第二百八十四話 真夜中の船
「唐揚げ弁当が30G!?」
「はい。もちろん30Pでも買えます」
「ハンバーグ弁当やチキン南蛮弁当も!? というか全部30Gじゃないか!」
「はい。ダンジョン価格です。いくら王国の物価が帝国より安いからといっても、マルセールやほかの町でこの価格ではまず売ってませんのでご注意を」
働きだしたばかりなのによく対応できてるじゃないか。
さっき弁当屋の開店準備をしてたら、早速みんなが興味津々に寄って来たらしい。
どんな状況でもお腹は空くからな。
だからこんな夜遅くにも関わらず、急遽もうオープンしちゃえってことになったんだ。
お試しで一時間限定だけどな。
この人数で弁当が売りきれることはまずないし、特に不満も出ないだろうし。
これを大樹のダンジョンでやっちゃうとみんなかなり怒るだろうが……。
「……なんだか現実じゃないみたいだ」
「昨日から色々ありすぎたからね……」
「俺はまだこのダンジョンの仕組みがいまいち理解できないんだが……」
「そのうちわかるだろ。今は安全なところに逃げれたことに感謝しようぜ」
「マルセールの町にも行ってみたいね~」
「そこの魔道列車とかいうのにも乗ってみたいな」
「なんだか眠たくなってきちゃった」
「寝てもいいのかな? 先に来てた人たちはここで船を待つ人もいるみたいだし」
「こういうときだからこそ助け合いが必要だよね。私たちはまだ元気だし、子供やお年寄りの方には早く休んでもらおうよ」
「そうだな。やっと気持ちも落ち着いてきたし、既にもうかなりお世話になってるからなにかで返さないとな」
あちこちで会話が増えてきたじゃないか。
ここに来るまでは知り合いじゃなかった人たちもこうやって繋がりができていくんだな。
この様子を俺は待合室のベンチに座って聞いている。
みんなが俺に遠慮してもあれなので、目を瞑り、腕を組んで寝ている感じでな。
護衛のウサギ三匹が周囲で守ってくれてることもあって誰も近寄ってこない。
「あの、管理人さん」
こんな俺によく話しかけようと思ったな……。
仕方なく目を開ける。
俺の隣で完全に寝ていたメタリンも起きたようだ。
……知らない人だな。
「どうかされましたか?」
「たぶんなんですけど、船が来ました」
「……船? 船が来たんですか!?」
「はい。夜風に当たりに外に出てたんですけど、遠くから光が近付いてきてたのでなにかな~って思ってたら、あ、たぶんあれは船だと思いまして」
「わかりました! みなさん! 元気な方は受け入れを手伝っていただけますか!?」
「「「「はい!」」」」
みんなで小屋の外に出る。
あっ!
すぐそこまで来てるじゃないか!
というか外で誰か見ててくれたんじゃなかったっけ?
……小屋横のベンチで暖かそうな毛布にくるまって寝てるようだ。
ウチの毛布だからそりゃ外でも暖かいに決まってる。
でも眠いなら遠慮なく誰かに代わってもらっていいのに。
給料が出るわけじゃないんだしさ。
港は電灯魔道具によって明々と照らされている。
おかげで船からもすんなり港の場所がわかるに違いない。
……大型魔船のようだな。
夜であろうが出航しなきゃ今後間に合わない可能性があると踏んでるのか。
さっき一度誘導した人たちもいたおかげで、今回の船もスムーズにとまることができたようだ。
そして船から人が降りてきた。
どうやらウチの冒険者たちのようだ。
まずは安全確認だからな。
「ではどうぞ! 怪我人とその付き添いの方を優先でお願いします!」
船の入り口に向かって叫んでいる。
怪我人もいるのか。
そりゃ冒険者がカバーできてない場所のほうが多いから当然なんだろうけど。
生きてただけマシだと思ってくれてると良いが。
ゆっくりとではあるが続々と人が降りてくる。
みんな疲れきってるようだ。
この時間は普段だと寝てる人が多いだろうから眠いのもあるかもしれない。
数人に一人の割合で服がボロボロの人を見かける。
隣の人に肩を貸してもらいながら、足を引きずってる人もいる。
腕をだらーんとしてる人もいる。
もしかしたら骨折してたりするのかもしれない。
屍村にはグラシアさんがいるし、途中の道でも回復魔道士を多く配置してるから応急処置はしてもらってると思う。
だから痛み自体はそこまでないような表情にも見える。
でも回復魔法で骨が完全にくっつくわけではないので無理な動きは禁物だ。
最後にシモンさんが降りてきた。
第一便に続き早くも二往復目か。
「夜の操縦は初めてだったけど、やはりこわいね。予定より一時間ほど到着が遅くなってしまったよ」
