王国に戻るまではいつ敵が襲ってくるかわからないんだからね。もし私たちがマーロイ城で襲われた敵にまた会ったら全滅間違いないわよ?」
「……はい。ごめんなさい」
ティアリスさんは肩を落として馬車から降りていった。
こんなティアリスさんの姿はめったに見ないな。
「いいことを言った気もするけど、少し言いすぎじゃないか?」
「いいのよ。じゃないとずっとロイスの傍にいるって言いそうだったもの。私がいるから大丈夫なのに」
シャルルに期待した俺がバカだった……。
「あ、なんだかみんな集まってきたわよ。……ウチの冒険者たちみたいね」
「心配してくれてるんだろう。そうだ、リスたち呼んでくれるか? ビスの姿をみんなに見せてやってくれ」
「うん……。みんなも仲間だと思ってくれてたはずだもんね」
そしてタルを除くリスたち四匹は、ビスを抱えてみんなの前に移動した。
冒険者たちはきっと悲しんでくれてることだと思う。
でもビスの死を通して、俺の魔物でも死ぬんだということをわかってほしい。
ゲンさんやピピ、シルバ、タルを意識不明の重体にするほどの敵がいることも認識してほしい。
まぁユウナによるとピピたちは今は寝てるだけでなんともないらしいが。
「で、ここにいる人たちは歩いて移動してるのか? それとも馬車待ちか?」
「半々ってところかしら」
「なら俺たちはこのまま屍村まで行ってしまおう。そのあとメタリンとウェルダンには三台ずつくらい馬車を引いて最後まで運び続けてもらうから」
「鬼ね……嫌われるわよ」
「あいつらは人に喜ばれることが大好きなんだよ。だから大丈夫。そうと決まれば早く行こう。歩いてる人たちを邪魔しないように封印結界の外を進んでくれ」
そしてあっという間に屍村に到着した。
ようやく戻ってこれたな。
これで長かった旅も……ってまだ丸二日くらいか。
あとは船で帰るだけだからもうウチに帰ってきたも同然だ。
でもさっきの休憩地点より遥かに人が多い……。
船は同時に何隻運行してるんだろうか。
「ユウナちゃん!」
「ララちゃん!」
また感動の再会か。
「お兄は!?」
「馬車で寝てるのです!」
雑なやり取りだな……。
「ララちゃん!」
「あ、リヴァーナさん、おかえりなさい」
ユウナのときと比べて少しトーンが低いぞ……。
そしてまずリスたちがビスを連れて外に出ていった。
「え……この子は……ビス? …………えっ!? 嘘でしょ!? なんで……ビス……」
ララの泣き声が聞こえてくる。
つられてリスたちも泣き始めたようだ。
カトレアはいなさそうだな。
この移住者の人数を見て、対応のために港町に戻ったんだろう。
さて、俺も行くか。
シャルルに助けてもらいながら起き上がり、馬車を降りた。
「ララ」
「……お兄……ビスが……」
「あぁ。最期まで戦って死んだんだ。だから仕方ない」
「仕方なくないもん……ってお兄? ……えっ!? その服どうしたの!?」
「俺も死にそうになった。だからこうやって生きてるだけでも感謝しないといけないな」
「……お兄のバカー!」
ララが抱きついてきた。
「あ、ちょっと待て、腰が……」
「バカバカバカー! もう絶対外出禁止だからね! 家から一歩も出たらダメなんだからね!」
「おい……それより腰が……」
本当にしばらく外出できなくなりそうだ……。
これにて第十章『帝国大戦乱』編は終わりとなります。




