第二百二十二話 約束の日
それにしても昨日は疲れた。
ソボク村では災難にあったし。
きっと今朝からレア素材とやらの情報を色々収集してるんだろうな。
でもまずマッシュ村に帰るのに四時間くらいかかるのか。
魔道列車だと三十分くらいってところかな。
もう少し寝ていたい気持ちもあるが無理して起きるとしよう。
「お兄! 今何時だと思ってるの!?」
いきなり部屋のドアが開けられた。
そしてララが鬼の形相でこちらを睨みつけてくる。
「う~んと、八時だな」
「時間を答えろって意味じゃないの! 早くご飯食べてきてよ! ソファのユウナちゃんとマリンちゃんもついでに連れてって!」
それだけ言うとララは慌ただしく走り去っていった。
気合いが入りすぎだろ……。
でもようやくトレーニングエリアがオープンできるんだから仕方ないか。
ゆっくり起き上がり、着替え、顔を洗い、寝癖を雑に直してからリビングに行く。
ソファではユウナとマリンがお決まりかのように寝ていた。
「おい、ご飯行くぞ~」
「……んん……起こして」
マリンが目を瞑ったまま手を俺のほうに伸ばしてくる。
ったく子供みたいだな。
ってまだまだ子供か。
いや、もう今年十三歳になるんだからな。
でも仕方ないから片方の手を取り、上半身を支えゆっくり体を起こさせる。
「ララが早く準備しろってさ」
「う~ん……疲れのせいか魔力があまり回復してないっぽいの……」
「エーテル飲んどけ、なんてことは言わないからとりあえずご飯行こう。ユウナも起きろ」
ユウナは全く反応しない。
連日俺と同じように外での作業をしてきてるんだから疲労も相当なものだろう。
それに加え昨日はソボク村から帰ってきてご飯を食べたあと、俺とユウナの二人はむりやりトレーニングエリアに連れて行かれた。
そして各施設の最終確認という名のトレーニングをさせられることになった。
水泳だけはなんとか逃れることができたが。
ユウナもわざわざ着替えてからソファで寝てるということは起きようという気はあるのだろう。
……仕方ない。
「よいしょっと」
「きゃっ!」
ユウナをお姫様抱っこで持ち上げてみる。
こんなに細い体じゃトレーニングしたところで筋肉もつかないんじゃないか?
「起きれるか?」
「……無理なのです」
「ユウナちゃん?」
「起きるのです……」
ユウナを下ろし、バイキング会場に向かう。
日曜日だから八時を過ぎてても結構人がいるようだ。
「あの端の集まりはなんだ?」
「魔道士女子会なのです。効率良く魔法を習得するための意見交換という名目で始めたのですが、実際のところはただの世間話しかしてないのです」
「ふ~ん。参加しなくていいのか?」
「そんなテンションじゃないのです。体も筋肉痛なのです」
そういや俺は筋肉痛にはなってないな。
毎日数時間歩いてるし、軽いとはいえ魔道プレートを持ったりしてるからかも。
クロワッサン、スクランブルエッグ、ウインナー、ミルクをお盆に載せ、席に座る。
ユウナとマリンは元気がない割にいつも通りかなり多い量を取ってきたようだ。
これだけ食べてるのに二人ともこんなに細いんだもんな。
魔力消費というのはそれだけ体内のエネルギーを使ってるということなんだろう。
「あ、もうトレーニング用の水着はもらったのか?」
「はいなのです。サイズが凄く細かく分かれてるみたいなのです」
「ユウナは一番小さいサイズだったろ? あれユウナに合わせてるらしいからな」
「……セクハラなのです」
「お兄ちゃん、朝からサイテ~」
「は? ……いや、そういう意味じゃないからな?」
確かに今の発言はマズかったかも……。
ここは話を変えるしかない。
「それにしてもララのやつ急すぎるよな。いくら昨日に準備が整ったからって慌てて今日オープンしなくてもいいのに」
「「……」」
「時間がないな。早く食べよう。八時半からだったよな?」
「「……」」
完全に無視を決め込んでるようだ……。
「三人ともどんよりした顔してるよ? 大丈夫?」
最悪だ……このタイミングでティアリスさんかよ……。
「少し疲れが出てましてね」
「そう……。毎日魔道列車の作業で忙しいもんね」
そして向かいのユウナの隣の席に座る。
食べ終わるまでずっといる気か?
