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俺の天職はダンジョン管理人らしい  作者: 白井木蓮
第一章 管理人のお仕事
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第二十四話 涙のハンバーグ

「「えっ!?」」


 俺とララはほぼ同時に声をあげた。


「お口に合いませんでしたか!?」


「美味しくなかった!?」


 カトレアさんは無表情のまま凍りついたかのように動きを止め、涙だけが目から流れている。

 俺とララは焦ってお互い顔を見合わせるも原因がよくわからない。


「からいのかな!? ねぇお兄!? からかった!?」


「からいわけがないだろ! どちらかというと甘いくらいだ!」


「そうだよね!? じゃあやっぱり……ごめんなさいカトレアさん」


 ララは自分の作った料理がカトレアさんの口に合わなかったんだと落ち込んでしまった。

 いや、このチーズインハンバーグはめちゃくちゃ美味しいよ?

 ……もしかして俺とララの味覚がおかしいのか?


 よく考えると俺たちはハンバーグを外で食べたことはないし、ここへ来てからの六年間はララか爺ちゃんの作った料理しか食べてないし、味覚がおかしいことに気付かなくても無理はない。

 俺は日曜にたまにこっそり町で外食しているが、誰かと味の感想を言い合ったことはないしな。


 そうか、俺は味覚音痴だったのだ。


 グルメを自称していた俺は衝撃の事実を知り落ち込む。


「……あの、お二人とも……違いますから」


「「?」」


「……ごめんなさい、なんて言えばいいかわからなくて」


「「!?」」


 やっぱり美味しくないっていう言葉が言えなかったんじゃないか!

 ほら、ララを見て!

 この世の終わりみたいな表情してるよ!


「いえ、お気遣いありがとうございます。俺もララも自分の味覚のおかしさに気付くことができて良かったと思います。すみません、すぐ代わりのものを用意しますので、なにか食べたいものとかございますか? お口に合うかはわかりませんが」


 俺は泣きそうになるのをグッとこらえながら言い切った!

 ララはまだ放心状態のようだ。

 正直俺のせいでもある。

 だって毎日毎日美味しい! 美味い! と言い続けてきたんだから。

 褒めて伸ばそうとかじゃなくて、本当に美味しいと思ってたんだ俺は。


 それがまさか仇となってしまうとは思ってもみなかった。

 だがまぁいい。

 どうせ俺はこれからもここで生きていくんだろうから、味覚音痴だとしてもなんの問題もない。


 ……でもショックなのは事実だ。

 明日はダンジョンお休みにしようかな。


「あの! そういう意味じゃなくてですね!」


「「!?」」


 俺は昨日も同じトーンの声を聞いたことを思い出した。

 ララは何事かと思ってビクビクしてる。

 怒られてるとでも思ってるのかもしれない。


 そんな俺たちを尻目にカトレアさんは言葉を続ける。


「美味しくないんじゃなくて、美味しすぎたんです!」


「「?」」


「……ハンバーグ食べるの初めてってさっき言いましたよね? ……私は今まで食というものに対してなんの拘りも持ってこなかったんです。それが当たり前の環境でなにも変に思ったこともありませんでしたから」


「「……」」


「……それがですね、旅をするようになって各地で色々な料理を目にするようになりました。食べたわけでなく、目にしただけですけど……その、匂いに釣られて食べてみたいとは思うのですが、どうしても未知のものを食べる勇気が出なくてですね」


「「……」」


「……それでこのハンバーグですよ……なんですかこれ、美味しすぎるじゃないですか」


 カトレアさんの声が次第に元のトーンに戻っていったと思ったら、また涙が溢れるように流れはじめた。


 なるほどな。

 今までどういう環境で育ってきたのかはわからないがよほど貧しい環境だったんだろう。

 とにかく俺が味覚音痴なわけではなさそうだ。


 ララを見ると、大粒の涙を流していた。

 カトレアさんの話に感情移入してしまったのか?

 それとも自分が作った料理が美味しいと言ってもらえてホッとしての涙かもしれない。


「そうですか。お口に合わなかったわけではなかったんですね。どうぞ遠慮なく食べてください。まだおかわりもありますので、なぁララ?」


「……うん!」


 ララは涙を流しながらも笑顔になった。

 おかわりが本当にあるかは知らん。


 カトレアさんはゆっくり一口一口、味を確かめるように食べている。

 今までどんな食生活をしていたのか少し興味はあるが、聞いてはいけないことなんだろうな。


 ……まさか、薬が関係してるのか!?

