第二百九十五話 危険な提案
シルバ、ピピ、カトレアといっしょに大樹のダンジョンに帰ってきた。
カトレアにシルバの体調不良が魔瘴によるものっぽいことに気付かれ、心配だから付いていくと言って聞かなかったんだ……。
そしてウチのリビングでドラシーを呼び出し、状況を説明した。
「無理よ」
「は? 腕がくっつくんだから魔瘴くらいなんとかなるだろ!?」
「あのねぇ、魔瘴を甘く見たら痛い目に合うわよ? ってもうウェルダン君が痛い目見てるんだっけ」
「じゃあどうしたらいいんだよ!? ユウナの浄化魔法でも治らないんだぞ!? このままウェルダンを見捨てろって言うのか!?」
「少し落ち着きなさい。カトレアちゃん、カフェラテでも注文してあげて」
「はい……」
そんな落ち着いてる場合じゃないだろ?
ウェルダンが死ぬかもしれないんだぞ?
カトレアがカフェラテを差し出してきたので反射的に受け取って一口飲む。
……ふぅ~、美味い。
……まぁ死ぬと決まったわけじゃないか。
ドラシーのことだからほかになにか治す方法を知ってるんだろう。
「マナの力でどうにかならないのか? というかここに連れ帰ってきたらそのうち治りそうだな」
「カフェラテの効果は凄いわね……」
そうだ、マナが溢れるこの地に帰ってくるのが一番の治療法だろう。
そうと決まれば今すぐメタリンに迎えに行ってもらうべきだな。
「ねぇ、あのポーションが魔瘴には効果ないって言ってるだけで、治す方法がないとは一言も言ってないでしょ?」
「ん? じゃあどうするんだ?」
「浄化魔法よ」
「浄化魔法? だからそれは効果がなかったって言ってるだろ」
「だってユウナちゃんが使えるのはせいぜい初級でしょ?」
「……中級の浄化魔法なら治せるかもってことか?」
「いえ、中級じゃなくて上級ね」
「上級……ブルーノさんたちなら使えるのか?」
「残念ながら彼らには無理でしょうね。ユウナちゃんでも使えるようになるかはわからない。というか使える人なんているのかしら」
「じゃあ無理に近いってことだろ……それに上級魔法なんかどうやって覚えろって言うんだよ? 地下室の本に載ってるのか?」
「ウチの本にもさすがにそこまでの魔法は載ってないわよ。というかユウシャ村にこそあるんじゃないかしら? あそこは昔から色んな魔法を研究してるから聖属性の魔法だってきっと伝承されてるわよ。でもそれなら誰かがすぐ治してくれてるはずか」
「あ、やっぱりユウシャ村のこと知ってたんだな。なんで今まで言わなかったんだよ? ウチがパーティ養成施設みたいに言われてることも知ってるんだよな?」
「今はそんな話してる場合じゃないでしょ。もし浄化魔法が無理そうなんだったらアナタが言うようにウェルダン君をすぐにここに連れてきなさい。リスちゃんたちみたいにマナの効果があるかもしれないしね。もしくは大樹のダンジョン産の料理をいっぱい食べさせてみるとか」
誤魔化したな?
今度時間ができたらじっくり話してもらうぞ。
そうだな、ここの料理を食べさせるのはありかもしれない。
でも物を食べられるような状態なんだろうか。
大樹の水くらいなら飲ませられるかもしれないな。
ってそんなこと試してるに決まってるか。
となるとやはりここに連れてくるしかないのか。
完全にメタリン頼りになるな。
でも今度はさらに濃くなった魔瘴の中を帰ってくることになるけど大丈夫なんだろうか……。
「あの……」
カトレアが遠慮がちに話に入ってくる。
「シルバ君の体調はもう良くなったんですよね?」
「軽い症状だったからだろ。ピピだって魔瘴で気持ち悪くなってもしばらく休めば治ってるんだし」
「でもシルバ君もピピちゃんも浄化魔法かけてもらってるわけじゃないですよね? スピカポーションもウェルダン君には効果がほとんどないというお話ですし」
「ウェルダンは無理をしすぎたんだ。ずっと馬車を引いてたんだし、シルバたちよりも体力や魔力を使ってたんだろう」
「シルバ君、さっき飲んだポーションの効果はありましたか?」
「わふ(どうだろう。飲む前にはもうだいぶ楽になってたし)」
「……効果はあまりなかったと?」
「あぁ。飲むときにはもうだいぶ治ってたってさ」
「この森の中ならともかく、あの港でってことですよね? まだそこまでマナが溢れていないあの港でですよ?」
「うん? なにが言いたいんだ?」
カトレアはなにか一つ一つ確認しながら話してるように見える。
思い当たる事例でもあるのか?
