第二十九話 町の道具屋
日曜日、いつものように町へ食料品や生活用品の買い物に訪れていた。
だが今日は薬草などの相場価格の調査、なによりお店との交渉に時間をかけるつもりであった。
「おはようございます!」
「おぉ坊主か! 来てくれて助かった! ちょうど相談したいことがあってな」
「俺に相談ですか? 最近ウチに来る冒険者たちへの売れ行きが悪いとか?」
「いや、売れ行きは問題ないんだ。毎朝ポーションや解毒ポーションを買っていってくれてるからそちらはいいんだが」
「問題は買取ですか?」
「そうなんだよー。ここんとこ持ち込まれる素材が減っててな」
「なるほど。それには心当たりがありますが、それがどうして問題なんですか?」
「以前にも話したと思うが、薬草などは行商人が買い取ってくれるからどれだけ持ち込んでくれても構わないと言っただろ? この町はな、この大陸の南北のちょうど真ん中、西部ではあるがここから東の王都にも比較的近いところにあるからどうしても人が多く行き交うんだ。だから俺としても当然馴染みの深い行商人ってのがいて、ポーションなどはそいつから買ったりしてるんだ。その代わりにここで買い取った素材を売ってな」
「はい、それが当然だと思いますけど。店長さんが冒険者から買い取った金額とその行商人さんに売る際の金額の差で儲けていた分が少なくなったのが問題なんですか?」
「おいおい、厳しいことを言ってくれるな坊主は! がははっ! 多少色を付けるのは中間業者としては当然だろ? だが、問題はそこじゃなくて坊主んとこの薬草や毒消し草にある」
「ウチの薬草や毒消し草? 品質が悪くて商品にならないってことですか?」
「いや、その逆だ。品質が良すぎるんだよ。大きく、形も良く、鮮度も凄く良くて、ポーション作成には持ってこいの素材だそうだ」
「それなら良かった。でもじゃあなにが問題なんですか?」
「その馴染みのヤツの話なんだが、なんでもお得意様の錬金術師とやらに坊主んとこの薬草を譲ったところ、もっと手に入れてこいとか言われたらしくてな」
「へぇそうなんですか。でもそんなに薬草に違いがあるんですか?」
「あぁ、俺が見てもわかるくらいだからな。腕のいい錬金術師からしたら一目瞭然なんだろうな」
そういや、カトレアもウチの薬草が目当てで通うようになったんだっけ。
確か少ない枚数でもポーションが作成できるみたいなこと言ってたか。
でもあれは大樹の水の効果もあるって言ってた気がするけど。
ただ薬草の買取が減った原因はわかっている。
現在のダンジョン内でのポーション類の消費が激しいため、地下二階の休憩エリアでは採集した薬草や毒消し草と交換でポーション、解毒ポーションを渡しているからだ。
しかも町での相場よりもお得にしているので、重さが気になる人や現金が必要な人以外はみんな交換するからな。
今の状態で採集の数を増やしても、それこそ冒険者がダンジョンへ来る前に町で買っていたポーションが減るだけだと思う。
「ウチの薬草が良く思っていただけるのはありがたいんですが、これ以上薬草の採集量を増やすのはあまりよくないと思っていて」
「あぁ、もちろん事情は冒険者たちから聞いて知っているさ。坊主がウチのことを考えてくれてるってこともな!」
「そうでしたか。なら店長さんはどうすればよいとお考えですか?」
「なに簡単なことだ、坊主のところでポーションを販売すればいい。もちろん解毒ポーションもな。錬金術師がいるんだろ?」
「錬金術師のことも知っていましたか。おわかりかと思いますがウチで販売するということはこちらのお店での販売が減ることになりますよ? 買取だけでもいいとおっしゃるんですか?」
「もちろんわかってるさ。だがウチからしたら利益はどちらもたいして変わらねぇからな。言っただろ? 薬草類は世界中が求めてるからどれだけ持ち込んでもらっても構わないって! それに薬草が流通すれば採集依頼じゃなくて魔物退治の依頼に人を回せることにもなるだろ? おまけに坊主んとこの薬草を欲しがってるヤツまでいる。坊主のダンジョンへ行く冒険者たちも坊主のとこで販売してくれればいいと思ってるに違いないぞ! 瓶は重いし、薬草は軽いからな!」
う~ん、現状ウチで販売すると得するのはウチだけになるよな?
冒険者たちが町とダンジョンとの道のりで重い瓶を持たなくてもいいというのは彼らにとってメリットかもしれない。
だが販売するとなると今の交換レートよりは高くなるだろうし、お財布的にはマイナスなはずだ。
あまり安くしすぎると転売されることになるからそれは避けたい。
となると採集の数を増やすしかないと思うが、本当に大量に薬草が出回っても大丈夫なのか?
