第二百八十一話 第二便
あたりがすっかり暗くなった十八時過ぎ。
ようやく第二便がやってきたようだ。
今度は大型魔船。
つまり百人以上は確実に乗ってるってことだ。
五時間くらいかけて来たんだろうから、シモンさんたちが向こうに到着してすぐに出航してきたに違いない。
屍村の人たちが何人かで船を誘導してくれている。
これは仕事ではないが、自主的にこういうことをやってくれるのはありがたい。
……でも明日からは多くの人が働きだすだろうし、やっぱりこの人たちにも少しは給料的なものを払ったほうがいいのかも。
操縦室にはヴァルトさんの顔が見える。
だが表情は浮かないようだ。
その原因は聞かなくてもわかる。
まだたった二便だからな。
あまりにも移住者が少なすぎる。
そして船から人が降りてくるが、みんなゲッソリとしているように見える。
船旅で疲れたのか?
誘導されるまま小屋に入っていくが、屍村の人たちと同じ移住者とはとても思えない。
暗いせいか、この周りが小屋以外なにもない土地だということにも気付いていないのかもしれない。
最後にウチの冒険者たちとヴァルトさんが降りてくる。
「お疲れ様です」
「あぁ、お疲れ様。シモンから少しは聞いたけど、ダンジョン構築は順調なのかい?」
「時間はたっぷりありましたからね。それより今何人乗られてました?」
「二百三十人ってところかな」
最大定員の三百人までも全然届いてないな。
「今日はどうされます?」
「こっちで休んで明日の早朝に高速魔船で向かうよ。船は持ってきた」
「そうですか。では小屋の中で話を聞かせてください」
すぐ戻らないということはそういうことだよな。
冒険者たちには大樹のダンジョンへ戻ってもらい、明日朝にまた来てもらうようにお願いをした。
そしてヴァルトさんは小屋の中に入ってもなにも驚くことなく、管理室までやってきた。
今来たばかりの人たちが待合室に集まってるせいか、お店とかまで目がいかなかったのかもしれない。
……ってそういう雰囲気じゃないな。
管理室に入ると、すぐにカトレアがお茶を用意してくれた。
それと同時にマリン、モニカちゃん、スピカさんの三人は慌てて外に出ていった。
魔道カードを発行しに行ったんだろう。
「ヴァルト君、お疲れ様です」
「ミランダ先生……お疲れ様です」
「顔色が悪いですよ? 大丈夫ですか?」
「えぇ、まぁ……」
ミランダさんもなにか手伝いたいということだったのでこっちに来てもらった。
カトレアたちに任せてるので、なにをしてもらってるかは知らん。
ヴァルトさんが一口お茶を飲んだのを確認して、話を始める。
「午前中で二百三十人しか屍村に来なかったってことですよね?」
「あぁ、それで間違いない」
「少なすぎません?」
「今避難してきた人たちのほとんどは帝都から来た人だ。しかもそのほぼ全員が歩いて移動してきたらしい。偶然にもベネットへ移動する途中で大樹のダンジョンの冒険者たちと出会い、目的地が変わったことを知ってそのまま最短で屍村に向かって来れた人たちのようだな」
なるほど。
帝都からベネットに移動するには途中で大きな橋を渡らなければならないが、その橋からベネットまでと屍村とで大体同じ距離だからな。
歩いてでの移動となると帝都から屍村まで……丸一日はかかるか?
ウチからサウスモナやボワールまで歩けって言われたらそれくらいはかかるよな?
