第三百二話 旅の始まり
ララ、カトレア、エマ、それにリヴァーナさんは小屋に入っていった。
ついでに長老さんも地下にあるという家へ戻っていった。
「リヴァーナさんが管理人さんの護衛をしてくれるんなら私たちも安心できますよ!」
「ははっ、期待しておきますね」
そういやヒューゴさんたちがパーティに誘ってるって言ってたっけ。
それほどの魔道士なら護衛としては優秀だろうが、俺からしたら正直不安しかない。
ユウトさんの元彼女って目で見てしまってるからな。
「そういや撤退命令は出したんですか?」
「はい、今朝話し合って決めましたよ。そろそろ全ての冒険者に伝わってるといいんですが」
今朝はシルバもシモンさんも急いで出航したらしく、そのことはまだ聞いてなかったようだ。
ララもシルバが来たことでなにかあったんだとパニックだったらしいし。
「で、あの長老さんはどうしたらいいんです?」
「さぁ……今後騎士たちが来たときのためにここに残っていてほしいんですけどね」
本当に付いてくる気なんだろうか。
元勇者だから腕に自信があるのはわかるが、いくらなんでも無茶じゃないか?
「あ、どうやら避難者の方が来たようです。管理人さん、絶対に無事に帰ってきてくださいね」
ヒューゴさんたちは村の入り口に向かっていった。
ここも今から人のピークを迎えるんだよな。
そしてしばし待っていると、長老がやってきた。
「お待たせしたのう。もうワシはいつでも出発できるぞ?」
さすがに無視するわけにはいかない。
「……大丈夫なんですか?」
「足手まといにならないか心配か?」
「当然でしょう」
「おぉ……ララちゃんと同じではっきり言うんじゃな……」
だってそういう扱いが好きなんだろ?
「それはそうと、ユウトからリヴァちゃんのことは聞いておるか?」
「はい。長老さんもさっきユウトさんから聞いたんですか?」
「いや、ワシはリヴァちゃん本人から聞いた。ユウトがここに来てないか聞かれたもんでのう。だからさっきユウトがリヴァちゃんのことを聞いてきて驚いたんじゃ」
つまりリヴァーナさんはユウトさんを探してたってことだよな……。
いや、ユウトさんと同じで帝国を去る前の心残りとして気にしてただけかもしれない。
「実はまさにここで二人はニアミスしたんじゃよ。その直前にリヴァちゃんにはユウトが結婚したって伝えてたからか、すぐにこの小屋に隠れてくれてのう。じゃからユウトは気付いておらんかったが」
おい……。
よく結婚したこと言えたな……。
「リヴァーナさんの様子はどうだったんですか?」
「そりゃ動揺しておったよ。ずっと探してたみたいじゃからの」
やはりそうだったのか……。
もう一度ユウトさんとパーティを組むためにソロだったんだな。
「でも安心していいぞ。ララちゃんたちがずっといっしょにいてくれたおかげでもうすっかり立ち直ってるからのう。今じゃ早く大樹のダンジョンに行きたくてうずうずしてるようにも見えるぞ」
「それは良かったです。ユウトさんも気にしてたものですから。……もしかしてリヴァーナさんに会わせないようにユウトさんをわざと王国に行かせました?」
「そのほうがいいと思っての。今は揉め事しとるような場合じゃないし。ワシもユウトから聞いたわけじゃないからまた王国に行ったらちゃんと聞かんといかんのう」
なかなか気が利くじゃないか。
二人が揉めるのは別に構わないが、奥さんに迷惑はかけてほしくないからな。
「で、長老さんは本当に付いてくる気ですか?」
「しつこいのう。馬車に乗せてくれるだけで、別にワシのことは守らんでもいいから。最後にあの村のことを見ておきたいんじゃ」
「メロディさんたちが知ったら腰を抜かしますよ?」
「じゃろうな。じゃから言わんでくれ」
「怪我しても自己責任でお願いしますね。死んだら遺体はレア袋に入れてご遺族にお届けしますのでご安心を」
「こら……やはり兄妹じゃな……」
とそのとき、小屋の中からララの声が聞こえてきた。
なにか喜んでる声のようにも聞こえる。
ということは成功したのか?
