第二百二十九話 駅オープン
今日でもう9月も終わりか。
7月、8月、9月とあっという間に過ぎた気がする。
あんな作業をよく毎日やってたよなぁ俺。
いつかまたあの作業をしなくてはならないと思うと気が重い。
「シャキッとしてください。みんなが見てますよ」
「わかってるよ。もう四か所目なのによくそんな普通でいられるな」
「私たちが疲れていようがここのみなさんにとってはなんの関係もありませんから」
「そうだな。カトレアの言ってることは正しいよ。でも俺なんか今日も夢の中で魔道プレート埋めてたんだぞ。朝起きたらメルとマドが隣で寝てたから作業の休憩中に寝てしまったのかと思ったくらいだ」
「ふふふっ。でもそのおかげで体力や筋肉もついてきたじゃないですか。あ、ほら、セバスさんの話も終わりそうですよ」
ボクチク駅、ビール駅、ソボク駅、そして今いるマルセール駅。
今日はその四つの駅のオープンの日だ。
ただし、魔道列車の運行開始は明日10月1日から。
本当なら駅のオープンもそれに合わせたいところだが、そうすると明日のオープン時に俺が各駅に行くことは不可能になる。
なぜかどこも俺に来てほしいらしく、それなら駅だけ一日早くオープンしようということになったんだ。
「それではマルセール駅、オープンです!」
セバスさんの声に合わせ、ハサミでテープを切る。
このテープカットとかいう儀式も今日四つ目なんだぞ。
もうなんの感情も湧いてこない。
というか朝早かったせいで最初から眠いとだるい以外の感情はない。
移動は魔道列車だったからだいぶ楽にはなったけどさ。
無理して笑顔で振る舞ってきたがここはマルセール。
もういいや。
「カトレア、休憩するぞ」
「もぉ。子供じゃないんですからね。……と言いたいところですがさすがにもういいでしょう。邪魔にならないところに行きましょうか」
オープンと同時に駅の中には大勢の人が押し寄せていったからな。
マルセールの人たちも楽しみにしていてくれたようでなによりだ。
「あ、そこのカフェ、駅オープンに合わせてリニューアルしたらしいじゃないか。みんな駅に行っただろうから今なら空いてるんじゃないか? 行こう」
そして足早に店に入る。
「いらっしゃいませ! 二名様でしょう……あっ!? いえ、失礼いたしました……。駅が見える窓際の席をご案内させていただきます」
おお、ちょうどその席が良かったんだ。
ここからなら駅前の様子が見れて面白そうだからな。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びくださいませ……」
カフェも久しぶりだな。
なにか知らないメニューがあったりするかな。
「ロイス君、こうやって二人でカフェに来るとあのときのことを思い出しませんか?」
「ん? 初めていっしょにカフェに入ったときのことか?」
「はい。懐かしいですね」
「だな。もう一年……半近く前になるか」
「はい。あの日のことは一生忘れません」
「……悪かったよ」
「え? いえ、私のほうが申し訳なさでいっぱいだったと思います。ロイス君は急いでたのにしつこく質問攻めしてしまいましたから。今だから言いますけど、あの日は一睡もできませんでした。次の日の朝になってもダンジョンに行こうかパルドに帰ろうかずっと悩んでたんです。でもやっぱりどうしても謝りたくてダンジョンに行くことにしたんですよ。地下二階のオープン日でしたから毒消し草も見たかったですしね」
「……そうだったのか。俺はカトレアのことをただの危ない草マニアとしか思ってなかったけどな」
「それは酷いですね…………ふふっ、今となってはいい思い出です。その次の日からいっしょに住みだしたんですから」
「そうだな。でも三人だった期間て意外に短いんだよな。すぐにユウナが住みだしたし」
「ですね。それよりなにか早く頼みましょう。入ってきたときもそうでしたが明らかに店員さんたちが気を遣ってますので」
それから適当に注文し、三十分ほどで店を出た。
俺のことがマルセールの人たちに知られてるのは前からのことだが、今までとは少し俺を見る目が変わったように思える。
悪い風には思われてないんだろうが、あまり気を遣われるとこっちまで気を遣ってしまうもんなんだな。
店員さんがずっと見てくるから視線が気になって仕方なかった。
駅はまだまだ混雑しているようだ。
駅の建物の中には土産屋、カフェ、ラーメン屋、ハンバーガー屋などの店が入っている。
月々の場所代はかなり高いにも関わらず凄い数の申し込みがあったらしい。
土産屋だけは最初から決まっていたらしいが、ほかの店はどれもマルセール初出店となる店なんだってさ。
確かパルドとリーヌでも出してる店とか言ってたけど詳しくは知らない。
駅のことには全く口を出さないことにしてるからな。
一応二階には冒険者ギルドもあるが、今後も用事はないだろう。
さて、宿屋案内所はどうなってるかな。
……は?
