第二百三十二話 明かされる秘密
魔道列車の運行が開始した夜、スピカさんに錬金術師エリアに来るよう言われた。
スピカさんが俺に話があるなんて珍しいことだ。
俺が行くとそこには既にカトレアとジェマがいた。
……なるほど。
「今朝の話の続きですか?」
「そうよ。私に聞きたいこともあるでしょ?」
「いえ、特には」
「え……よくわからない子ね……。まぁいいわ。シャルロットについてのことよ」
流れ的に俺から聞かなくても話してくれるだろうしな。
さて、いったいどんな面白い話を聞かせてもらえるんだろうか。
「まずロイス、今朝王様の去り際なに言われたの?」
「正確に言ったほうがいいですか?」
「そうしてくれると助かるわね」
「わかりました。……思う存分鍛えてやってくれ、君に任せる……と言われましたけど」
「「「……」」」
スピカさんは頭を抱える。
カトレアは目を大きく見開いて驚いている。
ジェマは微動だにしない。
「あのバカ…………ロイスに丸投げするなんて……」
「師匠? どういう意味でしょうか? 王様はシャルルがここにいることを知ってらっしゃるんですか?」
カトレアに言っても良かったのか?
秘密を抱える人間が一人増えるぞ?
というか今バカって言わなかった?
「そのままの意味よ。王様はシャルロットが魔力持ちだって判明した三歳のときからそのことを知ってるし、シャルロットがマルセールに行きたいって言ったときも意図があって送り出したのよ。もちろんウチに預けるつもりでね」
「ウチというのは大樹のダンジョンという意味でしょうか?」
「それもあるけど、この家って意味のほうが大きいわね」
「ここの家?」
三人で首を傾げる。
なぜウチの家なんだろうか?
シャルルが望んでたようにララとユウナとパーティを組ませるためか?
でも足手まといになる可能性のほうが高いのにそんなことしないか。
「スピカさんがいるからですか?」
「それも少しはあるかもしれないけど残念ながら違うわね。私がシャルロットのためになにもできないということは王様もわかってるもの。錬金術師という面でならカトレアとマリンに託したという可能性のほうが高いわね」
「「「?」」」
なにを言いたいのかがさっぱりわからない。
スピカさんってこんなに回りくどい言い方する人だっけ?
「簡潔にお願いします」
「せっかちね……わかったわよ。……ロイスとララがいるからよ」
「はい? 俺とララ?」
「えぇ、任せるって言うのはあなたたち二人に任せたって意味なのよ。ところでロイス、あなたは自分のお母さんのことをどれくらい知ってる?」
「え……母さんですか? う~ん、普通の母さんとしか……」
「「「……」」」
え?
おいおいおいおい?
この流れは母さんにとんでもない秘密があるって流れなんじゃないのか?
急に心臓がバクバクしてきた……。
なんなら魔道列車の運行がスタートしたことや王様に会ったことなんてどうでもいいくらいだ。
まさかララはその秘密を既に知ってるから俺には聞かせないために内緒にし続けてるのか?
この様子だとスピカさんは当然だがカトレアとジェマも知ってるんだよな?
今まで内緒にしなきゃならないそんなヤバい秘密を聞く勇気が今の俺にあるんだろうか……。
「ちょっとちょっと……落ち着きなさいよ……」
「ロイス君、汗が凄いです。大丈夫ですからね?」
「お水もどうぞ」
カトレアとジェマに介抱され、なんとか落ち着きが戻ってきたようだ……。
よし、聞いてやろうじゃないか。
「お願いします」
「え……そんな改まって聞くようなことじゃないのよ?」
「でもおそらく俺の中では衝撃の事実でしょうから」
「え……なにを想像してるのかしら……カトレア、よくわからないからお願いしていい? なに言いたいかわかるわよね?」
「え……はい」
そんなに言いにくいことなのだろうか……。
「じゃあいきますね? ……ロイス君のお母さんは錬金術師だったんです」
「……は? 錬金術師? 母さんが?」
「はい。それもかなり凄腕の錬金術師です」
「いやいやいや、誰かと勘違いしてないか? 母さんが錬金してるところなんか見たことなかったぞ? それにノースルアンの家で錬金釜なんて見たことなかったし、俺なんて錬金という言葉さえ聞いたことなかったんだぞ?」
「えっと、それはどうしてでしょうか……師匠?」
