第二百九十一話 撤退準備
みんなの意見が撤退で一致したところで、確認のために最後の会議を行うことにした。
「ベネットやナポリタン方面にいる人たちへの伝達は、中間地点にいるサイモンさんたちに向かってもらってください。ティアリスさんたちは帝都まで移動してもらって、まずゾーナさんたちと合流、そして最後の避難者たちを誘導しながら屍村まで戻ってきてください。対立してる騎士がなにか言ってきても無視しましょう」
「わかったわ。きっとかなりの大人数での移動になると思う」
「ウチの冒険者たちと途中で合流しながらになりますので守りきれるはずです。みんなにもあと一日、最後まで気を抜かないようにと伝えてください」
「うん。ねぇ、大樹のダンジョンに帰ってもまだしばらくは宿代タダにしてくれる?」
「それはお任せを。私もしばらくは時間を気にせずゆっくり寝たいです」
「ふふふっ、みんなそう言っといてすぐにトレーニングしたり、次の日からダンジョンに入ったりするに決まってるんだからね。じゃあ行ってくる。ヒューゴさん、ここは任せたからね」
「はい。誰一人欠けることなくいっしょに帰りましょう」
そしてティアリスさんたち八人は旅立っていった。
あのFランクパーティのみんなも少し成長したんじゃない?
死と隣り合わせの実戦でしか得られないこともいっぱいあるだろうし。
そういう意味ではウチのダンジョンって凄くぬるいんだよね~。
でも安心安全をモットーにしてるからそこがいいところでもあるんだけどさ。
「よし、エマちゃん、もう少し向こうまで行ってみよっか」
「はい! あと2キロくらい行きましょう!」
「じゃあヒューゴさんたちはこの方たちを村まで送ってください。それとジジイや操縦士の方にも報告をお願いします」
「わかりました。くれぐれも魔力の枯渇には気をつけてくださいね。では」
……さて、2キロは厳しいかもしれないけど、まず1キロを目標にしよう。
メル、マド、エクの三匹が抜群の連携でミニ大樹の柵を埋めていってくれる。
魔物がリスたちの邪魔をしないように、冒険者のみんながリスたちよりも先に進んで退治してくれてるってこともあるけど。
「う~ん、なんで封印魔法ってこんなに魔力使うんだろ。イメージ自体は簡単なのに」
「魔法って全部こんな感じじゃないんですか?」
「火とか雷はここまで体に負担感じないからね。たぶん封印魔法や浄化魔法は特別なんだと思う。だからエマちゃんはそれを普通に感じてるってことはある意味特殊な魔道士なのかも」
「私が特殊……ふふっ、いい響きですね! もっと魔力量増やしたいので、ご飯もいっぱい食べないといけないですよね!」
ポジティブすぎる……。
もう冒険者だったときのことなんか忘れてそう。
相方のベルちゃんはこの道の延長線上のどこかで今も戦闘してるのに。
「リヴァも封印魔法使えるかな?」
私の反対側、ゲンさんの右肩に座るリヴァさんが久しぶりに言葉を発した。
絶対寝てたよね?
しかもゲンさんの顔にもたれかかって。
「リヴァさんは無理だと思いますよ」
「えぇ? なんで?」
「雰囲気的にというか性格的にというか」
「なにそれ……良くない意味で言ってるよね?」
「リヴァさんなら封印魔法がなくてもこの魔瘴の中で一人で生活できそうですし」
「え……そっちのほうが酷くない? リヴァは帝国に残れってこと?」
だってリヴァさんの口からは王国に行きたいなんてまだ一言も聞いてないんだもん。
それに元彼が先に王国に行っちゃったからリヴァさんは行きたくないかもしれないし。
「ここにいたらユウシャ村の人たちと会うことになりますよ?」
「それはもういいよ。というかもう何人か知った顔に会ったし。すぐそこで戦ってるうちの一人もそうだしね」
ユウシャ村ってそこまで大きな村じゃないんだよね?
それなら村に帰れなくなった人はみんなここに集まってきてそう……。
屍村のことを第二のユウシャ村って呼んでもいいんじゃない?
「そんなことより暇ならまた魔石でも稼いできたらどうですか? リヴァさんのレベルならウチのダンジョンでの宿泊代は一日600Gいただきますからね?」
「えっ!? 600はさすがにぼったくりじゃない!? 王国はもっと安いんじゃないの!? いくらリヴァでも騙されないからね!?」
「大樹のダンジョンでは独自の冒険者ランク制度を設けておりまして、ご宿泊される場合は強制的にそのランクに応じた部屋に泊まることとなっております」
「ぷぷっ、やめてよその受付口調。面白すぎ」
なにが面白いんだろう……。
お兄だったら絶対キレてるよ?