そしてすぐにララが小屋から出てきた。
「お兄! 見て見て! いくよ!?」
ララは右手に持っている剣を掲げた。
すると剣の刃に炎が灯った。
「おお? いい炎だ。ちょっと振ってみてくれ」
ララは剣を目にもとまらぬ速さで何度も振った。
「消えないね! 凄い!」
炎よりお前の素振りのほうが凄いよ……。
「危ないからあまり振り回すなよ」
「うん! それでここを押すと……」
すると今度は剣先から上空に向かって炎が放たれた。
カトレアの初級火魔法より遥かに強い威力だ。
剣に燃えさかっている炎もカトレアの魔法の比ではない。
使ってて火傷しないかが心配だな……。
長老さんは目を真ん丸にして驚いているようだ。
「凄い! 私の魔法みたい!」
お前の魔法だからな……。
ここに来る船の中で聞いた、カトレアがどうしても屍村に来たがった理由。
それはララに会うためだった。
封印魔法を覚えた今のララなら、錬金釜に対して火魔法と封印魔法を同時に使うことで……それをカトレアが上手く制御して……とかなんとか長ったらしいことを言ってた。
俺は別にカトレアの初級魔法でもいいと言ったんだが、それじゃ弱いからダメとか言うんだ。
「ジジイ! カトレア姉凄いでしょ!? こんな魔法付与だってできるんだからね!? あ、お兄、はいこれ! まだなにかやるみたいだからもう少し待っててね!」
そしてララはまた小屋の中に入っていった。
そんな自慢するようなこと言わなくてもいいのに。
ジジイさんが落ち込むだけだろう。
……ん?
今ジジイって言ったよな?
「……あの、今ララ失礼なこと言いましたよね、すみません」
「いいんじゃ。魔法付与なんてワシにはとてもできん……」
いや、そこじゃなくてジジイのほうなんだけど……。
でもそういやさっき挨拶したとき、ジジイって呼んでくれって言ってたよな?
むしろそう呼ばれたいのか。
「ジジイさん、魔法付与はスピカさんでも無理ですからそんなに落ち込むことないですよ」
「ジジイさんって……この兄妹はどうなっとるんじゃ……」
え……なんだよこの人。
「いや、ジジイでいいんじゃよ。親しみを持ってくれてるのがわかるからのう」
「……そうですか。ジジイもウチで作ったローブ装備しますか? 魔道士なんですよね?」
「いきなりジジイって……」
今ジジイでいいって言ったよな?
……この人、かなり面倒だな。
ララがジジイって呼ぶようになった理由がわかる気がする。
「ピピ、みんなを呼んできてくれ。もうすぐ出発だ」
さっきピピとゲンさん以外は遊んでくると言ってどこかへ行ってしまった。
きっと村の外に大量発生しているというブルースライムあたりとペンギンを遊ばせに行ったんだろうな……。
今度はリヴァーナさんが小屋から出てきた。
「どうかなこれ!? 似合う!?」
俺の目の前に来てクルっと一周回ってみせる。
黄色を選んだのか。
「雷のイメージでいいんじゃないですか」
「そうなの! こんな色のローブ見たことなかったから嬉しい! リヴァの髪って茶色で地味でしょ? だからせめてローブくらいは明るい色着たかったの!」
でも黄色はウチではあまり人気がない色だけどな。
リヴァーナさんがカトレアの装備してるローブをあまりにも羨ましそうに見てたので、仕方なく新しいローブをプレゼントすることにした。
一応俺の護衛も兼ねてるんだから少しでも防御力と魔力をあげてもらうっていう目的もあるけど。
「ちょっとリヴァさん、もう少しお兄から離れてください」
ララが俺とリヴァーナさんの間に入り込んでくる。
「すっごく似合うって言ってくれたんだよ?」
いや、雷みたいとしか言ってないが……。
「お兄は誰のことでも褒めるんです。そうじゃないと客商売なんてやってられませんからね」
おい……俺がいつも嘘で褒めてるみたいに思われるだろ。
そのあともララとリヴァーナさんはなにか言い合ってるが、仲は良さそうに見える。
「ロイス君、どうでした?」
カトレアとエマも出てきたようだ。
ということは準備完了か。
「あぁ、凄い剣になったな。上手くいって良かった」
「はい。ララちゃんの魔法の精度が高いおかげです。ではこれを」
カトレアからレア袋を受け取る。
中には予備の魔石、武器、防具、回復アイテムがいっぱい入ってる。
ちょうど魔物たちも戻ってきたようだ。
……ん?
