第二百七十七話 移住者来たる
ピピが予想した時間通りに船が二隻やってきた。
遠くから見ても光ってるな。
さすがミスリル配合魔力プレート。
「ねぇ、駅の場所ここで良かったかな? 上に作ったほうが良かった?」
「今はここがベストだろ。上に作ったらお年寄りとかが大変かもしれないし」
「でも大きい波が来たらここら一帯濡れちゃうかも……」
「いずれは海との境に封印結界を張るから大丈夫だ。それに市場ってこういう場所にあるんだろ?」
「うん。屋根もつけないとね。……ダンジョン内だったら市場もすぐできるんだけどね」
「ダンジョンを使うのは今だけだから。ここから脱魔力化を進めていかないとあっという間に経営が傾くことになる」
「そうだよね……。なにかもっと魔力を蓄えられるいい方法ないかなぁ」
「実は少し考えてることがあるんだが……おっと、その話はまた今度にしよう」
船がまず一隻、ゆっくりと港に近付いてくる。
この速度調整もなかなか難しそうだよな。
船の一番高い場所にある操縦室の中からこちらに手を振っている人がいる。
ウチの護衛冒険者……ではないな。
誰だ?
屍村の人か?
無事に着けて安心したのかもしれないな。
まぁ周りには小屋以外なにもないところだけどな。
船からロープが放り出された。
それをメロさんが受け取り、しっかりと港に括り付ける。
そして船が完全にとまった。
操縦室のシモンさんもホッとしたようで、笑顔を向けてくる。
設計士なのに、ここまでさせて悪いとは思ってる。
だからその分の報酬ははずもうと思う。
船からはまずウチの冒険者が一人降りてきた。
先に安全を確認するのも仕事だからな。
もう一隻の船もゆっくりと近付いてきて、一隻目と同じようにメロさんがロープを受け取った。
ヨーセフさんも久しぶりの操縦でいきなり長距離の航海だったから疲れただろう。
長距離といっても速い分そこまで距離を感じてないかもしれないけど。
そしてまた冒険者が降りてきて……ん?
四バカじゃないのか?
今それぞれの船から降りてきた二人は同じパーティだよな?
パーティ内で二人ずつ別れて乗ってたってことか?
なにかあったら危ないから最低でも四人パーティで乗せることにしようって言ってたのに。
それなら四バカをどちらかに乗せたら良かったのでは?
……でもそれをしなかったということは、ララは四バカもいきなり操縦させる気でいるんだな?
それほど帝国の状況はひっ迫してるってことか。
「安全確認完了しました!」
「こちらもです!」
俺に向かって二人が元気よく言ってくる。
「お疲れ様でした。ではみなさんに船から降りてもらってください」
「「はい!」」
いよいよだな。
帝国からの最初の移住者、どんな人たちなんだろう。
帝国というか屍村か。
みんな緊張して降りて来るんだろうなぁ~。
どんなところに住むって聞いてるんだろう?
王国のことなんかなにも知らない人だって多いよな?
俺だって帝国のことをなにも知らなかったわけだし。
王都パルドならまだしも、いきなりマルセールなんかに連れてこられて文句たらたらかもしれないな。
しかも実際にはここはマルセールではないし。
「うわぁ! ここが王国なの!?」
「小屋しかないよ!?」
「大樹のダンジョンはどこ!? マルセールって町は!?」
船から子供が三人飛び出してきた。
メロさんはそれを見て危ないと思ったのか、急いで船の近くに行く。
「大丈夫だよ! ありがとう!」
「お爺ちゃんやお婆ちゃんの補助もするから安心して!」
「迷惑はなるべくかけないようにするからね!」
「お、おう……気をつけてな」
メロさんはあっさり船から離れた。
なかなかしっかりした子供たちじゃないか。
服に年季が入った感じが目についてしまうが、そこはあまり見たら失礼になる。
屍村では衣類の調達が難しいのかもしれないし。
船からは次々と人が降りてくる。
当然のことだが子供より大人のほうが多い。
……でも普通だな。
もっとどんよりした雰囲気を想像してたんだが……。
屍村どうこうじゃなくて、避難してきたからって意味だからな?
「みなさん! お世話になります!」
「この度はありがとうございます!」
「私たちに手伝えることがあればなんでも仰ってください!」
「「「「……」」」」
おかしくないか?
いくらなんでも明るすぎだって……。
村を捨ててきたんだよな?
もっと悲観してるのが普通なんじゃないのか?
……いや、やっぱりこれは屍村の人だからなのかもしれない。
元々行き場を失った人が行く村だし。
うん、そうに違いない。
……ん?
