第二百四十四話 船職人
二十二時を過ぎていたのでさすがに会議は終了にした。
結局スピカさんたちが参加することなく終わってしまったけどな。
「ドック?」
「はい。船の建造や修理のときに使う施設のことです」
船を改良するにあたり、設計士シモンさんと錬金術師ヴァルトさんに必要な設備を聞いている。
この二人は普段から仕事で顔を合わせる機会も多いらしく、それなりに気心が知れた仲のようだ。
だからこそ二人いっしょならと、この仕事を引き受けてくれたのかもしれない。
ミランダさんもそういう二人を選んでくれたんだろう。
さっきまで会議に参加してた者たちも、船を一目見ようとこんな時間にも関わらず物資階層の錬金術エリアまで駆けつけている。
「要するに水のない場所で作業ができて、すぐに水場へ移動できればいいってことですか?」
「そうです。なのでこの場所ではちょっと……」
「カトレア、まずここに船を固定できるような物を作ってくれ。船の底からも作業できるように頼む。そのうえで転移魔法陣を設置だな。二人でも設定をオンオフできるようにして、転移先は地下三階ラストの海でどうだ?」
「いいと思います。では少々お時間いただきますね」
カトレアは少し離れた場所に行き、水晶玉を操作しているようだ。
おそらくドラシーと相談してるんだろう。
「「「「おお~っ!?」」」」
急に歓声があがった。
みんなが俺の後ろを見てるので振り返ると、そこにはさっき俺が注文したようなものができていた。
「どうですか?」
「え……いいと思います……」
「なんで急にこんなものが……」
シモンさんとヴァルトさんは驚いてるようだ。
「安定するかどうかと転移魔法陣が使えるかどうか確認しますので船を出しますね。じゃあモニカちゃん、頼んだ!」
「うん! 結構大きいから驚かないでね!」
大きいって言っても五十人しか乗れないんだろ?
せいぜい魔道列車より少し大きい程度だろう。
「行くよ!? ……えいっ!」
モニカちゃんはレア袋から船を取り出した。
「「「「おおっ!?」」」」
「デカい!」
「カッコいい!」
「乗りたいのです!」
……魔道列車の倍とまではいかないが確かに大きい。
というか俺、船見たの初めてかもしれない。
「危ないからまだ近付くなよ!」
作業用のためと思われる階段や台が船の周りに次々に作られていく。
そして船が一瞬消えたかと思いきやまたすぐに現れた。
下のほうが濡れてるから海に行ってきたんだろう。
どうやら転移魔法陣のテストも完了のようだ。
「海にも行けたようです。もう乗ってみてもいいですかね?」
「え……はい……」
シモンさんは目の前で起きている光景に戸惑っているようだ。
船を選んでくれたのもこの二人らしいからレア袋に収納するときにも驚いたんだろうな。
「お兄! 乗っていいの!?」
「あぁ。ゆっくりな」
って言ってるにも関わらずララ、ユウナ、マリン、シャルルは走って階段を上り、そのまま船へと乗り込んでいった。
ユウナは船に乗ったことあるんだよな?
ほかの従業員たちもそれに続いて次々乗り込んでいく。
「お二人は操縦できるんですか?」
「……え? 操縦ですか? はい、もちろんです」
「ヴァルトさん? 大丈夫ですか?」
「……」
どうやら目と口を大きく開けたまま思考が停止してしまったらしい。
少し離れた場所ではミランダさんも同じく固まっている。
やはりこの環境は錬金術師には刺激が強すぎるのかもしれない。
「ロイス君、どうですか?」
「うん、いいっぽいぞ」
「シモンさん、ヴァルトさん、細かいことでも遠慮せずに仰ってくださいね」
「はい……」
「……」
カトレアもララたちの喜ぶ姿を見れて満足のようだ。
「よし、俺たちも乗りましょう。少し海を走ってもらってもいいですかね?」
「え……はい……でもどこに海が……」
「船に乗ってこのボタンを押してください。ここで押せば海に、海で押せばここにすぐ移動できます」
「え……」
まだ船に乗ってなかった人たちも乗せ、海へと転移した。
「わぁっ!」
「海だ!」
「気持ちいい!」
「最高だぜ!」
本当に海の上だな。
それに間違いなく地下三階の海だ。
少し離れたところにレールがあるからな。
俺がいるこの操縦室は高い位置にあるから見晴らしも最高だ。
「ではシモンさん、お願いします」
「はい……」
船はゆっくりと動き出した。
船のあちこちから喜びの声が聞こえる。
そして徐々に速度を上げ…………ん?
「もしかしてこれが限界ですか?」
「はい。これ以上の速度は魔物を刺激するおそれがありますので禁止されています」
なんだと?
こんなゆっくりな速度でマルセールからベネットまでとなると何日もかかるんじゃないか?
