第二百三十三話 平和は不安
11月1日、土曜日。
魔道列車運行開始から一か月が経った。
特に大きな問題もなく順調のようだ。
なので今日も管理人室のソファでたくさんの画面を見ながらのんびり過ごすことができる。
「利益が少なすぎるんだよね~」
隣に座っているララが嘆くように言ってくる。
聞こえないふりをしたいところだが、こわいのでそれはやめておく。
「運賃で得る利益は少なくてもいいんだって」
「そうは言ってもさ、運賃で得た収入の20%は町や村に納めないといけないんだよ? 一区間の運賃20Gだと4Gもなんだよ? それに60歳以上の人だとさらに4G割引だから12Gしか入ってこないんだよ? 消費魔力は満席時での魔石換算で一人当たりマイナス10Gと考えて、最低2G、最高でも6Gしか利益が出ないんだよ? 八十人乗ったとしても160Gしか利益が出ない可能性だってあるんだよ?」
「黒字になってるだけいいじゃないか。各区間一時間に一本しか運行しないとしても最低でも960Gも利益があるんだろ? 七時~二十時までの十三時間でなんと……えっと……12480Gだ! 凄いじゃないか! それに60歳以上の人の場合には16Gで計算しろよ?」
「システムではちゃんと計算されてるからそんな細かいことはいいの! 今はまだ常に満席だけどさ、もう少ししたら絶対減ってくるもん。魔石だっていつ高騰するかわからないしさ。あ、今のうちに予備をジェマさんに頼んでおいたほうがいいよね? 連絡するね!」
運賃だけで考えてもなぁ。
まだこれに自動販売魔道具の売り上げも乗っかってくるんだし。
それに馬車車両のことも忘れてるだろ……。
まぁ一人プラス馬で運賃100Gだから、最大の五人が乗ったとしても完全に赤字なんだけどな。
物流を活発にさせるためには仕方のないことだと割り切ってる。
「あ、ジェマさん!? ララだけど! え? シャルルちゃんなの? ジェマさんに代わってよ! え? シャルルちゃんじゃ意味ないから早くジェマさんに代わってってば! 魔力がもったいないでしょ! ……あ、ジェマさん!? 魔石を30万G分調達してほしいの! え? 一昨日も買った? それでもいいの! レートには注意してね! じゃあね!」
裏ルートといえどこうやって魔石がどんどん高騰していくんだろうな……。
9月の最初の時点では税金を運賃の50%納める方向で話が進んでたんだ。
バカ高い話でふざけるなと言いたいところではあったが、儲けてる店などからはそのくらい納めてもらうのが当たり前のことらしい。
まだ儲かるかもわからないのにそんな話をするなよとも言いたかった。
そもそも大樹のダンジョンは国や町の管轄外だからそんなものはいっさい関係ないこともあり税金のことはよくわからない。
でもその50%の税金を納めたら魔石代を半分負担してくれるという。
さっきの話で言うと、運賃20Gのうち10Gを税金として納めても、魔力消費による魔石代として5Gを負担してくれるというわけだ。
だけどここで問題になったのが、魔石を実際に購入してないと負担はできないということであった。
しかも大樹のダンジョン産の魔石は経費に含んではいけないらしい。
普通のことなのかもしれないが、ウチの場合は魔石を使う前に大樹のダンジョンで得た魔力や、魔道プレート上に植えた木などによって得た魔力を使用することになるからな。
それなのにわざわざ高い魔石を買ってダンジョンの魔力を余らせるなんてことするはずがない。
だからララはブチ切れた。
セバスさんに。
それからのセバスさんの落ち込みようは酷かった……。
十二歳の少女に仕事の話であれだけ一方的に責め立てられるとは思ってもみなかっただろうからな。
しかも村長たちも同席の会議の場で。
村長たちもララのこんな一面は初めて見たから凍りついてた。
かつてウチで最強の冒険者だったということは知ってるから余計にこわかったのかもしれない。
もしかすると駅の設置をやめると言われることも覚悟したのかもな。
途中からはセバスさんに代わってジェマが交渉役になってくれた。
ジェマはこちらの意見を丸々受け入れてくれた案で再提案してくれた。
もちろん町役場の人たちや村の人たちから反対など出るはずもない。
その甲斐あって、税金は運賃とダンジョン駅内の商品の売り上げの20%、魔力は全てダンジョン側で負担ということに落ち着いたんだ。
消費魔力計算の一人当たりマイナス10Gというのも全て仕入れた魔石で補った場合の金額だから実際にはもっと利益が出てることになる。
ララは常に最低のケースを考えて行動してるから、この先乗車客が減っても利益率がそこまで悪くなることはないだろう。
「魔石は腐らないからずっと置いといてもいいわけだしね。高騰したときに余ってたら売ってもいいし」
その考えはヤバいって……。
そうやって魔石を売買するためにどんどん買い込んで大暴落したらどうするんだよ……。
「それよりさ~、村の魔道化の件どうする?」
「う~ん、村の規模を考えるとやるメリットがそこまで感じられないんだよな~」
「だよね~。なんか新しい物に乗っかりたいだけって感じが透けて見えて気乗りしないよね~」
「そんなことは言ってないけどな……。それに依頼報酬が少なすぎるってカトレアが言うくらいだし」
