第三百八話 そして帝都へ
帝都近くの公園をあとにし、再び馬車が走り出した。
「ジョアン君さ、なんで泣いてたの?」
リヴァーナさんが御者席から振り返って話しかけてくる。
さすがにこの付近は色々とこわいからちゃんと前を見ててくれよ……。
「ウェルダンのことを心配してくれたんですよ。あの人はいい人ですからね」
「でも泣くかなぁ~普通」
「ジョアンさんは普段から魔物たちとも仲いいですし、魔物たちもジョアンさんのことが大好きですからね」
「ふ~ん。まぁこんな可愛い魔物たちが死ぬかもしれないって思ったら寂しいもんね」
「はい。とにかくいい人なんです。ちなみにリヴァーナさんと同い年ですよ」
「え? 本当? 何月生まれ?」
興味を示したようだ……。
ジジイが言ってたようにユウトさんのことはもうどうでもいいのかもしれない。
結婚したと聞かされて急激に冷めたのかもな。
「双子の戦士二人、レンジャー、回復魔道士の四人パーティですから、リヴァーナさんのような攻撃魔道士が加わると面白いですよね」
「うん、あの双子もなかなかだったし、バランスが良くなるよね。でも五人になるけどいいの?」
「いいんじゃないですか? ギルドでパーティは四人までって決まりがあるわけでもないですし、そもそもあったところでウチの冒険者はギルドとほぼ繋がりはないですし。五人にすることで連携や収入、普段の生活に支障が出るんなら問題ですけどね」
「……ロイス君って考え方が合理的だよね」
誉め言葉か?
柔軟性がないとか言わないよな?
「でもやっぱりあのパーティはやめとく。せっかく上手くいってるのにリヴァが入るとバラバラになりそうだもん」
ユウトさんのことは吹っ切れてても、パーティが解散したことは気にしてるよな。
自分が解散に追い込んだと思ってそうだ。
「ヒューゴ君たちのところに入れてもらおっかな~。あそこも攻撃魔道士探してるみたいだし、みんなリヴァより年上だから優しくしてくれそうだし」
あ、パーティに入る気はあるのか。
年下がトラウマになってそうなのが気になるけど……。
「管理人としてもそれを一番お勧めさせてもらいますよ。あのパーティに入れるほどの実力を持ったソロの人なんて今までいなかったですからね」
「……でも本当はもう一つ気になってるパーティあるんだ~」
それは聞かなくてもわかる。
だが絶対にお勧めはしない。
毎日ケンカしそうだからな。
「パーティって単純な職構成だけで決めるわけにはいかないですから難しいですよね。まずは信頼し合える仲間かどうかのほうが大事になりますから」
「……そうだよね。私には一人がお似合いなのかも」
「え……いや、そういうことを言ってるんじゃなくてですね……」
しまった……。
「まっ、王国に行ってみてからゆっくり考えるね。それより前見て。光が見えてるのわかる?」
光?
……あ。
「あそこが帝都マーロイ。今は魔瘴で視界が悪くなっちゃったけど、いつも夜は家や外灯の明かりですっごくきれいなんだよ? それにお城は一番高い土地にあるから昼間だとここからでもはっきり見えてるし」
あれが帝都……。
あんなに大きな町なのか……。
……というか俺、ノースルアンとマルセールの町しか知らないもんな。
ボワールも通ったことはあるはずなんだが全く記憶にないし。
町より村のほうが知ってる数が多いってのはなんか寂しい。
それにまさか王都よりも先に帝都に来ることになるとはな。
「どうする? このままユウシャ村に行くんだったら別にそこまで帝都に近付かなくてもいいんだけど」
「いえ、帝都に寄ってください。まだ補給物資を渡す人たちがいるはずですから」
「え、もう大樹の冒険者はいないんじゃないの?」
「元ウチの冒険者がいるんです。帝国の危機を察知してくれた冒険者たちが」
「あ、そっか。わかった」
そして馬車は帝都の光に向かって走っていく。
確かこの近くには中級魔工ダンジョンが一つあるという話だったはずだが、幸いにもあまり強そうな魔物は出現していないようだ。
ワイルドボアやベビードラゴンといったすっかりお馴染みの顔ぶれだな。
ウチのダンジョンにはいない魔物がいたらありがたいんだが……ってつい不謹慎なことを考えてしまう。
帝都が近付くにつれ、次第に冒険者や騎士たちの姿が多く見られるようになってきた。
こんな時間にも関わらず、帝都内へ侵入させまいと戦闘を続けているようだ。
リヴァーナさんも知り合いの冒険者が何人もいるようでエールを送っている。
ソロとは言いながらも冒険者同士の親交はあったようだな。
やはりソロだったのはユウトさんのせいで間違いない、うん。
「チュリ! (見つけました!)」
帝都内を偵察に行っていたピピとタルが戻ってきた。
「どこにいた?」
