第二百九十三話 悩める青年
「……帝国を離れて王国に来れたことには凄く満足してますし、不満なども全くないんです。これからの生活も楽しみにしてます」
それならなにを悩んでるんだよ……。
冒険者を続けるか辞めるかは自分で決めてくれよ……。
「ただ、二つほど心残りがありまして……」
心残り?
流れ的に帝国でのことか?
「一つは……元彼女のことです」
なんだそれ。
そんな話、奥さんの前では絶対するなよ?
「実は僕が旅立ってすぐのときから一年半くらいずっとパーティを組んでたんです。幼馴染ってやつですかね」
幼馴染か、いい響きだ。
ウチのダンジョンにもそういうパーティたまにいるぞ。
「彼女は僕より一つ年上なんですが、凄く強いんです。同じ魔道士なんですけど、僕なんかじゃ一生追いつけないくらいの実力差が当時からありました」
いやいや、さすがにそれは言いすぎ。
そんな若いうちからそこまでの差なんてあるはずがない。
「だから僕では彼女のパーティメンバーに相応しくないとずっと思ってました。彼女はもっと強い人たちと組むべきだと」
仲良しパーティにありがちなことだな。
成長速度は人それぞれ違うから、まだそんな若いうちにそこまで焦らなくてもいいのに。
「でも彼女は優しいですから僕を見捨てるようなことは絶対にしなかったんです。自分の修行のことよりも僕の修行にばかり付き合ってくれました。嫌そうな顔一つせずに」
あ~、それは少しツラいかも。
それで成長したのなら良かったんだろうが、そうはならなかったってことだよな。
「そして彼女が十五歳の誕生日を迎えたときのことです。急に彼女が大樹のダンジョンへ行こうって言いだしたんです」
「え……」
ここでまさかの大樹のダンジョン……。
「目的はパーティメンバーを探すこと、そしてそのパーティで強くなることです。ユウシャ村ではそれが王道ですので」
王道……確かにユウナもそんなこと言ってたな。
「きっと今大樹のダンジョンの冒険者の中にもユウシャ村出身者が何人かいると思いますよ? みんなユウシャ村出身とは表立って言わないでしょうが」
それがたぶんユウナ以外いないんだよなぁ。
去年までウチが初級者向けだったことが関係してるのかもしれないけど。
「だからそのとき僕は決めたんです。彼女と別れるなら今だと」
うん、彼女のためなら仕方ない。
でもそれはパーティを解散するだけじゃなく、パートナーとしても別れるってことだよな?
「彼女から大樹のダンジョンへ行こうと言われた次の日、まだ夜も明けてないうちにそっと宿を出ました」
え……そんな別れ方なのか……。
「それから僕は屍村に向かいました。そのときの僕にはピッタリの場所だと思ったんです。成長しない自分や、魔物と戦う日々に嫌気がさしてたこともあるかもしれません」
十四歳で屍村か。
ほかの町に行ってみてからでも良かったんじゃないのか。
「屍村での生活は……ってこれは少し話が逸れますのでまた機会があれば聞いてください」
え……ここまで聞いたんだからもう少し聞きたいんだけど……。
「その別れた彼女なんですが、それから一度も会ってません。でも彼女ならきっと凄い冒険者になってるはずなんです。リヴァーナって名前なんですが、大樹のダンジョンに来てませんか?」
リヴァーナ?
う~ん、リヴァーナ、リヴァーナ……。
「ピピ、知ってるか?」
「チュリ(いえ)」
「だよな。どうやらウチには来てませんね。名前を変えられてたらわかりませんが」
「……そうですか」
彼は酷くガッカリしたようだ。
「今はこんな状況ですし、ユウシャ村に戻ってるんじゃないですか?」
「そうだといいんですけど……いや、よくないのか……すみません、彼女なら大樹のダンジョンできっと素晴らしい仲間に巡り合えると思っていたものですから」
なんだかこっちまでツラくなってきた……。
でもそんなに彼女のことを想ってるんならなんで結婚なんかしたんだ?
……それとこれとは別の話か。
パーティと同じで、彼女には自分より相応しい人がいると思ってしまったんだろうな。
それよりその彼女は今どうしてるんだろう。
この人のことより彼女のことのほうが気になってしまうな……。
というか急に宿からいなくなられた側の彼女の傷のほうが深いんじゃないのか?
