第二百五十話 危険な赤ちゃん
昼寝から目が覚めるとリビングには誰もいなかった。
「チュリ(お疲れですね)」
俺が起きたことに気付いたピピが管理人室からこっちにやってきた。
「ピピもお疲れ。どうだった?」
「チュリ(やはり昨日より魔瘴は拡がってました。まだそこまで濃くないというのが救いですかね)」
「そうか。ゾーナさんたちには会えたか?」
「チュリ(はい。帝都の中にいたので探すのに苦労しましたけど。どうやら人伝いに皇帝に伝えてもらったみたいですが、討伐しろ、王国の助けなんかいらない。という返答だったらしいです)」
「まぁそれが普通の反応なのかもな。いきなり逃げるなんて選択肢なんてあるわけないし。帝都の様子は?」
「チュリ(昨日とほとんど変わりないです。王国で討伐できたんだから帝国でも討伐できるに決まってるという意見が多いみたいですね。ベネットに向かう人もほぼいません)」
予想してたこととはいえ、今逃げてくれないと面倒だよな。
というか王国と帝国はそんなに仲が悪いのか?
そんな返事されると助けに行く気が少し失せてしまうが、そうも言ってられないもんなぁ。
「あ、ゾーナさんに手紙は読んでもらえたんだよな?」
「チュリ(はい。今日来るものと思ってましたから少しがっかりしてましたが……。でも明日大勢が来ることを知って喜んでました。ヒューゴさんがベネットにいてくれるのなら安心だとも仰ってましたね。ゾーナさんたちはギリギリまで帝都周辺で誘導するみたいです)」
「わかった。で、ユウシャ村には行ってきたのか?」
「チュリ(それが……行ったには行ったんですけど……)」
なんだ?
なにかあったのか?
もしかしてもう魔瘴に……。
「チュリ(村に上空から入ろうとしたらいきなり魔法が飛んできました……)」
「……え? 魔法?」
「チュリ(はい……魔物と間違えられたみたいです……魔物なんですけどね)」
こんな可愛い鳥とリスを変な魔物と間違えるなんて……。
「じゃあユウナの言ってた通り、村は臨戦態勢に入ってるってことか?」
「チュリ(そのようですね。というかあの村少しおかしいです。ロイス君の勘は当たってるかもしれないです)」
「俺の勘? ……村人全員が戦闘タイプってやつ?」
「チュリ(はい。私に魔法を放ってきた人はお婆さんたちでしたし、村の中を歩いてる人たちは全員武器を持ってるようにも見えました。装備もしっかりしてたみたいですし)」
本当に冒険者の村なのか……。
でもそれならユウナがあの年齢であそこまで魔法を使いこなせたのも納得できるな。
きっと村の子供みんなが戦闘の英才教育とやらを受けてるんだろう。
もしかするとララより強い子供もいたりして。
「じゃあユウナの手紙は渡せなかったのか?」
「チュリ(一応上空から落としたんですが……空中で燃やされました。そのあとも炎や雷が飛んできたので撤退することにしたんです……)」
「……」
さすがに手紙を魔物だとは思わないよな?
お婆さんたちだから視力が落ちてるのか?
でも手紙に魔法を命中できるんだもんな。
魔物が落とすものなんて信用できないってことか。
「まぁ状況は伝わってるだろうし、明日か明後日にはユウナたちも着くだろうからな。それよりみんなどこ行った?」
「チュリ(船を見に行ったみたいですね)」
「もうできたのか。ってもう十六時じゃないか…………あれ? ペンギンの赤ちゃん見なかったか?」
「チュリ(シルバ君といっしょに地下三階の海に遊びに行きましたよ。よくあんな危険な魔物を連れてきましたね……)」
「やはり危険なのか……。でも弱ってるのに放っておけないだろ? もう少し元気になったら海に帰すからさ」
「チュリ(シルバ君のときと同じですね。あのときも私は危ないからってとめたんですけどロイス君は聞き入れてくれなかったですから)」
「いや、だってあのときはシルバのことを子犬と思ってたし、ピピが喋ってるのだって俺の妄想としか思ってなかったしさ……」
「チュリ(まぁ結果的にシルバ君はいい魔物に育ちましたけど。でも私からしたらずっとロイス君と会話できてるって思ってたんですからね? それなのにドラシーさんから聞かされたあのときの私の気持ちを想像してくださいよ……)」
「そのことはもういいだろ……。それにペンギンテイオーが危険なのはよくわかってるからさ。もし親が探しにでも来たら大変なことになる。陸に上がれる道まで作ってしまったしな」
よく考えると相当危険じゃないか?
