第二百八十話 港町支店
この広い駅待合室には八百屋、肉屋、魚屋、そして道具屋の店舗スペースもある。
「えっ!? 野菜安すぎません?」
「マルセールではこれが普通なんだよ! でもほら、こっちの大樹のダンジョン産の品物は少し高くなってるんだぜ!」
「帝国の半額くらいですよ……大樹のダンジョン産の物でも帝国より安いです……」
「それならその分給料が高いとかじゃねぇのか!?」
「いえ、それがさっきお聞きした条件とほぼ変わらないんです……まぁ僕が屍村に住んでる間に劇的な変化があったりしてたらわからないですけど……」
「ならもう考えるのはやめとけ! これがここの普通だからな!」
新しくこの八百屋の従業員となった若い男性がおじさんから手ほどきを受けているようだ。
さっきからほかの店でも同じような光景が見て取れる。
やはりみんながまず驚くのはその価格。
それだけ帝国の物価が高かったってことか。
「ポーションもこんなに安くていいんですか?」
「あぁ。それこそ大樹のダンジョンにいる錬金術師のみんなが作ってくれてるから激安なんだよ。あ、ほかの町ではこんな安くは置いてないからな?」
道具屋が必要かどうかは悩むところだったが、昨日ヤックに聞いたら最近は疲労回復のためにポーションを飲む一般人も増えてるということだったので一応店を出してもらうことにした。
まぁ普通に生活してるだけでも体力は減るしな。
各店舗には一人ずつ従業員を雇ってもらえることになった。
このあと来る人たちの中からも数人雇ってもらうことになるから、とりあえずは一人ということだ。
給料もそれぞれの店から払ってもらうことになってる。
場合によってはもっと店のスペースを拡張する必要も出てくるかもしれない。
今の時点でもマルセールの店よりかは広くしてるんだけどな。
おじさんたちにとっても急に支店を作ることになって驚いただろう。
でもしばらくは商品をこっちにも回してもらわないと食料が全然足りない。
急に大量の発注依頼が来た仕入れ先も大慌てだろうな。
地上の港町に店が増えてきたらこの待合室の店はなくすつもりだから、もしそのときにこの店を続ける気があるのなら独立してもらってもいいとは思ってる。
もちろんそれはおじさんたちと話し合ってもらわないといけないけど。
「あら、魚捌くの上手じゃない!」
「本当ですか!? ありがとうございます! 村ではみんなが釣ってきた魚を調理してたんです!」
「ウチでは魔物しか取り扱ってないけど、そのうち漁港ができたら普通の魚もどんどん獲れるはずだから市場に店を出したらどうかしら」
「えっ!? 漁港ができるんですか!?」
「そうよ。このすぐ目の前の港は漁港としても使う予定なの」
「えぇ~っ!? それなら海鮮料理のお店が出したいです!」
「ふふっ。それなら頑張ってお金貯めないとね。少しお給料もはずむからね」
「ありがとうございます! こうやってお店で働くのも初めてなんで楽しみです!」
元気な女性だな~。
屍村には店という店がいっさいなかったらしい。
お金も共通で管理してる感じだったらしいぞ。
村人全員が家族ってイメージなんだろうな。
正直、ここではそういった生活はまず無理だと思う。
これからどんどん人も来るだろうし、自分たちだけで静かに生活ってわけにはいかないからな。
それでもその生活を望むのであれば、どこかに新しく村でも作るという手もあるとは思うが。
「ロイスさん、少しよろしいでしょうか?」
歩いていると、長老の娘さんであるメロディさんに呼びとめられた。
「お年寄りの方たちにもなにかお仕事をいただけませんでしょうか?」
「お年寄りですか? 村でもなにかされてたんですか?」
「はい、実は地下でずっと作物を育てておりまして」
「作物? 地下で?」
「そうです。光がなくても育つ野菜類、キノコ類を中心に栽培してました。どこかに販売するわけではなく、村のみんなで食べるためのものでしたが」
「なるほど……」
屍村は地下にあると聞いたが、畑とかも地下の暗い場所にあったのか。
しかしこんなに早くまた畑問題が再燃してくるとは。
「昨日、全ての作物を収穫してきましたので一度見ていただけないでしょうか?」
「え? わかりました。八百屋に行きましょう」
そしておじさんに見てもらった。
「おぉ!? いいじゃねぇか! ……これをそのまま村の人たちがここで売ったらどうだ?」
「え、よろしいのですか?」
「兄ちゃん、いいよな!? ウチではこの商品以外を販売するからさ!」
「いいですけど……すぐに在庫は尽きるんですよ? それなら八百屋で買い取って販売したほうがいいかと思うんですが」
「ここでも栽培してもらえばいいんじゃねぇのか!? ……あ、わりぃ……」
俺の鋭い目つきを見てなにかを察したようだ。
やはり畑を作るのが一番手っ取り早いのは間違いない。
後々の食料の心配もなくなるし、雇用の心配もかなり減る。
おじさんは気まずくなったのか俺と目を合わせようとしないが、メロディさんは懇願するようにじっと見つめてくる。
だがメロディさんだけならまだなんとも思わない。
問題はメロディさんの隣にいる娘さんにまで見つめられていることだ……。
年はララと同じくらいか?
