第二百四十一話 不安はいつもすぐ傍に
二十時を少し過ぎたころ、ピピとタルが帰ってきた。
予想してたよりだいぶ早い。
すぐに会議スペースに従業員みんなを集め、会議を始めることにした。
セバスさんとメアリーさんもいるからちょうどいい。
「どんな状況だった?」
「チュリ(マズいです。やはりダンジョンは六つだけではなかったようです)」
「自分の目で確認したのか?」
「チュリ(いえ、帝都近くで戦闘していたゾーナさんたちに聞きました。魔瘴も徐々に拡がってきてましたね。でも今ならまだ魔物に遭遇しないルートもありそうだったのでそれは伝えておきました。たぶん理解してくれたと思うんですが……)」
「そうか。で、ゾーナさんたちはどうするって?」
「チュリ(手紙でロイス君の考えを見て、すぐに帝国から脱出する決断をされてました。ほかの冒険者たちにも各町に急いで伝令するように指示してましたね。ゾーナさんたちはどうにかして皇帝に伝えると)」
「ダンジョンには誰も入ってないのか?」
「チュリ(そこまでは把握しきれてないっぽかったですね。少なくともゾーナさんの周りで入ってる人はいないみたいですが。帝都のほうに魔物がいかないようにするだけでいっぱいいっぱいのようでしたね)」
「初級も潰してないと考えていいか。中級ダンジョンは増えたって?」
「チュリ(はい。ユウシャ村やミランニャ付近にも出現してるらしいです。もちろん初級も)」
「ユウシャ村やミランニャにもか……」
「え……」
さすがにユウナは動揺したようだ。
そこそこ強いだけの村人が中級レベルのダンジョンに入ってしまったら無事ではすまないだろうからな。
ここでひとまず今の会話の内容をみんなに説明する。
昼間に話していたことが事実になっただけなのでそこまで驚きはないようだ。
「犠牲者は出てたか?」
「チュリ(はい……。まだ少しですが冒険者以外に一般の方も亡くなられてるようです……)」
「まぁそれは避けられないんだろうな。となるとみんな町の中に閉じこもろうとするか。帝都には騎士みたいなのがいたか?」
「チュリ(いましたけど、魔物との実戦経験は少なそうでしたね。冒険者たちのほうが動けてました)」
「う~ん、どこも騎士はそんなもんか。せめてベネットまでの道で安全確保してくれると助かるんだけど」
帝国の危機を感じてる人なら明日朝一番の船で王国に逃げようとするだろう。
ってまださすがに伝令の冒険者が各町まで行くのには時間がかかるか。
帝国内の町と町の間の距離が遠すぎるんだよな。
地図で見る感じ、どこもウチからマッシュ村くらいまではありそうだ。
となると早くて明日午後の船からって考えたほうがいいな。
「セバスさん、馬車はどれくらい確保できました?」
「マルセールおよび隣村の馬車は御者とも全て確保いたしました」
「さすがですね。村長さんたちに事情は話したんですか?」
「はい。どの村の村長様方も、しばらく村へのお客は減りますがのんびりできていいと仰ってくれました」
「この一か月忙しかったですもんね。では馬車は明後日午後くらいにリーヌに着くようにしてもらいましょうか」
「かしこまりました」
どれくらいの移住者がわざわざ遠いマルセールまで来たいと思うかはわからない。
帝国から一番近いリーヌにそのまま住みたい人もいるだろうし、王都パルドに向かいたい人も多くいるだろうからな。
だが知らない土地、しかも収入の目途が立ってないうちは色々と不安だろう。
だから無料で住めるウチのダンジョンを選ぶ人も多いと思う。
……ん?
ダンジョン?
もしかして帝国の人たちはダンジョンに対して悪いイメージしかないのでは?
「ロイス君? どうされました?」
「いや、帝国の人たちっておそらくダンジョンについてあまり知らないだろ? ウチのダンジョンも魔王のダンジョンも同じダンジョンって思うんじゃないかと思ってさ。むしろ魔工ダンジョンがウチの自作自演と思われる可能性だってあるんじゃないか? もしかするとパルド王国が帝国を潰すためにダンジョンを出現させてると思われたりもしないか? 冒険者をたくさん送りこむことで余計不安にさせてしまうかもしれない」
「「「「……」」」」
マズいよな……。
やはりウチのダンジョンでの受け入れはやめたほうがいいかもしれない。
マルセールや隣村の住民に被害が出るおそれもある。
人間ってこわいからな。
そこのところをセバスさんたちはどう考えてるんだ?
まさか俺をハメようとしてないだろうな?
実は魔王だったとか言うなよ?
