第三百十五話 騎士との絆
どれだけの人が帝都を出ただろうか。
数千人、いや、数万人が出ていっててもおかしくない。
そう思ってしまうくらいたくさんの人がひっきりなしに町から出てきている。
「わふぅ(もういいんじゃない?)」
「一応あと三十分の約束だからもう少しだな」
「わふ(りょ~かい。少し休憩したらまた公園行ってくる)」
帝都の入り口前にいた騎士たちもいなくなってしまったので、代わりに俺たちが見張ることにした。
俺たちと言っても魔物を倒すのはゲンさんとメタリンだが。
俺とペンギンは馬車の中から眺めているだけだ。
ジジイは寝た。
魔物たちも交代で休憩しに戻ってきている。
無理をしすぎて魔瘴にやられてもいけないしな。
今のところピピやシルバも大丈夫そうだから、俺の能力は本物なのかもしれない……。
まぁそうじゃなきゃ困るんだが。
「わふぅ(ウェルダンは苦しんでるのにこんなゆっくりしてていいのかなぁ)」
「ユウナがいるんだから大丈夫と信じよう。きっと付きっきりで回復魔法や浄化魔法かけてるぞ」
「わふ(死んだほうが楽なくらい苦しんでたらどうしよう……。じゃあ行ってくるよ)」
シルバはだるそうに走っていった。
入れ替わりでピピとタルが戻ってきた。
「チュリ(思ってたよりだいぶ余裕ですね。今まで通ってきた道も全部このようにしてきたら良かったかもしれません)」
「それはさすがに時間がかかるし、マドやメルの魔力消費も増えるから難しいと思うぞ」
帝都を出て少し進んだ地点から公園までの道、その道の両端をメルとマドに穴を掘ってもらった。
魔道化作業のときとは違って深く、幅も広い穴だ。
襲ってくる魔物は魔瘴による視界の悪さもあってその穴に落ちてくれる。
道がないことに気付いた魔物も人間が歩く道に近付くためか自ら穴に入ってくれたりもしてるみたいだ。
だがこの周辺に出現する魔物ではこの深さを這い上がってくるのは難しい。
穴に入らないような魔物はそれ以上近付いて来ないのでそもそもこわくない。
遠距離からの攻撃も視界の悪さのおかげか少ないのでそこまで注意しなくてもいいはず。
となるとこわいのは空中からの敵だが、ウチの魔物たちからすれば空中だけを気にしていればいいから楽勝だということなんだろう。
「リヴァーナさんの様子はどうだ?」
「チュリ(楽しんでますよ……穴にいる敵へは周りを気にすることなく魔法をぶっ放せますからね。しかも魔法制御が上手いので穴の中全体に行き渡らせてるんですよ。だから片側は完全にリヴァちゃん任せです)」
敵からしたらいきなり穴に落ちて焦ってるところにどこからか雷が飛んできて気付いたら黒焦げになってたって感じなのかな……。
逆側の穴でもリスたちが喜んで魔法の練習をしたりしてそうだ。
「あと三十分だけ頼むぞ。行ったり来たりで大変だろうけど」
「チュリ(このくらいなら余裕ですって。じゃあ行ってきます)」
ピピとタルは公園との間を超高速で飛び回っている。
タルは避難者が歩く道に浄化魔法をかけながらだけど気持ち悪くなったりしないのかな……。
そしてまた人の流れをぼーっと見守る時間が続いた。
これだけ人が多いと船の操縦士のみんなは忙しくなりそうだな。
「あっ! やっと見つけたのである! こんなところにいたのであるな! 大広場中を探し回ったのである!」
馬車が来たと思ったらあるある騎士隊長か。
バーゼル皇子から頼まれてた人たちを連れてきたということか?
「アルフィ殿はいるであるか?」
「ジジイ、起きてください」
「……ふぁ? ご飯かの?」
「ボケないでください。騎士隊長が来ました」
ジジイはあくびをしながら体を起こし、少しぼけーっとしたあと馬車を降りた。
そして騎士隊長が乗ってきた馬車の中を覗き、中にいる人物となにやら話をしているようだ。
そのあと馬車は公園に向かってゆっくりと進み始めた。
御者は騎士が任されたようで、騎士隊長はこの場に残っている。
「やれやれ、いっぱい乗っておったわい。最後尾を進むと言うからまぁ馬車でもいいじゃろう。立派に避難宣言した第二皇子と違ってあやつらが表に出ると面倒なことが起きるかもしれんからのう」
「なら尚更特別扱いはやめたほうがいいと思いますけど。あとでバレたときにどうなっても知りませんからね。で、誰が乗ってたんです?」
「バーゼルの母親と、フィオナちゃんの両親と妹、あとは皇子や皇女とその母親たちって感じじゃな。全員おるかまでは知らん」
「皇帝や第一皇子は?」
「おるわけないじゃろ。第一皇子の母親もおらんかった」
ここも一夫多妻制ってやつなのか。
子供が増えれば増えるほど権力争いも激しくなるのによくやるよ。
「フィオナさんのご家族はともかく、ほかのみなさんはよく城を出てこれましたね。皇帝たちはとめなかったんでしょうか?」
「騎士がおらんかったらなにもできんよ」
「騎士はほぼ全員避難することにしたのである! もうすぐここにやってくるであろうから、冒険者たちと力を合わせて護衛に当たるのである!」
騎士がいなくなったら帝都の守りは誰もいなくなるってことだよな。
この町に残ることを選択した人たちは魔物が町中まで入ってくると考えたりしないのだろうか?
