第三百四話 奮闘する冒険者たち
空は完全に暗くなった。
だが魔物たちが襲ってこなくなるわけではない。
むしろ夜に活発化する魔物もいるくらいだ。
避難者を誘導する道にはウチの電灯が一定距離ごとに設置されている。
かなり明るめだから夜の暗闇と魔瘴のモヤが重なろうが道を見失うことはない。
だが明るいところに人間がいたら当然魔物たちも襲ってくる。
「うわっ!? ……えっ!? リス!? ……あっ!?」
そりゃシルバやリスたちがいきなり現れたら敵と認識されるよな。
だがウチの魔物たちが敵を倒し、服を着ていることに気付いた冒険者たちはすぐに俺の仲間の魔物だとわかってくれる。
「わふっ! (あと少しだから耐えて!)」
「シルバ君もいるのか!? あぁ、ここは任せてくれ!」
まだ士気は高いようだ。
装備品の損傷具合からするとかなりダメージを受けているように見える。
おそらく剣の切れ味も相当落ちていることだろう。
「補給物資です! 食糧や装備品が入ってますのでみなさんで自由に使ってください!」
馬車をとめ、馬車の後ろから少し身を乗り出し、近くにいる冒険者にレア袋を渡す。
「ありがとうございます! ……え? ……えぇ~っ!? 管理人さん!?」
会う人全員に驚かれる。
同じリアクションばかりだからさすがにもう見飽きたし聞き飽きた。
「撤退まで長くてもあと二日です。最後まで気を抜かないでください」
「はい! でもどうしてここに……」
「では先を急ぎますのでこれで。ほかのみなさんにもくれぐれも無理をしないようにお伝えくださいね」
そして再び馬車は走り出す。
さっきからずっとこれの繰り返しだ。
「ゴ(みんな戦えてるようだな。顔つきもたくましくなってきた)」
ゲンさんはウチの家の前で毎朝毎晩みんなの顔を見てきてるからな。
成長してるのがわかって嬉しいんだろう。
もちろん俺も同じように感じてる。
「もうすぐ屍村とベネットの中間くらいだよ。確かそこで避難者の休憩場所みたいなの作ってるって聞いたけど」
へぇ~。
そんな場所があるなんて知らなかったとは言えない。
「人も多そうですね。冒険者たちも多くいるでしょうが、ここらで一度大掃除といきましょうか」
「そうだね~。なんだか眠たくなってきちゃったからちょっと運動してこよっかな」
魔物討伐がちょっとした運動扱いかよ……。
そういやララも同じようなこと言ってよくダンジョンに入っていってたな。
ここまでは冒険者やシルバたちのおかげでリヴァーナさんは全く魔法を使う機会がなかった。
タルと仲良さそうに御者席に座ってたが相当暇だったんだろう。
……あそこか。
今までの道より光の範囲が広くなってるのが遠くからでもすぐにわかった。
逆に夜のほうが目印がわかりやすい分避難しやすかったりしてな。
そして休憩場所の近くまで来ると、その周辺ではかなりの人数の冒険者たちが戦闘しているであろう音が聞こえてきた。
空中の敵に対しても攻撃魔法が飛び交っている。
どうやらミニ大樹の柵で休憩場所一帯を囲っているようだ。
少しならマナの効果もありそうだな。
「わふわふ(じゃあ二手に分かれて半周して向こう側で状況確認だ。冒険者たちがいるさらに外側の敵を狩ろう。じゃあマカは僕といっしょに右から、エク、メル、マドは左ね)」
「「「「ピィ! (了解です!)」」」」
シルバたちは凄いスピードで暗闇と魔瘴の中へ消えていった。
「じゃあ私も行ってくるから、出発する時間になったら誰か呼びに来てね。魔石いっぱい取ってこよ~っと」
リヴァーナさんは馬車から降りると楽しそうに歩いていった。
本当に一人でこんな暗闇の魔瘴の中を行くんだな……。
メタリンはゆっくりと馬車を引いて休憩場所内へと進もうとする。
だが一人の冒険者が立ちふさがった。
「お疲れ様です! ここから先は人がいっぱいいますのでゆっくり……えっ!? スライム!? ……じゃなくてもしかしてメタリンちゃん!?」
これもお決まりのリアクションだ。
まぁ馬車を引くスライムなんてメタリン以外いないだろうが。
俺が御者席に移動すると、ピピが馬車の上から俺の肩に乗ってきた。
「ベルさん、お疲れ様です」
「え? …………ロイスさん!? えっ!? なんで!?」
これまたわかりやすくパニックになってくれてるようだ。
「補給物資を渡して回ってるんです。この魔瘴の中一番安全かつ素早く移動できるのはメタリン馬車ですからね。それと今シルバやリスたちがこの周辺の魔物を殲滅してるんでベルさんたちも少しは休めますよ」
「……」
ん?
どうした?
