第三百二十七話 それぞれの思惑
ルーナさんが再び小屋にやってくるのとほぼ同時にピピが戻ってきた。
すぐに俺の肩に乗り、首から顔らへんにピッタリくっ付いて離れようとしない……。
よほど心配だったようだな。
そして四人でテーブルを囲んで、話を再開する。
もちろんお茶の準備は俺がした。
「紹介します。主人のコンラッドです。もうお会いしてたみたいですね」
このこわそうなお爺さんがユウナのお爺ちゃんだったのか……。
「主人は口数が少ないですがお気になさらないでください」
え?
こわい人ではあるがそんな人だっけ?
あの部屋の前で話したときには普通に会話してくれてたように思うんだけど……。
あ、もしかしてゲルマンさんタイプか?
みんなの前では寡黙ってやつだな?
「ほっほっほ。こやつは昔からこうなんじゃ。特に若者には厳しくての。みんなからは軍曹と呼ばれておるくらいじゃ」
軍曹……。
目つきも話し方もこわいもんな……。
「おい、そんな脅さなくてもいい。ロイス君とは少しだがもう話した」
「え? そうじゃったのか? な~んじゃ、面白くないのう」
ジジイ……どこまでが本当なのかわからなくなったじゃないか。
「はいはい、二人ともお静かに。本題に入りますからね。さてロイス君、先ほどの続きです。まず大魔道士ローナについて私が知ってるもう一説をお話しますね」
先に話してくれるのか。
「というかルーナ、ワシらより先に一人で聞いてたなんてズルいぞ」
「話の流れというものがあるから仕方ないでしょう。とりあえずアルフィさんはしばらく黙っててください。ロイス君の体調もまだ万全ではないのですから手短にしたいのです」
ジジイはもうずっと黙っとけよ。
「では今度こそ始めます」
……なんだかドキドキしてきた。
さっきよりマシな説であってほしい。
「地下の開かずの扉の先には大魔道士ローナの作業部屋があると伝えられています」
「おい? いいのか?」
「いいじゃろう。ロイス君はその部屋に入ったんじゃからワシたちが教えてもらう立場じゃぞ?」
この様子だとあの部屋の存在はやはりあまり知られてないようだな。
というよりも知られないようにしてるのか?
「……ローナはその部屋に閉じ込められて一生を終えたとも言われているのです」
おお?
もう一説は当たりっぽいじゃないか。
「扉や部屋の素材にはマナや魔力を豊富に含んだ材料が使われ、最後の総仕上げとして部屋全体に封印結界まで施されているそうです。そのため、外からも中からも普通では破壊することはできない仕組みになっているとのことです」
そこまで伝わってるのか。
「そして開かずの扉と呼ばれているあの扉には、転移魔法陣の魔法がかかっているのではないかという噂です」
転移魔法陣のことも知ってたんだな。
部屋に入る前に俺が転移魔法陣という言葉を発したとき、コンラッドさんが驚いてたのはそのせいか。
となるとあとは閉じ込められることになった原因か。
「……」
ん?
どうした?
次が一番重要なところだろ?
「その……あくまで一説であって、噂ですからね?」
なんだよその確認は……。
まるで俺に聞かせるのが申し訳なさそうな言い方だな。
「続けてください」
「……はい。転移魔法陣にはなにか細工が施されてるらしいのです」
設定じゃなくて細工ときたか。
まぁ意味は同じようなもんか。
「その細工のせいで大魔道士ローナは外に出てこられなくなったと推測されています」
うん、その通りだ。
不完全な転移魔法陣を作ってしまったうえに、安易に中から間違った設定をしてしまったせいだからな。
「その細工をしたのが……かつて大魔道士ローナと同じパーティ仲間であったもう一人の大魔道士、そして……魔物使いの二人と言われています」
「…………ん?」
「チュリ? (魔物使い?)」
細工をしたのがその二人?
ローナさんじゃなくて?
……え?
それってもしかして……。
三人の顔を見てみるが、三人とも俺の顔をじーっと見ている。
まるで俺の表情の些細な変化すら見逃すまいとしてるかのように。
「……話は終わりですか?」
「いえ……ローナを部屋に閉じこめたあともその二人はこの村に長い間滞在していたり、村を出ていってからも何回もこの村にやってきたそうです。しかし二人は一度も部屋の中に入ることはなく、ローナの旦那である勇者と幾度となく言い争っていたそうです」
「……」
「チュリ(極悪だったんですか……)」
それはずっと助けようとしてたってことだろ?
でもピピがその二人のことを極悪と思ったように、この三人にはローナさんが部屋から出てこないように何度も細工をしにきたとか、確認をしにきたとか思われてるかもしれないけど……。
でも勇者はなにしてたんだよ?
