第二百四十九話 魚屋のお話
こちら側の声がうるさいせいかペンギンが起きてしまった。
ララとシャルルは嫌がられるので主にユウナがあやしてるようだ。
シルバは疲れたのか寝ている。
「どうぞ続きを」
「え、はい。……あれってペンギンですか?」
「ペンギンテイオーという魔物です」
「「「えぇ~っ!?」」」
「さっき港を作ってるときに拾ったんです。ウチのダンジョンにもいますから成長した姿をあとで見ますか?」
「「「いえ……」」」
セバスさんたちには町で報告してある。
ジェマも向こうのソファに行きたそうにしてるが今は仕事が優先だぞ?
「ではどうぞ」
「はい……。まず漁師と私たち魚屋との関係性からですが」
そしておじさんによる長い説明が始まった……。
漁港や市場、色々と業者が絡む話になりそうなので面倒だから全部おじさんたちに任せようか。
漁師や魚屋、各種業者の誰も損しなくて、消費者が安く買えればそれでいいよ。
移住者の方たちの新しい仕事のこともあるからあまりうるさいことは言わないでおこう。
「で、私と息子なんですが、漁師と魚屋の間に入る裏方に回ろうと思うんです」
「それって裏方というか業者じゃないんですか?」
「いえ、裏方です。ロイスさんがやってることと同じことをやろうと思います。私たちが漁師から魚を適正価格で買い取り、中間マージンを取らずに市場内の魚屋、隣村の魚屋等に販売しようと考えています」
「……確かにウチでやってることと同じですね。でもそれではウチと同じようにお二人の利益がいっさいないのでは?」
「あ、すみませんそこは語弊がありました……。実はセバスさんからご提案をいただきまして……」
「このお話をヨーセフ様からお聞きしまして、それならばと町からお仕事として依頼することにいたしました。なのでお二人には固定のお給料を支払う予定でございます」
ふ~ん、仕事なんだからお金をもらってなんぼだよな。
ウチみたいに原価が魔力なのとは意味合いが全く異なるんだからさ。
町がお金を出すってことはこの二人の給料は税金から支払われるってことだよな?
でも消費者である町の人からしたら少しでも魚を安く買えたほうがいいのか。
この二人に給料が払われなかったとしても税金が安くなるわけじゃないんだろうし。
だがこれを裏方と言うのはどうかと思うぞ。
ただの仕事じゃないか。
というか傍から見たら業者にしか見えないからな。
魚屋プラス業者の給料で収入が倍になったりするんじゃないのか?
それなら移住者で仕事がない人に割り振ったほうがいいと思うんだが。
帝国にだって漁港や市場はあるだろうから経験者の人もたくさんいるだろう。
「あの……いかがでしょうか?」
「反対ですね」
「「「「え……」」」」
「そもそも漁港を作るのは帝国からの移住者の方たちの雇用を生むためであって、お二人の欲求を満たすためのものではないですよね?」
「「「「……」」」」
「だからやはり中間業者は必要ですね。俺も消費者が少しでも安く買えたほうがいいとは思いましたが、そうするとどうしても雇用が少なくなる。まずは一部の人が普通の利益を得るより、一人当たりの利益は少なくなるかもしれないが収入を得る人が増えるようにしたほうがいいと思います」
移住者の人たちは逃げてくるわけだから財産なんか持ってくる余裕ないしな。
だから家を建てるとなったら全員が借金生活からのスタートになることが予想される。
もちろん店を経営するにしても運転資金をどこかから借りないといけないだろう。
「だからおじさんたちがやるべきことはそんな人たちのサポートに徹することじゃないですか? 例えば宿屋協会のような組織を作って、漁港や市場全体が円滑に回るように取りまとめをしたらどうでしょう? 取引価格が適正であるかとかも見て回ったらいいと思います。町と漁港とのかけ橋役としての仕事になら町がお金を出すのも納得ですしね。もしさっき言われたような仕事がしたいのなら単に業者として働けばいいと思いますよ。……まぁ俺はただ思ったこと言ってるだけなんで俺の意見なんか別に聞く必要ないですけどね」
……凄く空気が悪い。
でも意見を否定しつつも俺の案も述べたんだから別にいいよな?
というかなんで俺に聞いたのかが謎だ。
おじさんとセバスさんとの間でそういう話になったんならそれでいけば良かったのに。
そのほうがたぶんみんな喜んでたんじゃないか?
移住者だってなにも知らないわけだから別に変に思ったりもしないだろうし。
むしろこの町の魚安すぎじゃね? って言うと思うぞ。
帝国は物価が高いらしいしな。
「ロイスさんの言う通りです……」
ん?
……ヨハンさんか。
「僕たちは自分のことしか考えてませんでした……。移住者の方々はみんななにもかも失ってどん底の気分でこの大陸、この町に来るのに……」
そうだ。
きっと生きる希望すら全く持てない状態で来ることになる。
大事な人を亡くした人もいっぱい来るんだぞ。
「僕はその人たちのために少しでもなにか役に立ちたい。冒険者の人たちなんて命をかけて帝国まで助けに行くっていうのに……それなのに僕は……」
いや、そこまで落ち込まなくても……。
それに魚屋は立派な仕事ですよ?
