第二百四十八話 ペンギンの赤ちゃん
リビングに入ると、俺が抱いているペンギンを見てララが駆け寄ってきた。
「可愛い!」
「でも魔物だぞ」
「えぇっ!?」
ララは驚きはしたもののさらに近くに寄ってくる。
魔物がこわいんじゃなかったのか?
「なんて魔物?」
「ペンギンテイオーだ」
「えっ!? ペンギンテイオーってあのペンギンテイオー!?」
「そうだ。さっき港を作ってたら海で漂流してるところを発見してしまった」
「喋れるの?」
「声は出してるが、なにを言ってるのかは俺にもわからない」
「赤ちゃんだよね? リスたちみたいに育てるの?」
「いや、元気になったら海に返す。赤ちゃんとはいえ魔物だからなにかあってからでは遅い」
「そっかぁ~」
ララは残念そうにしながらペンギンを俺から奪い取った。
「ピュー! ピュー!」
「わっ! 鳴いた!」
「ピュー! ピュー!」
「ねぇ、もしかしてララちゃんのことがこわいんじゃない?」
確かにさっきまでとは少し反応が違うな。
ララの手からペンギンを預かる。
「ピュー」
「ほら? お兄ちゃんだと嬉しそうだもん」
「なんで!? 私のどこがこわいの!?」
「ララちゃんがというよりお兄ちゃんのことを親だと思ってるんじゃない? 魔物使いも関係してるかもしれないけどさ」
さっきご飯をあげたばっかりに俺を親と勘違いしてしまったのか?
とにかく瀕死状態からは抜け出したようだな。
「ユウナは?」
「トレーニングエリアに行ったみたい。呼ぶ?」
「あぁ。回復魔法をかけてやってほしいからな。ほら、傷があるんだ」
「わふぅ(その話はもうやめてよ……)」
数分後、ユウナが戻ってきた。
ついでにシャルルも。
どうやらランニングをしてたっぽいな。
「わぁっ!? なんの赤ちゃんなのです!?」
「小さいわね!」
「ペンギンテイオーだ。お前たちが魔物急襲エリアを突破しないせいで、奥でずーっと待たされてるあのペンギンテイオーな」
「「……」」
魔物だと知ったからか二人は少し後退る。
おそらく危険を感じたんだろう。
地下四階の奥にいるほどの魔物だからな。
「怪我してるから治してやってくれ」
「え……わかったのです……」
少し戸惑いつつもユウナは回復魔法をかけてくれる。
すると見る見るうちに傷が塞がっていくではないか。
さすがユウナだ。
「わふっ(ユウナ、ありがと!)」
「シルバがありがとうってさ」
「なんでシルバ君がお礼を言うのです?」
「今日一日はシルバが子守担当だからな」
「このエリアに入れてるということは仲間になったのです? いいペンギンなのです?」
「いや、さっきこいつを入れる前にドラシーに確認したんだが、まだ善悪がついてないうちは誰でも入れるらしい。だから元気になったらなるべく早くここから出してやらないといけない。ここというより森からだな。マナで苦しむことになるってさ」
人間が魔瘴で苦しむみたいなもんか。
それに魔物は本能で人間を襲うようにできてるらしいから、俺たちの手で倒さないといけなくなる。
「ピュー!」
「「わっ!?」」
今度はなんで鳴いたんだ?
「……ん? ユウナのところへ行きたいのか?」
「ピュー!」
ユウナはこわがりながらもペンギンを両手で受け取る。
「……可愛いのです」
「ピュー」
「傷を治してくれたユウナにお礼を言ってるのかもな」
俺を親と思ったんじゃなくて、ただ助けてくれたから懐いてくれたのかもしれない。
「マリンも大丈夫じゃないか?」
……やはりそうだ。
マリンが触ると嬉しそうにしてる。
ちゃんと助けてくれた人を認識してるんだな。
まだ赤ちゃんなのに賢いじゃないか。
「じゃあ私も!」
「ピュー! ピュー!」
「なんでよ!」
どうやらシャルルは触ることすら許されないようだ……。
もしかしてララとシャルルはアタッカータイプだからペンギンはそれをこわがってるんじゃないだろうな?
