第二百七十四話 迫る魔瘴
空は完全に明るくなった。
村の人たちも移住準備をして港に集まっている。
もっとレア袋が必要になるかと思ったんだけど、この村の人たちが持っていく物は少しの服と、村で育てているという作物くらい。
万が一この大陸から逃げ遅れてここに逃げ込んできた人が、この村で生活できるようにしたいからなんだってさ。
元々物も少ないみたいだけどね。
「ララちゃん! 帝国のみんなのこと頼んだよ! もちろん村のみんなのことも!」
「向こうでの案内役は私たちに任せて! 大樹のダンジョンのみなさんの負担はできるだけ少なくするから!」
「長老! 死ぬんじゃないよ!」
「ほっほっほ。そう何度も死ねんわい。お前さんたちこそ新しい生活が楽しみなようじゃのう」
「そりゃこんな屍だらけの村に比べたらね! ははっ!」
みんな明るい人ばかり。
お兄がこの人たちを見たらどう思うんだろう。
今から三時間後くらいにはもうマルセールに着いてるんだよね~。
「じゃあシモンさん、ヨーセフさん、安全運転でお願いしますね」
「うん! 昼過ぎには戻ってくるから!」
「食料も大量に持ってくるから安心しておくれ」
今から移住する人は約二百人もいるから高速魔船二隻で出航してもらうことにした。
高速魔船は百人乗りだからね。
大型魔船なら一台でも余裕なんだけど時間が倍近くかかるし、今はまだ移住者も少ないしね。
それに村の冒険者も何人か乗ってくれるから、ウチの護衛もそれぞれの船に二人ずつ分かれて乗ることができるし。
というかリヴァさんは本当に見送りに来なくてもいいのかな?
「あ、水晶玉も渡しておきま……あっ! ピピ!」
海側からピピが飛んでくるのが視界に入った。
慌てて結界を部分解除する。
魔瘴の影響が少ない海の上を飛んで来たのね。
みんなの視線もピピたちに集中する。
ピピとタルはそのまま私の前に降りた。
「チュリ!」
「ピィ!」
ピピもタルも元気……じゃないみたい……。
「どうしたの? 体調悪い?」
「チュリ……」
ピピがレア袋を差し出してきた。
中には手紙が入っていた。
これは……シャルルちゃんが書いたのかな?
ふむふむ。
無事に昨日の夜にユウシャ村へ辿り着けたみたいね。
「……えっ!?」
魔工ダンジョンに村人が大勢乗り込んでるって?
しかも初級だけじゃなく中級にも?
それに四つも村の近くにあるの?
完全にユウシャ村が狙われてるじゃん……。
気合い入れて周辺の魔物を倒しすぎるからだよ……。
近くにいたエマちゃんやヒューゴさん、シモンさんが覗き込んでくる。
「「「えっ!?」」」
三人も私と同じように驚いた。
とりあえず村全体に封印結界を張ることには成功したみたい。
ミニ大樹の柵だけだから結界を維持するのが大変だろうけどね。
で、そのあとはどうしたんだろう……え?
「えぇっ!? なんで!?」
ユウナちゃんとシャルルちゃんたちもダンジョンに入ることになったの!?
助けに行くって!?
初級ならウェルダンがいるからすぐ出てこられるだろうけど、さすがに中級はやめたほうがいいよ……。
リヴァさんがいた近くにあったダンジョンみたいに難易度がかなり上がってるかもしれないのに……。
「あの、ララちゃん、ユウナちゃんたちは大変なことになってるようだけど、とりあえず僕たちは出航していいかな?」
「あ、シモンさんたちは予定通り今すぐ出航してください! 水晶玉は先にピピに届けてもらいますので! 船が着くころには港にも駅ができてるはずです!」
「わかった。じゃあすぐに出航するね」
そしてまだ港にいた人たちも次々に船に乗り込んでいく。
例の彼も奥さんと仲良く乗り込んでいった。
やっぱりこれをリヴァさんには見せられないな。
「どうかしたの~?」
「トラブル~?」
「ユウナちゃんたちもダンジョンに入ってるみたい。あ、二人は気にしないでいいからね! ダンジョンに戻って魔物たちのお世話してあげて! お兄が大変だろうから!」
「うん、ララちゃんもエマちゃんも無理しないでね~」
「また来るからね~」
そしてアグネスちゃんとアグノラちゃんが最後に船に乗り込んだ。
船内での馬のお世話のために来た二人が次に来るときはみんながこの大陸から撤退するときだ。
まもなく二隻の船は出航していった。
さすがにもう航海の心配はいらないよね?
