第二百三十話 魔道カード
「は? もう追加の発注依頼だと?」
「そうだよ! ソボク村とビール村から続けて連絡が入ったんだからね! さっきララちゃんに連絡して今ハナちゃんとアンちゃんに作ってもらってるところなんだよ! この時間だと夜のバイキングの準備もしないといけないのに」
そんなに新名物のお菓子が売れてるのか……。
三日くらいは大丈夫だろうとかなり余裕のある量を納入したはずなのに。
「きっとお土産用にたくさん買われたんでしょうね。ボクチク村のアイスはその場でしか食べることできませんから大丈夫でしょうけど」
「お姉ちゃん、甘い! ボクチク駅は今朝一番早くにオープンしてるんだよ!? とっくに追加発注依頼来てるに決まってるじゃん!」
「……」
今日は暑かったからな。
お土産に持って帰れないからそこまで大量には準備してなかったということもあるだろうけど。
「ララはどうしてる?」
「厨房に入るって言ってた! 身体能力強化魔法使えば三人分くらいの働きはできるってさ!」
「強化魔法を料理のために……」
厨房内を素早く動き回ってぶつかったりしなければいいんだが……。
「で、大変ってのは追加発注のことだけか?」
「今外見てこなかったの!? ほら、モニカちゃんとエマちゃん見なよ!」
モニカちゃんとエマ?
……確かにこの部屋の端のほうでは二人がカウンターに向かってなにか忙しそうにしている。
「なにしてるんだ?」
「「えっ……」」
マリンとカトレアは絶句しているようだ。
あのカウンターはお客様対応カウンターだろ?
まだ魔道列車も走ってないこの状況でなぜ大変になるんだ?
「ロイス君、乗車券販売魔道具の隣にある窓口には大行列ができてましたよ……」
「大行列? みんななにを聞きに来てるんだ? 事前に乗車券販売魔道具の使い方を詳しく知りたいとか? それとも列車の発車時刻についてのクレームか?」
「「……」」
駅内の案内看板だってお年寄りや子供にもわかりやすくしたつもりなのに。
まだ俺の配慮が足りてない部分があったというのか?
メロさんのお爺さんお婆さんにもお墨付きをもらったというのに。
もしかしてダンジョン外の駅のことを聞きに来てたりしないだろうな?
さすがにそっちのことまで責任持てないぞ。
「マリン……」
「うん……。あのね、お兄ちゃんが提案した魔道カードのこと覚えてる? Pをチャージして使うってやつ」
「当たり前だろ。マリンもいいアイデアだって言ってくれたじゃないか。モニカちゃんは大変そうだからって批判的だったけど。……ん? もしかしてこの列はみんなそういう物があれば便利なのにって意見を言いに来てるってことか?」
「「……」」
「え? 違うのか?」
「お兄ちゃん、よく聞いてね?」
魔道カード、略してマドカ。
現金を事前にPとしてチャージしておくことでスムーズに支払いが行えます。
カード発行手数料10G。
六十歳以上の人に限り魔道列車の運賃20%割引。
ダンジョン側の駅構内にある全ての自動販売魔道具において商品10%割引。
町および村側の駅構内の各施設において商品5%割引。
100Gチャージ毎に1P付与サービス。
10P使用毎に0.1P付与サービス。
Pは1Pから使用可能です。
Pから現金への交換は不可ですのでご注意ください。
「マルセール駅にて9月30日から販売いたします。ってビラの内容を丸読みしたんだけど、これ聞いてどう?」
「…………」
知らなかったなんて言える空気じゃない……。
いや、今までの経験上おそらく俺が話を聞き逃していたのは間違いないだろうが、そのことをこの二人は悟ってる……。
まさかもう導入してたとは……。
しかも俺の意見が全て採用されてるじゃないか……。
町側の店もよく賛同してくれたな……。
もしかして宿屋も5%引きになるのか?
