第三百二十五話 大魔道士ローナ
簡単にではあるが大樹のダンジョンについての説明を終えた。
もちろんドラシーの存在は言ってない。
「うぅ……ぐすっ……」
なんでずっと泣いてるんだよ……。
そのせいで話がしづらいったらありゃしない。
「あ、待って……」
俺が立ち上がるとすぐにこれだし……。
音も立ててないつもりだが気配でわかるのかな。
それからしばらくして、ようやく落ち着いてくれたようだ。
「待たせてごめんなさい。実はその大樹のダンジョン、おそらく私の仲間が作ったものなんです」
「え? 知り合いってことですか?」
「はい。いっしょにパーティを組んでました。その中の二人が人工ダンジョンというものを作るという話をしてたのをよく覚えてます。それも大樹の近くに作ることによって、大樹が持つマナの力を利用しつつ、大樹や大樹の森にマナを還元することでいずれは世界中にマナを溢れさせるんだって言ってましたから」
まさにゲンさんが言ってた大樹のダンジョンの役割そのものじゃないか。
「夢みたいな話だと思っていましたが、本当にそれが実現されたことが嬉しくて泣いてしまったんです」
嬉しさだけなのかな?
それを見届けられなかった寂しさもあるんじゃないのか?
でもこの人が三百年前の時代に生きてた人であることがわかった。
……だからといって別になにもないけどな。
「でもロイス君、私が一番嬉しかったのは、あなたがおそらくその二人の子孫だということですよ?」
「え? ……もしかしてその二人のうちの一人が?」
「はい、魔物使いでした。だから可能性はかなり高いと思います。魔物使いなんてそうめったにいませんからね」
思わぬところでご先祖様の話を聞くことになったな。
……ん?
二人の子孫?
「その二人は結婚したんですか?」
「おそらくとしか言えませんけどね。そういう関係でしたから」
俺のご先祖様凄くない?
人工ダンジョンを生み出した錬金術師様ってことだよな?
ん?
でもパーティ組んでたって言ったか?
「魔物使いではないほうの人は錬金術師じゃないんですか?」
「錬金術師兼大魔道士? って感じでしたね。なにやらせても凄かったんですよ。私が完全に勝ってたと言える分野はそれこそ回復魔法くらいでした……」
その人凄くない?
錬金術師でありながら大魔道士だぞ?
というかこのパーティ、大魔道士が二人もいるのかよ……。
その前にいい加減大魔道士の基準を教えてくれ。
攻撃魔法も回復魔法も補助魔法も全部高レベルで使えるって解釈にしちゃうからな?
「大魔道士が二人に魔物使いが一人、そこにもう一人いたんですか?」
「はい。あとの一人はもちろん勇者に決まってるじゃないですか」
なんだよそのパーティ……強すぎる。
魔物使いの実力は正直怪しいところだが、魔物が強ければどうにかなるもんな。
「実は私とその勇者は結婚したんです」
「えぇっ!? それなのになぜこんなところに一人で!?」
「あ、そうですよ……その話をしてたんですよね……」
そうだった……。
あまりに話がありすぎて元の話の筋を完全に忘れてたな。
「その転移魔法陣……」
え?
転移魔法陣がどうした?
……まさか双方向じゃなくて一方通行にしちゃったとか言わないよな?
お願いだから絶対にそれだけは言わないでくれよ……。
「失敗作なんです……」
「え? 失敗作?」
「はい……通る際には一定量の魔力を持つ人しか入れない設定にしたつもりだったんですが、どうやら魔力じゃなくて一定量のマナが必要という設定にしてしまったみたいなんです……」
「マナ? 魔力とマナってそんなに違うんですか? 」
「全然違いますよ。魔力が無属性のものだとしたら、マナは聖属性の魔力って感じです。ただの属性の違いだけに思うかもしれませんが、聖属性が付与された魔力ってだけで凄く神聖なものになるんですよ。回復魔法のように魔力に後付けで聖属性として放出するのとはわけが違うんです」
なるほど。
大樹の周りはその聖属性の魔力で溢れてるってわけか。
じゃあ魔王は聖属性が苦手ってことでいいんだな?
……あれ?
そういえば俺もマナの優しい光がなんとかってルーナさんが言ってたよな。
ん?
ルーナさんとローナさん、名前がそっくりだ。
大魔道士に似た名前を付けただけか?
っとまた話が逸れそうになった。
流れ的におそらく閉じ込められたんだよな?
