第二十八話 目標達成
土曜日、大樹のダンジョンにとっては一週間の締め日だ。
今週は地下二階のリニューアルオープンということで連日大盛況であった。
四月という新たな冒険者が増える時期と重なったことも要因となっているようだ。
そしてリピート率は驚異の八割!
すみません適当に言いました。
でも本当にそのくらいじゃないかと思うほど同じ顔触ればかりであった。
おかげで俺の仕事も非常に少なくすみ、管理人室の椅子とリビングのソファを行ったり来たりしてのんびり過ごすことができていた。
もちろんサイダーを飲みながらね。
ララは八時半~十時は受付業務。
十一時まで今後のダンジョン構成案の検討。
十二時までは昼食の準備。
十三時まではお昼休み。
十三時~十七時はダンジョン視察。
その後は夕食の準備といったように、十歳の少女としてはとても忙しい日々を送っている。
……強制はしてないよ?
ララが望んでのことだからね?
決してブラックではない! と思っている。
カトレアは大量のサイダーを俺に残し、旅立っていった。
ということにはなっておらず、その日に必要な分のポーションを錬金した後は地下室に籠っているようだ。
なんでも興味深い本が山ほどあるらしい。
「おっ、だいぶコンビネーションが良くなってきたみたいだな」
水晶玉に映っていたのはティアリスさんパーティだった。
ティアリスさんに双子の二人の兄、それにジョアンさんだ。
一度だけのパーティのはずが結局それからずっといっしょに行動するようになったらしい。
双子の兄たちとジョアンさんは宿の部屋までいっしょだとか。
四人のバランスは合ってるらしく、魔物急襲エリアでもそれなりに戦えるようになっていた。
二週間でここまで成長してるんだからかなりいい線をいってると思う。
まぁ俺は初級者以外見たことがないんだけどね。
この魔物急襲エリアはやはりソロでは厳しいらしく、ソロで来ている人たち同士がパーティを組んだりすることも多くなっていた。
朝の開場前の小屋からはパーティ募集の声がちらほら聞こえてくる。
自分のレベルを上げるためにこのダンジョンに来てるはずなのに、それよりも魔物急襲エリアをクリアすることが目的になっている気がする。
クリアしたところでなにもないんだけどな。
そもそもクリアってなんだよ。
冒険者の間ではエリアの南口から入って北口から出ることができればクリアになるらしい。
なら走ればいいじゃんと思わないでもないがそれは違うらしくて、魔物から逃げることは意に反するらしい。
まぁ結果的にレベルアップになるならいいか。
「ドラシー、来週の地下三階のことだけど、本当にできそうなのか?」
「魔力的には問題ないわよ。元々溜まってた分もまだあるし、毎日人がいっぱい来てくれてるからね」
「そうか。明日のアップデートは昼からでもいい?」
「まとめて来週にしない? あまり細かい追加ばかりしてもみんなついてこられなくなるわよ? 今の調子だと地下三階ももう少し後でもいいくらいだと思うけど」
「そうなのか? でも今来てる冒険者たちは来週も来たとして二週間ずっと地下二階にいることになるだろ? さすがにもう少し上のレベルを求めはじめてもうここには来なくなるんじゃないかと思うんだけどな」
「それでも地下三階ができたらまた来るわよきっと。中級者レベルはそんな甘くないからね。試しにどこかの中級レベル相当の魔物ダンジョンに行けば自分の弱さを思い知ることになるわ」
「……でもそれってこのダンジョンでは強くなれてないってことじゃないのか?」
「段階の話よ。そんな二週間やそこらで中級者レベルになれるんならこの世界に魔物なんてとっくに存在していないわよ」
「う~ん、ドラシーが言ってることはもっともだとは思うけど、なんだかこれだけ人が集まるようになったからか誰も来なくなるのが不安なんだよな」
「あら、アナタがそんなこと口にするなんて珍しいわね。たった二週間でこれだけの規模のダンジョンになったのよ? この世界にどれだけ人がいると思ってるのよ。今来てる人が来なくなってもまた新しい人が噂を聞きつけてどんどん来るわよ」
「それはわかってるつもりなんだけどな~。まだ二週間だからこそ実感できてないのかもしれない」
「まぁ経営や運営に関することはララちゃんに任せておきなさい。アナタは今みたいにたまに意見を言うだけにして普段はそこに座ってるだけでもなんとかなるわよ」
「それならいいんだけどさ」
そう、俺は楽してのんびり過ごせればそれでいい。
十四歳のくせにそんなこと言うなと思われても事実なんだから仕方ないじゃないか。
そういえば最近ララとの剣の稽古もしなくなったな。
おそらく今日来てる冒険者の中で俺が最弱だろうな。
そういや俺が強くならないとこのダンジョンにも強い魔物を配置させることはできないんだっけ?