実際には休憩も取るし、もし睡眠も取るんだったらもっとかかるかもしれない。
「馬車は機能してないんですね?」
「……帝都では馬車を出せるような状況じゃないらしい。避難しようとする人はみんな馬車での移動を考えるが、馬車の御者も外にこんなに魔物がいるんじゃとても出せないって言ってる人ばかりらしくてな」
「御者さんも人を乗せてる場合じゃないですしね。それに仮に馬車を出しても護衛の冒険者がいないと馬も馬車も破壊されて終わりですからね」
「実際にそういった事例も見かけたらしい。歩いてる途中で……」
ヴァルトさんは言葉を言いかけたが顔をしかめ、手で顔を覆う。
直接見たわけではないのにそこまで感情移入してしまうのか。
今来た人たちがそんな惨状を見ながら移動してきたとしたらあんな暗い表情をしてるのにも頷ける。
ピピによると帝国はあと二~三日もすれば魔瘴に覆われつくす可能性があるらしい。
今も魔物は時間を増すごとに増えていってるんだろう。
町自体はもう少し耐えられるかもしれない。
魔物はわずかなマナでも嫌うらしいし。
魔物もそれなら魔瘴が多いところで生活したいだろうからな。
だがそうなると町から屍村への移動はほぼ不可能になる。
既に紫色のモヤみたいな魔瘴が濃くなりつつあり、視界もかなり悪くなってきてるそうだ。
中途半端な浄化魔法を使ってもほぼ無駄になるだけだろう。
「でもよくこんな大勢で帝都から屍村まで歩いて来れましたね」
「帝都の冒険者パーティが四組いっしょだったらしい。どうやら例のゾーナさんの知り合いのようだ」
「なるほど、そういうことですか」
「それにその冒険者たちの家族や知り合いが多かったようだ。だから行動が早かったっていうのもあるんだろうし、まとまりもあったんだろう」
「信用って大事ですね。その冒険者の方たちも今いたんですか?」
「いや、彼らはまた帝都に戻るって言って引き返していった。だからララちゃんはヒューゴ君たちが使ってた馬車を貸してあげてたよ」
うん、それはいい判断だ。
彼らには一刻も早く帝都に戻って現状を伝えてもらわねばならない。
「帝都から以外の人もいるんですよね?」
「七割方はその帝都の人たちだが、ほかはベネットやナポリタンからの人が数十名ずついる」
「その人たちも歩いてですか?」
「いや、中には馬車で来た人もいる。自分たちの家族だけで避難してきたらしい。ベネットと屍村の間は冒険者たちのおかげでまだ比較的安全だからな。だが自分たちだけ馬車で逃げてきたことを申し訳なく思ったのか、馬車と馬は屍村で使ってほしいってさ」
ふ~ん。
別に悪いことしてるわけじゃないのに。
まだ避難しようと思ってる人のほうが少ないだろうからみんなそこまで気にしてないだろうしな。
あ、帝都は別ね。
ゾーナさんたち冒険者のせいで大混乱が起きてるっぽいし。
ってそれも俺たちのせいか。
逃げろなんて言わなければみんな焦らずに、帝国が一体となって魔工ダンジョン討伐を目指してたのかもしれない。
もっと冒険者たちは優遇されてたかもしれないよな。
まぁ短い間だけど。
「それとナポリタンから避難して来た人に聞いた話なんだが、ナポリタンから西の大陸への船は変わらず出航してるみたいだ。元々一日に一本だけしか出てないらしいが」
「そっちも大混雑になりそうですね。散々待って乗れなかったときのことを考えると無理してでも屍村に行ったほうが生き残れる確率も高いかもしれません。でもウチが船を出せば……」
騎士が邪魔しなくなったらしいから、今ならベネットやナポリタンにウチから船を出すことも可能だ。
でもこれも難しい問題なんだよなぁ。
まず思ってた以上に避難してる人が少ないということが気になる。
町の人たちからしたら得体もしれない俺たちより騎士を信用するのは当然のことだろう。
そこに今また俺たちが行ったら余計に混乱を招くかもしれない。
屍村への移動ルートが冒険者たちによって確立されつつある今、それをすると一貫性のない俺の決断にみんなが惑わされることにもなりそうだ。
「ロイスさん、あなたの判断は間違ってませんから今のままで大丈夫だと思いますよ」
ミランダさんが俺の心を見透かしたかのように言ってくる。
「そうですよ。今逃げない人はもうずっと逃げない人です。家のすぐ外に魔物が走り回るようになっても家の中にいれば大丈夫だとか、そのうち誰かが倒してくれるだろうとか思うのかもしれません。現状としては屍村が一番安全なんですから拠点は屍村だけに統一するべきです。まずはウチの人たちの安全確保が最優先ですから」
カトレアがそう言ってくれると安心できるな。
俺の考えが間違ってたらすぐ指摘してくれるだろうし。
「そうだな。ララもなにも言ってこなかったということは同じ判断をしたんだろうし」
俺が考えるよりも現場のことはララに任せておけば間違いはない。
一旦話の区切りがついたところで、通話魔道具が鳴った。
どうせまたミーノかリョウカだろう。
あいつら、一時間おきくらいにこっちの状況を確認してくるからな。
カトレアもやれやれといった感じで立ち上がり、魔道具を手に取った。
「はい港町駅管理室……あ、メロ君ですか? ……え? ロイス君にお客さん? ……わかりました。私も行きますのでそこで待っていてもらってください。あ、しっかりお茶を出してくださいね?」
マルセールからだったのか。
それにしてもなんだか似たような光景がつい最近なかったか?
「ロイス君、ベンジーさんが来てるようです」
「ベンジーさん? また? ……あれ? まただよな?」
「はい。昨日帰ったばかりです」
手伝いに来てくれたのかな。
それともサウスモナの冒険者たちを連れて応援に来てくれたのかも。
「サウスモナの町長と冒険者ギルドのギルド長も同席してるらしいです」
町長?
それにギルド長?
なぜ?
……あ、もしかして魔道化の件か。
こんな状況でできるわけないだろ……。