第二百七十五話 静かな朝
「「「「おはようございます!」」」」
「おはようございます。お気をつけて」
いつもと変わらぬ日常風景。
違うのは冒険者の数が少ないということくらい。
先週の約半分ほどの人数だ。
まだ二百五十人近くいるとはいえ、こんなに少なく感じるんだな。
「管理人さん! おはようございます!」
「おはようございます。お気をつけて」
いつも通りすぎる。
そういや昨日は早朝から港に見送りに行ったあと、そのままマルセールまでの魔道化作業に入ったから受付はララに任せたんだったな。
こうやってると帝国のことなんて本当に忘れてしまいそうだ。
「おはよ~」
モニカちゃんが起きてきたようだ。
早いじゃないか。
いつものようにそのままリビングのソファに横になったが。
「おはよう。昨日も遅かったんだろ?」
「うん。でもまだやることいっぱいだからね」
モニカちゃんとカトレア、そしてマリンの三人には魔道ダンジョンの構築をしてもらっている。
エリアを区切って作業をすれば二人以上同時にでも作業が可能らしく、三人で分担して作業をしているようだ。
水晶玉は駅の数だけあるんだから、スピカさんも手伝ってくれたらもっと早く進むのに。
さすがにミランダさんには頼めないしな。
「ピピちゃん帰ってきた?」
「いや、それがまだなんだよ」
「えぇ~? 大丈夫なの? やられたりしてない?」
「どうだろうな。昨日は夜になっただろうからユウシャ村か屍村で休憩してるんだとは思うが」
「どこにいるかわかったりしないの? 魔物使いの能力とかでさ」
「無理に決まってるだろ……。言葉がわかるってだけでも特別なんだからさ」
「ふ~ん……」
モニカちゃんは目を瞑ってしまった。
マリンは少し前に起きてきて先にソファで二度寝してる。
カトレアはまだ起きてこない。
スピカさんは朝早くマルセールの魚屋に行ったようだ。
ジェマもさっき一人でマルセールに通勤していった。
……静かだ。
ララ、ユウナ、シャルルの三人がいないだけでこんなに静かになるとは。
うるさい三人がいないとマリンも張り合いがないだろうな。
「キュ(静かなのです)」
メタリンも同じように感じたらしい。
魔物も一匹だけだからな。
最近は新規の冒険者が減ってることもあって増々やることがない。
火曜日なのに今日は誰も来ていない。
これじゃ受付というか本当にただの管理人としてここに座って挨拶してるだけだし。
まぁこれが俺の望んでた管理人生活なのかもしれないけどさ。
ゲンさん、メル、マドがいないんじゃ村の魔道化作業も進められないし。
帝国からの船もいつ帰ってくるかわからないしなぁ。
「ここにいてもすることないから港に行って船を待つか」
「キュ(それがいいかもしれないのです)」
「弁当持っていこうな。準備してくるよ」
「キュ! (あっ! あれは!?)」
メタリンが上空を見ている。
ということは……。
「チュリ! (ただいま戻りました!)」
少し遠くからではあったがはっきりとピピの声が聞こえた。
そしてピピとタルが空から降りてきて、管理人室のカウンターに着地した。
「ピピ! タル! 無事だったか!?」
「チュリ(なんとかです。体力も魔力もかなり消耗してしまいました……タルも)」
「ピィ(疲れました……私は乗ってるだけでしたけど)」
二匹ともいつもより顔色が悪い気がする。
いや、そこまで違いがわかるわけじゃないけど、声に張りがないからな。
「ピピちゃんにタルちゃん! 大丈夫!?」
「すぐご飯とお水用意するからね!」
マリンとモニカちゃんが凄い勢いで隣から来た。
目もパッチリ覚めたようだ。
マリンは二匹の体を撫で始めた。
モニカちゃんは食事を用意してくれているようだ。
「チュリ(ふぅ~。やっぱりここが一番落ち着きますね)」
「そりゃ家だからな。少し休んでから話を聞かせてくれ」
「チュリ(そうしたいところですが、時間がありませんので先にこれを)」
「時間がない?」
そう言ってピピはピピ専用レア袋を渡してくる。
中には……
「あっ!? 水晶玉か!?」
「「えぇっ!?」」
