第三百十四話 避難宣言
「帝都にいる全国民に告ぐ。私はマーロイ帝国第二皇子バーゼル。こんな時間だが、緊急の用件なので許してほしい」
……ひそかに町がざわめき始めた気がする。
「現在この国この大陸を取り巻く状況はもう知っていると思う。もし知らない人がいたらよく聞いてほしい。この国は今……魔王に狙われている」
すぐには理解できないだろうな。
「町の外の紫のモヤみたいなものに気付いた人も多いであろう。あれは魔瘴と言って、そこから魔物が生み出されるんだ。つまり今町の外は魔物で溢れかえっている」
……ん?
何人か避難者っぽい人たちがやってきたが、避難するわけでもなくその場に立ち尽くしている。
避難するためにここに来たが、騎士が集まっているのを見て第二皇子がここにいることを知ったというところだろうか?
「この魔瘴はもう一週間も前から拡がり続けていて、おそらく数日の間にはこの町をも覆いつくすであろう」
町中の家の明かりがどんどん付いていく。
うるさくて起きてしまっただけかもしれないが。
でもまだ苦情っぽいのは聞こえてこないな。
「もちろん国としても対策は練った。騎士や冒険者たちにも昼夜問わず戦い続けてもらった。冒険者はなんと王国の冒険者にまで助けを求めに行ってくれた。そして王国から選りすぐりの冒険者たちが応援に来てくれた」
……シーンとなった。
みんな結末を知りたがってるのだろう。
「……だがそれでも魔王には勝てなかった。今の私たちの力では魔瘴をとめる術がない。このまま戦い続けたところで結果は見えてる」
ここまで理解できてるはずなのになぜ皇帝はまだ戦おうとするんだろうな。
「しかし、我々はまだ希望を捨ててはいけない。それは冒険者たちが戦い続けてるからだ。冒険者たちならいつか必ず魔王を倒してくれる」
そこは勇者とは言わないんだ。
「だから今は我慢するときだ。ただし、私はこんな危険な場所でただじっと待つようなことはしたくない。かと言って私は冒険者ではないし、騎士でもない。だがそんななんの取り柄もない私でもできることが一つだけある」
聞いてる人はこのあとどんな言葉が来ると思ってるんだろうな。
「それは……王国に避難することだ」
さて、どうなることやら。
「私は王国に避難することにした。それも今すぐにだ。この一週間、冒険者たちはすぐに逃げるべきだと散々言い続けてきた。今はまだ戦うときではないと。王国では半年も前から魔王対策として様々なことが考えられ実行されている。だが私たちはどうだ? 王国に比べて戦力も知識も劣ってるのに魔王に勝てるわけがない。しかし、そんな私たちに手を差し伸べてくれたのが王国だ。移住してきてもいいと言ってくれている。しかも当面の生活の工面もしてくれると言うではないか。手ぶらで来てくれていいとさえ言ってるんだ」
直にみんなの反応を見れないのは不安になるな。
特に皇帝の様子が知りたい。
「もちろんなにもかもゼロからのスタートだから大変なことが山ほど待ち受けてるだろう。だがそれでも私は行く。皇族の身分なんかは捨て去って、生きることを選択する。生きるためならどんな仕事でもしてみせよう。生きていなければツラさを味わうこともできないのだから」
……あ。
人が集まってきだした。
「そして帝国騎士の諸君! 第二皇子バーゼルから最後の命令だ! 自分の家族を守れ! 自分の大切な人を守れない騎士なんか帝国には必要ない! こんなときにまで国のことを考えなくていい! きっと家族は不安なはずなんだ! 君たちがどういう決断をするのかは自由だが後悔だけはするな! ときには皇帝の命令よりも優先しなければいけないことがある!」
おお?
わずかではあるが拍手が起きている。
「そして国民のみなさん、もし王国へ避難したい方は今すぐに帝都外の西にある公園まで移動してほしい。今なら冒険者たちが魔物を倒してくれてるから移動も容易なはずだ。だがもう冒険者たちはここには戻ってこない。避難するなら本当に今が最後なんだ。冒険者たちはそのまま歩いて屍村に行き、船で王国に向かう。冒険者たちとともに移動すれば魔物をおそれることもない。だが冒険者たちの負担を減らすためにも武器を持てる人は持って、自分の周りの人だけでも守ってほしい。そこらへんに落ちてる石ころを武器にしても構わない。魔物だってバカじゃないんだから人間が集団で石を投げてきたらきっと逃げるだろう」
想像したら魔物が可哀想になってしまった……。
俺たちからしたら最弱のブルースライムでも大群で襲ってきたらこわいもんな。
赤ちゃんと言えどもペンギンテイオーが泣いちゃうくらいなんだから。
「では私は今すぐに旅立とうと思う。もちろん馬車なんか使わずに歩いてだ。できれば馬車は本当に必要とする人に使ってもらいたい。歩ける人は歩こう。以上、第二皇子バーゼルの最後の言葉とさせていただく。どの道を選択しようと、みなさんの人生に幸があることを祈る」
そしてバーゼルさんは魔道具のスイッチを切った。
……ここに集まってきた人はただただ立ち尽くしている。
「「「「……パチ……パチパチパチ」」」」
そして次第に拍手は大きくなっていった。
「みなさん! いっしょに行きましょう! さぁ、早く外へ!」
バーゼルさんが言うと、みんなは町の入り口に向かって早足で歩き始めた。
