第三百十二話 強気で攻めたい
誰もいなくなった大広場でゲンさんとペンギンといっしょにただただぼーっとする。
真夜中と言えど帝都の大広場を独占できるなんて凄いことだよな。
「あれ!? まさかもう出発しちゃったのか!?」
「ヤバいって! 早く追いかけよう!」
また避難者と思われる人たちがやってきたようだ。
そして誰もいない状況を理解して町の入り口へと走っていく。
今からならまだすぐに追いつけるだろう。
「ゴ(少し可哀想じゃないか? 本当ならまだ時間はあったんだろ?)」
「大丈夫だって。今は外に敵がいないし。それに別の狙いがあって時間を早めたんだ」
「ゴ(別の狙い?)」
「うん。一応俺の護衛はしっかりしといて。……あ、ジジイが戻ってきた。それにお客さんも。思ったより早かったな」
メタリンは俺をいち早く発見し、テーブルの近くに馬車をとめた。
その後ろからは遅れて馬車が数台付いてきたようだ。
「ふぅ~。なんだか疲れたわい」
「皇帝には会えたんですか?」
「あぁ。ここ数日はほとんど眠れておらんようじゃった」
「へぇ~。で、どうなったんです?」
「どうにもなっておらんよ。騎士たちに城の守りを固めろって言うのと、勇者を探し出せということしか言わん。ワシになんか元勇者なんだから現勇者の居場所くらい把握しておけとか悪態ついてきおったんじゃぞ? さすがに呆れて物も言えんかったよ」
最低な皇帝だな。
でも王国に避難してしまったらもう皇帝ではなくなるからそう言いたくなるのも当然なのかもしれない。
後ろの馬車からも人が続々と降りてくる。
「……そちらの方たちは?」
「おお、そうじゃった。スタンリー、こっちに来て座れ。茶を入れてやるからのう」
「はいである!」
ある?
ってジジイがお茶を入れるんじゃないのかよ……。
「どうぞ」
「ありがとうである! ……温まるのである! 申し遅れたがせっしゃは帝国騎士隊長のスタンリーである!」
せっしゃってなんだ?
自分のことをせっしゃって呼んでるってことか?
「……ふ~ん、あんたが騎士隊長ねぇ。あ、俺は大樹のダンジョン管理人のロイスだ。で、用件は?」
「え……えっと……」
「早くしてくれ。こうしてる間にもどんどん人が死んでるんだぞ?」
「それは……」
「後ろの騎士たちはなにしてるんだ? 暇なら魔工ダンジョンでも討伐してこればいいだろ? さっき冒険者たちはほぼ全員帝都を出て王国に向かっていったんだからもう騎士が討伐するしかないんだぞ? わかってるのか?」
「……」
「なにか言ってくれよ? あんたたちと違ってこっちは暇じゃないんだ」
「おい! なんだその態度は!?」
「この方は帝国騎士全軍の取りまとめをしておられる騎士隊長殿なんだぞ!?」
「大樹のダンジョンかなんだか知らないがふざけた口聞きやがって!」
「おい! 囲め!」
「待つのである! おい!?」
テーブルの周りを一瞬にして騎士たちに取り囲まれた。
気が短い人たちばかりだな。
俺の真後ろにはゲンさん、目の前にメタリンがいるからなにもこわくないぞ。
むっ?
剣まで抜いてるじゃないか……。
ではこちらも。
「戦いたいのか? それなら仕方ないから相手してやる」
ベンチから立ち上がり、剣を抜いて炎を纏わせて見せた。
「「「「……」」」」
「ゲンさん、半分ずつな。いや、運動不足だから俺が少し多めな」
「ゴ(おい……)」
「みなの者! 待つのである! ロイス君! 少し話を聞いてくれなのである!」
「初対面の相手に何様の口を聞いてるんだ? 面倒だから全員かかってこい、と言いたいところだが、それはさすがに騎士として恥ずかしいだろ? 一番強いヤツが出てこい。こんな役職だけの騎士隊長では話にならん」
騎士たちはためらってるようだ。
「……俺が出る」
一人の騎士が名乗りをあげた。
……少しはできそうな人だな。
「俺が出るまでもないな。ゲンさん、相手してやれ。思いっきり手加減してな」
「ゴゴ(なに考えてるんだよ……。まさかフリじゃないよな?)」
いや、本当に手加減してくれよ?