だから案内所にあれだけの人が集まってたのか?
というかこのビラを見たのは確実に初めてだぞ?
……いや、裏は駅オープンの内容だからそっちは見た覚えがある。
ということはこっちが裏で俺が裏まで見てなかったということか……。
「……いつ決まったんだ?」
「確かマドカ導入が決まったのが7月半ばの会議で、8月終わりの会議では運用試験を開始するって報告したと思うよ。このビラができたのは先々週くらいかな?」
全く記憶にない……。
というか会議をした記憶はあるが内容が全く思い出せない。
毎週日曜に会議をしてたから一週間の疲れが出てたのかも。
平日は真夏の暑い中での外作業だったからな……。
会議もほとんどマリンとモニカちゃん主導だったから気を抜いてたこともあるが。
マリンとカトレアが今度は心配そうに俺を見てくる。
よし、今なら大丈夫そうだ。
「マリン、マルセールの町中のことあまり知らないだろ? あとで散歩しに行こうか」
「行く!」
「ロイス君、怒りませんからほかにも知らないことあったら素直にすぐ言ってくださいね」
ふぅ~。
マリンとカトレアで良かった。
これでどうにかララには報告されないですむだろう。
「でもじゃあそのマドカ? を買うために外には大行列ができてるんだよな?」
「うん。明日になるともっと混雑するだろうから町の人は今日のうちに買っておこうと思ってるみたい」
「六十歳以下の人にとってはそこまで恩恵ないのにな」
「あ……えっとね……お姉ちゃん、次は任せる」
なんだ?
まだ俺が知らないことがあるっていうのか?
「ロイス君、このマドカ、明日からマルセールにある全てのお店において使用可能になるんです」
「……は? 駅の中だけじゃなくて? マルセールの全部の店? 道具屋とか八百屋とか鍛冶屋とかでも? さっき行ったカフェでもか? 本当にそんなことできるのか?」
「はい。Pをチャージしても使用してもPが付与されますから普段のお買い物でもお得です」
「……これも俺が提案したんだっけ?」
「はい。でもロイス君は、これはさすがに無理そうだから駅内だけでいいやって言ってましたが。しばらくしてジェマちゃんからこの話を聞いたシャルルが、便利なんだから町全体でも使えるようにしなさいよ。セバスには言っておくからあとは任せたわよって言ってきたんです。少しイラっとしたのでそのときは無視しましたが、人々のためになると思うとやるしかないですからね」
「……」
カトレアはシャルルに少し厳しいよな……。
「でもこれを実現できたのもロイス君が考えた魔道線があってのことですからね。そのアイデアに比べたら会計魔道具を増産して各店舗に設置することなんて些細なことです」
そんな大変な作業をさせておいてなんでお前はマドカのことを知らなかったんだ?
とでも言われてる気になるのは気のせいだろうか……。
宿屋システムを実現するにあたり、各宿屋にある端末との連携のためには魔道プレートを町の全ての道に埋めていくという案が有力視されていた。
だがそれよりもっと楽な案を思いついてしまった。
町の上空に魔道プレートを置けばわざわざ道を掘らなくてすむとな。
もちろんプレートを上空に置くことなんてできるわけない。
町中に柱を立てて支えないとすぐに重さで落下してしまいそうだし。
そんなことするならまだ道に埋めたほうが楽だろう。
だから限りなくプレートを細くできないかどうかをマリンとモニカちゃんに相談してみた。
すると、すぐにでもできるという答えが返ってきた。
埋める場合の耐久性を気にしなくていい分、外側のミスリルは必要ないし、ダンジョンを作るほどの魔力を必要としないのであれば極限まで細くできるとな。
まぁ、外側のミスリルがなければただの魔力プレートだけどな。
というわけで今マルセールの町の上空には魔道線と呼ばれる八本の線が町を覆うように設置されている。
町の外側には町を囲うように魔道プレートを埋め、その上に計八本の魔道プレートでできた柱、魔道柱を立て、町の中心にある駅の上で連結することで町内全域において魔力が行き渡ることになった。
ゲンさんのパワーに頼るかなり大掛かりな作業になってしまったが、将来的な拡張性を考えた場合、こうしておいて良かったときっと思うことだろう。
というかその効果が早速マドカ導入という結果で表れてるんだから大成功だよな?