もしかしたらどこかでエサを獲ってる最中だったかもしれないし。
……よし、明日帰そう。
いや、今すぐ帰そう。
「ピピ、今から頼んでいいか?」
「チュリ(仕方ないですね。空から見渡して親が見つからないようであればここから少し西の海に置いてきます。赤ちゃんサイズの舟を作ってもらってご飯といっしょに乗せましょうか。先に親がいないか探してきますから準備をしててください)」
ピピは管理人室から出て港方面に飛び立っていった。
なんだかんだ言ってピピも優しいじゃないか。
さて、ペンギンを呼びに行くとしよう。
「ドラシー、シルバのところへ頼む」
……無言で転移させられた。
船の製作でかなり魔力使わされてるだろうからな。
で、シルバは……いた。
波打ち際で本当に遊んでるじゃないか。
「シルバ」
「わふ? (あれ? もう起きたの?)」
「ペンギンを今から海に帰すことにした」
「わふっ!? (えっ!? まだいいじゃん!)」
「ピピも危険だって言ってるしさ。もしコイツの親が二匹でマルセール近くに現れたらどうなるかわかるか?」
「わふぅ(それは……でもまだ泳げないんだよ?)」
「小さな舟に乗せるから大丈夫だ。食料もいっしょにな」
「わふぅ(わかった……)」
ペンギンも俺に気付き、ゆっくりと俺の元へ寄ってこようとする。
が、まだ足元がおぼつかないせいかなかなかこっちまで辿り着かない。
こっちから迎えに行くと、嬉しそうに足元にくっ付いてきた。
そのまま砂浜に座ると、足を登ってきた。
……可愛いな。
「元気になったか?」
「ピュー!」
「そうか。じゃあ親の元へ帰らないとな。きっとお前を探してるはずだ」
「ピュー?」
「大丈夫。食料もいっぱいあるからな。親が近くにいそうだったら鳴いて呼ぶんだぞ?」
「ピュー!」
なんて言ってるか全くわからない。
わからないからこそ良かったとも思うべきか。
そしてドラシーに舟を作ってもらい、肉を積み込む。
ピピが足で掴めるように設計してくれたようだ。
地上に戻り、家の前で待ってるとピピが帰ってきた。
「チュリ(どこにも見当たりませんねぇ……海中に潜ってるかどうかまでは確認できませんけど)」
「結構時間が経ったから魔族領に戻ったのかもしれない。じゃあお別れだな」
「ピュー!」
「うん、元気でな。人は襲うなよ? もし逆に襲われたら逃げてくれ」
「ピュー!」
「わふ(もし怪我でもしたらまたここに来なよ?)」
「ピュー!」
「シルバ」
「わふぅ(ごめん……)」
「じゃあピピ、頼んだ」
「チュリ(はい。行ってきます)」
そしてピピは船を掴み、西の海、魔族領方面へ飛び立つ。
「ピュー! ピュー! ピューーーー!」
静かな森にペンギンの鳴き声が響いた。
別れはいつでも寂しいもんだよな。
「わふぅ(行っちゃったね……ララたちにはなんて言うの?)」
「親が近くまで探しに来てたって言うよ。それなら寂しいって気持ちより、良かったとか危険が迫ってたかもしれないって気持ちになるだろ」
「わふ(そうかもね。正直僕はペンギンのことが心配だけどさ……。海の上は危険がいっぱいだからね)」
「それは考えても仕方ない。どんな生物もそうやって生きてるんだし」
「わふ(はぁ~……まぁ僕も明日からは魔物をいっぱい倒さないといけないからね。襲ってきたのが子供の魔物でも躊躇してられないし……)」
「……嫌だったら戦わなくてもいいんだぞ?」
「……わふ(そんな日が来るといいね)」
本当にそんな日が来るんだろうか。
ドラシーによると魔王を倒したところで魔物が完全にいなくなるわけじゃないって話だし。
それにまたこうやって魔王が復活することによって世界中に魔瘴がばら撒かれる。
人間側に勝ち目なんてないのかもな。
「あ、そうだ。ユウナが住んでたユウシャ村に入るときには気を付けろ。今日ピピが行ったら魔法で一斉攻撃されたらしい。村人全員冒険者の可能性もあるらしいぞ」
「わふ(え……そんなこわいところ行きたくないよ……)」
魔物たちにとっては災難だろう。
だが俺は少し興味が湧いてきてしまってる。