第二百二十三話 トレーニングエリア解禁
管理人室のソファに座り、12台の画面に色々な場所を設定。
よし、従業員の準備は万全のようだ。
「ピンポンパンポン。おはようございます。ダンジョン管理人です。まだお休み中の方、大変申し訳ありません。本日は6月22日、日曜日。突然ではございますが本日九時より、急遽ダンジョンのシステムにおいてメンテナンス作業を実行することになりましたのでご連絡させていただきます。そのため、本日はダンジョン内へ入ることはできませんのでご了承ください」
……ざわついてるな。
音声がなくても映像だけでそれがわかる。
こんな急にメンテナンス告知したのなんて初めてだからな。
なにか不具合があったと思ってるのかもしれない。
「また、九時からのメンテナンスと同時に、みなさまが所持しておられる指輪と冒険者カード、そして今みなさまがお泊りになられております部屋に対してもアップデートを行わさせていただきたいと思います。そこで大変恐縮なんですが、九時までにご自分の部屋から一度退室していただけますでしょうか。宿屋のアップデートは十五分程度を予定しております。特別にバイキング会場の営業時間を延長しておりますのでそちらで待機していただくことも可能です」
ざわつきが大きくなったようにも感じる……。
声が聞こえてこないからなんとも言えないが。
……ん?
みんな笑顔ということはもしかして喜んでる?
「指輪と冒険者カードのアップデートに関しましては、一度にみなさんが集中されると大変混雑しますのでランク順に行わさせていただきます。まずはEランクの方から、ダンジョン酒場奥にて作業を……させていただきます。では早速ではございますがEランクの方でご準備が整われた方はダンジョン酒場奥までお越しください。お時間が合わない方はあとからでも大丈夫です」
ティアリスさん早すぎだろ……。
思わず途中で少し言葉に詰まってしまったじゃないか。
おそらくロビー周辺で待機してて、ユウナとマリンがダンジョン酒場奥のバーフロント内の転移魔法陣に現れたことにもすぐ気付いたんだろう。
毎度のことながら嗅覚が凄い。
「アップデート作業が完了したEランクの方はそのままダンジョン酒場内でお待ちください。ある程度人数が揃われましたらお伝えすることがございます。もちろんあとからでも構いませんが、その場合はあとからお伝えすることになりますのでご了承願います。Fランク以下の方も順次放送でご案内させていただきますのでそれまでお待ちください。再度申し上げますが、九時までに部屋から退室してください。それではみなさまご協力よろしくお願いいたします。ピンポンパンポン」
……予想通り一気にやってきた。
まぁEランクの人たちならわざわざこんなことを言わなくてもすぐに来てくれたんだろうけどな。
自分たちが行かないとFランク以下の人を待たせて悪いとも思うだろうし。
ユウナとマリンも順調に作業を行えているようだ。
指輪と冒険者カードの同時アップデートは何気に今回が初めてなんだよな。
作業自体はカトレアが作った魔道具の上に指輪をはめた手と冒険者カードを置いてもらって、あとはただ魔道具に魔力を流すだけだからすぐ終わるけど。
魔道具って本当に凄い。
いや、カトレアが凄い。
……あっという間に列がなくなった。
もういいか。
ダンジョン酒場の入り口近くではFランクの人たちが大勢待ってるし。
というか放送前にダンジョン酒場内にいた人もわざわざロビーに出てくれてるな……。
おかげでわかりやすくていいけど。
「じゃあドラシー、頼む」
「はいはい。宿屋のアップデートが終わったら寝るからね」
「あぁ。しばらくは寝てても大丈夫なはず」
「そうだといいんだけどね。最近ララちゃんからの呼び出しが多いのよ」
ドラシーはユウナの近くに転移魔法陣を作り、俺の傍から消えた。
次はカトレアたちが待つ宿屋階層に行ったんだろう。
ララからの呼び出しが多いと、困ってそうな言い方をした割には嬉しそうだったな。
やはりララはドラシーにとって特別なのかもしれない。
そしてEランクの冒険者たちはユウナとマリンの案内により続々と転移魔法陣に入っていく。
なにも聞かされてないのに不安じゃないんだろうか。
……っと、次を案内しないと。
「お待たせいたしました。ではFランクの方、ダンジョン酒場奥までお越しいただけますでしょうか。アップデートが終わりましたらそのまま酒場内でお待ちください」
……あ、音鳴らすの忘れてた。
まぁいいや。
さて、Fランクは多いからだいぶ時間がかかりそうだな。
それまでトレーニングエリアの見学とでもいくか。
「みなさーん! お静かに! 説明始めますよ~!?」
ララの言葉で一瞬で静かになる。
