第二十三話 緑髪の少女
時刻は十八時。
ダンジョンの閉場時間だ。
……にも関わらず、地上の休憩小屋は冒険者で賑わっていた。
「いや~まさかあそこまでとはなぁ!」
「俺なんか少し入っただけでこわくなって出てきちゃったよ」
「私は休憩エリアまでしか行けなかったわ。どんなのか一目見たかったのにぃ~」
「みなさん凄いですね! 僕なんて今日は地下一階だけでヒィヒィ言ってましたよ」
小屋の中で帰り支度をしながら口々に会話をする者、トイレの順番待ちをしている者、外の水道で懸命に汚れを落とす者、その水道が空くのを後ろに並んで待っている者など、実にまだ二十人くらいの冒険者が残っていた。
……早く帰ってくれないかなー。
俺は管理人室からその光景をただただ眺めることしかできなかった。
初日だから攻略情報みたいなものをみんなで共有でもしたりするのかな。
それだけではないか。
冒険者たちはテンションが高く、興奮が抑えられないといった感じに見える。
ダンジョンから出てきたときはみんながグッタリしてたはずなのに。
今から帰れると考えたら元気になったってところかな。
これからまだ一時間も歩かなきゃならないのに。
でもこれならまた明日も来てくれそうだ。
十八時半になってようやく最後まで残っていた冒険者パーティが帰ってくれるようだ。
「管理人さん、遅くまで悪かったな」
「いえ、ありがとうございました」
「また、明日も来るよ! それと、ララちゃんたちにもよろしく言っておいてくれ」
「わかりました。夜道お気をつけて」
帰っていく冒険者たちを見送った後、まず洞窟に鍵をかける。
そこでふと疑問が頭に浮かんだ。
「ララちゃん……たち?」
明らかに複数人に対しての言葉だと思った。
誰のことだろう?
次は小屋に鍵をかけようと小屋のほうへ振り返った。
するとすぐ目の前に人がいた。
「わっ!!」
「……お疲れ様です」
……緑髪の少女だ。
心臓がバクバクしてすぐには治まりそうにない。
そこにいたのが少女だったからではなく、単純に誰かいるなんて思ってもいないのに急に目の前に人がいたからだ。
なにか話さねばと思い、呼吸を整え、言葉をなんとか絞り出す。
「……すみません、もう誰もいないと思っていたものですから少しビックリしてしまって」
「……いえ、私も驚くことはわかってて後ろにいました」
「は?」
なに言ってるんだろうこの人。
つまり驚かせようと思ってわざと後ろにいたってことだよね?
本当になにが目的なんだ?
草マニア……じゃなかった、薬マニアってのはヤバい人が多いんだな。
「そうでしたか、もうじき真っ暗になりますから早く帰ったほうがいいですよ」
「……え? ……いや、あの」
まだなにかあるのか?
はっきりしない人だな。
今日の目当ては毒消し草だろ?
だったら早く帰って調合でもすりゃいいのに。
俺は無視することにして管理人室に向かって歩き出す。
すると窓からララが顔を出した。
「お兄ご飯できたよ! あっ、カトレアさんもいっしょみたいね! 二人とも早く中入って!」
「!?」
カトレアさん?
この少女の名前はカトレアっていうのか?
今朝の時点で名前も知らなかったはずだから今日だけでそんなに仲良くなったってことか?
まぁ朝の説明は任せたからそこで色々と話してても不思議ではないか。
ララはティアリスさんともよく話すみたいだしな、ティアリスさんが一方的に話しかけてるだけにも見えなくもないが。
……ん?
今なんて言った? 「二人とも早く中入って」だと!?
「え!? どういうこと!?」
既にララの姿はなかった。
なので後ろのカトレアさんを見る。
「……ララちゃんがご飯食べていってと言うもんで……すみません断ったのですが断り切れなくて」
「……そう……ですか」
ララちゃんなにしちゃってんの。
こういう人には声かけちゃダメでしょ。
それにご飯食べてたらもうお外真っ暗だよ?