魔道線の話がなければ駅上に展望台を作ったりもしなかっただろ?
あそこから見る大樹がまた最高なんだよな。
って言ってはいけなさそうな空気なので自分の胸のうちに秘めておくけどさ……。
「追加発注もマドカ発行の大行列も嬉しい悲鳴じゃないか。大変なのはありがたいことだと思ったほうがいいぞ」
「マルセールだけじゃなくほかの三つの村でもマドカ発行できるようにしてくれって要望が殺到してるらしいよ」
「え?」
「ついでに村への魔道線の導入、宿屋システムの導入、それに伴い四町村間においてはどこからでも宿屋予約ができるようにシステム強化、当然村内の全ての店でもマドカを使えるように会計魔道具導入、といった要望が届いてるけどそれでも大変って言ったらいけないの? きっとどの村もお兄ちゃんが作業大変なこと知ってて今までは言えなかったけど、もう作業は終わったみたいだし、この際マドカ発行窓口設置の要望を口実に全部言っちゃえって思って言ってきたんだよ」
「……」
凄い要望をしてくるな……。
だが便利になることは違いない。
宿屋予約の件も素晴らしい。
ただカトレアやマリンたちの作業量が半端ないことになる。
もちろん俺の作業量も……。
「材料切らしてますって言っとけ」
「「え……」」
「マドカ発行を素人にやらせるのは危険だよな? データベースに登録するんだろ? だからそこは錬金術師切らしてますって言っとけ」
「「……」」
この作業をするのに本当ならいくらかかると思ってるんだよ。
それに消費魔力のことをちっとも考えてないんだろうな。
まぁ少し甘くしすぎたのがいけないか。
特にソボク村。
あの村には自由に使える予算なんてもう一銭もないはずなのに。
というか三つの村から一気に要望が来るなんておかしいだろ。
……セバスさんとメアリーさんだな。
どうせ全員グルなんだろう。
まぁいつも報酬はきっちりくれるからダマされてるわけじゃないんだけどさ。
「一応聞くけど、来週からの予定は?」
「最低でも一か月間は魔力消費量のデータ収集や運用保守に専念するつもりでしたけど……」
「私も。魔道列車や宿屋システム、それに魔道カードシステムを常に気にしておかないとまだこわいもん」
だよな。
いくらテストを重ねてきたからって予期できてないトラブルが発生するに決まってるし。
……あれ?
俺はなにするんだ?
急にやることがなくなったな。
これはまさか村へ行って穴掘って柱埋めて魔道線を設置してこいってことなのか?
……よく考えると村なんてたいした広さじゃないし、今までの作業に比べたらそれくらい余裕だな。
「仕方ない。俺が行ってまず魔力環境を整えてくるとしよう。小銭稼ぎってやつだな。セバスさんとの交渉は頼んだぞ」
「お兄ちゃん……無理だよ。魔道プレートも魔道線も魔道柱も今は作る時間ないし、そもそも作る気力もないよ……」
「ようやく明日から魔道列車が運行するんですよ? どこにそんな暇があると思ってるんです? もっと従業員を気遣わないとそのうち痛い目見ますよ? ダンジョンのみなさんも寂しがってるでしょうからそちらも気にかけてください。それに魔力消費量のデータ収集するって言ってるんですからその結果を見てから判断してください」
「……はい……ごめんなさい」
ちょっとやる気を見せたらこれだよ……。
やっぱり俺は受付でのんびりしてろってことだよな、うん。