「お忙しいのに本当にすみません……。でも初めて誰かに打ち明けたので少し気持ちが楽になりました。ついでにもう一つも聞いてもらっていいですか?」
なんで自分だけ楽になってるんだよ……。
気になって眠れなくなったらどうしてくれるんだ。
そのうえ二つ目まで聞かされるとは……。
「……どうぞ」
「ありがとうございます。もう一つは家族のことです。今の新しい家族じゃなくて、ユウシャ村の家族です」
今更それを言うのか……。
一度家族との関係を断って屍村に行き、今はさらに離れた王国まで来てるっていうのに。
「両親たちのことは正直あまり気にしてないんです。みんな僕より遥かに強いですから、逃げる気さえあればきっと屍村まで辿り着くでしょうし。逃げる気があればですけど」
やはり逃げないと思ってるんだな。
戦闘民族ってやつは本当に面倒だ。
というかユウシャ村の状況を聞いてないのか?
逃げることよりも戦うことを選んだんだぞ?
……ん?
両親を気にしないのなら誰のことが心残りなんだ?
「……心残りというのは妹のことなんです」
妹か。
でも戦闘民族に囲まれてるならそこまで心配することでもないだろ。
「ユウシャ村の慣例に従い、妹もきっと旅に出てるはずなんですよ。今は十四歳ですので、村に戻ってなければもう一年半くらいはどこかで修行してるはずなんです」
…………ん?
「それでその、お願いになるんですけど……今帝国に行ってる大樹のダンジョンの冒険者のみなさんに、もし帝国で僕の妹を見かけたらすぐに王国に避難するように言っていただけないでしょうか? ミランニャやユウシャ村にいたら伝えようがありませんが、まだ帝都周辺にいるようならユウシャ村には戻らずに屍村に行くように言っていただきたいんです。妹はきっとユウシャ村に向かうはずですから……。でも妹だけは絶対にまだ死なせちゃダメなんです。ある意味リヴァよりも魔法の才能がありますし、僕は次の勇者は妹だと信じてます。攻撃魔法はまだ使えていませんでしたが、回復魔法の素質はユウシャ村でもトップクラスと言われてました。もちろん僕の大事な妹だからこそ死なせたくないという気持ちが一番強いですが」
…………。
「チュリ(ロイス君、確認してみては?)」
「あぁ。……そういえばまだあなたのお名前を聞いてませんでしたよね?」
「あっ! すみません! 僕はユウトって言います!」
「…………妹さんはユウナという名前では?」
「えっ!? そうです! ユウナです! ……もしかしてユウナのこと知ってるんですか!? まさかここに!?」
もっと早くに名前を聞いておくべきだった。
この前ユウナからもお兄ちゃんがウチに来たことがないか聞かれたからな。
それにしてもまさか屍村にいるとは……。
しかも屍になって。
「その様子は知ってるんですね!? ユウナは今どこに!? 帝国に行ってるんですか!?」
顔が近い……。
ピピに攻撃されても知らないぞ。
「チュリ(少し離れてください)」
「えっ!? あ、すみません……」
言葉はわからなくても察してくれたようだ。
それに少し落ち着いたみたいだな。
「ユウナさん……ユウナは去年の五月にウチに来ました」
「去年の五月……ということは十三歳になってまだ二か月でもう大樹のダンジョンに……」
「そのころから回復魔法だけは中級レベルに近かったですからね。それに補助魔法も色々使えましたし。ただ基礎体力は全くといっていいほどありませんでした」
「ははっ、ユウナらしい。大魔道士には魔法さえあればいいとか言って魔法以外の修行は全くしませんでしたからね……」
だってマルセールからウチまで歩くのも嫌って言ってたんだからな。
「そしてウチに通うようになってすぐのことなんですが、ユウナがウチに住みたいって言ってきたんです」
「えぇっ!?」
「そのときのウチはまだ宿屋とかもやってませんでしたから、俺とララとカトレアが住んでた家にってことですよ」
「えぇ……それは大変失礼しました……」
正確には小屋にだけどな。
「でも冒険者をウチに住ませるとなると、ほかの冒険者たちに対して不公平になると思いましたので、ウチの従業員になってもらったんです。それから午前中は仕事をして、午後はララといっしょにダンジョンに入るという生活をしていました。あ、ララとは二人でパーティを組んでたんです」
「えぇっ!? ララさんとですか!?」
「あぁ見えてララは強いんです。いや、強かったって言ったほうが正しいですかね。色々あってララは冒険者を続けられなくなりましたが。それからユウナはしばらく一人で修行してましたけど、一人の冒険者と出会ってまた今は二人でパーティを組んでますよ」
「そうですか……。一人になったり二人になったり、僕とリヴァみたいだ」
リヴァーナさんのことだよな?