「こないだも少し話しましたが、ダンジョン入場料と三食バイキング料理込みの料金ですから安心してください。でもそれ以外にもお金を使うところはいっぱいありますからね? 武器防具屋とか、鍛冶屋とか、トレーニングエリア……は別に使わないか。ほかにも夜にバーとかでお酒を飲んだりおつまみを食べたりするのは別料金ですし、リヴァさんが気に入ってくれたその下着なども当然販売してますし。まぁウチのダンジョンではそれ以上に稼げますからそれでもお金は貯まっていきますけど」
「……」
「で、どうするんですか? ウチに来るんですか?」
「え…………行く」
「もっと早く素直にそう言ってください。ソロでもいいですけど、ウチの地下三階の魔物急襲エリアの敵はここらの魔瘴程度の難易度じゃないですからね。まぁリヴァさんなら雷魔法ぶっぱでクリアできると思いますが、地下四階はそう甘くはないですよ」
「え? その魔物急襲エリアってなに?」
「到達してみてのお楽しみです。もしパーティを組みたくなったら、パーティ酒場という施設もありますのでいつでも言ってくださいね。朝なら私がそこのマスターを担当してますので。逆に私とはそこ以外ではあまり接点ないかもしれませんからね」
「パーティ酒場ってなに……ララちゃんがマスター? 子供なのに?」
「子供かもしれませんけど、一応経営者ですし、冒険者みんなの実力を一番良く知ってるのは私ですから」
「みんなの戦闘を見てるってこと?」
「はい。暇な時間はみんなの戦闘をたくさん同時に眺めてます」
「……見て実力がわかるの?」
「当然です。私も元冒険者だったんですから」
「へ? 元冒険者? ララちゃんが? ……元ってことは、死んだの?」
だからその表現はやめてってば……。
まだ十二歳なのに死んだとか言わないでよ。
でもそういえばリヴァさんには話してなかったかも。
封印魔法をかけながら、半年前の出来事を簡単に話した。
「……ララちゃん」
同情なんかいらないからね?
この話を聞くとみんな気を遣ってくれるけどさ。
「めちゃくちゃカッコいいね!」
「……え?」
「将来有望な当時十一歳の魔法戦士の少女! 中級レベルとも言われる危険な魔工ダンジョンの最奥で、ほかの冒険者の誰もが倒せなかったマグマドラゴンと死闘を繰り広げ、お互い体力が尽きそうだった最後の最後の瞬間に勝利を成し遂げる! しかし、勝利した少女ではあったが、そのときの死闘が原因でもう一生戦闘ができない傷を負ってしまった……。だけど少女は決してめげずに、立派な経営者、そして封印魔法の使い手となり、人間VS魔王の大戦乱と化している帝国の地に冒険者たちの総司令官として降りたった!」
「「……」」
「ララちゃんステキ! カッコ良すぎる!」
なにこの反応……。
なんだか新鮮。
だけどなんかモヤモヤする。
「剣が得意ってことにも驚いたけど、魔法はエマちゃんと同じで封印魔法しか使えないと思ってたよ! ちょっとお得意の火魔法見せてくれない?」
……まぁ少しならいいか。
リヴァさんも雷魔法見せてくれたし。
ゲンさんが熱いといけないので下に降ろしてもらう。
そして本気で左手に魔力を込めた。
久しぶりだなこの感じ。
「……」
あれ?
もしかして少し威力上がってる?
……さすがに試し打ちはしないけど。
「ララちゃん……手……」
「ん? あぁ、私は杖使わない派なんです。手も全然熱くないですから心配しなくても大丈夫ですよ」
「いや……魔法って手から出せるものなの? 火魔法が特別とか?」
「え? 私は雷も手から出せますよ? ほら? 雷は右手のほうが得意なんです」
「え……」
「ただ右手は剣を持ちますから、どうしても左手の火魔法ばかり使ってましたね。あ、左手でも剣を扱えるようにしてればもっと雷魔法も上達してたかも。でもそうなると火魔法が上達してなかったかぁ~」
「……ララちゃん、何者?」
「またそれですか。今話したのが全てですよ。今はただの総司令官です」
というか全然封印が進まないじゃん。
エマちゃんも集中切れちゃってるみたいだし。
「エマちゃん、休憩する?」
「はい。リヴァさんのテンションがころころ変わるせいですからね」
「だってララちゃんツッコミどころ満載なんだもん……あっ! エマちゃん危ない!」
「「えっ?」」
わけもわからずにエマちゃんが私の元に走ってくる。
「結界のすぐ外に凶悪な魔物が!」
「もぉっ、外だったら大丈夫ですって」
「……ってあれ? 犬? 向こうから凄い勢いで走ってきながら氷魔法や火魔法みたいなの使ってたのに、急におとなしくなったみたい。それになんで服着てるの?」
「わふっ!」
「ピィ!」
「え? ……あっ! シルバにマカ!?」
「え? 知り合いなの?」
ということはユウナちゃんたちも来たの!?