第二百五十四話 冒険者たち、帝国へ
「全員乗り込んだみたい!」
「そうか」
ララが大きいほうの船から降りてくる。
今朝は予定通り七時にダンジョンを出発。
大樹のダンジョン駅からマルセール駅までは列車、そのあとは馬車で港まで移動。
大人数での移動だったから朝から町を騒がせてしまった。
苦情を言ってくる人は一人もいなかったけど。
どうやらこのたった二日間で町のほとんどの人が今の状況を理解してくれているようだ。
「ユウナちゃん! 三日で帰ってきてね!」
「それは早過ぎるのです……それに村の人たちを避難させたら私もみんなと同じように道の安全確保に回るのです」
「そっか! 遅いようだと迎えに行くからね!」
「ララちゃん……」
「ララ! 私の心配もしなさいよ!?」
「あ、シャルルちゃんも怪我しない程度に頑張ってね~」
「ちょっと!? その温度差はなんなのよ!」
それは仕方ないと思う……。
「ほら、みんな待ってるから早く行けよ」
「わかってるわよ! ユウナ! 行くわよ!」
「……行ってきますなのです」
「あぁ、みんなを助けてこい」
ユウナは歩き出し、こちらを振り返ることなく船に乗り込んだ。
それぞれの操縦室からこちらを見ていたシモンさん、ヴァルトさんに出向の合図を送る。
そして船は動き出した。
船は徐々に速度を上げていき、ここから見える船の姿はどんどん小さくなっていく。
「行っちゃったね……」
さっきまで笑顔だったララだが、今は目に涙が浮かんでいる。
「よく我慢したな」
「ユウナちゃんも泣くの我慢してたもん」
「きっと帰ってくるから心配するな。さぁ俺たちも仕事するぞ」
「……そうだよね。じゃあ私たちはダンジョンに帰るからここはお兄に任せた」
マリンと魔物を残してララやカトレアたちはあっさり帰っていった。
せっかくここまで来たんだから少し手伝うとか言ってくれてもいいのに。
ララはよっぽど地味な作業が嫌いなようだ。
すると海のほうからピピがやってきた。
「どうだった?」
「チュリ(やっぱり見当たりませんね……)」
「そうか……死んでなければいいんだが……」
「お兄ちゃん? どういうこと?」
「……マリン、実はな……」
ピピは夜中にペンギンの安否を確認しに、二回ほど海まで行っていた。
そのときはどちらもまだ船の上で寝ていたらしい。
ところが今朝一番に見に行ったときにはペンギンの姿は船になかったそうだ。
周辺を探しても泳いでる様子はなかったらしい。
海の中まではさすがに確認できないからな。
そして今もまだ見つかっていない。
ペンギンが乗ってた船だけはこちらに向かってゆっくりと流れてきてるそうだ。
「え……そうだったんだ……。でも仕方ないよ。無事に魔族領へ帰ったんだと思おうよ」
「そうだな……」
今朝の時点でまだ親が見つからないようならウチで育てようと決めてたのに。
「ピピ、ペンギンのことはもういいからさ、タルといっしょに船を追ってくれ」
「チュリ(はい……すみません……)」
「ピピは悪くないからな。被害が出てないのはピピの早い判断のおかげだ」
「チュリ(はい……行ってきます)」
ピピとタルは空に飛び立っていった。
落ち込んでる様子が飛ぶスピードに表れてる。
「じゃあこっちも始めよう。メルとマド、頼むぞ」
久しぶりに魔道プレートを埋める作業が始まった。
予定としてはまずこの港から真東に進みマルセール駅とビール駅を結ぶ魔道プレートに接続。
その次は港から北上し、マルセールの町外周に埋めた魔道プレートに接続。
どちらもほぼ直線でほぼ誰も通らない道だから早い早い。
馬車もほとんど見かけなくなってるからな。
リスたちはあっという間にマルセール手前まで掘って戻ってきた。
そしてゲンさんといっしょに港町建設に備えて木の場所を植え替えたりする作業に入った。
「なんかお兄ちゃんも早くなってない?」
「ん? 早く終わらせたいしな」
「というかこのスピードだと午前中には終わっちゃうんじゃないかな……」
いくら徒歩四十分の距離とはいえ、さすがに午前中は言いすぎだろ。
◇◇◇
……本当に午前中で終わりそうだ。
「うん、無事に本線の魔道プレートとも繋がったみたい!」
「よし。ゲンさんたちは……来たか」
掘り返した土を戻す作業も終了しそうだ。
「あとはカトレアにダンジョンを構築してもらうのと、帝国からの水晶玉待ちだな」
「じゃあマルセール駅とビール駅の間に駅を追加することになるの?」
「う~ん、それは少し検討してからだろうな。なにもない駅に用がある人なんていないだろうし、しばらくはマルセールとだけ行き来できればいいんじゃないか」
「確かに。帝国から誰も来ないかもしれないしね」
「さすがに誰もってことはないだろう」
……ないよな?