「この外にいる人たち全員今日宿泊する人たちなのか?」
「そうでしょうね。きっと案内所がオープンするって聞いてたからまだ宿の手配をせずに待ってたんでしょう」
「明日魔道列車と同時にオープンしてたらもっと凄いことになってたな……」
案内所の外にはパッと見で100人くらい待ってる……。
案内所内はカウンター席、テーブル席合わせて20席ほどの小さな店といった感じだ。
閲覧用の情報端末も一人一台と想定し20台を準備してある。
申し込みたい宿が決まったら店員を呼んでもらい、店員が専用の端末で宿の手配をするという単純なシステムだ。
もちろんどんどん相談してもらってもいい。
宿が決まったらすぐ出ていくと思ってたからもっと回転も速いと踏んでたんだけどな。
「まず端末の操作に慣れてないですからね」
「わかりやすいと思うんだけどなぁ~。パルドとかリーヌでもこういったシステムや魔道具はないのか?」
「ありませんよ。この前、魔道列車と宿屋システムの視察に来た錬金術師ギルドのギルド長なんて驚きすぎて言葉を失ってましたからね。だから本当は大樹のダンジョンにも行くつもりだったのが、これ以上自分の知らない物がたくさんあると思うとこわくて行けなくなったみたいなんです」
「どんな反応なんだよ……。普通の人なら興味津々なんだろうけど、錬金術に精通した人からしたら未知の物が存在しまくってるという事実を受け入れられないってことか?」
「それに近いですね。この魔道具はどうやって構成されてるんだろうとか考えてるうちにどんどん新しい物を紹介されると頭がパンクするじゃないですか?」
「あ~、なるほど。考えることが増えすぎるからか。職人病だな」
「はい。でもそのおかげでこの宿屋システム関連や魔道列車関連の販売権利は即座に認可していただけました。仕様書も後日でいいからと言っていただけましたし」
「へぇ~、そんなゆるゆるな対応もしてくれるんだな」
「国やマルセールといった町が直接ダンジョンや私たちに依頼してるんですからね。それにおかげさまで私の名前も知られるようになってきましたし、マリンとモニカちゃんの名前も今回の二件で一気に拡がりますからね。師匠なんて副ギルド長への就任まで打診されてましたから。もちろん即行断ってましたけど……」
「ふ~ん。俺でもそんな面倒そうな組織なんて絶対お断りだけどな」
「そういうところそっくりですよね……。師匠もそう言ってギルドと深く関わろうとはしませんし。でもこの国で錬金術師をする以上、面倒だからと販売権利を取得していないとそれ以上に面倒なことになりかねますから」
その販売権利とかいうのが面倒なんだよな。
まぁ俺が申請したり管理したりするわけじゃないからいいけどさ。
「ダンジョンのほうに行くか」
「はい。ここにいたら邪魔になりますしね」
リョウカたちも対応で凄く忙しそうだ。
案内所は今日と明日の二日間は四人体制で臨むことにした。
リョウカ、おじさん、シンディ、ルッカの四人だ。
明後日からはおじさんとルッカの二人体制で、どちらかが休みのときはリョウカかシンディが助っ人に行くことになっている。
おじさんにはせめてあと一人店員を探してほしいものだが、なんせ今マルセールには余ってる働き手がいない。
ルッカだってまだ十四歳になったばかりだ。
おじさんの娘、つまりリョウカの妹だからいわゆる身内採用。
家では仕事というよりお手伝い程度だったらしいから、この二か月まずはウチのダンジョンの宿屋で働いてもらった。
宿屋システムに慣れるにはそれが一番早いからな。
リョウカの妹らしく、働きぶりはなんの問題もない。
問題は大樹のダンジョンを気に入ってしまったことだな……。
子供組だから通いだったこともあり、同い年のアンやエルルとも仲良くなったみたいだし。
案内所は宿屋協会が町役場からの支援を元に営業してるから、そこで働く店員の給料の大元は当然役場から出ていることになる。
ウチにも宿屋システム運用保守費が役場から毎月支払われることになっている。
ルッカは今後この案内所専属で働くから、当然宿屋協会の所属になる。
……予定だったんだが、大樹のダンジョンの従業員じゃなきゃ嫌だって言い出したんだ。
ここで働くことに不満はないようだからなんの違いがあるかはわからないが、みんなと同じがいいんだろうな。
だから仕方なくウチの従業員として雇うことにした。
宿屋協会からウチに給料が支払われ、それをルッカに渡すことになるから本当になんの意味があるかわからない……。
「ロイス君、ぼーっと歩いてると人にぶつかりますよ」
「あぁ、大丈夫。……あれ? どこ行こうとしてたんだっけ? というかこっちも賑わってるな。売り上げも期待できそうだ」
「もぉ~。なにも言わずに歩いていって自動販売魔道具車両に乗り込んだから中の様子が見たいのかと思ったじゃないですか……。ほら、管理室に行きますよ」
「あ、そうだったな」
今日はこのダンジョン内の駅も自由に入れるようになっている。
明日からはダンジョンに入ってすぐのところで乗車券を買ってもらわない限りそこから先へは進めないようになる。
そして乗車券売り場裏にある管理室にやってきた。
「お疲れ。どうだ?」
「お兄ちゃん! どうだじゃないよ! どこ行ってたの!?」
「どこってカトレアと駅近くのカフェで休憩してきただけだぞ」
「えっ!? お姉ちゃんズルい! って今はそれより色々大変なんだからね!」
大変?
まさかいきなりトラブル発生か?