ウチだって魚を買い取ってくれる魚屋があるから経営できてるわけだし。
結果的にそれが冒険者の収入にも繋がってるんだからさ。
「父さん、今ロイスさんが言ったことを無償でやろう」
「ヨハン…………そうだな。俺たちは今の収入があれば十分やっていける。それなのに俺たちは……」
だから落ち込まなくてもいいんだって……。
収入が増えるのが楽しみなのは誰だってそうだからさ。
ただ今はそれよりも大事なことがあるってことを言いたい訳であって。
「ロイス様、身にしみるお言葉でございました……。私も人々を救えるということにどこか酔いしれていたのかもしれません……」
なんなんだよこの人たちは……。
ちょっと思ったことを適当に言っただけなんだからそんなに考える必要なんてないんだって……。
向こうのテーブルはペンギンと楽しく戯れてるのにさ。
おっ?
ララとシャルルにも馴れてきたようじゃないか。
……ん?
ララが急にこっちを向いた。
「お兄、漁港のことまで関わらなくていいよ。それこそもうダンジョンでもなんでもないじゃん。港だってウチからしたら今船に乗れたらそれでいいの。それに漁港を作ることだって仕事になるんじゃないの? 港町かなんだか知らないけどもうそっちは全部セバスさんに任せなよ。じゃないとお兄のやることがどんどん増えてくよ。移住者の仮住居をダンジョンで用意するだけでも大変なのにさ。各村の魔道化作業も忘れたらダメだからね?」
「ん、わかった」
「町は人が増えると将来的に税収が増えるからいいだろうけどさ、ウチは冒険者が増えてくれないことにはなんの利益にも繋がらないんだからね? それどころか大赤字に決まってるもん。帝国で水晶玉をいっぱい手に入れてきたところで全部住居用や駅に使っちゃうんだろうし。というかこんな状況なのに町長はなにしてるのよ? どうせ副町長に任せてゆっくり休んでるんでしょうね。王女かなにか知らないけど調子に乗りすぎなのよ」
おい……。
なにを考えてるんだ?
「ララ! 急になんなの!? そりゃ町のことをセバス達に全部任せて悪いとは思ってるわよ! でも今は戦闘モードに入ってるの! 明日帝国に行って死んじゃうかもしれないんだからね!?」
「明日は死ぬかもしれないけど今は死なないじゃん。それよりお兄が大変なのわかるでしょ? 町長としてなにか言ったらどうなの?」
「なにかってなによ! 私がロイスに言えることなんてあるわけないじゃない! セバスも魚屋さんもロイスの言うことを聞いておけば間違いないのよ! というか雇用のことをここだけで話し合ってても仕方ないでしょ! 町の色んな店にどうにかして一人でも多く雇ってもらえるように頼んできなさいよ!」
「「「「……」」」」
いいこと言うじゃないか。
各店が一人雇ってくれるだけでも結構な数になる。
魚屋も誰かを雇えば店はデイジーさんたちに任せて二人は心おきなく港で仕事ができるじゃないか。
もちろん口だけではいけないのでウチでも数人雇うことにしよう。
冒険者を引退した魔道士なんかいたら最高なんだけど贅沢は言わない。
子供だろうがお年寄りだろうが誰でも受け入れようじゃないか。
「……町長なんですか?」
「そうよ! 絶対誰にも言ったらダメだからね!? 言ったら魚屋がなくなると思いなさいよ!?」
「「はい……」」
ストレートに脅したな……。
「それともっとマシな案を考えてきなさい! というかロイスの案でいいんだからもっと具体的な内容を考えてくるのよ! 魚協会みたいなやつだったら予算を出してあげてもいいわ! でもあなたたちが無償ってわけにはいかないからちゃんと報酬はもらいなさい! その代わり魚屋でも誰か新しく従業員雇いなさいよ!?」
「「はい!」」
おお?
まさか俺の意見と完全一致するとは。
ちゃんと町長っぽくなってるじゃないか。
そしてセバスさん一家とデイジーさん一家の六人は町へ帰っていった。
デイジーさんは最後まで一言も喋らなかったが、帰るときには微笑んでいたようにも見えた。
夫と息子が楽しそうなのが嬉しかったかもしれない。
それともシャルルが成長してたことが嬉しかったのかな?
ってそれはないか。
「話がまとまって良かったね」
「私のおかげね!」
「どういうことだよ? ……まさか打ち合わせしてたのか?」
「うん。だって話長いし、セバスさんたちが考えたところで今できることって限られてるもん。それならまず雇用確保に行ったほうがいいでしょ? それにお兄の意見が正しいに決まってるもん」
「いや……俺の言ってることは適当だからあまり信用するのもどうかと思うぞ……」
「お兄はそれでいいの。……ふぁ~、なんだか眠くなってきちゃった」
「あまり寝てないんだろ? 昼寝でもしろよ。……って静かだと思ったらユウナは寝てるじゃないか」
自分の故郷のことが心配で寝れるわけないもんな。
「私も少し寝るわ。ペンギンはシルバに任せたわよ」
「わふ(いいよ)」
シャルルにかかるプレッシャーも半端ないだろうな。
自分が魔物を倒さなければユウナを守れないんだから。
それにセーフティリングがない状態での戦闘は初めてだ。
さっき言ってた明日死ぬかもしれないって言うのは演技じゃなく本当に思ってることなんだろう。
「ピュー」
「お前も寝るか?」
「ピュー」
なんとなくいっしょに寝るって言ってる気がする。
俺も少しだけ昼寝しようか。