「……あ!」
すると急にベルさんは地面にペタンと座り込んでしまった。
思わず馬車から降りてベルさんの元へ行く。
「大丈夫ですか!?」
「……はい。なんだか安心して気が抜けてしまったみたいです……」
「チュリ(ロイス君、さっきみたいな発言には気をつけたほうがいいです)」
安心させようと思って言ったことが仇になったってことか?
……確かに少し不用意な発言だったかもしれない。
生きるか死ぬかの張りつめた緊張感の中でずっと戦ってきてたのに、シルバたちが助太刀に来てくれたことでもう大丈夫だと思わせてしまったかもな。
「立てますか? 少しそちらに移動しましょうか」
「……あれ? ……力が入らないです……あれ? なんだか涙が勝手に……」
マズいな……。
ただでさえ肉体的にも精神的にも疲労が蓄積してたはずなのに、気持ちまで切れてしまったらもう戦えないかもしれないじゃないか……。
「ベル! どうかした!?」
休憩場所の中から女性が走ってきた。
確か同じパーティだよな?
「なんだか疲れたみたいです。少し休憩させてもらってもいいですか?」
「え、大丈夫!? もっと遠慮なく言ってくれていいんだからね!?」
「ははっ、今までは大丈夫だったんですけどね。じゃあすぐ戻りますので」
「ここはいいからちゃんと睡眠を取ってきて! なにかあってからでは遅いんだからね!?」
「はい……ありがとうございます……あ」
ベルさんが立ち上がろうとしてふらついたので、慌てて身体を支えた。
「……えっ!? 管理人さん!?」
ようやく俺に気付いてくれたようだ。
声を聞きつけた残り二人のパーティメンバーもすぐに魔瘴の中からやってきた。
このパーティは休憩場所の南側を任されてるんだろう。
それよりベルさんは本当に足に力が入らないようで、全く動こうとしない。
「待機用の馬車は中にあるんですか? そこまで運ばせてもらってもいいですか?」
「え? ……お願いします」
そしてベルさんをお姫様抱っこする。
「「「あ……」」」
「ではみなさん、俺は今から帝都のほうまで行くのでこの休憩場所の守りは任せました」
「「「はい!」」」
任せられたらやる気がみなぎってくるもんな。
ベルさんにも最初からこう言っとけば良かった。
安心なんかさせたら絶対にダメだったんだな。
そしてベルさんを抱えたまま、柵の内側へ入る。
メタリンも馬車を引いてゆっくり付いてくる。
「ロイスさん……すみません」
「いえ、悪いのは俺です。戦場で集中を切らせるようなことを言ってすみませんでした」
「いえ、そんな……」
また一つ勉強になった。
ララやカトレアに報告したら怒られるんだろうけど。
特にカトレアはエマベルコンビのことにはうるさいからな……。
「あ、エマも頑張ってましたよ。封印結界の範囲も屍村から7キロ地点くらいまで続いてましたし」
「え、凄い……。私も頑張らなくちゃ」
よし、徐々にメンタルは回復してきてるな。
……それより凄い人の数じゃないか。
寝ている人も結構いるようだ。
普通ならこんな場所で寝れるはずがないのであろうが、疲労が勝ってしまってるんだろう。
誰も俺たちのことなんか目にも入ってない。
「ここ今何人くらいいるんですか?」
「たぶん四、五百人くらいは……」
多いな。
朝まで待って屍村に移動するつもりなんだろうか?
「あ、そこの馬車です」
ベルさんを馬車の中に降ろす。
「スピカポーションを飲んでください。それとそのローブ、かなりダメージを受けてるようですので、このレア袋の中からお好きな物選んで着替えてください」
ベルさんは言われるがままにポーションを飲み、袋の中からローブを一つ取り出した。
「緑のローブですか。だいぶ感じが変わりますね」
「……ロイスさんとお揃いにしてみました」
「あ、なるほど。この緑きれいですもんね」
「いえ、そういうことじゃなくて……」
そういやベルさんたちはどの中級者パーティと組んでたんだっけな。
というか休憩拠点にするくらいだから八人三組の計二十四人くらいいても全然おかしくないのか。
例のグリーンドラゴンが出現する場所もここから近いみたいだし。
「チュリ(メタリンのご飯休憩がてら私たちも少し休みましょう。ベルちゃんもロイス君とお話したいようですし)」
「え? ……わかった。ジジイは寝てるし、シルバたちもまだしばらくは戻ってこないだろうしな」
そしてベルさんたちの馬車の中でご飯を食べた。
どうせエマから俺がユウシャ村に行ったことを聞くんだろうと思ったから先に話しておいた。
もちろんほかの冒険者たちには内緒にしてもらうが。
「チュリ(王国に帰ってからまた色々と問題が起きそうですね)」
「ん? なにがだ?」
「チュリ(いえ、なんでも。ここでのことはララちゃんやマリンちゃんには知られないほうがいいですよ。じゃあそろそろリヴァちゃんとシルバ君たちを呼んできますね、ふふっ)」
ピピは不敵な笑みを浮かべ飛び立っていった。