冒険者やバーゼルさんが大袈裟に言ってるだけで、特別な力で守られてるから町中は絶対に大丈夫と思い込んでるのかもしれない。
実際にはまだ魔物は一匹たりとも侵入してきていないわけだしな。
「ワシらにできることはもう全てやったんじゃ。というか想像してた以上のことをやってのけたと思うぞ?」
本当にそうなんだろうか。
ユウシャ村に行く途中にあった町がたまたま帝都だったってだけだ。
そしてたまたま撤退のタイミングが重なったからより危機感を煽ることができたってだけだ。
そのたまたまが帝都で発生したことによって、単純な人数で考えたら一番多くの帝国民を救える結果になるだろう。
だが大陸北東部のミランニャの人々からしたら、なんでウチの町に助けに来てくれなかったんだと思うかもしれない。
ベネットやナポリタンの町近くへはウチの冒険者が行ってるわけだしな。
もしミランニャで生き延びた人がいたらそういった恨み節を言われることも覚悟しておこう。
「ピュー?」
「あぁ、大丈夫。俺の癖だ」
「ピュー!」
「そうだよな。俺たちがしてることに意味はあるって考えるしかない」
このペンギン、俺が不安そうなのをすぐに察知するよな。
表情を見て感じ取ってるのかもしれない。
「そろそろじゃの」
そういや町から出てくる人が随分少なくなってきた。
もうそんな時間か。
気付けば騎士たちも続々と集まってきている。
まだこんなに多くの騎士がいたんだな……。
騎士隊長たちに別れの挨拶をするために馬車を降りる。
それを見たメタリンとゲンさんが急いで馬車に戻ってきた。
そして俺がメタリンに向かって頷くと、メタリンは凄いスピードでみんなを呼びに行ってくれたようだ。
「スタンリー、あとは任せて良いかの?」
「もちろんである! 騎士の誇りを持って屍村までみんなを護衛するのである! できれば王国に行っても騎士を続けたいのが本音であるが……」
俺をチラ見してくるなって……。
騎士になりたいなら勝手にパルドに行ってくれよ。
「ロイス君を困らせるんじゃない。じゃあワシらはもう行くからの。ついでにワシらが旅立ったことを公園にいるゾーナちゃんという冒険者に伝えてくれ」
「へ? どこに行く気なのである?」
「ユウシャ村じゃよ」
「「「「ユウシャ村!?」」」」
「そうじゃ。ワシとリヴァちゃんの出身地だからのう。それにたまたまロイス君のお仲間さんがユウシャ村に行っておるようなんじゃ。帝都には本当にたまたま途中で通りかかっただけじゃよ」
「危ないのである! 東に行くなんて絶対に無理なのである!」
「大丈夫じゃよ。ここから先の道は人っ子一人いない可能性のほうが高い。周りを気にしなくていいんならワシたちはようやく本気を出せるってことじゃからのう」
ジジイ、まだ本気を出してなかったのか……。
ってそんなに見栄張らなくてもいいのに。
「ダメなのである! てっきり前に合流して先導してくれるものだと思ってたのである!」
「騎士隊長さん、ジジイが言ったように俺たちがこんなことをしてるのはたまたま通りかかったついでのただの気まぐれですから。今みなさんが国民の方を救いたいという気持ちとは全くの別物です。俺はただ俺の仲間のためだけにユウシャ村に行くんです。ユウシャ村の人を救おうとかいう気持ちはこれっぽっちもないですから、仲間に会えたらさっさと自分たちだけで帰ってきますよ。死ぬのは嫌ですし、ユウシャ村で生活する気なんてさらさらないですからね」
「「「「……」」」」
失望したか?
「……本当にその大事な仲間を救いたいだけならこんなところでのんびりしてるはずないのである。もう騙されないのである。ロイス君は本当は全帝国民を救いたいはずなのである」
「そうだ。あんな芝居までして俺たちの気持ちを一つにしてくれたんだ」
「そうです! そうじゃなきゃ僕たちはこれからも不安なままここにいたはずですから!」
「アルフィ殿も一人でも多くの人を救いたかったからわざわざ城にまで行ってバーゼル皇子を連れ出してくれたんでしょう!? 皇帝に会うのは口実だったに違いありません!」
なんかいい具合に士気が高まってくれたな……。
「どう解釈するのかはみなさんの自由ですが、とにかく俺は今すぐにでもユウシャ村に行かないといけないんです。ですからここから先のことはみなさんにお任せします。騎士隊長さん、この袋の中に大量の食糧が入ってますので必要ならば自由にお使いください。ではまた王国で会えたら会いましょう」
騎士隊長はなにか言いたそうにしているものの、黙ってレア袋を受け取った。
「みんなも気をつけてね~。食べ物でケンカしたらだめだからね?」
いつの間にかリヴァーナさんが御者席に座っている。
既にメタリンは馬車を引く準備ができているようだ。
俺とジジイが馬車に乗り込むと馬車は動き出した。
ほかの魔物たちも騎士が来たのを確認したらすぐに追いついてくるだろう。
「絶対に帰ってこいなのである! まだ借りはなにひとつ返してないのである!」
「ありがとう!」
「こっちは任せてください!」
「王国で待ってますから!」
騎士たちに見送りをされるってのもなんか変な感じだな。
今まで王国の騎士にはあまりいいイメージがなかったが、この帝国の騎士たちのことは好きになれそうだ。
「ねぇ袋の中見て~。ほら、魔石がこんなにいっぱい! リスちゃんたちに集めてもらったの!」
リヴァーナさんのマイペースさが羨ましい……。