新エリアだとわかった興奮で静かになんかできないと思うが、さすがEランク冒険者。
「ここはトレーニングエリアです!」
「「「「おおっ!?」」」」
「「「「きたー!」」」」
脳筋たちは喜びが爆発したようだ。
このエリアにあまり興味がない人たちはそれを微笑ましそうに見ている。
ティアリスさんですら若干興味を失ったようだ。
でもお兄さんたちの喜ぶ姿を見て嬉しいんだと思う。
「まず目の前にありますのが岩壁ゾーンです! 単純に登るだけですが高さは50メートルあります! 5メートル置きに転移ボタンがありますので下に戻りたい場合は押してください! もしくは飛び降りてくださいね~。じゃあオーウェンさん、お願いします」
エリアじゃなくてゾーンって呼ぶことにしたのか。
まぁそこは好みだけど。
そしてスタンバイしてたオーウェンさんが登り始める。
この人、運動神経めちゃくちゃいいんだよなぁ。
本人は無理だと言っていたが、今から冒険者になっても全然いけると思う。
5メートル登ったところで、ボタンがあることを説明し、ボタンを押すかと思いきやいきなり手を離して落下し始めた。
空を向いた仰向けの体勢で。
「「「「うわっ!」」」」
「「「「きゃぁー!」」」」
5メートルって結構高いからな。
だがオーウェンさんはなにごともなかったかのようにスタート地点から少し後ろの地面に寝ていた。
「登り始めると今のように転移魔法陣が地面に出現しておりますので落ちても安心です! じゃあ次行きますから移動お願いします!」
動揺半分、安心半分ってところだな。
インパクトがあったのは間違いない。
ララが走ったため、冒険者たちも走って付いていく。
「ここはアスレチックゾーンです! ご覧のように下は川になっておりますので落ちないように木を渡ったりロープを使ったり登ったりして向こう岸を目指してください! ルートもいっぱいありますので! ではオーウェンさんお願いします!」
またしてもオーウェンさんが見事な軽快さを見せ、木と木を飛び移っていく。
腕だけで木を掴んで進まないといけないところなんか難易度が高いのに凄いな。
そしてある程度進んだところでみんながいるほうを振り向き、落ちた。
もちろん直後にはスタート地点傍に立っていた。
「下の川は全面転移魔法陣になってまーす! では次行きましょう!」
またもやみんなで走って移動する。
「「「「おおっ!?」」」」
「「「「よっしゃぁ!」」」」
ん?
なんの歓声だ?
「みなさーん! ここがトレーニングエリアの入り口であり出口になります! 本日の宿屋のアップデートにおいて部屋の中に新しい転移魔法陣ができるのであとで確認しておいてください! 今のところ部屋からしか来ることができませんので!」
「部屋から行けるのか!」
「それは嬉しい!」
「運動後にシャワー直行できるな!」
部屋のすぐ外がトレーニングエリアみたいな感覚なんだから利用者も増えるだろう。
「じゃあ次はもう見えてますね! そこは水泳ゾーンです! ちょっと移動しますよ! ……この橋の下は川じゃなくて周遊コースになってます! 周りに八つほど入り口がありますのでそちらからどうぞ!」
浮き輪でプカプカ浮かんで流されてるだけでも楽しいかも。
トレーニングじゃなくなるけど。
「さてみなさんご覧ください! まずはなんの変哲もないただ泳ぐだけの50メートルレーンが左右合わせて50レーンあります!」
「50レーンも!?」
「多すぎだろ!」
いや、多いかどうかは微妙なところだな。
「そして次はなんと……逆流レーンです! つまり水流の強さに負けないように泳ぎ続けるんです!」
「「「「おおっ!?」」」」
「「「「凄い!」」」」
「しかも水流の強さはレーンごとに設定変更が可能です! ご自身に合った強さを選んでください!」
「「「「おおっ!?」」」」
いつも通りなにを言っても喜ぶ冒険者たちになってるようだ。
新しければなんでもいいんだろうな。
「じゃあオーウェンさん! お願いします!」
するとオーウェンさんは少し恥ずかしそうに服を脱いだ。
もちろん下にはトレーニング水着を着込んでいる
「「「「おお……」」」」
「「「「いい身体……」」」」
「「「「細マッチョ……」」」」
上半身の筋肉に男性も女性も見惚れてるようだ。
こんな身体になったのはここに来てかららしいぞ。
料理人ってそんなに鍛えられるものなのかな。
そしてオーウェンさんは逆流レーンに飛び込んだ。
見事な泳ぎだ。
周りからも歓声があがる。
こりゃファンが急激に増えたな。
「オーウェンさんありがとうございます! では一度そこの入り口に戻りましょうか! みなさんが気になってたものをご紹介します!」
あ、さっき歓声があがってたのはそれか。
というか極寒極暑ゾーンや砂場ゾーンは行かなくていいのか?