あとはお兄たちの仕事だ。
「マズいですね……四つのダンジョンに分かれて入ってるとなるといつ出てくるかわかりませんよ……」
手紙を読み終わったヒューゴさんが口に出した。
「ほっほっほ。ユウシャ村の連中か? あやつらならそうするじゃろうな」
「ジジイ、笑い事じゃないの。こうしてる間にも魔瘴は拡がってるし、濃くなっていってるんだからね? 移動するなら今じゃないと。というかジジイの出身村でしょ? 心配じゃないの?」
「ワシはもう屍じゃからのう。それに村にはもう何十年も戻っとらんし」
「屍とか死んだとか言うのもうやめてよ。そんなことばかり言ってると本当に屍になっちゃうんだからね。ただでさえジジイなのに」
「シャレにならんからやめてくれんかの……」
ジジイのことなんかより今はユウナちゃんたちのことよ。
……でも私たちにできることなんかなにもないよね。
ユウナちゃんを信じて待つって決めたんだし。
それにシルバ、ウェルダン、マカ、ビスもいるんだからきっと大丈夫。
最悪の場合、ユウナちゃんたちだけでも帰ってくるよね?
「ピピ、今すぐお兄に水晶玉届けてくれる? このシャルルちゃんの手紙もそのまま渡して」
「チュリ」
「ん? 疲れた? 少し休憩してから行く?」
「チュリリ」
どうしたんだろ?
魔瘴のせいかも。
「ゴゴ」
ゲンさんが手を差し出すとピピがその上にピョンと乗った。
そしてゲンさんとなにか話してる。
「「「ピィ!」」」
村の入り口にいたリスたちもこっちにやってきたようだ。
今度は魔物六匹で輪になって、なにか会議的なものが始まった。
どうやらピピが進行をしてるようだ。
それをここにいるみんながただただ見ているだけという不思議な光景になってる。
私だってこんなの初めて見るからね。
そしてタルが地図を取り出した。
「チュリ」
「え? 私も入っていいの?」
ピピが私に声をかけてきた。
なのでピピの後ろに座る。
「ピィ」
タルが地図を指差した。
「ん? ミランニャの町がどうかした?」
「ピィ~」
タルは腕でバツ印を作った。
ミランニャの町じゃない?
……いや、違う。
「もしかしてミランニャはもう手遅れだってこと?」
「ピィ!」
「町が魔瘴に覆われたの!? それとも魔物に襲われてる!?」
「チュリ~」
「え? そうじゃない? だとすると……帝都やユウシャ村からミランニャまでの道が魔瘴や魔物でいっぱいってこと?」
「チュリ!」
「「「「えぇっ!?」」」」
みんなにもピピたちが言いたいことが伝わったようだ。
「どうしましょうか。さすがに帝都より向こうにはユウナちゃんたち以外誰も行ってませんよ……」
ヒューゴさんが嘆くように言う。
「騎士の人たちもおそらく辿り着けませんよね……」
一番遠いミランニャだからこうなることも予想はしてた。
ただでさえミランニャの北部にある大陸は魔瘴で覆われてるはずだからね。
「全ての命を救えるわけではないからのう。それにミランニャは帝都からならベネットよりも僅かに近いんじゃ。伝達係の冒険者もいち早く着いておるはずじゃから危機感があればすぐに逃げておるだろう。ベネットまでは遠いってわかっとるんじゃしな。ワシらにはワシらにできることだけをやればよい」
そうだよね……。
ってなんでジジイがまとめるのよ?
それにジジイはなんにもしてないでしょ……。
「まぁベネットから屍村に変更になったことは帝都よりこちら側に来ればわかるでしょうからね。それより問題なのは魔瘴の拡がり方が予想より早いってことかも。ピピたちはこの大陸があとどれくらい持つって考えてるの?」
また魔物たちの相談が始まった。
主にゲンさんの意見を聞いてるんだと思う。
「三日くらいは大丈夫?」
「チュリ」
「え? じゃあ二日?」
「チュリ!」
「「「「え……」」」」
あとたった二日……。
二日でどれだけの人を船で移送できるだろうか。
それ以前に二日でどれだけの人がここまで辿り着けるだろうか……。
「エマちゃん、思いきって結界の範囲をもっと拡げよう。ウチの冒険者たちにも魔物を狩る範囲を少し拡げてもらうから。あと二日しかないかもしれないけど、逆に考えればあと二日間だけでいいっていう考え方もできるし。帝都やナポリタンからでも丸二日寝ずに歩けばどうにかしてここまで来れるよね」
避難してくる人たちにそれを強制することはできないが、本当に生き延びたいって思うんならそれくらいするんじゃないかな。
でも時間がないからと言って今ナポリタンやベネットから船を出すと混乱するだけだよね。
町の人同士の争いは避けたいし。
「ピピ、もう大丈夫? ほかに言いたいことない?」
「チュリ」
「そう。じゃあ水晶玉をお願い。帰ったら少し休憩してね。睡眠は取ってるようだけど、顔色が少しおかしいもん」
「チュリ~」
「なにかまだ伝え足りないことあったらさ、お兄からシモンさんかヨーセフさんに伝えてもらうように言っといて。さっき出ていった船は向こうに着いてお兄に報告してから、またすぐ戻ってくる予定だから」
「チュリ! チュリリ!」
そしてピピとタルは飛び立っていった。
船と同じルートで帰ったようだ。
「さて、ここが踏ん張りどころだよね」
あと二日。
一つでも多くの命を救うために。