第三百二十四話 秘密の部屋
「おお? 本当に転移したな」
……ってあれ?
「ピピ!?」
ピピがいない……それにペンギンや子猫たちも……。
どうやら俺一人で転移してしまったようだ。
……敵はいなさそうだな。
それよりずっと誰もいなかったはずなのに部屋が明るい。
そんなに広い部屋ではなく、本がたくさん詰まった本棚が三つと、あとは一人用のテーブルとイスがあるだけだ。
ウチの地下室に似てるな。
「どなたかそこにいらっしゃるのですか?」
「え……」
どこからか声が聞こえる……。
周りを見回してみるが、どこにも誰もいない。
幻聴か?
でもいつもの俺ならビックリして震え上がってるはずなんだが、不思議と嫌な感じはしない。
「やっぱり誰かいるんですね!? 私はここです!」
声が大きくなった。
どこだ?
ここですって言われてもどこにも見当たらな……ん?
よく見るとなにもないテーブルの上になにか小さな火が灯っている。
「……もしかしてこの小さな青白い火の玉ですか?」
「え……私、火の玉になってるんですか……どうせなら可愛い妖精さんが良かった……」
なに言ってるんだこの火の玉……。
「まぁ別にいいです。人が来てくれたことがなによりですから。って人ですよね? 私、なにも見えないんです」
そりゃ火の玉だからな……。
「人間です。あなたは?」
「私も人間です。……元ですけど」
さすがに火の玉を人間とは呼べないからな……。
「ずっとここにいたんですか?」
「よくぞ聞いてくれました。あ、私今この部屋のどこにいます?」
「テーブルの上ですけど?」
「それならすぐ近くにイスがありますよね? 長くなると思いますので座ってください」
長くなる話を聞かされるのか……。
「あ、その前に部屋の外に報告してきてもいいですか? みんな心配してると思うんで」
「えぇっ!? 少しなのでいいじゃないですか!? もしあなたが戻ってこられなかったらまたずっと私一人になるんですよ!?」
なんだこの火の玉……。
長くなると逃げられると思ったのか、少しって言い直した……。
でもさっきのお爺さんが言うように最低でも数十年間誰も入ってないとなると相当寂しかったんだろうな。
「わかりましたよ。じゃあカフェラテでも飲みながら聞かせてもらいますからね」
「良かった……カフェラテってなんですか?」
こりゃ相当昔の人だぞ……。
そして俺の休憩する準備が整ったところで話が始まった。
「私の名はローナ。かつては大魔道士と呼ばれ、それなりに名前も知られている存在でした」
大魔道士……本当にいたんだ……。
「この部屋は私の作業部屋です。ところで今この部屋の外はどうなってますか?」
「部屋の外? ここはユウシャ村の地下の最奥にある一室で、この部屋のドアは開かずの扉と呼ばれてるそうです」
「地下ですか? それに開かずの扉……なにか封印してるとでも思われたのでしょうか……」
魔王じゃなくて良かったよ本当に。
「昔は地下じゃなかったんですか?」
「はい。この建物は土で作って、その周りを岩で囲ってあるだけでしたから」
「今もそれは同じですよ。ただこの上にたぶん四階建てくらいある建物になってるってだけです」
「四階建て!? ……さっきから気になってるんですが、もしかしてあなたはこの村の人間ではないのですか?」
「えぇ。ついさっき初めてこの村に来たばかりです。俺はパルド王国から来ました」
「なるほど、パルド王国から来られたんですか。このユウシャ村には修行でもしに?」
「いえ、仲間がこの村で倒れたって聞いたものですから助けに来たんです」
「それは大変でしたね。ところで……あ、まだお名前を聞いてませんでしたね」
「俺はロイスって言います」
「ロイス君、いいお名前ですね。ロイス君は魔道士なんですか?」
「いえ、魔道士ではないですし、魔力もいっさいありません。それに冒険者でもないです」
「へぇ~、意外です。この部屋に入ってくることができるのは魔道士か錬金術師のどちらかと思ってましたから」
それは転移魔法陣があるからということなのか?