「……そっか、あなたもまだ知らなかったのね。少しシャルロットの話からは逸れるけどちょうどいいわ。カトレアもロイスもジェマも大人になったしね。ロイスのお母さんがどこで錬金をしてたかについても教えてあげる。ただし、絶対誰にも言わないこと。ララやマリンにも言ったらダメだからね? 王家でもトップシークレットの情報よ? 聞きたくなかったら今すぐここから立ち去りなさいよ?」
「「「……」」」
そして衝撃の事実を聞かされることになった。
いや、知ってる人からしたら普通のことなのかもしれない。
でもカトレアもジェマも驚いてるからやはり衝撃と言っていいんじゃないだろうか。
俺もまだよく理解できないでいる。
いや、理解はしてるはずなんだけど信じられないといった感じか。
話が終わって少し休憩することになってもスピカさん以外は動こうとしない。
母さんのことをなにも知らなかった分、俺が一番驚いてるんだと思うが。
とにかく母さんが凄い人だったということは間違いなさそうだ。
「じゃあ話をシャルロットに戻すわよ?」
「「「……はい」」」
「あの子がはめてる封印の指輪あるでしょ? あれを作った錬金術師っていうのがロイスのお母さんであるリリアンなのよ」
「……でしょうね」
どうやらそのことについてはカトレアとジェマは知っていたようだ。
以前に三人で指輪の話になったときの不自然なやり取りがようやく理解できた。
あのときはてっきり魔法付与の話だから途中でやめたのかと思ってたが、母さんの話だったから俺に気遣ってやめたんだな。
「シャルロットが三歳のときに指輪をはめるようになったっていうのは聞いてるでしょ? あの子が魔力を封印するようになったのは城の人間にバレないようにという意味もあるんだけどそれ以外に大きな理由があるのよ」
「「「……」」」
俺含め三人とも少しビクビクしながら聞いてる……。
次の言葉を聞くのがこわい……。
「あの子が部屋にお兄さんと二人でいるときにね、窓から三人の侵入者が入ってきたの。目的はお兄さんの誘拐、そして殺害。つまり継承権絡みの犯行ね。緻密に練られた計画で、セバスや母親もその時間は上手く別の場所に誘い出されてたの。隣部屋の窓から外壁をつたって入ってきたんだけどその隣部屋の住人までその時間いなくさせてたし、外の見張りまで別の場所で騒ぎを起こして引き付けてたし」
「「「……」」」
「お兄さんと言ってもシャルロットと二つしか違わない五歳の子だから抵抗なんてできないわ。そしてお兄さんのついでにシャルロットも誘拐していこうと、シャルロットの体に触れた瞬間……」
「「「……」」」
……なんだよ?
ためすぎじゃないか?
こわいけど聞きたい。
あ、みんないつもこんなドキドキして待ってくれてるのかな……。
というかそこはお兄さん目線の話ということでいいのか?
それとも犯人目線なのか?
「……しばらくして戻ってきたセバスはドアが開かないことに異変を感じてすぐにドアを壊しにかかったそうよ。あ、セバスああ見えて結構強いんだからね? それに若かったから今より力もあったし。騎士にも誘われてたくらいだし」
セバスさんの情報はいいから早く続きを……。
ってジェマはもっとセバスさんの話聞きたいのかもしれないな。
「そしてドアをぶち壊し中に入ると、部屋中が……凍りついてたの。それもちょっとやそっとじゃ溶けないくらいの氷よ。トレーニングエリアの氷山みたいって言えば伝わるかしら? 私も実際にこの目で見たし触ってもみたから間違いないわ。あ、私が部屋に行ったのはセバスよりももっとあとの話だけどね」
「氷……なんですか?」
「そうよ。あの子の得意魔法の氷」
「「「……」」」
まさかシャルルもそのときのことを覚えてるんじゃないだろうな?
ララの炎に対抗するために氷魔法を選んだんじゃなくて、最初から自分に氷魔法の適性があるってわかってたんじゃないのか?
「でね、セバスが部屋に入ったとき、お兄さんは泣き叫んでたけど、シャルロットはケロっとして笑ってたらしいの。そして犯人の三人は氷漬け状態。一瞬でなにが起こったかを把握したセバスは二人を外に出してから部屋を閉じたそうよ。そのあと王様だけに報告して、すぐに使いが私の元に送られたってわけ。城の魔道士よりも私を信頼してくれたのね」
「「「……」」」
笑ってただと?