「暗いと障害物や魔物に気付かないこともありますもんね。ところで次の便が来る予定はありましたか?」
「僕が出たあとにたくさん人が来てたらわからないけど、少なくとも数時間は先になるんじゃないかな」
そうだよな。
そんなこと誰にもわからないのに、なんて意味のない質問をしてしまったんだろうか。
少し反省しよう。
見張りをしてくれてた人もさすがに目が覚めてたようで、申し訳なさそうにしてるのが逆に申し訳なくなる。
この人も昼間に来たばかりで心身ともに疲れてるはずなのに。
だからお礼を言って、今日はもう朝まで船は来ないからと説明し、部屋に戻ってもらうことにした。
小屋に入ると、今来た人たちが右側に集まって座ってくれていた。
上手く誘導してくれてるみたいだな。
そしてメロディさんの説明が始まる。
話を理解してくれた人から順に魔道カードの作成、住居の割り当てに進んでもらう。
既にカトレアとマリンが準備してるようだ。
というかメロディさんの説明、俺よりも説得力がある気がする。
同じ移住者で同じように住む場所を失った者同士だからかもしれない。
話の節々に感じる感情のようなものが俺とは違うんだと思う。
俺の中にはどこか、受け入れてやってるんだぞという驕りではないが上から目線の感情があるのかもしれない。
移住者の人たちにも、お前はなにも失ってないだろなんて思われてたとしても当然だ。
それに俺はただのダンジョン管理人であって、実作業は全て錬金術師たちや従業員の手によって行われてるんだし。
「ロイスさん? ロイスさん?」
ん?
……メロディさんの娘さんか。
「まだ起きてたのか。子供は早く寝たほうがいいよ」
「いえ、二~三日くらい寝なくても死にませんから。……ってさっきマリンさんが言ってました」
マリンのやつ、こんな子供に向かって言う言葉じゃないだろ……。
いくら同い年とはいえさ。
「それよりロイスさん、そんな暗い顔をしないでください。みんなは希望を持ってここに来てるんですから」
希望、か。
俺がこんな顔をしてるとみんなが不安がるって言いたいのか?
確かにみんなの気持ちを考えようとしたところで、俺は移住者ではないからわからないことなのかもしれない。
それなら受け入れる側として、堂々とした態度を取ったほうがいいってことなのか?
傲慢だと思われようが、ここは安全だからもうなにも心配しなくてもいいと言えとでも?
……無理だな。
人によって考え方は違う。
だからなにが正解かなんて考えてもわかるわけがないってこともわかってる。
「勘違いしたらダメだ。この世界に安全な場所なんてどこにもない。ここは今の帝国よりもほんの少しだけ安全ってだけだからな」
「「え……」」
期待なんてされても困る。
期待するなら帝国ご自慢の勇者とやらにしてほしい。
「ロイス君、みんな大樹のダンジョンや王国を信頼して来てくれてるんだからさ、そんなにネガティブな方向ばかりに考えなくてもいいんじゃないかな?」
「ネガティブに考えておけばそれより悪くなることは少ないっていう考え方もできますんで」
「「……」」
色んな可能性を柔軟に考えるようにしてるだけだから、俺のことはそこまで気にしなくていいのに。
シモンさんはまだ俺との付き合いが浅いから仕方ないか。
「それより君、えっと……」
「ニーニャです」
「ニーニャさんか。明日、というか今日の午前中から厨房での仕事が始まるんだぞ? しっかり睡眠取らないと怪我するから早く寝るように。料理をなめてると痛い目に合うぞ?」
「でもお母さんはずっとここにいるつもりですし……」
「それはこれがメロディさんの仕事だからだ」
「でも……」
やけに食い下がるな。
新しい住居が不安なのか?
そこの転移先からそんなに遠い距離でもないだろ?
それともただお母さんのことが心配なだけか?
というかお父さんはどこ行った?
挨拶しただけで、結局メロディさんしか喋ってなかったから印象がまるでない。
でも確かさっきまでそこらへんに……あ。
イスで寝ちゃってるのか。
どうやらずっとメロディさんに付き添うようだな。
さすがにこの子をここで寝かせるわけにもいかない。
かといって部屋には戻りたくないらしいし。
「じゃあ俺たちが休憩で使ってる部屋に行くか? 仮眠用のベッドもいくつかあるし、マリンだってついさっきまでそこで寝てたから。あとでメロディさんにも言っとくからさ」
「……ありがとうございます。緊張するので付いてきてもらってもいいですか? マリンさんもすぐ来ますよね?」
マリンのことがそんなに気になるのか?
単純に一人じゃ寝れないだけかもしれないな……。