第二百八十六話 二度目の死を考える
……ん?
ソファで寝てしまってたか。
何時だ……五時か。
「チュリ(船は来てませんので大丈夫ですよ)」
時々外を見にいってくれてるのか。
ピピも体調があまり良くないはずなのに。
「もう帝国には行かなくていいからな」
「チュリ(はい。行ったらきっとララちゃんにも心配されます)」
俺が立ち上がるとピピはピョンと俺の肩に乗ってきた。
メタリンはぐっすり寝てるようだから起こさないでおこうか。
「あの子は寝たか?」
「チュリ(マリンちゃんのベッドでいっしょに寝てます)」
やっぱりあの子、一人で寝るのがこわかっただけなんだろうな……。
聞けば屍村では子供たちみんないっしょに寝ることも多かったらしいし。
そして管理室を出て、待合室にやってきた。
……さすがに人が少ない。
それにここに残っている人たちもみんな寝ているようだ。
この人、こんな体勢でよく寝れるな……。
ウサギたちは改札付近と小屋入り口付近に集まって寝ているようだ。
だが俺が来たのがわかったのか、耳をピクピクさせ、すぐに起き上がる。
ウサギを何匹か軽く撫で、小屋を出た。
外はまだ真っ暗だ。
というか電灯も消したんだったな。
……寒い。
「このダンジョン内も外の季節に合わせて気候を変えたほうがいいかな?」
「チュリ(変わらないからいいんじゃないですか? みなさん外に出るときどの服を着ていくかは悩みそうですけど)」
しばらくは様子見か。
「うぅ~、寒っ」
「たき火でもします?」
「え?」
「チュリ(この人さっきもいました)」
全く気付かなかった……。
……あ、またこの人か。
「しばらく船は来ないってお伝えしましたよね?」
「はい。でも僕にできることなんてこれくらいしかありませんから。少しは寝させてもらいましたのでもう大丈夫です」
冒険者なのかな?
ありがたいけど、さすがに気を遣うぞ。
……ん?
よく見たらこの人、昨日船の中から手を振ってた人だ。
「冒険者なんですよね?」
「はい。一度は死んだ身ですが、屍村のみなさんのおかげでもう一度冒険者をやってみようと思えたんです」
一度は死んだだと?
これってあれか?
シモンさんが言ってたやつだよな?
「あ、僕ユウシャ村ってところの出身でして、そのユウシャ村では屍村の住民になることを死んだと表現するんです。戦闘を諦めた者は屍と同じですからね」
自分から言ってくれるとは。
もうユウシャ村とはなんの関係もないから話しても構わないってことなのか。
「あ、これ内緒でお願いしますね。一応ユウシャ村の決まりで話してはいけないことになってますから。管理人さんにはお話ししておくべきだと思っただけです」
なんだかこの人に興味が湧いたので、とりあえずベンチに座ってみた。
「最後まで村に残らなくて良かったんですか?」
「長老の指示ですよ。こっちのみんなを守ることも大事ですから。それに僕、少し前に結婚しましてもうすぐ子供が生まれるんです。だからきっとそのことも考慮してくれたんだと思います」
へぇ~。
長老って人も気が利くじゃないか。
「それならこんなところにいないで奥さんの傍にいてあげるべきでは? 慣れない環境で不安でしょうし」
「妻は屍村出身なんです。妻の両親や兄弟も隣の部屋にいますから大丈夫ですよ。それにすぐ帰れるじゃないですか。ダンジョンって凄いですよね本当に」
「このダンジョンは本来魔道列車用ですからね。大樹のダンジョンに比べてできることが限られてるんですよ。俺たちからしたら不便で仕方ありません」
「ははっ。これで不便だなんてとんでもないですね。増々大樹のダンジョンに行ってみたくなりました」
やっぱりこの人も村を出たころにはウチに来てくれようとしてたのかな?
「なぜ一度冒険者を諦めたんですか?」
「単に実力がなかったからですよ。魔道士なんですけど、魔法が一向に上達しなかったんです。使える系統が多いということで期待はされてたんですけどね」
「見たところまだお若いようですし、これから上達するんじゃないですか? 今おいくつです?」
「十六歳ですからまだ若いって言われる年齢かもしれませんね。ですが私たちユウシャ村の住民の場合、小さいころから修行してるんです。それで今の実力ですからね。十三歳のころから比べるとせいぜい水魔法が少し上達したくらいです。それでも中級レベルにはほど遠い威力なんですから嫌になりますよ、ははっ」
そうか。
それだけ伸び悩んでるんなら今更急激に伸びることはない可能性のほうが高いって思うよな。
ユウナはここに来たとき既に中級レベルの魔法を使えてたし、この一年半でも確実に成長してるもんな。
「でもまだ冒険者を続けるんですよね?」
「もちろん続けたいのは山々なんですけど、これからは生活がガラッと変わりますからね。屍村でも冒険者としての仕事を期待してくれましたのでなんとなく続けてましたけど。これを機に心機一転、これからは妻と子供の三人で暮らしていこうとも思ってますし、もう冒険者は辞めようかなとも考えてます」
この年でもう引退か。
引退っていうのもおかしいか。
それこそ今この人が言ったように辞めるって表現がちょうどいい。
「二度目の死ってわけですか」
「ははっ、死んでばかりですね。……本当に情けないです」
「チュリ(ロイス君? 今のはダメですよ?)」
冗談だよ。
きっと屍村ではこういうのが流行ってるに違いない。
……ん?