面倒だな、それなら初級者向けのままでいいのかもしれない。
……もしかして俺が強くならなくても仲間が強ければいいのか?
シルバとピピはどのくらい強いんだ?
一度魔物急襲エリアに放り込んでみても面白いかもな。
シルバは喜びそうなもんだが。
お? 冒険者たちが出てきたようだな。
もう十七時か、今日は土曜日だからいつもより早いな。
町へ帰って酒場にでも行って一杯やるのかもしれない。
お酒は十六歳からとはいえ、お金のない初級冒険者の彼らに飲む人はほとんどいないだろうが。
「お兄! ただいま!」
「おう、おかえり。今日はなにをしてたんだ?」
「魔物急襲エリアでのみんなの戦い方を見てきたよ! まだまだって感じだけどね! いくら数が多いからってあのレベルの敵に苦戦してるようではね! これならまた来週もきっと来てくれるよ!」
「そうなのか? みんな少しは強くなってるのか?」
「うん! それは心配しなくてもいいと思う! 強制転移させられる前に逃げれてるしね!」
「……それは強くなってると言えるのか?」
「え? 自分で危ないと思えるラインがわかってきたってことでしょ? 倒しきれないときには撤退も考えないとダメだもん!」
「それもそうか。ララが言ってた危機意識ってやつか」
「うん! だから明日は完全にお休みにしよ? ドラシーも疲れてるだろうし、私もたまには町に行きたいしね! 地下三階もそんなに急いで作る必要はないのかも」
「わかった。明日はアップデートはなしで町に行こう。カトレアも行くかな?」
「行くと思うよ! ……あっ、来たみたい!」
「……みなさんお疲れさまです」
「お疲れ。いい本あったのか?」
「……はい、とても興味深い錬金術です。作れるものが増えそうです」
「そうか、それは良かった」
本当にただの錬金オタクみたいだな。
錬金についてはかなり貪欲なのに、その他については全くの無欲。
だけどその錬金も目的があるわけでもなく、ただ昔からずっとしてきてることだから続けてるだけ。
きっとカトレアの師匠もそのあたりを危惧し、世界を見てこいといってむりやりにでも旅に出させたんだろうな。
その効果かどうかはわからないが、最近は食に対してかなり興味が出てきたようでララと一緒に料理を作るようにもなっている。
錬金は分量に繊細なものらしいから、料理の味付けなどにも通じるものがあるのかもしれない。
「お兄、今日は生春巻きだからね!」
「……ふふ、生春巻き……いい響きですね。どんなものか全く想像できませんが」
ここに来て一週間経つが出ていく気配が全くないな。
でも今カトレアに出て行かれるのは正直言ってかなりキツイ。
だって町から大量のポーションを仕入れることになるんだぞ? 俺が。
楽を覚えてしまった今ではとても考えられないことだ。
急に出て行かれたときのために大量に作ってもらっておいたほうがいいのかもしれない。
「管理人さん! お疲れさまです! ありがとうございました!」
「帰ります! また来週来ますね!」
「よーし、明日は遅くまで寝てやるぞ!」
「俺は強くなってるぞー!!」
「バカ兄貴! 剣忘れてるわよ!」
まだ十七時半だがみんなもう帰るようだ。
最近は十八時ギリギリにダンジョンから出てきて、十八時半に小屋から帰ることが普通になっていた。
みんなよくお腹が減らないものだといつも思う。
やはりサービスとして軽食くらい用意するべきか。
……いや、そんな余裕はウチにはないか。
今週の来場客数は二百二十六人。
文句なしで最高記録更新だよな?
売り上げは11300G。
先週と違ってポーションに経費はかからないよな?
「ララ、今週の来場客数は二百二十六人、売り上げは11300Gだけど……」
「お兄、これでようやくスタート地点に立てたね。まだまだこれからだからね! もっとたくさんの人に来てもらうんだからね!」
「……そうだな。でもとりあえず当初の目標は達成ってことで間違いないよな?」
「もちろん! 三人になったから当然支出も増えるけど、それ以上にカトレア姉がいてくれて助かってるからね! ずっといてくれるよね!? カトレア姉!?」
「……えぇ、お二人がいてもいいと言ってくれるのなら」
当初……といってもわずか二週間前だが、当面の目標として設定した『収支プラマイゼロ』は割とあっさり達成することができた。
明日こそ魔物狩りをしないでもいい休日が訪れることになりそうだ。
あっ、サイダーの材料も買えるかも。
これにて第一章「管理人のお仕事」編は終了です。