そんなの狂気の沙汰じゃないか……。
でもお兄さんを標的から外してるあたり魔法の精度は高いようだな。
「セバスと王様はまだ二人の子供のうちどっちが魔法を使ったかまではわかってなかったからね。でも私が見れば一目瞭然、シャルロットの体からは尋常じゃない魔力が溢れ出してたの。つまり部屋での出来事は防衛本能による魔力暴走ね。このままでは危険と判断した私は眠り薬を飲ませたわ。幸いにもすぐに眠ってくれて魔力の暴走も抑え込めたようだから良かったけどさ」
「「「……」」」
「それから私はシャルロットを連れてノースルアンに向かったわ。カトレア覚えてない? あなたもいっしょに行ったのよ?」
「え、シャルルが三歳のときというと私が四歳ですか? まだ師匠に拾ってもらったばかりのときのことですし……」
「そっか、まだ小さかったから仕方ないわね。とにかくリリアンに会うためにノースルアンに行ったのよ。魔力制御のことならあの子に任せるのが一番だからね」
それほどまで母さんは凄かったのか。
錬金術師としてだけじゃなく魔道士としても。
「あ、そうだ、そのときロイスとも遊んでるわよ? リリアンといつもいっしょだったもの。私も初の甥っ子だから可愛がってたし」
可愛がってもらった記憶などいっさいないけど。
なんせ叔母の存在を去年まで忘れてたんだ。
でもカトレアとシャルルとはそんな小さいころに会ったことがあるのか。
魔力の世界って狭いんだな。
俺には魔力なんてないけどな。
どうやら魔法の才能は全てララにいってしまったらしい。
「で、そこで封印の指輪を作ってもらったのよ。確か二週間くらいかかったわね。リリアンも傑作ができたって珍しく喜んでたわ。でもこれは魔力暴走を抑えるために魔力自体を封印してしまおうという物だからね。一生指輪をはめ続けるんならいいでしょうけど、根本的な解決には至ってないわ」
つまり魔力暴走が治ったわけではないということだよな?
それにしては魔力が暴走する様子なんて全く見受けられないようにも思うんだが。
毎日午前中の間は指輪をはめて抑え込んでるからなのかもしれない。
「本当ならリリアンに矯正してもらうのが一番なんだけど、今となってはそれはできない。そこでロイスとララなのよ」
そういうことか。
母さんの子供である俺たちなら母さんの素質を引き継いでるだろうから、魔力制御のコツとやらを伝授してくれるかもしれないと踏んだわけだな?
「万が一シャルロットの魔力が暴走してもロイスなら仲間の魔物たちの魔力で抑えてくれるだろうし、ララなら自分の魔力で力ずくで抑えてくれるだろうしね」
「「「……え?」」」
魔力で抑える?
暴走させないためのコツじゃなくて暴走したあとの話?
暴走する前提で話してる?
そういやさっき矯正させるとか言ったか?
なんだか物騒な話になってきたぞ……。
「でもその心配はいらないかもしれないわね。なにも言わないでもララとユウナがちゃんとした魔力の制御方法を教えてくれてるみたいだし。なにかあっても今のユウナなら封印魔法で簡単にどうにかできるでしょうしね。ロイスのお察しの通り、今朝王様にはシャルロットの冒険者としてのことやウチでの生活のことも報告してあるわ。それを聞いて凄く嬉しそうにしてたのよ。でもどうしても魔力暴走のことが頭にあるから、今はロイスとララに任せておけば安心だって思ったに違いないわ」
なぜその危険性を最初から言わなかったんだ?
ウチでは指輪を外すとわかってるんだから内緒にしてていいことじゃないだろ……。
でも暴走する気配なんてなかったのも事実か。
というかウチではセーフティリングをはめてるからなにか異変があったらすぐにドラシーが気付くもんな。
それに比較的早い段階からララが魔法のコツを教えてたみたいだし、ユウナも毎晩付き合ってたもんな。
つまりシャルルにとってウチの環境は完璧だったってことじゃないか。
「なにか質問ある?」
聞きたいことは山ほどある。
でも聞いちゃいけないこともたくさんある気がする。
「氷漬けにされた三人はどうなったんですか?」
「「!?」」
俺とカトレアが質問を考えてる間にジェマに先を越されてしまった。
しかもいきなりその質問か。
「一人はなんとか助かったわ。だから色々話を聞けたの。彼らを雇った主犯は……今はいない王子の母親よ。あなたなら誰かわかるでしょ?」
「はい……その王子と母親がいなくなった原因がわかってスッキリしました」
スッキリしてる場合じゃないだろ……。
いなくなったってどうなったんだ?
牢獄にぶち込まれたのか?
それとも……。
それより氷漬けにされたあと二人は助からなかったってことでいいのか?
それってつまり…………。
いや、正当防衛ってやつだよな?
シャルルはなにも悪くない、うん。
王女様のこんな秘密、確かに軽々しく口にしたらいけないな、うん。
魔力暴走は危険、と。
「もういいの? 私がシャルロットに関して知ってることはこれで全部。もうなにも隠し事はないわ。ロイスもリリアンについて知りたくなったらいつでも聞いていいわよ」
「そういや母さんの出身地はどこなんですか?」
「……それについてはララから口止めされてるからまた今度ね」
なぜそれは教えてくれない?
たかが出身地なのに……。
……たかが?
そうか、自分でもそんなに重要なことじゃないって思ってるってことか。
爺ちゃん婆ちゃんに会いたいと思ってるわけでもないしな。
ならどうでもいいか。
俺だって出身地のノースルアンで過ごしたときのことなんて記憶からなくなりつつあるし。
今俺が住んでる家はここ大樹のダンジョン、それが全てだな。
これにて第九章は終了です。
引き続き第十章もお楽しみください。