 病気かなにかで食事制限があるとかかもしれない。

 もしそうだったらこれ食べて大丈夫なのか?


 それにしても薬と病気と食事制限か、なにか繋がってきた気もする。


「あの、ロイスさん? ロイスさん!?」


「……えっ!?」


 急に名前を呼ばれてびっくりした。

 もう少しでなにか閃きそうだったのに。

 というか俺の名前知ってるのか。


「あっ、すみません、少し考え事をしていまして。どうですか? 美味しいですか? この白米と味噌汁も美味しいですよ。食べてはいけないものとかありましたら無理はなさらないでくださいね。あっ、それと自己紹介がまだでしたよね。俺はロイスって言います。あなたはカトレアさんでよかったですか?」


「え? あ、はい、私はカトレアと申します。それはそうとロイスさん、おそらくあなたが考えているようなことではないと思うのでご安心ください」


「え? なにがですか?」


「……私のことを誤解していると思いまして」


「誤解ですか?」


 俺がなにを誤解してるって言うんだ?

 この人は疑惑がいっぱいありすぎてどれを誤解してるのかすら見当がつかない。


「……はい、おそらくあなたが考えていること全部誤解です」


「全部!? 全部ですか!?」


 全部だと!?

 この少女は俺の考えが全てわかるとでもいうのか?


 幼いころから貧しい環境で育ったため満足に食事がとれず、そのうち病気が発覚し薬に頼らないと生活ができなくなり、さらに病気による食事制限も加わり、自分の病気を治す薬を探すために世界中を一人で旅している。

 そしてまさに今、そんな食事制限を気にしないといけない人生に嫌気がさし、自暴自棄になって目の前のハンバーグの誘惑に負けてしまった。


 この推理に矛盾点など一つもないぞ?

 これでも爆弾のことは省いたんだぞ?

 それでも俺の考えが誤解だというのか?


 そうだとしたらおそらく強がりで言ってるんだろうな。

 本当のことを言えば同情を買うようなことになるからそれは避けたいってところか。

 彼女なりの優しさか、となれば俺も優しさを見せなければ男ではない。

 普段なら面倒事は避けたいところであるが、なんだか凄く可哀想に思えてきたし、まだ子供だしな。

 なにより昨日のことも謝りたい。


「あの、昨日はすみませんでした。カトレアさんの事情も知らずに一方的に声を荒げてしまって。それにサイダーを奢ってもらったにも関わらず本当に失礼な態度を取ってしまって申し訳ないです。今日も来てくれたってことはまだしばらくはこのダンジョンに通われるんですよね? でしたらその間だけでもウチに泊まっていきませんか? 幸いにも部屋は余ってますし遠慮なさらずにどうぞ。もちろんお代など必要ありませんし、ララの手料理もカトレアさんのお口に合わせて朝昼晩お出ししますよ? 俺からのせめてものお詫びと思ってどうでしょうか? ウチの薬草がカトレアさんの役に立つかどうかはわかりませんが……」


「「……」」


 カトレアさんとララはぽかーんとした表情で俺を見ている。

 ララは事情が呑み込めていないだろうから話にはついてこれてないって感じかな。

 カトレアさんは自分がなにも言ってないのに俺が全てを悟ってることを知り、感動で言葉が出ないといった感じか?


 病気を治すための薬草は見つからないかもしれないし、ここの料理を食べることで体調も悪化するかもしれない。

 それでも少しの希望を見つけるために前へ進まないといけない。


 俺たちにできることといえば、町からダンジョンまでの彼女にとっては過酷であろう往復二時間の道のりをなくしてやることが一番のことだよな。

 俺たちに本当のことを言いたくないっていうのなら、俺たちも知らない振りしてここにいる間だけでもそれに付き合ってあげるべきだろう。


「カトレアさん、お兄の許可もとれたし、とりあえず今日はここに泊まっていってね。お兄のことは気にしないでいいから」


「……ではお言葉に甘えて今日は泊まらせてもらいますね……でもロイスさんに説明しなくていいんでしょうか、今日のこととかも」


「いいの。こうなったお兄は自分の世界に入り込んじゃってるから当分戻ってこないの。それにしばらくウチにいてもらってもいいと思ってるのは私も同じだよ? 利害関係が一致してるしね!」


「……そう言ってもらえるのは嬉しいですが……今日泊めていただけるだけでもありがたいのでこれ以上はご迷惑おかけできません」


 うん、ハンバーグ美味しい!

 二人の声は俺には届いていなかった。


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