服を引っ張られた感じがして下を見たら、すぐ近くに少女がいた。
最初に降りてきた少女だな。
ララよりも幼い。
「ねぇねぇ、もしかしてお兄ちゃんが大樹のダンジョンの管理人さん?」
「ん? そうだけど?」
「うわぁ! やっぱり! みんな! ララお姉ちゃんのお兄ちゃんだよ!」
ララお姉ちゃん?
するとなぜか子供たちが集まってきた。
「魔物使いなんでしょ!?」
「あっ! さっき村で見た鳥とリスだ!」
「この変わった色のスライムも仲間なの!?」
「ララお姉ちゃんの料理凄く美味しかった!」
「お兄ちゃん! 助けてくれてありがとう!」
「「「「……」」」」
もうなにがなんだかわからない。
だが俺が大樹のダンジョンの管理人で魔物使いだということは子供たちも理解しているようだ。
ということは大人たちはもっと理解してるってことか。
港が人でどんどん埋め尽くされていく。
まだ簡易的な港なこともあってそこまで広い場所ではないからな。
でもまだ数百人くらいなら大丈夫か。
大型魔船が二隻同時に来たらさすがに混雑するだろうけど。
アグネスとアグノラも帰ってきたようだ。
カトレアはすぐに駆け寄り、怪我がないかどうかといった確認をしてる……。
そして最後にシモンさんが降りてきて、みんなの間を通ってこちらに近寄って来た。
「シモンさん、お疲れ様でした」
「いえ、みなさんもお疲れ様です。それよりロイス君、まず屍村の長老のご家族がロイス君に挨拶したいそうなんだけど」
「長老?」
「村長みたいなものだよ。どこか座れる場所ある?」
「ではまず駅にご案内しましょうか。メアリーさん、お願いします」
「かしこまりました」
メアリーさんは咳払いをし、喉の調子を整えている。
そしてカトレアから新作の小型拡声魔道具を受け取った。
近場だけに大きな声を響かせたいときには非常に便利。
かなり微弱な風魔法を拡散させてるらしい。
もちろん魔法付与錬金によるものだ。
こんな忙しいときにわざわざ作らなくてもとは思ってても言ってはいけない。
アイデアが浮かんだら錬金してしまうのが錬金術師だからな。
「ええ~、みなさま。パルド王国、そしてマルセールへよくお越しくださいました。私はマルセールの町で副町長をしております、メアリーと申します」
さっきまでざわついてたのが一瞬で静かになった。
「長旅でお疲れだと思いますので、まずはこの小屋の中でご休憩ください。軽食もご用意させていただいております。後ほど、皆様がお住まいになられます住居などをご案内させていただきますのでそれまでしばしお待ちいただけますでしょうか。では小屋に近い方からどうぞお入りください」
またざわつきが大きくなった。
だって小屋だからな。
こんな小さい小屋にこんな大勢が入れるわけない。
「みなさま! こちらでございます!」
今度はセバスさんが先頭に立って小屋の中に入っていく。
そのあとには小屋に興味津々な子供たちが続いた。
「あっ! 小屋の中で人が消えた!」
「これあれだ! 魔工ダンジョンと同じだ!」
ん?
魔工ダンジョンの入り口が転移魔法陣だと知ってるのか?
もしかして入ったのか?
「みんな! この先にダンジョンがあるんだよ! だから心配せずに入って大丈夫だ!」
いや、ダンジョンとしか言わなかったら不安になるだろ……。
でもそれを聞いたみんなは安心したように小屋に入っていくではないか。
転移魔法陣という言葉こそ出てこないが、転移するという仕組みについてはなにかしら聞かされてるようだな。
「噂の大樹のダンジョンか……」
「まさかこんな形で入ることになるとはな……」
この人たちも冒険っぽい服装だな。
そんなに強そうには見えないけど。
って人を見た目で判断するのは良くない。
でもこんな形ってどういうことだ?
冒険者として来てみたいって思ってくれてたってことか?
帝国からじゃ遠いからそんなに気軽には来れないだろうからな。
……あ。
もしかしてユウシャ村出身者か?
ユウナが言ってもんな。
ユウシャ村では、十三歳になって旅に出て、ある程度実力がついたと自負できるようになれば、そのあとは大樹のダンジョンに行ってパーティメンバーを探すことが勧められてるって。
なぜ屍村にいたかは知らないが、ユウシャ村出身者だとすると、不本意な形で大樹のダンジョンに来ることになってしまったって思ってもおかしくはない。
でも村の決まり事で他人に話したらいけないんだっけ?
それなら俺も聞かないほうがいいか。
「ここは大樹のダンジョンではありませんよ」
「「え?」」
「俺たちは魔道ダンジョンと呼んでます。大樹のダンジョンとは別物のダンジョンです」
「「魔道ダンジョン……」」
まだそこまでは聞いてなかったか。
「襲ってくる魔物はいませんのでどうぞお入りください」
「……襲わない魔物はいるってことですか?」
お?
よくそこに気がついたな。