リーヌ⇔ベネット間も地図ではかなり近く見えたのに、二時間もかかる理由はこの制限のせいだったのか。
「魔物を刺激してはいけないというのはなにに配慮してですか?」
「え、それはもちろん船が襲われないようにするためです。この速度でも襲われることは多々ありますけどね……」
「では襲われなければもっと速度を出してもいいんですかね?」
「それはそうなんですが……その方法がないから困ってるわけでして」
封印魔法を船全体にかけたいところだが、移動する物に対しては対象範囲の認識が難しいらしい。
だから常に封印魔法の制御が必要になると、前にスピカさんから聞いた。
シャルルの指輪のように魔力だけを必要とするものを作れるんなら話は別なんだけどな。
だからこの案は現実的じゃない。
となると船の素材を魔物が寄ってこないような物にするしかないか。
「マナ効果を狙って船の外回りの素材にミニ大樹を使ったらどうだ? 耐久性も気にするんなら魔力プレートのほうがいいか」
「それは名案ですね。でもそれだけでは効果が薄いかと。ミニ大樹の柵や魔道プレートも封印魔法がなければ魔物は寄ってこれますからね」
「そっかぁ。……なら大樹の水を船の周りに撒き散らしながら進むってのはどうだ?」
「それもいい案だと思いますけど水がもったいない気もします。それにまだ少し弱いような……」
「う~ん、いっそのこと魔物から攻撃を受ける前提でミスリルでガッチガチにするか? もっと船を高く作って海からの魔物を侵入しにくくしたりするか、空から襲われることも考えて極力船の外には出ないような設計にしたりしてさ。それと反撃できるように船体に魔法杖を仕込むってのは? 水中で魔法が効きにくいんならミスリルの槍が突き出る感じにしてもいいな」
「そっちのほうが無難ですかね。海の魔物に慣れたEランク冒険者を常駐させておけばよっぽどの魔物に襲われない限り大丈夫そうですし。それにもっと速度を出せば魔物も付いてこれないでしょうし、攻撃すらしてこれないかもしれませんしね」
「スクリューって言うんだっけ? その魔道具に風魔法を付与したらどうだ? 速度も威力も効果が倍増しそうじゃないか? 後ろから来た敵は全滅だ」
「それ面白そうですね。相性は良さそうですし、私の初級程度の魔法でも十分に効果が見込めます」
「よし、じゃあとりあえずそれで試してみてくれ。規模はこの船くらいでいいからさ。内部はマリンとモニカちゃんに任せようか。期限は明日中な」
「明日……ですか。……まぁ今回はシモンさんとヴァルトさんがいますし、なんとかなりそうですね。マリンとモニカちゃんも魔道列車の経験を活かしていい物を作るでしょうから負けないようにしないと」
「じゃあ今日はもう終わりにしよう。明日の朝から頼むぞ」
「はい。明日に備えてたっぷり寝ます。楽しみで眠れないかもしれませんが、ふふふっ」
ミスリル船とでも呼ぼうか。
いや、普通すぎるな。
あとでララに何個か候補をあげてもらおう。
「あの……本当に今の内容の船を明日中に?」
「とりあえず小さいのを一隻だけですよ。まず数人を少しでも早く帝国に向かわせたいので。そのあとは規模を数倍にした船をお願いしますね」
「え……カトレアさん、本当にできるんでしょうか?」
「大丈夫です。ここはダンジョンですから。シモンさんもヴァルトさんも明日から鬼のように忙しくなりますので今日はゆっくり寝てくださいね」
「はい……凄く不安なんですけど……」
というかヴァルトさん、さっきから一言も喋ってないけど大丈夫なのか?
今の話は聞いててくれたよな?
「ヴァルトさん?」
「…………俺、どこかで諦めてたんです」
「はい?」
「船用の魔道具はここ数年、いやもしかしたらここ数十年もの間あまり進化がないんですよ。例えばスクリューもそうです。より魔物に気付かれにくくするために音を静かにしたり水しぶきを少なくしたりする小さな改良しかされていません」
急に喋り出したな……。
「だから今では開発要員は二人しかいません。それに開発と言ってもほぼ注文が入った魔道具を作ってるだけの日々です」
どこかで聞いた話だな……。
あ、モニカちゃんが似たようなこと言ってた気がする。
「そこで今のお二人の話ですよ。魔物をおそれずに攻撃を受ける前提で船を作る? それどころかこちらからも攻撃する? スクリューに魔法付与? 私が今までやってきたことはなんだったんですか?」
ん?
自分が作ってきた船がバカにされたようで怒ってるのか?
って流れ的に違うか。
というかスクリュー以外の魔道具ってなにがあるんだ?
今度の船はカトレアの魔法杖とかも仕込んでもらわないといけないから船中魔道具だらけになると思うけどな。
「シモン、お前は知らないだろうがここにいる錬金術師の四人の方はな、今や錬金術師界ではトップの四人とも言われてるんだ」
「えっ!? 錬金術師界のトップ!? マリンちゃんなんかまだ子供じゃないですか!? それにカトレアさんとモニカさんもまだ相当お若いのに……」
「スピカさんの名前くらいはさすがに知ってただろ? 三人はそのスピカさんの弟子だから誰もが納得してしまってたんだ。だが最近のギルド内での評価は少し違う。弟子というよりもスピカさんに並ぶ存在として扱われるようになってきてるんだ」
それは過剰評価ってやつなんじゃないか……。
カトレアは別格としてマリンとモニカちゃんはまだ魔道列車と宿屋システムくらいしか実績が……ん?
それだけでも凄いのか。
というか魔力プレートを開発しただけでも凄いらしいもんな。
むしろスピカさんの今までの功績のほうが気になるよ。
「そしてその個性が強すぎる四人をまとめてあげているボスがこちらのロイスさんだ。色々と噂はあるんだが……実際に会ってみると納得というか、こわい印象の部分だけが全て消えてしまった」
俺をこわいと思うなんてどんな噂なんだよ……。
今日だけで二回もカトレアに呼び出しくらって怒られてるし、普段からララにも怒られまくってるんだぞ。
噂なんか当てになったもんじゃない。
「つまり、ボスやカトレアさんの言う通りに作ればできないことなんてなにもない。俺たちの作った船が人の命を救うために使われるんだぞ? そんな嬉しいことはないじゃないか!」
「ヴァルトさん……そうですよね。よし、やりましょう! ボス! カトレアさん! 改めてよろしくお願いします!」
俺はなにもしてないが勝手にやる気になってくれたようだ。
ボスって響きはそんなに悪くないな。