魔物退治ができなくて薬草採集のみで生計を立ててる人もたくさんいるだろうに。
「坊主、坊主! おい聞こえてるか!?」
「……え、あ、すみません! 少し考え事をしてしまってて」
「いや、坊主が考えてそうなことはわかる。でも本当にどれだけ持ち込んでもらっても構わないんだ。解毒ポーションはともかくポーションに関しては需要がありすぎるくらいなんだよ。相場に変動なんか起こりっこねぇから安心しろ!」
「そうですか。わかりました。なら明日から薬草に関しては上限を増やして二十枚にしようと思います。お言葉に甘えてポーション販売も始めてみますが、なにぶん人手が少ないもので、しばらくはこちらでも今までと変わらない量を販売してくれると助かります」
「それはいいんだがよ……」
店長さんがなにか言いたそうにしている。
やはりウチがポーション販売まですると儲けすぎということで疎まれてるんじゃないか?
だから俺は嫌だったんだよ。
俺はいつものんびりできればそれでいいと言ってるくせに、つい冒険者のためと思い店長さんの口車に乗ってしまった挙句、俺自身が疎まれることになってしまったじゃないか。
もう嫌だ、さっさと帰ってサイダー飲んでゴロゴロしよう。
今日は食料品もいっぱい買い込んだから今週は好きなもの食べ放題だ!
「なにか気に障ることでも言ってしまいましたか?」
「いや、坊主んとこのダンジョンはよ、入場料50Gなんだろ?」
「えぇ、高いですか? それにポーションまで売って儲けようなんて悪魔ですかね?」
「悪魔ってお前……そうじゃなくてよ、安すぎねぇかって話だよ!」
「安いんですか? でもそれっていいことですよね? なんで俺が疎まれないといけないんですか?」
「落ち着けって。誰も坊主を疎んでるヤツなんかいねぇよ。安すぎるから心配してるんだよ。聞いた話だと入場料以外いっさいお金をとってないんだろ?」
「だってウチみたいなダンジョン、安くなけりゃ誰も来てくれませんよ」
「一か月前はそうだったかもしれないが、今はコンテンツも豊富だからなにもしないでも客は来ると思うぞ。初級者なんて腐るほどいるんだから安全な環境で強くなれるとわかったらもっと人が殺到するに決まってる。しかも稼げるときてるからな」
「そうですかねぇ、そんな甘くないと思いますよ」
「……坊主確か十四だったよな? えらい現実主義なんだな。って俺が心配してるというよりも冒険者たちが心配してるんだよ!」
「冒険者たちが!?」
なにか心配されるようなことしたか?
人も来るようになってダンジョン内と同じく経営も安心安全のように見えてはいないのか?
潰れると思われてて、冒険者からしたらそれは困るってことか?
店長さんが言ったように稼ぎがなくなるからなのか?
「おーい坊主!? だからお前さんに悪いところはなにもないんだって! 冒険者たちは初級者の自分たちがこんなに稼ぎすぎていいのかって思ってるわけだ。いくらポーションを使おうがそれ以上に魔石で稼いでるからなあいつらは。それがたった50Gで至れり尽くせりな環境まで用意してもらって坊主に申し訳ないんだよ」
「でも50Gっていったってそんな安いもんじゃないですよ。初心者がわざわざあんなところまで来て地下一階の敵すら倒せずに薬草採集分の稼ぎで終わってしまったら完全に赤字ですからね」
「……そんな冒険者は坊主のところじゃなかったらとっくに死んでるだろ? あのなぁ坊主、冒険者たちはバカばっかりだが坊主が初心者のために最大限配慮してるってことくらいはわかってるんだぞ? 自分が通って来た道だからな。厳しさも知ってもらおうと思ってあのヤバいエリアを作ったんだろ? だがあいつらが坊主に返せることは毎日の入場料たった50Gだけで他になにもないんだ。だからせめてポーションくらい金で払わせてやってくれってことだよ。坊主があまり金に執着がねぇことくらいはわかってるけどよ」
う~ん、なんか少しいい話っぽいけど、俺は自分が楽するためにやってるだけだからね?
お金は大事だけど今生活ができてればそれだけで幸せなんだ。
でもララの将来のためには貯めとくべきか。
それにしても冒険者たちはそんなに稼いでるのか、知らなかったな。
採集分が一番多いと思ってたが魔石のほうが多かったのか。
今度は魔石を調整しなきゃいけないのか?
それはさすがに敵を減らすことしかできないぞ?
……もう考えるのはよそう。
誰も損しないのであればポーションを売ることに反対する理由もない。
「そういうことならわかりました」
「そうか、わかってくれたか」
「はい、またなにかありましたら相談させてください。では失礼します」
「おう! 薬草の件は頼んだぞ!」
なんかドッと疲れたな。
道具屋には相場調査のために来たつもりだったんだが。
さっさと他の用事もすませて帰ろう。
思わぬことでやることが増えてしまったけど明日は大丈夫だろうか。
今頃ダンジョンでは地下三階の階層追加が行われているはずだ。