第二百二十七話 シャルル、プチ覚醒
もう十三時になってる……。
バイキング会場に行き食事を食べ始めると、ララはせきを切ったように話し始めた。
ララと二人きりでこんなに話したのは久しぶりだったかもしれない。
母さんの故郷については聞いても頑なに話してくれなかったが。
十二時になってカトレア、ユウナ、エマ、そしてマリンの四人が合流してきたあとはさらに会話が弾むことになった。
俺とカトレアとエマはほとんど聞いてただけだが。
あまりにもうるさかったからエマに俺たちのテーブル周りに封印魔法の結界を張ってもらったくらいだ。
音が遮断されるのは使い勝手がいいかもしれない。
その封印を見て冒険者たちは驚いてたな。
ってそれよりシャルルのことをまたすっかり忘れてたんだ。
「シャルルちゃんどうなってるのです!?」
俺だけじゃなくユウナも忘れてたらしい……。
ララなんか上機嫌でまたトレーニングエリアに行ってしまったから完全に頭の中にないのかもしれない……。
カトレアとマリンとエマはリビングで食後のお茶とお菓子を楽しむことにしたようだからそもそもあまり興味がないのかもしれない。
「先ほど昼食休憩を終えて地下三階入り口から再開したところです」
「昼食はここで食べたのか?」
「はい。調子はかなりいいそうです」
「そうか」
「ジェマちゃんもこちらでお茶にしましょう。わらび餅ありますよ」
「はい!」
カトレアに呼ばれてジェマもリビング組に加わってしまった。
やけに嬉しそうだな。
ユウナは管理人室のソファに座りシャルルの映像に見入っている。
でもトレーニングエリアの映像も映っているのでそっちも気になってしまうな……。
とりあえず俺も管理人室で見るか。
リビングは四人の女子会みたいな感じになってるし。
ソファにテーブルを近付け、アイスカフェラテとわらび餅をユウナの前に置くと、ユウナは無言で食べ始めた。
「で、どうなんだ?」
「美味しいのです。販売が待ち遠しいのです」
「わらび餅じゃなくてシャルルだよ」
「……厳しいと思うのです。一人では数に対抗できないのです」
「数? 一対一ならいけるのか? 地下三階の魔物だぞ?」
「ロイスさんは最近のシャルルちゃんを見てないから知らないのです」
「最近のシャルル? 確かにしばらく見てないけどさ」
そしてようやく俺も画面を見る。
……えっ!?
「なんだ今のは!? 氷魔法か!?」
「そうなのです。少し独特なのですが紛れもない氷魔法なのです」
「いやいやいやいや、槍を振っただけで先が尖った氷柱みたいなのが何本も飛んでいったぞ!? ついこの前までこのコップに入るサイズくらいの小さな氷しか出せなかったはずだよな!? しかもすぐ消えてたんだぞ!?」
「それはもう三週間も前の話なのです。あのときとはもう別人なのです」
「……」
いくらなんでも成長しすぎだろ……。
もうこれ合格でいいんじゃないか?
「……ん? でも敵に全然当たってなくないか?」
「精度はまだまだなのです。魔力制御のコツが必要になってくるのでそこは経験が必要なのです。確実に当てたいときにはロイスさんが教えてくれたやり方が有効なのです」
「俺? なんか言ったっけ?」
そのとき、今度は槍を突く動作で魔法を放った。
すると今度は真っ直ぐ敵に向かって飛んでいって見事に命中したではないか。
さっきの豪快な振りの氷柱に比べたら少し小さく遅いが、精度は上がるようだ。
確かにシャルルが初めて魔法を使った日に槍で突いてみろみたいなことを言ったかもしれない。
「でもさっきのは同時に複数の氷柱だったのにこれは一つだし威力も弱いから大したダメージにはならないだろ」
「これは囮なのです」
「囮?」
直後、シャルルは突きでまた魔法を放ち、そのあとすぐに走って魔物に近付いていき、そのまま槍で攻撃するモーションに入る。
突くのではなく最初のような豪快な振りのモーションだ。
この至近距離からあの複数の氷柱を出されたらさすがに当たるだろう。
「……なにっ!?」
魔法を放つのかと思いきや、槍の先にはまるで剣のように氷が延びているではないか。
そしてそのまま突きで放たれた氷をかわそうとしていたワイルドボアを一刀両断した。
本当に剣のようだ。
「シャルルちゃんの必殺技、氷の刃なのです」
「氷の刃……氷魔法ってこんな使い方もできるのか……」
槍だから剣よりも当然リーチが長い。
そういやシャルルは魔物と近接での戦闘が嫌とか言ってたな。
「というか杖はどうした? まだ魔法が出せないのか?」
「杖でも出せるようにはなったのです。でも杖は地味だし、槍で魔法が出せるんなら魔法以外の攻撃力も上がるからってことで槍を選んだのです。それに槍のほうが氷のイメージも浮かびやすいそうなのです」
「シャルルらしいな……。じゃあユウナも槍から魔法出せるのか?」
「私には無理だったのです。どうも槍の先からというのがイメージしにくいのです。杖は特に意識しなくても魔力を流せば勝手に杖の先に魔力を集約してくれるのですが、槍の場合は槍の先まで自分で魔力を持っていかないといけないので神経遣うのです……」
へぇ~。
槍の手で持つ部分は木で作られてるとはいえ、杖のように特殊な作りじゃないから魔力を流すのが難しいってことだよな?