誰も来ないってことは帝国の人たちが全滅したってことだろうし……。
いや、単純に王国に行きたくない人ばかりって可能性もあるか。
もしくは行きたくても行けない理由があるとか……。
「お兄ちゃん、冗談だから考え込むのはやめて。それより昼からどうする? 今日はもう帰る? それともソボク村に行って魔道プレート埋める? とりあえず休憩するなら駅の管理室行こうよ。お腹減ったぁ~」
俺の意見を聞くことなくマリンが歩き出したのでそのまま管理室にやってきた。
どちらにしても列車を使わないとどこにも行けないしな。
ゲンさんは大きさ的に管理室に入れないので、魔物三匹は管理室横の人目につかない場所でお昼休憩だ。
「あ、オーナーとマリンちゃん! いいところに来た! ちょっとだけ魔道カード頼むよ!」
マリンは休憩する間もなくお客様対応窓口へ連れて行かれた。
しばらく閉めるって話だったのに。
メロさんは最近ずっとマルセール駅での勤務が続いている。
別に大樹のダンジョンの管理人室にいてくれてもいいんだけど、こっちにいるほうが仕事してる気になるんだってさ。
まぁ魔道列車関連のことは全てメロさんが窓口になってくれてるから俺としては楽でいいけどさ。
この駅での仕事が終わったあと、夜はパーティ酒場の仕事もしてくれてるから大変なのは誰の目から見ても明らかなんだけど。
「メロさん、魔力使っていいから魔道カードも作ってくれていいよ」
「いや、本当は俺もそうしたいんだけど、一度それをしちゃうとやることが増えすぎて他がおろそかになりそうだ……」
さすがにそこまで任せるのは厳しいか。
「じゃあ魔道カード担当というか窓口担当として、今度移住してきた人たちの中から信頼できそうな人を雇うってことでいいかな?」
「えっ!? 大丈夫なのか!?」
「他にいい案ないしな~。データベースのことを考えるとウチの人間じゃないとこわいけど、ウチで働けばみんなウチの人間になるわけだし」
「それを言ったらおしまいじゃねぇか……」
ウサギに覚えてもらいたいところだが、今は一人でも多く雇用を増やしたほうがいいだろうしな。
でもなにかあっても困るから、登録と参照しかできないように魔道具の設定を変えてもらおう。
変更がある場合だけメロさんやウチに連絡してもらうようにしようか。
他の三つの村でも一人ずつ雇ったほうがいいよな?