「わざわざこっちから見積書作るのも面倒だもんね~。お兄が甘いせいでウチが慈善事業してると思われてるんだよ」
最近のララは完全に経営者目線だ。
ウチの錬金術師の技術を安売りしないように俺も常日頃から厳しく言われてる。
「もうこれくらいにしよう。じゃあ俺はトレーニングエリアに行ってくるから」
「あ、私も行く! 着替えてくるから待ってて!」
朝起きてランニング、受付が終わってから水泳、夜はご飯を食べたあとに火山と氷山で精神統一、そのあと風呂に入って寝る。
というルーティンにしたいな~と思って10月半ばからまずランニングと水泳を始めてみたんだが、意外にもまだ続いてる。
夏の間ずっと外を歩いていたおかげで体力もついたし、体を動かさないと物足りなく感じるようにもなってしまった。
俺の脳裏では本当は管理人室にいたいはずなんだが、そうするとララも同じようにいるもんだから、ずっとララに見張られてる気分になるというのもあるんだろう。
風呂場に行って水着に着替える。
ここには洗濯魔道具もあるし、帰ってきてすぐシャワーを浴びるからここで着替えるのが一番合理的だ。
今じゃ一日に三回もシャワーを浴びてるからな。
夜は大浴場に行って広い風呂に浸かるのも楽しみになってる。
「お待たせ! 行こっ!」
ララも水泳をするようだ。
この誰もいない時間帯にしかララは泳がない。
なんでも水着姿を見られるのが恥ずかしいからだそうだ。
そりゃそうだよな。
冒険者の6~7割は男性なんだから。
今日はこの広いトレーニングエリアに二人っきりか。
最高の贅沢だな。
たまに怪我でダンジョンに入らない人がリハビリ目的で来たりもしている。
「今日は20%でいってみる! 水流も強めにする!」
「おい、大丈夫なのか?」
「たぶん! ……ん……キツイかも……やっぱり10%にする」
「そうしろ。まだ体が出来上がってないのに無理したら成長の妨げにもなる」
「うん……。じゃあ逆流ゾーン行ってくるね~!」
10%でも結構重いけど……。
しかもそれで逆流ゾーン強めなんて、俺だったらずっと後ろの壁に打ちつけられてるんだろうな。
俺なんてようやく泳げるようになったばかりだ。
だから俺もララと同じで誰もいないこの時間にしか泳がない。
そして通常レーンでのんびり泳いだ。
そのあとは周遊コースで浮き輪に乗ってただただ流れてみたりもした。
ララはアスレチックゾーンに行ったようだ。
俺は疲れたので真ん中の通路にあるベンチに寝転がることにした。
……平和だな。
こんな生活をしてるとつい不安になる。
魔王を倒したわけではないんだから。
今頃どこかで魔工ダンジョンを作ってるのかな。
それとも普通にダンジョンを作ってる最中かもな。
どちらにしても魔力を溜めてるのは間違いないだろう。
そして頃合いを見て一気に攻め込んでくるんだ。
今度はさらに魔物のレベルが上がってるんだろうな。
ダンジョン構成ももっと工夫してきたりするかも。
ウチの冒険者も強くなってるとはいえ、今のままじゃ厳しい気がする。
まだ地下四階の第二休憩エリアの先にある魔物急襲エリアを誰も突破できてないからな。
トレーニングエリアができてからみんなの身体能力は以前よりも着実に向上してるとは思うんだけど。
もしかすると冒険者としての壁がEランクにあるのかもしれない。
現在Eランクは百二十人ほど。
宿泊者は四百九十人くらいだから四分の一はEランク冒険者ということになる。
ララが以前言ってた通り、ダンジョンに訪れる新規冒険者の数は日に日に少なくなってる。
だからEランク冒険者の割合が上がってきて当然なんだが、そこから先に抜け出せそうな冒険者がいないのは悩みの種だ。
せめてシャルルとユウナパーティが誰か新メンバーを追加すれば……
「お兄、戻ろっか」
「あぁ」
足音が近付いてきてるのはわかっていたので驚いたりはしない。
起き上がってララと並んで歩き出す。
「シャルルの調子はどうだ?」
「順調だと思うよ。体力も筋力もついてきたし」
「魔法は?」
「氷魔法だけならウチの冒険者の中ではトップじゃない?」
「そうか。まぁそんな気はしてたが……」
「え? それよりシャルルちゃんさ、ウチに戻ってきてからやけにお兄に馴れ馴れしくない? また追い出されないようにゴマすってるのかな」
「気のせいだろ。きっと俺の周りにいる魔物と遊びたいだけだ」
「あ、そっちかぁ~。ならいいや」
結婚を迫られてるなんてさすがに言えない……。
……いや、いっそのこと言ってしまってララにどうにかしてもらったほうがいいのかも。
「じゃあシャワー浴びたら厨房行ってくるからね」
「あぁ。俺は管理人室にいるよ……ん? 音が鳴ってるな」
管理人室にある通話魔道具の音だ。
ララが走って管理人室に向かう。
「はい……あっ、メロさん……え? 来客? お兄に? ……緊急? ……うん、トロッコ使っていいから送ってきて」
「なんて?」
「それがね……」
マルセール駅にいるメロさんが俺へのお客を連れて来るらしい。
緊急っていったい何事だろう。
怪しい業者だったらメロさんもわざわざこっちに寄こしたりしないだろうし。
「ララ、厨房行くのは中止な。即行シャワー浴びて、小屋……はもうすぐみんながダンジョンから出てくるか。じゃあ準備小屋だ」
「え……わかった」
なんだか嫌な予感がする……。