騎士たちはテーブルから離れる。
そしてゲンさん対騎士の構図が出来上がった。
「じゃあ始めろ。ゲンさんは一歩も動かないから遠慮なくかかっていけ。魔物だからあやまって殺してしまってもなにも問題ないぞ?」
「なんだと? なめるのもいい加減にしろよ!」
騎士は勢いよく助走をつけてゲンさんの胸に斬りかかった。
だが剣は甲高い音とともにゲンさんの鎧に弾かれた。
「なっ……」
剣は騎士の手元からも離れ、俺の目の前に転がってくる。
一瞬こわかった……。
剣を失った騎士はその場に呆然と立ち尽くしている。
もちろんほかの騎士たちも同様だ。
そして俺は剣を拾い上げる。
「ふむ、鋼の剣か。帝国は物価が高いと聞いていたがいい物を使ってるじゃないか。だが管理が甘い。ちゃんとメンテナンスはしてるのか? 最低でも週一で鍛冶屋に出したほうがいいぞ?」
「「「「……」」」」
「まぁ今のじゃ鎧が硬すぎるとしか思わないだろうから、これを貸してやる。ほら、ミスリルの剣だ」
レア袋から新品のミスリルの剣を取り出し、騎士に渡す。
騎士はミスリルの剣を見て驚いている。
「怒りをぶつけるんじゃなくて胸を借りるつもりで行ってみろ。ただし、次はこちらもちゃんと防御するぞ?」
「ゴ(いいんだな? 痛いのは嫌だからな?)」
ゲンさんは腰のレア袋から巨大なミスリルの斧を取り出した。
「「「「……」」」」
「ほら、行け」
「くっ、くそーっ!」
先ほどよりかは勢いのない騎士の攻撃をゲンさんは軽く斧で受けとめ、そのまま騎士ごと弾き飛ばした。
……よく飛んだな。
記録は30メートルってところか?
「死んではないだろう。おい、そこの人、この最高級ポーションを飲ませてやってこい」
「……はい」
俺にかなりビビりながらもポーションを受け取って、すぐに飛ばされた騎士の元へと走っていった。
……ちゃんと動いてるな。
「どうする? まだやるか?」
「「「「いえ……」」」」
首を横に何度も振っている。
騎士じゃなくてもゲンさんと戦いたい人なんかいるはずない。
「よく聞け。魔工ダンジョンってのはな、このゲンさんでも勝てないような魔物がいっぱいいるんだ。今出現してる中級レベルのダンジョンの敵にも勝てるかわからないのに、もし上級レベルが出現したらどうする?」
「「「「……」」」」
「お前たちは今そんな魔物たちを支配下に置く魔王と戦ってるんだぞ? どこか他人事のように考えてないか? これが現実だぞ? こんな封印結界もない場所なんかで皇帝を守れると本気で思ってるのか? 魔工ダンジョンを討伐しない限り魔瘴は拡がり続けるだけなんだぞ?」
「「「「……」」」」
「どうしても帝国で生きたいんならユウシャ村に行け。あそこならもしかしたら僅かな希望があるかもしれない。まぁ着くまでに死ぬだろうがな」
「「「「……」」」」
「ジジイ、ところでこいつらはなにしに来たんだ?」
「騎士隊長が大樹のダンジョンの管理人様にお会いしたいと申しましてのう……ですが一度屍村に行った騎士隊長が逃げ腰になって帰ってきおったもんですから、今度はそうならんように皇帝により近い騎士たちを見張りに付けたんでございますじゃ」
ふふっ、なんだその口調は。
ジジイもノリノリじゃないか。
「ふ~ん。言っておくが先に剣を抜いたのはあんたたちだからな? それにゲンさんがただ吹っ飛ばしただけなのは見てわかっただろ?」
今度は首を縦に何度も振っている。
「で、騎士隊長、俺に話ってなんだ? しょうもない話は勘弁してくれよ?」
「……」
おい?
どうしたんだよ?
まさかそんなデカい体して俺にビビってるんじゃないだろうな?