「さて、この入り口左右のゾーンは本来なら休憩ゾーンなんですが、左側は今日だけ物販ゾーンになっております!」
「「「「おおっ!?」」」」
「「「「新作ね!」」」」
結局新作防具の人気が一番なのか。
防具って呼んでもいいかどうかはわからないけどな。
「お気付きかもしれませんが実は今日従業員たちは全員このトレーニングウェアを着てます! 色もたくさん取り揃えてます!」
そう、俺も着ている。
丈夫なシャツと丈夫な短パンって感じだな。
普段着としても楽でちょうどいい。
「そしてもちろん水着も販売してます! デザインはいやらしくないものにしてますので女性のみなさんもお気軽に水泳を楽しんでください! あっ! 男性のみなさん! くれぐれもいやらしい目で見ないでくださいね!? もしそのような動きが見受けられた場合は即刻トレーニングエリアから出禁になりますのでご注意を! 水泳ゾーンの周りは見張りのアンゴララビットたちの数が特に多いですし、厳しく目を光らせてますので!」
「「「「……」」」」
溺れたりしてないかの確認のために多くしたんだけどな……。
「それと時間がないので紹介だけになりますが、あちら右の壁側は砂浜ゾーンとなってます! 砂以外特になにもないので砂浜ダッシュや足腰を鍛えたい方はどうぞ! そして岩壁ゾーンの右になりますが、極寒極暑ゾーンと申しまして、氷山フィールドと火山フィールドの環境を用意してます! 要するに環境適応のための修行と思ってください!」
「「「「……」」」」
やっぱりみんな氷山と火山って聞いて引いてるじゃないか。
俺も昨日少し入ったけど、どちらも地獄だったぞ。
「この前魔工ダンジョンの火山フィールドを経験した方はわかると思いますが、非常に過酷です! ですがこの先の魔工ダンジョンではあれ以上の環境が待ち受けてるかもしれません!」
「「「「……」」」」
「だからといって逃げるわけにはいきません! なぜならみなさんには魔王を倒してもらわないといけないのですから!」
「「「「おお……」」」」
「「「「そうだよな……」」」」
魔王と聞いてもおそれずに立ち向かう冒険者たち。
うん、心から尊敬する。
「でもここで一つ、お伝えしないといけないことがあります……」
「「「「え……」」」」
「「「「なにかな……」」」」
ララの急激なテンションの下がりようにみんなが動揺する。
いったいなにを言うつもりなんだ?
「実は…………私はもう冒険者には戻れないかもしれません」
「「「「えっ!?」」」」
「「「「なんで!?」」」」
「「「「怪我のこと!?」」」」
「「「「……」」」」
ついに打ち明けることにしたのか……。
俺ですら直接は聞いてないのに……。
「怪我は100%治ってます。治ってないのは心の傷です。魔工ダンジョンの第四階層、火山フィールドのボスであるマグマドラゴンの攻撃が繰り出されたあのとき、私は死を覚悟しました。でもなぜか体が勝手に反応してくれて致命傷は避けることができました。ですがそれ以来、魔物と戦うことがこわくなってしまったんです。今では剣を握ることすらできなくなってしまいました」
「「「「そんな……」」」」
「「「「ううっ……」」」」
「「「「ララちゃん……」」」」
ララ……。
冒険者たちにとっても悲しすぎるお知らせだろう。
ララがいなければ全滅してたってユウナが言うくらいだし。
「私はもうみんなといっしょに戦えないかもしれないけど、だからこそみんなにはもっと強くなってほしいんです。魔王と戦うには冒険者全員の力が必ず必要になりますから。ですからみなさんも冒険者同士助け合って成長していってほしいんです。私もいつかこの傷が治ると信じて、それまではみなさんのサポートに徹しますから」
「「「「……」」」」
完全にお通夜状態だ……。
今からトレーニングできるような空気じゃないよな……。
「と、暗い話はここまでにしましょう! みなさん! 私は元気ですので安心してください! それどころかやること多すぎて困ってるんです! あっ! 本当はもっと説明しないといけないことあるんですけどあとはみなさんの目でお確かめください! 右側の休憩ゾーンでは自動販売魔道具で飲み物食べ物など色々販売してますからそちらのご利用もぜひお願いします! ちなみにポーションコーナーではそのコーナー内に限り飲み放題ですからどんどん飲んじゃってくださいね~! このエリアでの服装は自由ですが、トレーニングウェアや水着を買っていただける方は空いてる今がおすすめですよ~! じゃあ私は次の説明がありますからこれで!」
そしてララは転移で消えていった。
最後はいつものララのテンションだったからか、みんなどうしていいかわからずにその場に佇んでいる……。