「チュリ! (町に入って少し進んだ広場みたいなところです!)」
「広場? 避難者たちもいたか?」
「チュリ! (はい! 今も続々と集まってきてました!)」
「そうか。夜明けとともに出発するつもりなんだな」
「たぶん大広場に集めてるんだよ。あそこなら数千人は待機できそうだもん」
「数千人……もし本当にそれだけの数が一度に移動したらどうなるんでしょうね。行列の中に魔物が侵入してきたら……」
「やめてよ! 残酷な光景しか想像できないじゃない……」
でもその光景が現実になる可能性は高いだろうな。
帝都の冒険者と騎士が全員集まったとしても犠牲者はかなり出ることが予想される。
「のう、少しメタリンちゃんと馬車を貸してもらえんかのう?」
「え、どこに行く気ですか?」
「城じゃよ。皇帝に会ってくる」
「えっ!? 知り合いなんですか!?」
「一応ワシこれでも元勇者なんじゃぞ……」
それはわかってるけど、なんかいまだにピンとこないんだよな~。
「別にいいですけど、真夜中だから寝てるんじゃないですか?」
「こんなときに呑気に寝てる皇帝ならそれまでじゃろ。どちらにしてもすぐ戻るから心配せんでくれ」
心配なんか全くしてないけどな。
そしていよいよ帝都の入り口にやってきた。
ここにもまた大きな門がある。
……騎士がいっぱいだ。
暇してるんならどっかで戦闘してこいよ……。
「面倒事は避けたいんで、歩いて入りましょうか。シルバたちは中で合流しよう」
馬車をしまうと、魔物たちはピピとゲンさんを残してどこかに走っていった。
「じゃあ冒険者パーティってことでいいよね!? リヴァの顔を知ってる人もいるだろうし、リヴァがリーダーするね!」
なんでそんなに嬉しそうなんだよ……。
やっぱりソロが寂しかったんだろうな。
そしてリヴァーナさんを先頭に門へと近付く。
「あっ、リヴァーナか!? どこに行ってたんだ!? 帝国中が大変なことになってるんだぞ!?」
騎士が集まってくる。
魔瘴の割にここらへんは魔物がいないな。
やはり町にはなにかマナみたいなものがあるんだろう。
ピピたちが出入りできるってことは封印魔法とかいった類ではないだろうし。
「リヴァがどこでなにしようとどうでもいいでしょ。それよりみんなも早く逃げたほうがいいよ。今なら西の橋から屍村までの魔物は王国の冒険者たちが退治してくれてるから生き延びれる確率も高いはず。逃げるのが嫌だったら今後一生この魔瘴と付き合ってくしかないんだよ?」
「……皇帝より先に逃げるわけにはいかないんだよ」
ほかの騎士たちは無言で下を向いた。
みんな同じ意見ということか。
「皇帝を見捨てて逃げるんじゃ」
「「「「……」」」」
ジジイの言葉には誰も反応しない。
きっと既に騎士隊長とやらからも言われてることなんだろう。
「じゃあお好きにどうぞ。リヴァは王国に行って、大樹のダンジョンで鍛えて、将来魔王を倒すから」
「「「「え……」」」」
まさかの魔王討伐宣言……。
さすがに騎士たちも引いてる。
目の前の魔工ダンジョンすら討伐できないのに、魔王を倒すなんて想像すらできないんだろう。
……あ、でも帝国には勇者制度があるから、今のリヴァーナさんの発言は勇者になるって宣言したみたいなものなのか?
「今は町のマナのおかげで魔物は寄ってこんが、魔瘴が強まり町全体を覆いつくしマナの力が弱まったとき、一気に魔物たちはやってくるぞ。もちろん空からもな」
「「「「……」」」」
ジジイはマナって言葉を知ってるのか。
ジジイだけあって知識は豊富そうだもんな。
どうしたらいいか悩んでいる騎士たちを放っておいて、すんなりと帝都に入ることができた。
……だが暗くていまいち町の雰囲気がわからない。
できるなら昼間の明るいときに来たかったな。
「五分ほど歩くと大広場だからね」
真夜中なのに明かりが付いている家が多い。
一階部分にシャッターが下りてるってことは店なんだろう。
同じような家が続いてるから、入り口から大広場までのメインストリートは全部店なのかもしれない。
……城までは遠いな。
傾斜があるし、歩いていくとなると数時間はかかりそうだ。
「大広場を越えてから馬車を出しますね」
「うむ、あまり目立ちたくないしの」
何件か先の家から人が四人出てきた。
そして大きな荷物とともに大広場のほうに走っていった。
あの荷物を持って屍村まで歩くのは無理があると思うけどな。
今度は脇道から急に人が現れた。
その人もまた大広場に向かって走っていく。
みんな焦っているのは置いていかれると思ってるからかもしれない。
「もし逃げ場がなかったらみんな今頃家で寝てるしかなかったのかのう」
……ジジイの言葉にしては重い言葉だ。
少しでも多くの人に生き延びてほしい。