ってそんなわけないか。
「あまり可愛がると別れがつらくなるぞ。地下四階のペンギンテイオーと戦うときだって倒すのをためらうようになるかもしれない」
「それは困るのです……」
「さすがにこんな小さくはないでしょ!?」
そうか、まだ名前しか知らないのか。
まぁそれだけでもほかの冒険者と比べたら反則なんだけどな。
魔物急襲エリアを突破すれば地下四階は終わりだと思ってる人が大半だろうから。
「もっとデカいし、お腹の毛はピンク色じゃなくて真っ白な」
ペンギンは疲れたのか安心したのかわからないが寝てしまったようだ。
俺たちもようやく昼食が食べられる。
回復魔法をかけないとと思って慌てて帰ってきたからな。
港の作業も中途半端のままだ。
しばらくしてセバスさんとジェマがやってきた。
港も見てきたんだろう。
ウェルダンはマルセールと港の間を行ったり来たりで大変だな。
「遅くなりまして申し訳ございません。思ってたよりやることが多いものでして……」
「仕方ないですよ。町のみなさんへ帝国の件は報告したんですか?」
「はい。今もここの従業員の身内の方々が説明に回ってくださってます。本当にありがたいことです」
「そうでしたか。移住の件についてはなんと?」
「そちらもありがたいことにみなさま好意的に考えてくれております。帝国民だからと言って差別するようなことはなさそうです。港町や漁の件につきましてもロイス様が許可したのであれば安心だとも仰ってくれておりますし」
そんなに昔からの言い伝えを重んじてきたのかな。
そもそもずっとあんな崖が続いてるんだから漁どころか釣りもろくにできなくて当然だと思うが。
「で、港はどうでした?」
「それはもう素晴らしいの一言に尽きます! まさかこの短時間であそこまでの埋め立て地が完成するとは思ってもみませんでした! まだ途中とは仰ってましたがあのままでも十分に使用できると思いますよ!」
「今は船へ乗り降りできたらいいとしか考えてないですからね。実際に港として使うとなるともっと配慮が必要になります。そのうちマリンがウチの鉱山にある石を使ってなにか地面の素材を作るみたいですのでそれまではなにもしないでくださいね?」
「おお!? それは期待させていただきます! ところで、港の件をデイジー様にお話ししましたら…………お着きになったようでございますね」
呼び鈴が鳴ったかと思ったらすぐに家の玄関が開く音がした。
そしてメアリーさんとデイジーさん、それに魚屋のおじさんと息子さんがリビングに入ってきた。
最近セバスさんとメアリーさんは返事をしなくても勝手に入ってくるようになったよな……。
ドラシーの警戒が緩んでそうなのも気になるところだが……。
とりあえずソファに座ってもらい、話を聞くことにした。
こちら半分のソファは大人ばかりだな。
向こう半分のソファではララ、ユウナ、シャルルの三人とシルバがテーブルの上で寝ているペンギンをじっと眺めている。
というかシャルルは町長なんだからこっちに来いよ……と思ったがデイジーさん以外の二人は知らないからダメなのか。
「で、どうされたんです? 帝国からの移住者や港の建設への反対運動ですか?」
「「「いやいやいや!」」」
三人は慌てて否定する。
どこか緊張してる様子なのはデイジーさんがまだ町長だったときの一件を気にしてるのかもしれない。
「冗談ですよ」
「「「……」」」
「ロイス様、まずは船の件でございます。お二人とも操縦を引き受けてくださるそうです」
「おお~、それはありがたいです。お二人とも操縦できるんですか?」
「いえ、息子はできません。ですが息子も船に乗ってはいましたので教えればすぐにできるようになると思います」
「なるほど。では練習していただいてもよろしいですか? ウチで練習環境は整えますので」
「もちろんそのつもりで来ました。こんなことでしかお役に立てませんからね」
これで三人の操縦者を確保できたわけか。
シモンさんとヴァルトさんを含めれば五人だ。
「でも練習は明日からでよろしいですか? まだ船ができてないんですよ。マグロン対策なども考えると結構大変みたいでして」
「マグロン対策……では明日午後に来させてもらいますね」
明日朝出発の船はとりあえずシモンさんに操縦していってもらおう。
四バカやほかの護衛担当の冒険者にも同乗してもらうよう声をかけておくか。
その冒険者たちにも最低限の船の知識は覚えてもらったほうがいいな。
「ではみなさま、そういうことでよろしくお願いいたします。船の操縦報酬は別途町からお支払いしますので」
二人に報酬は出してもらえるのか、良かった。
こんな危険な役目を任せておいてなにもないとかは可哀想だからな。
「ロイス様、次は漁港の件でございます」
「漁港?」
「はい。こちらのヨーセフ様とヨハン様がぜひ新しくできる港町の漁港で働きたいと」
そういやおじさんと息子さんはそんな名前だったな。
元々二人はパルドの漁港近くの魚屋で働いてたんだっけ。
確かヨハンさんは学校も行きながらだから大変だったんだよな。
二人はさっきよりも真剣な表情で俺を見てくる。
「それは別に俺に聞かなくてもいいと思うんですが……」
「いえ、ロイス様のお力なしでは実現できないことばかりですので。ささっ、お二人もどうぞ熱意をお伝えください」
熱意って……。
暑苦しいのは勘弁してくれよ?
「マルセールで魚屋を開かせてもらったにも関わらずこんなお願いをして非常に申し訳ないのですが、港町、漁港と聞いてしまいますといてもたってもいられなくなりまして……」
「今の環境でも十分満足はしていたつもりなんですが、新しい港町と聞いてワクワクがとまらないんです……」
二人ともどんだけ港が好きなんだよ……。
港というより魚か?
「今の店はどうされるんです?」
「それも含めまして私共のプランをお聞きしてもらえますでしょうか?」
プランをしっかり考えて来てるのか……。