第二百八十七話 助っ人従業員
六時になり、高速魔船が出航していった。
そして七時になったが新たな船はまだ来ない。
やはり夜に移動する人は少ないようだな。
果たして今日明日でどれだけの人が屍村に避難してこられるか……。
屍村にさえ避難できれば安全は約束されたようなものだ。
船の定員の関係で、ここに移住してくるためにしばらく待ってもらうことになるかもしれないけどな。
そういう意味ではララにはまだ数日は屍村にいてもらわないと困るのか。
「おい? 大丈夫か?」
「……ん? あ、ヤマさん、おはようございます」
「あぁ、おはよう。その様子だとほかのみんなも寝てなさそうだな……」
「少し考え事をしてただけですから」
寝不足のせいかソファに座るとつい目を瞑ってしまう。
今管理室のドアが開いた音にも気付かなかった。
それより弁当屋の助っ人メンバーがやってきたようだ。
調理はミーノ、ヤマさん、ハナ、そして販売はリョウカという布陣にしたようだ。
ヤマさんのような年長者がいてくれるのはありがたいよな。
教えてくれる従業員が若い者ばかりだと新しく働いてくれる人たちも不安になるだろうし。
まぁヤマさんもまだ三十ちょいだから十分若い部類に入るかもしれないけど。
「あの! 今日からよろしくお願いします!」
ニーニャが元気よく挨拶をした。
ミーノたちはなんでこの子管理室にいるんだろうって不思議がってる。
だから一応説明をする。
特別扱いはしたくないが、移住者受け入れの責任者的役割を担ってくれてるのがこの子の両親だからな。
もちろんそのことはミーノたちには関係ない。
ニーニャ自身も特別扱いは望んでないし。
「マリンちゃん、じゃあ行ってくるね!」
「ニーニャちゃん、料理は愛情が大事なんだよ」
仲良くなるの早すぎ……。
それに行ってくるって言ってもすぐそこなんだけどな……。
「じゃあミーノ頼むよ。もうみんな集まってるから」
「任せて! 昼食までに最低でも1000食は作ってみせるから!」
「リョウカは朝食の販売を頼む。そっちも三人確保したからなんとかなるだろ」
「うん。みんなお腹空いてるだろうからすぐお店開けるね」
「あ、ミーノ、時間が空いたら八百屋や肉屋との食材の仕入れ交渉も頼むぞ」
「了解!」
魚はウチの物しかないしな。
肉屋との交渉をミーノに頼むっていうのはおかしな話だよな……。
そしてみんなは管理室を出ていった。
……ここでのんびり画面を見るつもりでいたが、どんな感じか生で見たいからやっぱり俺も行こう。
駅待合室には大勢の人が集まっている。
弁当屋のオープンを待ってる人も多そうだ。
八百屋と肉屋はもう開いてることもあり、そちらの店にもかなり大勢の客で賑わっている。
自炊ができる人や家族がいる人は弁当屋には興味がないかもしれない。
そっちのほうが安上がりだからな。
でも今のこの人数でこれだけ混雑するとなると今後が心配だ……。
「各店舗をもう少し大きくしましょうか」
「……」
来てたのか。
少し眠いせいか、驚かずにすんだ。
「おじさんたちも張りきってるな」
「これだけまとまってお客さんが来ることもあまりないでしょうからね」
「ボクチク村やビール村、それにサウスモナやボワールからもしばらくは多めに仕入れることができるみたいだし、当分の間の食料はなんとかなりそうか」
「甘いですって。この何倍もの人が来たらそれだけでは全然足りませんよ」
「それは来てみてからじゃないとわからないだろ」
「そうですけど、やはり新階層が必要になるかもしれませんね」
「わかってるよ。でも新たに農作物や牧場用の階層を作ろうにも魔力が足りないんだろ? しばらくは住居優先で、食料は足りなくなったらウチから回すってことで納得してくれたんじゃなかったのか?」
「……すみません」
「アイデアだけは頼むぞ」
「はい……」
新階層のことは水晶玉の数次第ってことになっている。
その階層ができれば畑仕事や牧場仕事で収入を得られる人が大幅に増えるだろう。
本当に水晶玉が待ち遠しいな。
「あの……お二人ともケンカしないでください……」
リョウカが仲裁に入ってくる。
「別にケンカじゃないからな」
「そうです。確認です」
「……」
「あ、そういや弁当の料金に変更があったこと聞いたか?」
「うん……八百屋さんやお肉屋さんの関係なら仕方ないよ」
「おじさんたちがさ、安すぎるって苦情を言ってきたんだよ。だから大樹のダンジョン産の食材で作った弁当は50Gに統一な。軽食は20G以内で品物ごとに設定してくれ」