「大丈夫ですから安心してください。最初はみなさんいきなりリーヌに来ることになって戸惑うでしょうが、すぐに半年前にこの国で起きていた魔工ダンジョンの件を知ることになりますよ。その対抗組織がウチのダンジョンであるということも」
カトレアは人を疑うということを知らなそうだからな。
「本当か? セバスさんとメアリーさんも信用して大丈夫なんだな?」
「え……なんでお二人が? ……まさか?」
「「えっ!?」」
俺とカトレア、そして従業員たちに注目されることになった二人は驚いている。
二人のこんな表情は今まであまり見たことがないな。
「お待ちください! どういうことか私にはさっぱりわかりません!」
「そうです! 私たちがいったいなにをしたと!?」
これも演技なのか?
なんだかどんどん魔王に見えてきた。
特にセバスさんが怪しいな。
いや、メアリーさんも裏でこそこそと動くのが得意だからな。
思えばシャルルたちがここにやってきたのは5月下旬。
中級の魔工ダンジョンを討伐して少し経ったころのことだ。
そしてこの半年間もの間おとなしかった魔王は最近になって動きを活発化させてきた。
その間、ウチのダンジョンの動きを探っていたのかもしれない。
人間の姿になって。
本物のセバスさんとメアリーさんはとっくに殺されてるのかもしれない。
それにマルセールで移住者を受け入れるという話もどこかおかしい。
スピカさんたちからはダンジョンでは移住者を一人たりとも受け入れないと聞いてたはずなのに。
俺が帝国の初級ダンジョン討伐を決めたのも、ダンジョンで受け入れるのなら生活のための住居やら食料やらで魔力が膨大に必要になるからだ。
そのためにウチの冒険者を予定よりもだいぶ多く送りこむことにもした。
つまり魔王は最初からこれを全て狙っていたのか?
手薄になった隙にこの国に魔工ダンジョンを出現させて一気に魔瘴で大陸を覆いつくそうって魂胆か?
「あの……ロイス様……」
「なにか誤解されていませんか……」
全てが白々しく見えてくる。
魔王と魔王の側近というところか?
いや、二人ともただ魔王に命令されてるだけの下っ端かもしれない。
魔王は自分では戦おうとしないんだからこんな危険な役割を自分でしたりもしないか。
「お兄? どういうことなの?」
俺とカトレア以外はまだなにも気付いていないようだ。
だが俺の話を聞いた直後だからか、セバスさんたちを見るみんなの目には疑いの目が混じってるようにも思える。
セバスさんと王様たち、つまりこの国がこの機に帝国に攻め入るつもりなのかと思っているのかもしれない。
そして皇帝を暗殺、大陸は魔瘴に覆われて実質帝国は滅びたことになる。
全てを魔王のせいにして終わりにできるしな。
ウチの冒険者たちはそのための目くらましとして帝国に投入されるわけだ。
真の目的は皇帝の暗殺だということを知らないまま、自分たちを救世主だと信じて帝国民を救うことになるんだろう。
帝国民は王国の冒険者たちに自分たちの命を助けてもらったことを感謝して、皇帝の死には目もくれないだろうな。
だが冒険者たちはあとで利用されていたと気付いたときにどういう反応をする?
きっと王様やこの国のことが嫌いになるだろう。
純粋な冒険者なら尚更だ。
すると今度起こるのはパルド王国内での反乱。
魔王という悪に立ち向かうために一致団結しないといけないときに内部分裂、まさに魔王の思う壺だ。
魔王はその様子を笑って見てるだろうな。
……ん?
もしかしてカトレアもそっちで考えてるのか?
というかそっちのほうが自然だな。
でもどちらも魔王が喜ぶ展開になるという点では同じだ。
とにかくセバスさんとメアリーさん、この二人が怪しいという疑念は消えない。
「(ロイス君、この二人は大丈夫よ。正義の塊なだけだから。困ってる人を放っておけないのよ。だから何事もなかったかのように振る舞いなさい)」
「……」
俺の頭の後ろからドラシーの声がした。
隣にいるカトレアには聞こえたかもしれない。
「……みんな、今なにを想像した? 不安っていうのはこんな言葉からでもすぐにやってくるものなんだ。帝国から移住してくる人たちはなにもかも疑心暗鬼になってもっと不安になってるはずだ。だから誠意を持って接してあげてほしい。……じゃあスピカさんたちが帰ってくるまで休憩。仕事が残ってる人は今のうちに頼む。子供組はもう遅いからマルセールに帰っていいぞ。家の前に新しく駅ができてるから今日の帰りから通勤は列車でな」
みんなは少しの間ポカーンとしていたが、すぐにこれが不安にさせるための冗談だったんだと気付き、安堵の表情を浮かべている。
セバスさんとメアリーさんは安堵というか驚きの表情のまま固まっているようだ……。
ふぅ~、口に出してなくて良かった、うん。