でも今さら断ることはさすがに申し訳ない。
あとでシルバとピピに送らせるか。
「シルバ」
「わふっ(やだよ、暗いし)」
「じゃあピピ」
「チュリッ! (最近鳥使いが荒いです!)」
はぁ、餌で釣ることにするか。
「……可愛いですね、ワンちゃんと鳥さん」
「わふ? わふ! (え? そう? 触ってもいいよ!)」
「チュリリ! (このお嬢さんなかなか見る目がありそうですね!)」
こいつらチョロすぎるだろ!
それとシルバ!
今ワンちゃんって言われたんだぞ?
もう少し狼としてのプライド持ってくれよ。
管理人室ではなく、家の玄関に向かいドアを開ける。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
そういえばウチに誰か他人が入るなんて初めてじゃないか?
というか入れるの?
魔力がどうたらってドラシーが言ってた気がするよ?
……普通に入ったね。
「……ローブ脱いだほうがいいですよね、汚れてるので」
「いえ、お気になさらずにどうぞ」
「……そんなわけにはいきません、外で埃落としてから行くので先入っててください」
「別にいいのに……まぁ気になるならそうしてください。この正面のドアですので」
玄関を上がった先は横に延びる通路となっており、玄関の正面にリビングとダイニングキッチンに繋がるドア、右には二階と地下への階段があり、左側の通路にはトイレと風呂へのドアがそれぞれある。
ちなみにドアは全て引き戸となっている。
先にダイニングキッチンへ行くと、テーブルの上には三人分の料理が既に並べられていた。
今日はハンバーグのようだ。
それはいいとして、ララに確認しておかなければならないことがある。
「ララ、どういうことなんだ?」
「まぁまぁ、そんなことよりも早く食べましょ! 冷めちゃうよ!」
それもそうだ。
カトレアさんのことはララに任せて食事を楽しもう。
俺の大好きなハンバーグだからな!
俺が席に着くと同時にドアが開き、カトレアさんが入ってきた。
「……お待たせしました」
「!?」
「カトレアさんはそっちに座って! あっ、手洗うならキッチン使って!」
「……はい、ありがとうございます」
思わず凝視してしまった。
部屋に入ってきたカトレアさんはローブを着ておらず軽装だったのだ。
今までフードを被ってたせいで顔をしっかりと見たことなかったが、まず目を引いたのは緑がとても色鮮やかなサラサラな髪。
黒いローブは一般的なため、フードの間から覗かせるその特徴ある緑の髪にちなんで緑髪の少女と勝手に呼んでいたが、その髪がこれほど美しいとは思ってもみなかった。
さらに、フードで前髪がおさえられて少し隠れてしまっていた目が今ははっきりと見えている。
ローブの上からでも主張をしていた胸につい目がいってしまいそうになるが、なんとか視線を逸らすことに成功した。
「……お兄? ちょっと見すぎじゃない?」
「えっ!? そ、そんなことないよ。た、ただこんなに鮮やかな緑の髪を見たのは初めてだったからさ」
「確かにきれいな髪よねー。普段からもっと見せればいいのに」
「……ありがとうございます。ですが恥ずかしいのであまり見ないでください」
カトレアさんは手を洗い、ララの向かいの席に着いた。
しかし、カトレアさんの様子がどこかおかしい。
「どうかしましたか?」
「……いえ……これは、ハンバーグという食べ物ですか?」
「そうですけど? ……もしかして食べたことありませんか?」
「……はい」
ハンバーグってそんな珍しい食べ物だったっけ?
……なんだか聞いちゃいけないことを聞いた気がする。
ララが太腿を静かに叩いてきた。
「……ララが作る料理は美味しいですからぜひ食べてみてください」
「うん、今日はいつもより頑張って作ったの! さぁ食べましょう!」
「「いただきます!」」
「……いただきます」
俺たちの様子を窺い、少し遅れて食べはじめるカトレアさん。
俺はそんなカトレアさんを気にすることなく食べ進める。
おっ、ハンバーグの中からチーズが!
これがチーズインハンバーグってやつか!?
……うん! 美味い!
溶けて流れ出てくるようなビジュアルも最高だな!
肉屋のおじさん教えてくれてありがとう!
ふとカトレアさんを見ると、箸をとめており、目からは涙が溢れていた。