シルバの上に乗っているペンギンが泣いてるように見えるのは気のせいか?
「わふ(ブルースライムの大群に襲われたんだよ。そしたらこわかったみたいで泣いちゃった)」
「スパルタはやめろっていつも言ってるだろ……まだ赤ちゃんなんだぞ?」
「キュ(英才教育ってやつなのです。ご主人様を守るためにはこのくらいのときから日々ハードな修行が必要なのです)」
こいつら……。
まぁ実際リスたちはそれでいい方向に成長してるからなんとも言えないけどさ。
「お兄、約束忘れちゃダメだからね? ユウシャ村に着いたらすぐ帰ってきてよ?」
「わかってるよ。ウェルダンさえ元気になればメタリンといっしょに数台の馬車を引くことだってできる。理想は村人全員連れてくることだが、そう上手くはいかないだろうな」
「ウェルダンとビスとユウナちゃんとシャルルちゃんだけ連れて帰ってこればばいいの。流れ的に村の人たちはどうせ意地張って村に残るって言うんだろうし」
「そうだな。魔道化しておけばなんとかなるだろうし。じゃあここのことは頼んだぞ。冒険者たちのこともな」
「うん。……絶対死んじゃダメだからね? 帰ってくるまでずっとここで待ってるからね?」
「大丈夫だ。この武器や防具があれば死ぬことはない。その前に魔物たちがいる限り俺に手出しできる敵なんていないだろ?」
「うん。もう一匹ゲンさんみたいな大きい魔物がいたらもっと安心なんだけど……」
確かにそれは最強だな……。
「よし、じゃあそろそろ行くか」
俺が馬車に乗り込むと、みんなも各々の配置につく。
馬車を引くのはメタリン。
そのメタリンの前方にシルバ、マカ、エク。
馬車の左にメル、右にマド。
タルとリヴァーナさんは馬車の御者席。
ピピは馬車の上。
ゲンさんは馬車内から後方確認。
ジジイは知らん。
そして俺はペンギンといっしょに馬車の中でのんびり休憩。
完璧だな。
馬車に傷の一つもつかないんじゃないか?
「じゃあね~みんな。またゆっくりお話ししようね~」
「リヴァさん、お兄のことよろしくお願いします。でもあまり近くに寄ったらダメですからね?」
「……行ってきま~す」
馬車はゆっくりと動き出した。
「あっ!? ちょっと!? ジジイ! わかってるよね!?」
「ほっほっほ。生きてたらまた会おうぞ。達者でな~」
「クソジジイ! ジジイは帰ってこなくてもいいからね!」
口が悪すぎる……。
ララたちが少しずつ遠ざかっていく。
いや、遠ざかっていってるのは俺のほうか。
それを馬車の中から見てるなんてなんだか不思議な気分だ。
「お兄! 約束だからね!」
ララに向かって軽く手をあげる。
ララが大きな声を出し大きく手を振っているのとは真逆で、カトレアとエマは微動だにせず俺たちを見送っている。
……カトレアが王都に帰ったときのことを思い出すな。
あのときは俺とララとユウナの三人でカトレアを見送ったんだっけ。
馬車を引いてたのは……ウェルダンか。
カトレアにとってもウェルダンは大事な仲間なんだよな。
そりゃ助けに行けって言うに決まってる。
そしてララたちの姿は見えなくなった。
さて、危険な旅の始まりだ。