新しい港町からの通勤だとしても三十分くらいで行けるし。
その村が気に入ったならそこに住んでもらってもいいしな。
「一週間でどの曜日の利用者数が少ない?」
「火曜か水曜だろうな~。次に木曜ってところか。とは言ってもほぼ満席だぜ? 他の曜日は乗れない人もたくさんいるんだ」
「じゃあ新しい従業員たちには火水木のどこかで休みを取ってもらうように調整して。あ、他の三つの村でも一人ずつ雇うから」
「おお!? って一気に四人もか……。従業員の待遇面のことは総支配人と相談するとして、そろそろ運行本数や時間の見直しをしてもいいと思うんだが……」
運行本数と時間か。
魔力の関係もあるからそんなに増やすことはできないんだよな。
「各村に発着する馬車の時間やお客の人数、それに列車に乗れなかった人数などのデータって大体わかったりする? もちろんこの駅もだけど」
「あぁ、あの三人に口酸っぱく言われてたからな……村の駅責任者たちも馬車の御者さんと連携してちゃんと毎日記録してるぜ」
三人ってカトレア、マリン、モニカちゃんのことか。
あの三人ならそれ以外にもあらゆるデータを集めてそうだな。
「じゃあこの部屋使っていいからその村の人たちを呼んで会議して決めてもらっていいかな?」
「えっ!? 俺たちが決めていいのか!?」
「うん。もちろんお金や魔力のことがあるから最終的に決めるのはララやカトレアたちだけどさ。でも村側の責任者って言ってもウチの従業員じゃないんだから集める権利なんてないか」
「いや、すぐにでも来るって言うと思うぜ!」
「すぐって……別に今日じゃなくてもいいんだけど」
「みんな魔道列車のことが好きなんだよ! それに帝国の件のことも共有しておきたいしな!」
好きって……。
よく恥ずかしがらずに言えるな……。
それに村の駅責任者ってダンジョン外の仕事が主で、別に魔道列車に直接関わってるわけではないのに。
マルセールの場合はセバスさんの意向で仕方なくメロさんが町側の駅の責任者も兼ねてるけどさ。
その分の報酬はちゃんとダンジョンに支払われてるが、メロさんの給料に丸々反映されてはない。
そう考えると村の責任者たちって駅のダンジョン内に入ってのお客への案内とかはタダ働きって見方もできるよな……。
訴えられないことを願おう……。
「今度従業員も増えるからその指導もしてもらわないといけないしなぁ。……この際だからみんなもメロさんと同じような立場になってもらう?」
「えっ!? ダンジョン側の駅の責任者もってことか!?」
「うん。みんなに余裕があればだけど」
「それは大丈夫だと思うぜ! というか喜ぶに決まってる! 俺もそのほうが楽できそうだし、みんなも遠慮がなくなっていいと思う!」
「給料は村と折半でいいかな? ってそれはララに相談しないとマズいか。とりあえずさっき言ってた今後の運行案を考えといて」
「おう! みんなに連絡してみるぜ!」
メロさんはすぐに通話魔道具を手に取り、通話を始めた。
「お兄ちゃ~ん、お腹減ったぁ~早く食べようよ~」
「ん? もう終わったのか」
「魔道具二台同時に使ったからね。それより外行かない? 駅の中にあるハンバーガー屋行こうよ!」
「いいぞ」
「やった! 味は普通だけど店の雰囲気がいいんだよね!」
あの雰囲気は以前にウチの小屋でやっていたダンジョン食堂のものに似てるな。
バイキング会場に移行した今では全く違うものになってしまったが。
「あっ、俺も行っていいか!?」
「えぇ~せっかくお兄ちゃんと二人きりなのに……」
「いいだろ! 俺だってたまにはオーナーといっしょにメシ食いたいんだよ!」
「もぉっ、特別だからね」
「よっしゃぁ! あと二件連絡するからもう少し待ってくれ!」
「あ、ララにも連絡しといて。来るかはわからないけど」
そして三人で昼食を楽しんだ。
普段は若者ばかりに囲まれてるからたまにこうやって町の店に来ると凄く新鮮な感じがしていい。
みんなが魔道カードを使ってくれてるのが何気に嬉しいな。