背はララより低いが、もしかしたらこの子のほうが年上かもしれない。
というか屍村の子供たちはみんな痩せすぎだ。
村付近で調達可能な食料も限られてただろうし、物価が高いんじゃ肉とかは食べられなかったんじゃないのか?
ララが到着した直後に、肉や魚中心の食事会を開いたそうだが、みんなかなりの勢いで食べてたと聞いた。
さっきもここに用意した軽食をいっぱい食べていたし。
……ここでは食料のことで悩んでほしくないよな。
それにお金のことでも。
お年寄りに今から新しい仕事を覚えてもらうのも大変だろうし。
「ピピ、カトレアを呼んできてもらえるか?」
「チュリ(はい。でも忙しいから来てくれるかわかりませんよ?)」
魔道カードに関連するシステムや魔道具の改修をしてる途中だからな。
さっき移住者の人たちには魔道カードの説明を終えたばかりだ。
理解してくれるまでに少し時間がかかったように思えた。
こういう魔道具や錬金術を多用する生活に慣れていないから当然なのかもしれないけど。
でもこのメロディさんはすぐに理解してくれて、次に来た移住者たちへの説明も任せてくれと言うではないか。
だから遠慮なくそうさせてもらうことにした。
……ん?
女の子がメタリンに触りたそうにしている。
「噛んだりしないから触っても大丈夫だよ」
「……本当ですか? じゃあ少しだけ……」
おそるおそるメタリンに手を伸ばす。
……やはりこわかったのか、手を引っ込めてしまった。
昨日まで屍村の中にブルースライムが大量発生してたらしいからな。
ワイルドボアもたくさんいたらしいし、よく死人が出なかったもんだと思う。
「キュ(私、こわいのです?)」
「スライムだからなぁ」
「……キュ(悲しいのです)」
メタリンが泣きそうになってる。
「あ、違うの! 私のほうが大きいから触られるのがこわいんじゃないかなって思って!」
あ、そっち?
「よいしょっと。ほら、そんなに重たくないから抱えてみるか?」
「はい! …………可愛い! お名前は?」
「キュ! (メタリンなのです!)」
「メタリンって言うんだ。メタリックスライムっていう魔物なんだよ」
「カッコいいスライムさんなんだね! きれいな色!」
「キュ! (ありがとうです!)」
どちらも嬉しそうだ。
「あの……」
なんだ?
今カトレアを待ってる最中なのにまだなにかあるのか?
女の子はメタリンと楽しそうに遊んでいる。
「この子を錬金術師にしてあげてもらえませんか?」
「え? 錬金術師? この子を?」
「はい。父の血のおかげか、どうやらこの子にも魔力があるようなんです」
……やはり俺には見てもわからん。
なにか魔力測定ができる簡易魔道具みたいなのないかな。
「それなら長老さんがここに来てから教えてもらうのがいいのではないでしょうか?」
「父よりも素晴らしい錬金術師の方々が大勢いらっしゃるのに、父に習う理由が見つかりませんので……」
確かに……。
って娘なんだから父親がたいしたことないみたいな言い方するなよ……。
それに長老さんだって孫が錬金術師になりたいって言うんなら喜んで教えるに決まってるじゃないか。
「この子はどう思ってるんです? 錬金術師になりたいんですか?」
「いえ、まだ十三歳になったばかりですし、そこまでの意志はないと思います……」
「まだ十三歳? もうじゃなくてですか? ユウシャ村では十三歳になったら旅に出ないといけない年齢ですよね?」
「そうなんですけど……」
「さっきいたウチの錬金術師の一人も同じ十三歳ですよ? それにウチの従業員は……ってすみません。環境が違いますからね。こんな状況ですし、娘さんがなにかしたくなるのを待ってからでも遅くないんじゃないですか? 今はメンタル面のケアに努めてあげてください」
「……はい。すみません」
どんどん気まずくなる……。
まだたった二百人でこれだからな。
もっと人が増えたら要望や不満で凄いことになりそうだ。