「チュリ(はい。さっきララちゃんから預かりました。どうやら屍村のすぐ近くに初級魔工ダンジョンがあったらしく、ヒューゴパーティやエクたちに即行討伐してくるように頼んだらしいですね。今朝方戻ったばかりだと聞きました)」
ララが着いたのは昨日の夕方前くらいのはずだから、約半日で討伐したってわけか。
「チュリ(それより、約百人ずつ乗せた高速魔船が二隻、あと一時間ほどで港に着きます)」
「あと一時間で船が着く!? もう二百人が来るってことか!?」
「「えぇっ!?」」
「詳しく聞きたいが、まずは二人とも、これを使って今すぐ港町駅を作ってくれ」
「うん! お姉ちゃん起こしてくる!」
「予定より二日ほど早いけどこれなら馬車を使わずに魔道列車での移動も可能だね!」
初級魔工ダンジョン討伐は早くても二日はかかると見込んでたからな。
だからここに水晶玉が届くであろう明後日に港町駅を建設する予定だったんだが、思わぬ収穫だ。
今日移住してきた人たちにはマルセールまで移動してもらうつもりでいた。
ダンジョンに住むためには現状は駅から入るしかないからな。
だからメタリン馬車を何往復もする予定でもいた。
それが港町駅まで魔道列車で行けるとなると馬車の必要はなくなる。
というか今から港町付近に住居を作れば魔道列車で移動する必要すらなくなるな。
港町の住居は明後日くらいに間に合うように作ればいいって話だったが、再度検討しなくてはならない。
「ピピちゃんタルちゃん! 怪我はないですか!?」
カトレアが慌てて起きてきたようだ。
水晶玉のことよりまずは二匹の心配か。
さすがだな。
二匹も嬉しそうだ。
……俺ももう少し可愛がったほうがいいのかも。
「カトレア、まずは港町駅の設置だ。二人に教えながら頼む」
「はい。その前に顔洗って着替えてきます」
三人は二階に転移していった。
時間がないんだから早く頼むぞ。
ピピとタルはリビングのテーブルの上で食事をしている。
疲れているせいなのか、食事のペースも遅いようだ。
「チュリ(あ、ロイス君、先に手紙を読んでおいてください)」
「手紙? ……これか」
レア袋には水晶玉以外にも手紙が入っていた。
……シャルルが書いたようだな。
「……やっぱりあそこの村人はダンジョンに入ってたか」
「チュリ(はい。村に残っている人たちも、早く討伐して帰ってこい的な雰囲気が凄かったです……)」
「どこまで戦闘が好きなんだよ……」
まさか爺さん婆さんたちまで入ってないだろうな?
さすがにダンジョン内を歩くのはキツイと思うぞ。
「村の近くに初級が二つ、中級が二つだと? 魔王に気付かれたか」
「チュリ(そのようですね。勇者がどうとかではなく、冒険者がたくさん住む危険な村と認識されたのではないでしょうか)」
「ウチの冒険者と戦うための前哨戦としてもちょうどいいと思ったのかもな」
「チュリ(それより聞いてくださいよ。私とタルは帝都からユウシャ村に行く途中でユウナちゃんたちを発見して合流したんですけどね、ユウシャ村に着いたらなんと、魔物は村の中に入れてくれなかったんです)」
ピピが愚痴っぽく言うのも珍しいな。
「なら外で待機させられたのか?」
「チュリ(はい。私とタルは馬車の中で休憩してましたが、ほかのみんなは暇だったみたいで適当にそこらへんの魔物を狩って魔石を集めてました。なにもしなかったら魔物がウジャウジャ寄ってくるんですけどね)」
「そんな魔物がいっぱいのところで待機しろって言われても困るよな」
「チュリ(でも一時間くらい経って、ずっと私たちを見てた村の人たちがようやく中に入れてくれたんです。ちゃんとユウナちゃんたちの仲間って認識してもらえたようで)」
「一時間も放置されたのか……。魔物が言うことを聞いてる時点で少し違うなって思ってほしいけどな。ユウナももっと強く言ってくれたら良かったのに」
「チュリ(それがどうやらユウシャ村の人たちは魔物が仲間になるなんて知らなかったらしいんです。大樹のダンジョンのことはみんな知ってたみたいですけど)」
ふ~ん。
まぁ普通は魔物使いなんて存在がいるってことも知らないのかもな。
「チュリ(あ、そういえば今から来る人たちは全員屍村の人らしいです)」
「え……」
どんな人たちが来るんだろう……。