俺というか俺のすぐ後ろに戻ってきたゲンさんにか。
「あんたは俺の妹と話をして、既に帝国から撤退する方向で動いてると聞いてたんだが?」
「……そうである。ララちゃんから話を聞いて、今退かなければ帝国民は全滅してしまうと思ったのである。だけど、皇帝はそれを全く聞き入れてくれないのである……」
あるが通常の口調なのか。
なのですよりは使いやすそうだな。
「自分の部下ですら説得できないのに皇帝を説得できるわけないだろう。そういうときは皇帝じゃなくて、皇帝に近い権力を持つ者に話を持っていくんだよ。誰か一人くらい避難したいと思ってるやつはいないのか?」
「おお!? さすがなのである! ロイス君は頭いいのであるな! 実は一人だけ心当たりがあるのである!」
なんだよこのあるあるおじさんは……。
なんだか頭が痛くなってきた。
ただでさえ強気な姿勢を見せるために無理して生意気な口調で話してるのに。
というかやめどきがわからなくなってしまった……。
「その前に騎士たち、あんたらはどうするんだ? このまま帝都で皇帝を守り続けるのか?」
命令でしか動けないような人を信用したくはないからな。
「……俺は逃げたい」
「俺も……。冒険者がいなくなったらもう無理だ」
「家族だけでも逃がしてやりたい……」
「もう騎士なんか辞めて普通に家族と暮らしたい……」
「王国はこの帝国のような状況にはならないって言えるのか?」
やはりそこが気になるよな。
「なるに決まってるだろ」
「「「「え……」」」」
「だが俺たちはこんな状態になることを予想して前々から対策はしてるんだ。もちろん俺がいない今も着々とみんなが動いてる。だが守るだけでは勝てない。勝つためには冒険者の力が必要になるがそれはすぐには無理だ。だから今は一旦負けを認めることにした。今の俺たちでは魔王には勝てない」
「「「「……」」」」
誰もが唖然としてるな。
「ただし、俺は別に王国という国から頼まれてやってるわけではない。むしろ国は面倒事を押し付けてくるから無視することにした。俺はただ自分や仲間のために魔王を倒したいだけだ。マルセールという町の住民の人々はそんな俺たちに共感してくれてるからこそ帝国民を受け入れると言ってくれた。それも王都パルドにいる王様たちが反対するのを無視してな」
「「「「……」」」」
少し大袈裟に言ってるけどいいよな。
……ん?
さっきゲンさんに吹っ飛ばされた騎士が体を支えられながら戻ってきたようだ。
そしてなにか俺に言おうとしてる。
「……すまなかった。俺とは実力が違いすぎる。手加減してもらったうえにこんな高級なポーションまでいただいておいて借りを返さないわけにはいかない。だから俺はあんたらに付いてくことに決めた」
え……。
まさかの反応……。
「いやいや、俺たちの力を見せるためだけのデモンストレーションみたいなものだったんですから気にしなくていいんですよ。それに自分のことは自分でお決めになってください。俺はみなさんの危機感を煽りたいだけなんですから」
「「「「え?」」」」
ん?
……あ。
「「「「……」」」」
…………もうやめよう。
「ふぅ~、お芝居は疲れますね。でも俺の発言に嘘はないですからね? もう時間もないんで全てお話しますけど、できれば騎士のみなさんにも避難していただいて、避難ついでに帝国民のみなさんの護衛をしてもらいたいんですよ。今からまだ約二時間くらいは近くの大きな公園で冒険者たちが待ってくれてますので、もし避難したい帝国民の方がまだいらっしゃるんならすぐにでも避難するように呼びかけていただきたいんです」
あ、言わないでおこうと思ってたことも話してしまった……。
「「「「……」」」」
「騎士隊長さん、さっき言ってた心当たりがある方に今すぐお会いしてここに連れてきてください。ここから帝都中のみなさんへ声を届けてもらいます」
「え……でもそんな簡単にお連れできるような方では……」
「スタンリー、これだけ時間があったにも関わらずお主がモタモタしとるからロイス君はやきもきしておるんじゃぞ? ほかの者もロイス君の言葉を忘れるんじゃないぞ? ここから避難することはただ逃げるってわけじゃないんじゃ。戦う準備をするために場所を移すだけじゃ。そのために今はまずお主らの一番守りたいものを守るんじゃ」
「「「「一番守りたいもの……」」」」
ジジイに持ってかれた……。
「ワシなんか一番最初の船で家族を王国に送り届けたわい。孫なんかお弁当屋さんで楽しそうに働いとるらしいぞ。じゃからもうワシにはこわいものなんてない。でもお主らはまだ若い。お主らがいなくなると家族は悲しむじゃろうな」
心なしか騎士たちの目に迷いがなくなったような気がする。
「じゃが一度騎士としてこの国に忠誠を誓った以上、皇帝の命令には背きづらいものがあるじゃろう。じゃからそれをなくしてやる」
「「「「え?」」」」
なにをする気だ?
「もう出てきていいぞ」
誰に話してるんだ?
…………え?
ウチの馬車から人が……。
「やぁ、みんな。こんな時間までお疲れ様」
「「「「えぇっ!?」」」」
誰だこの男性は?
ジジイが連れてきたのか?
……え?
さらに人が降りてきた……。
「みなさま、お勤めご苦労様です。不安な思いをさせてしまって申し訳ありません」
「こんばんは! あ、もう朝だからおはようございますだね!」
「「「「……」」」」
まさかこの空気感は……。