「でもこの部屋にはマナが豊富な素材もたくさんあるんですよね? それをどうにか利用すればこの扉くらい通れるのでは?」
「もちろんいろんな方法を試しましたよ……。破壊も試みましたが、強い封印結界を張ってたのでビクともしませんし……。ロイス君は指輪のマナの力で入ってきたと言いましたが、私は錬金術師ではありませんのでそこまでマナを集約したものを作る知識もありませんでしたし……」
「そもそも転移魔法陣の設定変更をすれば良かったのでは?」
「そこが失敗作だった所以ですよ……一度設定したら二度と変更できない不完全な魔法だったんです……。もしかするとこの部屋を作るときにマナの素材にこだわりすぎたせいで、マナの力しか設定できないような魔法だったのかもしれませんし」
「……この扉にはこの部屋の中から設定をしたんですか?」
「…………ぐすっ」
だから泣くなって……。
「つまりこの部屋から出る方法がなかったってことですよね?」
「うぅ……それ以上言わないで……」
悲惨すぎる……。
大魔道士が自分の魔法で自滅するなんて……。
先に中の転移魔法陣を作ってあとから外の転移魔法陣を作り設定してれば中に入れなくなっただけだったのに。
カトレアたちにはこの大魔道士ローナ物語をしっかり話して注意喚起をしようか。
「最終的な死因はなんですか? 餓死ですか? それとも魔力の使い過ぎによって意識を失ったんですか?」
「まだ聞くんですね……ロイス君は鬼ですか……そうですよ、両方ですよ。最期本当に命の危険を感じたときに魂を切り離したんです。おかげでロイス君と出会えたんですけどね」
俺、呪われたりしないよな……。
この火の玉が俺の中に入ってきたりしたらどうしよう……。
「あ、まだ帰っちゃダメですよ?」
帰りたい……。
せめて外のみんなに身の安全だけでも伝えさせてくれ……。
「……でも今大樹のダンジョンでは似たような転移魔法陣を使ってるんですよ? それならおそらくもう一人の大魔道士の方も使えましたよね? 助けに来てくれなかったのは少し酷くないですか? って俺のご先祖様かもしれないですけど……」
「いえ、あの子はきっとなにかしてくれたはずです。でもおそらく無理だったのでしょう。だけど今こうやってロイス君が私の前に現れた。その指輪にはあの子たちの想いが込められてる気がしてならないんです」
三百年分、そして三百年越しの想いか。
重いな。
もしかしてドラシーのやつ、このローナさんのことやこの部屋のことも全部知っててこの指輪を持たせたのか?
というかそうに決まってる。
なにが俺の位置を把握するためだよ……。
結局いつも俺には内緒なんだな。
……でもローナさんは誰もこの部屋に入ってきたことないって言ってるから、さすがのドラシーもローナさんが魂だけの存在でこの世に残ってるなんてことまではわかってないか。
となると目的はなんだ?
この部屋の存在を知ってたことは間違いない。
大魔道士ローナの作業部屋だったことも知ってると考えていいだろう。
……あ。
そういえばその直前に浄化魔法の話をしてたな。
このユウシャ村では上級浄化魔法が伝承されてるはずだって。
それがあればウェルダンの症状もすぐ治せるかもしれないのに、治ってないということはきっと誰も使えないんだろうとも言ってた。
つまり伝わってない理由がローナさんにあると考えたんだな?
そしてもしかしたらこの部屋になにか残ってるんじゃないかって考えたわけか。
「あの、ローナさん、浄化魔法って使えます?」
「え? ……まさか自分で自分の魂を浄化しろって言ってるのですか?」
「いやいや! 違いますって!」
なんでそうなるんだよ……。
「俺はこの村に仲間を助けに来たって言いましたよね? その仲間は魔瘴に侵されて苦しんでるんです」
「あ、そういうことでしたか! それなら私がすぐに治し……無理なんでした……うぅ……」
やはり魔瘴の症状に有効な浄化魔法を使えるのか。
「中級や上級レベルの浄化魔法のことが記述されてる本とかあります? 俺の知る限りでは現代でその中級以上の浄化魔法を使える人間はいないんですよ」
「なんですって……どうしてそんなことに……」
あなたのせいかもしれませんよ。
とか言ったら一生成仏できなさそうだな。
「年々魔瘴は少なくなってきてましたからね。使わない魔法を覚える余裕がある人は少ないですし、ローナさんほどの大魔道士もいませんから」
「……平和ってことですよね。それなら良かったです」
「いえ、ところが最近になって事態が急変しました」
「急変? …………まさか!?」
さすが大魔道士。
いくらドジっ子とはいえ、魔王が復活したことを瞬時に悟ったようだな。