「……ロイス君の近くに来たから治ったんじゃないですか?」
「……は?」
なにを言ってるんだ?
俺は特になにもしてないぞ?
浄化魔法が使えないのは当然だが、水を飲ませたりもしてないからな?
「わふ(そうかも。船からロイスの顔が見えたとき、なんだか少し元気が出てきた気がする。そのあとロイスに飛びついたら一気に楽になったかも)」
「え……本当なのか?」
「チュリ(そういえば私も魔瘴で気持ち悪いな~と思ったときはいつもロイス君の傍にいるようにしてますね。落ち着くからだと思ってましたけど、もしかしたらそういった効果があるのかも)」
「ピピまで……」
「なんて言ってるんですか?」
「えっと……」
カトレアとドラシーに説明する。
「ほら、やっぱりそうなんですよ!」
「魔物使いの能力なのかしら?」
俺の能力?
俺にそんな意識は全くないのに?
「チュリ(そう考えると納得ですね。ロイス君の近くにいると少し戦闘力が上がるのはみんな実感してましたし。それはロイス君を守ろうとするためだからと思ってましたが、ロイス君が私たちを強くしてくれているのかもしれません)」
俺がピピたちを強くしてる?
なにもしてないのに?
せめて俺にもなにか補助魔法みたいなの使わせてくれよ……。
「魔物使いの能力ですか。過去の魔物使いの方々はどうだったんでしょう?」
「う~ん。こんなにたくさん魔物が仲間になるなんてこともなかったし、魔物がこの森から出て戦うってこともあまりなかったからねぇ~。戦闘なんてせいぜい森に出現する魔物退治くらいよ? 魔瘴で体調が悪くなるなんてこともなかったもの」
「参考になりそうにないですね。魔王がいたのは千年前ですし、そのときにはまだ大樹のダンジョンはなかったわけですから、ロイス君たちのような例は初めてなのかもしれません」
「そうねぇ~。貴重なサンプルになりそうね」
おい……。
こいつら、人を実験対象にしようとしてるんじゃないだろうな?
こわいことを考えるのはやめてくれよ……。
「もしかするとロイス君からはマナの力が出てるのかもしれません」
「あ、そうかも。この子ずっとここにいるから普段はわからないだけで、魔瘴の中とか行ったら案外なにもしなくても勝手に浄化しちゃうんじゃない? 魔物も寄ってこなかったりして、ふふっ」
おい……。
物凄く危険なことを言ってるのはわかってるよな?
実験には付き合わないからな?
「とにかく、ウェルダン君救出の活路を見いだせそうですね」
「えぇ。あとはロイス君次第かしら」
俺次第だと?
この流れはまさか……。
「ロイス君、本当ならこの手段は取るべきではないとは思いますが、仲間の命がかかってますし仕方ありません」
「絶対死んじゃダメよ? アナタが死んだらどうなるかわかってるわよね?」
嘘だろ……。
本気で言ってるのか?
いや、そんなことよりもほかになにか良い案がないかを早く考えるんだ。
……うん、思いつかない。
「覚悟を決めてください」
「そうよ。たまには男らしいところ見せたほうがいいわよ?」
なんなんだよこの二人は……。
いつもなら危ないことは絶対にするなって言ってくるくせに……。
「急いでフランちゃんたちにロイス君用の防具を準備してもらうように言ってきます」
「そうね。でもこの子、鎧とか重いものは嫌がるから注文が多そうよ」
「武器はなにがいいでしょうか? やはり慣れた片手用の剣ですかね?」
「う~ん、盾も持てたほうがいいでしょうからね。最悪この子は全く攻撃しなくても防御をしっかりしておけばいいわけだから。馬車から一歩も外に出ないのもありだけど」
「でも攻撃は最大の防御とも言いますし」
「確かに。それなら片手剣にさ……」
そのあとも話はどんどん進んでいった。
どうやら俺には拒否権や選択権といったものはないらしい。
途中からは話がほとんど入ってこなくなった。
俺の中では葛藤が渦巻いてる。
心臓も凄くバクバクしてる。
……はぁ、行くしかないのか。