シャルルは最初の装備が杖じゃなく槍だったということも大きいのかもしれない。
それに氷魔法に絞った勉強をしてたしな。
なんとなく槍と氷魔法の相性も良さそうだし。
「今は銅の槍だけどさ、ミスリルの槍にしたら魔法の威力が上がったりするのか?」
「上がると思うのです。マリンちゃんがよく言う魔力伝導率ってやつなのです。でも魔法の威力を上げたいだけなら杖にしたほうがいいのです」
「……魔力プレートを槍にしたらどうなる? 槍先は魔道プレートみたいに外側を完全にミスリルにすればミスリルの槍とほぼ大差ないし、魔力伝導率がいいのは実証済みだろ? 持つ部分にもミスリルが混ざるから少し重くはなるだろうが」
「…………シャルルちゃんにとっては最強の武器になるかもしれないのです」
やっぱりそうだよな。
なんだか試してみたくなってきた。
重いようであれば槍先以外はミニ大樹成分を多めにすればいいわけだし。
……いや、そうすると魔力伝導率が下がったりするのか。
マリンたちは地面に埋めることを考えて強度を求めた結果ミスリルとの合成材に結び付いたと言ってたっけ。
それにミニ大樹だけにすれば魔力伝導率が最大になるって話でもないらしい。
ということはミスリルが混ざるのは既定路線として、シャルルに合った重さと魔力伝導率を見つけてもらわないといけないのか。
もちろん今の魔力プレートをそのまま使えるんならそれが一番いいんだが。
というか木工職人じゃなくてもカトレアたちなら魔力プレートで杖が作れるんじゃないのか?
杖の中心に魔力プレートを一本通し、外側をミニ大樹で覆って、杖先に魔石か鉱石でもセットすれば立派な杖が出来上がりそうだが。
でも杖先に魔力を集約させることができないのか。
それに魔力プレートを使用する分お値段は相当高くなりそうだな……。
そもそもミニ大樹にいくらの値段をつけていいのかを誰もわかってないんだけどさ。
安く売ろうとするとカトレアとスピカさんが激怒しそうだし。
「ロイスさん、シャルルちゃんがやられたのです。地下三階入り口からやり直しなのです」
そうだ、今はシャルルの槍のことだ。
まずマリンに棒状の魔力プレートと、槍先は魔道プレートと同じよう外側を完全にミスリルにしてもらって、そのあとアイリスのところに持っていってちゃんと武器にしてもらおう。
……槍の先端を一つじゃなくて三つとかにすれば突きでも複数同時に氷が出しやすかったりするのか?
そこはシャルルが浮かべるイメージが大事になったりするのか。
「今からまた山を登るのは精神的にキツイのです……」
いや、マリンをアイリスのところに連れていって俺のイメージを話したほうが早いな。
あとは二人が勝手に仕上げてくれるだろう。
そうと決まれば早速マリンに……ん?
「あれ? もしかして赤になったのか?」
「遅いのです……。魔力以外の能力は冒険者の中でも最弱レベルなのでやっぱり一人じゃ厳しいのです。もう合格でいいと思うのです」
「それでシャルルが納得するのか? まだ時間はあるし、シャルルは最後まであがくと思うぞ?」
俺もさっき魔法を見たときは合格でいいと思ったさ。
でもシャルルが自信を持ってた理由もわかった以上、簡単に合格にしたらいけない気がする。
冒険者としてのプライドもあるだろうし。
「でも銅の槍じゃさすがに可哀想だから武器だけはいい物を与えてやろうと思う」
「もしかして今から作るのです?」
「あぁ。日曜だから鍛冶工房も忙しいだろうが頼めばきっとやってくれる」
「私も頼みに行くのです」
俺とユウナは立ちあがり、リビングに移動する。
「マリン、今からさ」
「お兄ちゃん、それはダメだよ」
「そうです。静かに見守りましょう」
「シャルルさんはいつも夜遅くまで図書館で修行してたんです。私も隣の訓練部屋で勉強してましたけどいつも私より遅くまでいました」
「お気持ちは嬉しいですが、それはぜひ合格祝いにしてあげてください。シャルルさんは今の自分の実力をロイス君やユウナちゃん、そしてララちゃんに見てもらいたいんです」
マリンに話しかけた瞬間にみんなから俺がしようとしている行動を咎められた。
どうやらこちらまで話は聞こえていたようだ。
というかみんなも水晶玉でシャルルを見てたんじゃないか。
この様子だとジェマは当然のこと、カトレア、マリン、エマもシャルルの実力を知っていたようだ。
さすがに俺とユウナはそれ以上なにも言えるわけもなく、管理人室にそのまま戻ることになった。
シャルルはそれからも何度も地下三階入り口からやり直しになったが、弱音を吐くことはなく、ポーションをがぶ飲みして挑戦し続けた。
だが無情にも時間は十七時になり、最後は時間切れによる地上への強制転移という形でダンジョン入り口に戻ってくることになった。
大方の予想通りの結果ではあるが、なんだかやるせない気持ちになってしまってるのはなぜだろうか。