もうその話は終わったんだからここで持ち出してくるなよ。
「チュリ(さっきも思ったんですが、この人が言ってるリヴァって女の子、こないだ聞いた例のソロの子じゃないですか? 年齢も一つ上ってことは十七歳ですよね?)」
「えっ? グリーンドラゴンを一人で倒せるっていうあの子か? ……確かにユウシャ村出身で年齢が十七歳の女性ってなると」
「リヴァのことも知ってるんですか!?」
「え……噂を少し聞いたくらいですけど」
「リヴァは元気なんですか!?」
「いや、まだその人と決まったわけでは……ユウシャ村出身の十七歳の女性で、雷魔法が上級者レベルって聞いたくらいで」
「それ絶対リヴァです! ユウシャ村に僕より一つ上の年齢はリヴァしかいませんから! ……あれ? でもリヴァは二月生まれだからまだ十六歳か……いや、僕の二つ上に女性はいませんから絶対リヴァです! それにその年齢で雷魔法が上級者レベルなんてほかにいるはずありませんし!」
シモンさんが聞いたのは十七歳になる年って意味だったのかもな。
って別にそんな細かい年齢のことはいいけど、圧が凄いんだよ……。
ピピが羽でもっと離れろって言ってるのに全く聞く様子がないじゃないか。
「どこでその噂を!?」
「……リヴァーナさんは今……はわからないか。二~三日前くらいに屍村に来たそうですよ」
「えぇ~っ!? 屍村に!?」
「はい。なんでも森の中で戦闘をしてるときにウチの冒険者と会ったらしくて、休憩も兼ねて立ち寄ったそうです」
「……二~三日前って言いましたよね? 僕がここに来たのは二日前だから、もしかして僕がダンジョンに入ってる間にリヴァが来てたのか……」
ニアミスってやつか。
でも会わなくて良かったんじゃないか?
彼女がずっとソロでいる理由にこの人が関わってることは間違いなさそうだ。
そのことはまだ言わないでおこうか。
「で、リヴァはそのあとどうしたんですか!? まだ屍村に!? それともユウシャ村に!? ……あ、ユウナはどうしてるんです!?」
少し面倒になってきたな……。
……おっ?
ちょうどいいところに。
「まぁとりあえず二人とも消息がわかって良かったですね。これで帝国に心残りもないんじゃないですか? それより船が来ましたのでこの続きはまたにしましょう。中から人を呼んできてもらってもいいですか?」
「え……はい……」
ユウトさんは渋々ながら駅に入っていった。
続きを聞きたいだろうが、まずは船の受け入れだ。
というかリヴァーナさんが今どうしてるかは知らないし、ユウナに関してはユウシャ村に行ったって言って終わりだけどな。
そしてあっという間に船が港に近付いてきた。
ん?
少し小さい……え?
高速魔船か?
なぜ?
「大型じゃありませんね。どういうことでしょうか?」
ユウトさんがまた俺の横に来た……。
そんなに続きが気になるのか。
「わふっ! (ロイス!)」
「えっ?」
この声は……。
船が完全に停止する前に、船から誰かが飛び降りてきた。
そして俺の胸に飛び込んでくる。
「シルバ!?」
「わふっ! (ただいま!)」
「ただいまってお前、ユウナたちもいっしょなのか!?」
「えっ!? ユウナが船に乗ってるんですか!?」
「……わふ(いや、緊急事態なんだ)」
緊急事態だと?
いったいなにがあったんだ?