「それが数年間続きました。勇者はローナを救うために様々な方法を模索し実行しましたが、結局どれも上手くはいきませんでした。そして勇者は仲間に裏切られたことやローナを救えない現実に絶望し、娘を一人この村に残して旅立ちました」
勇者……。
娘を残していなくなった結末はさっきの説と同じなのかよ……。
「残された娘はこの村のみんなに大切に育てられ、十数年後には立派な勇者になったそうです」
「え? そうなんですか?」
「はい。大魔道士ローナの血を継いでるおかげか、魔道士としてのレベルはかなりのものだったらしく、勇者にならなければ大魔道士と呼ばれていてもおかしくなかったそうです」
……ふぅ~。
どうやらローナさんには良い報告ができそうだ。
「しかし一方勇者は……」
え……確実に良くない言い方じゃないか……。
「この村を出た数年後、現在屍村と呼ばれている場所にて、亡骸を発見されたそうです」
最悪だ……。
これはなんて伝えればいいんだよ……。
でも娘は立派に育ったんだからセーフか?
勇者のことは適当に誤魔化せばいいか。
……でも本当のことを伝えてあげたほうがいいのかな。
「チュリ? (今の話に出てきた魔物使いってロイス君のご先祖様ですか? 極悪なんですか?)」
「そうだけど……って極悪ってことじゃないからな?」
「チュリ(でもみんな疑ってるんじゃないですか? 極悪の子孫が今頃になってその細工を解きに来たとか思われてたりして)」
「そうかもしれないけどさ……ってそうじゃないんだよ」
「チュリ(それなら早く弁明したほうが良さそうですけど)」
確かに三人は俺の反応を窺っている。
「……もう話は終わりですか? 俺としては全部聞いたうえでお話したいんですけど」
三人はなにやら相談し始めた。
「ワシはロイス君を信用しておるし、過去にあったことが本当じゃとしてもロイス君には関係ない話じゃ。じゃからワシがまず話すからの?」
「わかりました。そのあと私がお話します。ちなみに私もロイス君のことを疑ったりなんてしてませんので悪しからず」
「ワシだって疑ってない。ユウナの成長を見れば大樹のダンジョンで学んだ時間が有意義だったくらいのことはわかる」
俺に丸聞こえでいいのかよ……。
それに三人とも確実に俺のこと疑ってるよな?
とにかく、ジジイ、ルーナさんの順でまだ続きの話があるようだ。
「実は屍村を作ったのはその亡くなった勇者なんじゃ」
「えっ!?」
「ワシが屍村に行くようになった本当の理由は、地下の部屋の謎に繋がる事実が隠されてるのではないかと思ったからなんじゃ。勇者を引退したあと錬金術師になったのも、開かずの扉の転移魔法陣やあの部屋の謎を解き明かしたいと思ったからじゃ。錬金術師になってから大樹のダンジョンに行ったのも、過去の謎に繋がるなにかがわかるんじゃないかと思ったからなんじゃ」
「ジジイ……」
「「え……」」
「怒らんでくれ。これ以上隠してることはもう本当になにもない。屍村の居心地が思ってたより良くて住み着いてしまったのは本当じゃ」
「……俺がユウシャ村に行くことにならなかったらどうしてました?」
「そのまま王国に行くつもりじゃったよ。ワシにこの件でできることはもうなにもなかったし、このユウシャ村の村長としての責任よりもワシの大事な家族を選ぶからの」
「ではなぜ俺が行くからといってむりやり付いてきたんですか?」
「……ロイス君が持ってるかもしれない能力について話してくれたじゃろ? マナの力でウェルダン君が治るかもしれないってやつ。それを聞いたらロイス君ならもしかしてあの部屋に入れるんじゃないじゃろうかって思ってしまったんじゃ。今の大樹のダンジョンの進化具合はララちゃんたちから聞いておったからのう。それこそ転移魔法陣って言葉が飛び交っておったんじゃよ」
まだ隠し事があったじゃないか。
もうこのジジイのことは絶対信用しない。
「少し落ち着いてから地下の開かずの扉を見てもらおうと思っておったんじゃ。じゃからロイス君があの部屋の前にいて、自ら入っていったとコンラッドから聞いたときは驚いたんじゃ。正直、少し疑ったりもした……すまんのう」
やっぱり疑ってたんじゃないか。
というかまだ疑ってるだろ?
……でも確かにそんな過去の言い伝えがあるんなら疑って当然か。
正直に白状したから許してやる。
「では私の番ですね。実は私……」
なんだ?
実はってくるとなにかとんでもない事実を告白されるパターンだよな?
「大魔道士ローナの子孫なんです」
「は?」
「だから死ぬまでにどうしてもあの部屋の中になにがあるのかを知りたいのです」
先にそれを言えよ……。
ローナの娘からしっかり血が繋がっていってるってことだよな?
もうヤダこの人たち。