「騎士のみんなも早く家族の元へ!」
「バーゼル皇子! 家族が避難したら僕は冒険者のみなさんと同じように護衛に加わります!」
「俺も! でもまずは城にいる残りの騎士たちを説得してきます!」
「騎士として最後の仕事なんだから誇りを持って国民のみんなを守ろう!」
「冒険者ばかりにいいカッコさせるんじゃねぇぞ!?」
士気が高い。
これならきっと帝都入り口にいた騎士たちや城にいる騎士たちも避難することを選ぶ人が多いだろう。
そして騎士たちは城の方向に向かって馬車を走らせていった。
残ったのは第二皇子家族と騎士隊長だけだ。
「スタンリー騎士隊長、最後にお願いを聞いてくれないか?」
「なんである? せっしゃの家族はもう避難してるからなんでも言うのである」
「フィオナの両親、そして私の母にも避難するように言ってきてほしい。できればほかの皇子や皇女たちにも」
「任せるのである! ロイス君! さっきの声がみんなに届く魔道具貸してくれなのである!」
「どうぞ。この先も使うことがあるかもしれませんから持っていてください。あとでララに返しておいてくださいね」
「ありがとうなのである! ではまた会うのである!」
騎士隊長も馬車で城に向かったようだ。
「皇帝には声かけなくていいんですか?」
「……いいんだ。あの人はなにがあっても逃げない。でもその気持ちも少しはわかる。代々続いてきた皇帝を自分の代で終わらせるわけにはいかないからね。それなら最後までここで責務を全うさせてあげたほうがあの人のためなんだ」
それは諦めなのか優しさなのかどっちなんだろう。
仮に帝国の歴史がもうすぐ終わったとしても、別に皇帝まで死ぬ必要はないと思うんだけどな。
「さて、騒がしくなってきたね。きっと多くの人がいつでも避難できるように準備はしていたんだろう。ただ決心がつかなかっただけなはずだ。こんな私でも最後に役に立てて良かったよ」
「帝国では最後かもしれませんけど、王国での人生はまだこれから始まるんですよ? 王国でもその手腕を発揮されてみてはいかがですか? みなさんがまず向かわれるのは人口千人程度のマルセールという小さな町の近くにある港です。そしてその港付近では避難者の方々のために新しい町の建築が始まっています」
「町の建築だって!? しかも私たち避難者のために!?」
「はい。先に避難した多くの方がその町のために働き始めてくれてます。あ、でも当分の間は港にあるダンジョンに住んでもらうことになりますけどね。ダンジョンと言っても洞窟に住むわけじゃないですからご安心を。まぁ見てからのお楽しみにしておいたほうがいいと思います」
「「「……」」」
でも皇子をみんなといっしょに住ませていいのか?
帝国民からクレームが来たりしないだろうか……。
「お兄ちゃん、子供もいっぱいいたりする?」
「うん。たくさんいるから遊び相手には困らないと思うよ」
「本当!? 楽しみ!」
無邪気だな~。
今までは周りに子供がいなかったんだろうか。
それにこの子くらいの年齢の子たちはただの引っ越し程度としか思ってないのかもしれない。
「ロイス君、実は私たちは人工ダンジョンというものに全く馴染みがなくてね。失礼だとは思うが、治安というものはどうやって守っているのだろうか? 万が一娘が誘拐でもされたらと思うと少し心配なんだ」
「そこら中にウチの魔物がいますので大丈夫だと思いますよ。あ、魔物といっても白毛の可愛いウサギです。それとこれは内緒にしてほしいのですが、そのダンジョンはウチの錬金術師の管理下にありまして、ある程度の場所なら覗き見ることができますので、もしそのような事態になってもすぐに解決できます。ウチのダンジョンは昔から安心安全をモットーにやってますので」
「……よくわからないがロイス君が言うのなら大丈夫なんだろう」
「私は楽しみになってきましたよ。ロイス様が管理人のダンジョンなら心配ないですもの」
「ウサギと遊びたーい! メタリンちゃんもまた遊ぼうね!?」
「キュ! (はいなのです!)」
「メタリンとは遊んでもいいけど、外にいるスライムとは絶対に遊んじゃダメだよ? ここから外に出たら悪いスライムがいっぱいいるからね?」
「わかった!」
いい子だな。
「そろそろ出発したほうがええぞ。先は長いからのう」
「うん。アルフィさん、ありがとう。今度お酒でもいっしょに飲もう」
「そうじゃな。そのためにも絶対に死ぬんじゃないぞ」
「もちろん。じゃあ今度こそ行くよ。ロイス君、じゃあまた」
「アルフィ様、ロイス様、本当にありがとうございました」
「お爺ちゃんもお兄ちゃんも早く来てね!」
そして三人は旅立っていった。
あ、レア袋を誰かに渡すように言うの忘れた。
まぁあの人たちとはまた会えそうだしいいか。
「もっと話さなくて良かったんですか?」
「いいんじゃ。昔に少し遊んでやったくらいでそこまで親しい仲でもないからの」
「ふ~ん。それにユウシャ村に行くこと言ってないですよね?」
「言わんほうがいい。ワシらが最後に来ると思ってるから安心して出発できるんじゃ」
ジジイからしたらバーゼルさんたちも自分の子供みたいな感じなのかな?
空が少し明るくなってきたせいか、三人仲良く歩いている後ろ姿がまだはっきりと見えている。