というかこの人のこと、大魔道士ってこと以外まだなんにも聞いてないぞ……。
本当に長くなりそうだな。
「あ、私の紹介の途中でしたね。では私の生い立ちか、どうして妖精じゃなく火の玉になってしまったのか、どちらから聞きたいですか?」
嘘でも妖精って言ってあげれば良かったのかな……。
長くなりそうなんで生い立ちはいいや。
「じゃあどうして妖精のような火の玉になってしまったんですか?」
「え? 妖精に見えなくもないんですか!? それなら嬉しいです!」
少し罪悪感があるが、良いことをしたと思っておこう。
「今ロイス君はこの部屋に転移魔法陣を通って入ってきましたよね?」
「はい」
「どうやって?」
「手のひらをドアにくっ付けただけですけど?」
「え……それだけですか? 魔力がないのに? どんな手をしてるか見たいんですけど、見れないんです……」
「あ、手には指輪をはめてます。たぶんこの指輪に魔力というかマナがいっぱい詰まってるんだと思うんですけど」
「指輪にマナ? ……その指輪はどこで手に入れられたんですか?」
「大樹のダンジョンです」
「え……大樹の……ダンジョン?」
ん?
この反応はどっちだ?
大樹のダンジョンのことを知ってるのか?
となるとそこまで昔ってわけでもないよな?
確かウチは三百年くらい前にできたって言ってたっけ?
って十分昔か……。
「うぅ……」
え……もしかして泣いてるのか?
火の玉でも涙は流れたりするんだろうか?
「……じゃあ俺は一旦外に出て」
「待って……行かないで……」
そんな泣き声で言うなよ……。
気を遣おうとしただけなのに。
でも本当にもう二度と入ってこられなかったら可哀想だもんな。
……この人は外に出られないのか?
って出られるんならとっくに出てるか。
というか俺も出られなかったらどうしよう……。
……まぁいいや。
なんだかお腹が減ってきたので泣きやむまでの間になにか食べることにしよう。
「……なんのニオイですか?」
「ニオイがわかるんですか? これはフライドシャモ鳥です。食べますか?」
「シャモ鳥……美味しそう。でも食べられるのかな」
「試してみます? 近付けますよ?」
フライドシャモ鳥を火の玉に近付ける。
……ん?
火の玉だけど全然熱を感じないな。
「あっ!? 消えた!?」
「……ふふっ、美味しいです」
「食べれたんですか!?」
「はい。丸ごと取り込む形になるんで気分的なものかもしれませんけどね。でもしっかりと美味しい味はしました」
なんだかドラシーみたいだな。
「この火の……妖精の姿って魔力でできてるんですか?」
「そうです。死ぬ間際に私の持ってる魔力を振り絞ってむりやり身体から魂を引き離したらこうなりました」
魂……。
それって完全に幽霊ってやつじゃないのか……。
「ここで死んだんですか?」
「…………聞きます? それを私に聞きます?」
え、そりゃ聞きたいに決まってるだろ……。
でも話したくなさそうだな。
この言い方だとここで死んだと言ってるようなものだけど、死に方に問題があったのかもしれない……。
やっぱり聞くのはやめたほうが……でも気になるし。
「無理に聞こうとはしませんのでご安心を」
「……実はですね」
言うのかよ……。
まぁこんなところに何百年も一人だったんなら誰かに聞いてほしいに決まってるよな。
「その扉の転移魔法陣は私が作ったんですよ」
「おお!? 転移魔法陣を作れるんですか!? 凄いですね!」
「わかります!? この凄さがわかります!? 私、頑張ったんですよ!?」
「わかりますとも。ウチにいる錬金術師は王国で一、二を争う腕の持ち主なんですが、転移魔法陣だけはどうしても作れなくて悩んでるんです」
「そうですよね!? 私、凄いですよね!?」
「えぇ、凄いですとも。できれば教えてほしいです」
「え~、どうしましょうかね~?」
嬉しそうだな……。
でも火の玉なのに教えられるのか?
言葉だけでわかるものなのかな。
それとも既にここにある本のどれかに執筆してあるとか?
まぁ俺が教えてもらったところで理解なんかできるはずないんだが。
「おっと話が少し逸れましたね……。その扉も含めこの部屋は特別な素材で作ってあるんです。それこそ魔力が豊富な素材ばかりで作ってあります。まさにさっきロイス君が言った大樹なんですけど、その大樹の森の木も素材に含まれてるんですよ」
「え、大樹の森の木ですか? 確かにマナが豊富ですもんね。もしかして大樹も?」
「いえ、大樹は神聖なものですので触ることすら許されていませんでした。今でも同じですか?」
「そうですね。葉っぱ一枚すら手にできません。疑似大樹を育ててその木を使うことなら許可されてますが」
「疑似大樹? ……それもさっき言った大樹のダンジョンというところにあるのですか?」
「はい。あ、まず大樹のダンジョンについて簡単にご説明しましょうか?」
「……お願いします」
大樹のダンジョンという名前は聞いたことがあるけど詳しくは知らないってところか?
でも大樹の森のことは知ってるんだよな?
……もしかするとちょうどダンジョンが作られた時代に生きてた人なんだろうか?