小屋からカトレアがメタリンといっしょに出てきた。
「ロイス君、こんなところにいたんですか。風邪ひきますよ? あ、お話し中でしたか……すみません」
「いや、もう終わったところだから。あ、朝食持ってるか?」
カトレアから数人分の朝食をもらい、それをそのまま彼に渡した。
彼は凄く喜んでくれて、急いで家に帰っていった。
奥さんにも栄養ある物食べてもらいたいしな。
でもまた少ししたらここに来るんだろうなぁ。
きっと色々考え事をしたいからここでぼーっと海を眺めてたんだ。
まだ真っ暗だからなにも見えないけど。
……というか名前聞いてなかったな。
まぁそのうちわかるか。
「少しは眠れたのか?」
「……いえ。でも横にはなってましたから大丈夫です」
「大丈夫なわけないだろ。スピカさんになにか眠たくなる薬でも貰ったらどうだ?」
「師匠の薬は効き目が良すぎるんです……。たぶん今それを飲んで寝ると丸一日は起きないと思いますし」
それはマズいな……。
「ダンジョンの魔力は足りてるか?」
「かなり厳しいと思います。千人単位で来られたらさすがに無理ですね」
「そうか。次の船が来るときに水晶玉を一つでも持ってきてくれるといいんだが」
なにかあったときのために予備で保管してある魔石はできれば使いたくないからな。
「あ、ちなみに予備の魔石もほとんど残ってませんから」
「は?」
「だって船いっぱい作りましたからね」
なんだと?
あれだけあったのに?
でも仕方ないか。
船で使用する魔石の数が多すぎるんだよ、もっと節約しろよ、とは言ってはいけない。
安全のためには必要な設備だからな、うん。
「この一件が落ち着いたら船は漁船に作り変えてくれよ」
「はい。でも漁船のこともまたシモンさんたちに聞かないとわかりませんので、まだしばらくいてもらえると助かるんですが」
「二人とも結婚してるから早く王都に戻りたいだろうな。今二人が帝国へ行ってることを知ったらその奥さんたちは気を失うんじゃないか」
「そうかもしれませんね……。では漁船の知識だけ聞いておいて、あとは私たちでやってみますね」
「うん。そんなに急がなくてもいいから」
本当は急いでほしいけど。
作物と違って魚は今すぐにでも獲れるからな。
それに雇用人数も増える。
「中に戻りましょう。そのシモンさんとヴァルトさんも起きてきてましたよ」
「あぁ。ベンジーさんたちもそのうち来るか」
サウスモナの町長、冒険者ギルド長、そしてベンジーさんの三人はマルセールに宿泊している。
そして今日このあと出航する船でサウスモナまで送っていくことになってる。
一番早く帰れる移動手段だからな。
魔道列車が開通するとそっちのほうが早いだろうが。
昨日サウスモナ町長との話し合いで、魔道列車開通のための魔道プレート設置、植樹など、道路整備事業を全てマルセールに発注してくれることが決まった。
サウスモナ駅だけは自分たちでやりたいって言うからそこは任せることにしたけど。
それとは別に、移住者のために多額の寄付金をくれることも決まった。
サウスモナが率先して行動に移すことで、魔道列車開通事業に対する外部の批判や雑音を避けるという目的もあるらしい。
外部というのは主に王都パルドのことを言ってるみたいだけど。
寄付金や仕事の斡旋などをしてマルセールや大樹のダンジョンとの関係を強固にしておけば、魔道列車開通が優先されたとしても当然のことだと思ってもらえるんだってさ。
結局あの町長の思い通りの展開になったんだろうけど、こっちは誰もなんの損もしてないしな。
それにもうサウスモナの町は半魔道化しちゃってるわけだし。
マルセールみたいに完全魔道化をしたいのであれば別費用ということも伝えてあるから、それに関しては持ち帰って相談することだろう。
そうなるとまた魔道プレートを設置したり、各店舗へ会計魔道具を設置したりとウチに仕事が大量に舞い込んでくることになる。
それはそれでありがたいことだ。
俺個人的にはプレッシャーなだけだが、きっと従業員のみんなも俺と同じようにその責任を背負ってくれてると思うようにした。
俺が普通に生きることさえできればまだ数十年先までは大丈夫だろうしな。
それに俺やララの子供が魔物使いだって可能性もあるんだ。
魔物使いが生まれる確率的にはやはり血が繋がってるほうが高いらしい。
でも別に身内じゃなくても魔物使いならどこの誰でもいいわけだし。
そういう意味ではスピカさんの子供が魔物使いになる可能性だってほかに比べたら高いんだよな?
さすがに今からは厳しいかもしれないが、どこかに隠し子とかいないのか?
……こわくて聞けないな。
カトレアとマリンにも激怒されそうだ。
「あ、魔道プレートの生産も頼むぞ。それとここから真東にも魔道ダンジョンを繋げて、魔道列車が走れるようにしてくれ。ビール村まで出るのに一旦マルセールに戻るのは面倒だしな。この前魔道プレートは埋めてあるからすぐにできるよな?」
「……水晶玉が多めに手に入ったら考えます」
「チュリリ(今そんな余裕があると思ってるんですか? まずは住居が最優先です)」
カトレアが二人いるような感じだな……。