「わかった。今からここで作るお弁当はどうする?」
「それは30Gでいいんじゃないか? ウチの利益はなくてもいいから。給料さえ払えれば問題ない」
「そうだね。足りない食材はダンジョン産の物をこっそり使ってもいいよね?」
「あぁ。いい物を使うんだからそこに関しては苦情は出ないだろう。逆におじさんたちにもっと仕入れてこいよって言ってもいいぞ」
「え……さすがにそれは言えないよ……じゃあミーノにも伝えとくね」
もうそんなに気を遣い合うような仲でもないしな。
気楽でいいのが身内のメリットだよな。
リョウカと入れ替わりで今度はヤマさんが近付いてきた。
「なぁ……厨房の従業員少し多くないか?」
「そうですか? 今厨房にいるの二十人くらいですよ?」
「多いって……いったいどれだけの弁当作る気なんだよ……」
「まだこれからもどんどん移住者が増える可能性は高いですし。それに余りそうだったらマルセールの駅でも販売しますので多めに作ってもらって大丈夫ですよ」
「あ、マルセールでも売るのか。さすが商売根性が凄いな」
「人をどこかの商人みたいに言わないでください。価格も安くしますし、きっとみんな移住者のための支援と思って買ってくれるはずですから」
「そこだよ……。人の心理を利用するのが上手いよな……」
「ヤマさんがどう思おうがいいですけど、今は働く場所を一つでも多く探してあげることも大事ですからね」
「そうだよなぁ。まぁロイス君の言うことは正しいに決まってるんだから、いつも通り思うようにやってくれよ」
「適当だから間違えることもあります。それにヤマさんにも寿司屋を出してもらうことになるかもしれませんよ?」
「え? 寿司屋? ここにか?」
「そうです。だってここは漁港になるんですよ? 魚がいっぱいいるのに寿司屋がなけりゃおかしいでしょう?」
「そうだった……ダンジョン内の移動だったからここが港だってこと忘れてた……というかまだその港も見てないし」
ヤマさんはマルセールにすら全く行かないからな。
助けてもらった恩のせいか、ずっと大樹のダンジョンで仕事をしてくれてる。
縛りつけてるつもりはないんだぞ?
「ここには漁港だけじゃなく、港町ができる予定だってこと知ってます?」
「それくらいの情報は俺だって知ってるさ。でも実感がない。ちなみに今どこにいるかもわかってないからな、はははっ」
ダンジョンに引きこもってばかりいるからだよ……。
自分の国に戻るつもりがないのなら、これからはずっとこの国で生きていくんじゃないのか?
もっとこの国の勉強もしたほうがいいぞ。
「ウチの従業員に寿司の握り方教えてくれてます?」
「そこは安心してくれ。まだまだ時間はかかると思うが、着実に上達はしてるよ」
「誰が見込みありそうですか?」
「ハナだな。次にオーウェンとモモってところか」
ハナは器用だからな。
もしハナが寿司を完璧にマスターしてくれたら、ヤマさんも少しは気が楽になってもっと出歩いたりするようになるかもしれない。
「それより早く厨房に戻ってくださいよ。おばさま方も多いんですからヤマさんにいてもらわないと」
「俺になにを期待してるんだよ……」
ヤマさんは渋々厨房に入っていった。
年齢層高めの人たちからだけじゃなくきっと若い女性からも人気が出るぞ。
寿司を握る姿は誰が見てもカッコいいからな。
そういう意味でもヤマさんを選んできたミーノはさすがだ。
「寿司みたいな生ものを弁当にするのは危ないか?」
「……寿司のお弁当は美味しそうですね。そのお弁当だけは特別に個別に状態保存かけてもいいんじゃないでしょうか?」
でもそうなると温かいものは温かい状態で食べてもらいたくなる。
「もし水晶玉がいっぱい手に入ったら全部の弁当に簡易の状態保存かけてもいいよな?」
「はい。でもその前にやっぱり厨房内のお弁当保存場所には状態保存魔法かけますね。ダンジョンの機能としてはもう追加してありますので」
「いいのか? 水晶玉が手に入ってからでもいいんだぞ?」
「なんだか料理人のみなさんに申し訳ない気がして……」
出来立ての料理が一番美味いに決まってるからな。
弁当であろうがそれは同じだ。
「やっぱり弁当屋以外の店もあったほうがいいよなぁ」
「そのうち地上にできるんですから今無駄に魔力を使って作る必要はありません。安易に口にしたりしてみなさんを期待させたりしないでくださいよ」
急にシビアになったな……。