魔道士女子会とかいうやつは終わったんだろうか。
「ユウナちゃん? どうかした? そんなに疲れてるの?」
「さっきロイスさんが……」
「え? ロイス君がなに?」
二人が俺をジッと見つめて……いやユウナは睨んできてる……。
「……ロイスさんが私のウインナー取ったのです」
「もぉ、なら私が取ってきてあげるからそれくらいで怒らないの」
ティアリスさんはウインナーを取りにいってくれたようだ。
「マリンちゃん、そんなに睨まないでなのです」
「お兄ちゃんの評判落とすようなこと言ったらダメだからね?」
「わかってるのです」
どうやらマリンが助けてくれたようだ。
あとでミルクソフトでも持っていってあげよう。
「はい、どうぞ。今日はみんなも休みなの?」
「いえ、外には出ませんがやることがいっぱいありまして」
「そうなんだ。ロイス君が相手してくれないんなら美容院でも行ってこようかなぁ」
「お兄ちゃん、もう話してもいいんじゃない?」
「ん、そうだな」
「え? なに? まさかロイス君彼女できたとか……」
「違いますから。このあと八時半から放送を入れるんです」
「良かった……え? 放送? ……もしかして新しい施設!? できたの!?」
「「「「なにっ!?」」」」
新しい施設という言葉に反応し、少し離れたところからこのテーブルの様子を窺ってた冒険者たちが即座に周りのテーブルに集まってくる。
「まずは指輪と冒険者カードのアップデートのお知らせですね。そのあとは……」
「「「「……」」」」
「混雑すると困りますのでやはり放送をお待ちください。あ、今日はここ九時半まで開いてますからこのままここで放送聞かれても大丈夫ですよ。では」
俺たち三人はサッと立ち上がりお盆を持って席を離れる。
「混雑だって!?」
「新しい施設で間違いなさそうだな!」
「ストアの新商品かもしれないわよ!?」
「アップデートかけるくらいだからなにかシステムに変更があるってことじゃないか!?」
「これ以上どんなことがあるって言うんだよ!?」
「おそらく脳筋が報われるぞ!」
「ちょっと! 魔道列車の作業が大変なんだからあまり期待しないの! そんな同時にいくつものことできるわけないでしょ!」
いや、期待させたのはあなたが大きな声で話したからでしょ……。
まぁ期待には添えるだろうからいいけどさ。
途中でユウナとマリンと別れ、家へ戻る。
リビングではジェマが一人のんびりお茶を飲んでいた。
「なんだか余裕だな。心配じゃないのか?」
「こればっかりは私にはどうにもできませんからね。それにシャルル様を信じていますし。仮に不合格でも宿屋に住ませていただけるんですからそこまで悲観することではありません」
「そうか。むしろ宿屋のほうが快適だと思うぞ? でも二部屋も空くんならエマが住みたいって言ってくるかもな」
「え…………申し訳ありません、嘘です。とても不安ですし、宿屋には行きたくありません……」
「正直でよろしい。でも約束は約束だからダメだった場合は少しの間だけ宿屋に移ってくれ。一週間後くらいにやっぱり魔道計画の情報交換が不便だからって理由でウチに戻すようにするからさ」
「え…………ありがとうございます。なんだか気が抜けちゃいましたけど……」
シャルルがウチに来て約一か月。
つまり約束していたなにかしらの成果というものを評価をしないといけない日だ。
町長としての働きぶりについてはまぁいいだろう。
セバスさんたちが想像以上に働いてくれてるおかげでなにも文句はない。
シャルルも欠勤、遅刻などすることもなく毎日マルセールまで通ってるし。
勤務中たまに寝てると思われるがそれには目を瞑ってやることにした。
問題は冒険者としての成長のほうだな。
ユウナの封印魔法修得が早すぎたおかげで、魔道プレート上に木を植えるのと同時での封印作業が可能になった。
だがそのせいでシャルルは毎日ダンジョンに一人で入らないといけなくなったからな。
ユウナもシャルルを心配して朝と夜の訓練個室での修行には付き合っていたようだが、やはり実戦とは全然違う。
だから今日はユウナとパーティを組むというのでも良かったんだが、シャルルは一人で行きたいって言ってきたんだ。
合格条件が地下三階第一休憩エリア到達というのも変えないでいいと言う。
はっきり言って無謀だと思う。
まだ冒険者になってたった一か月なんだぞ?
それで地下三階に、しかも一人で挑むなんてあり得ないだろ。
ユウナが朝からテンションが上がらないのも、疲れている以上にシャルルのことが気になって仕方ないんだろうな。
「九時開始だったよな? シャルルはどこ行ったんだ?」
「シルバ様と訓練個室に行ってます。精神集中するとかで」
「氷魔法にかけるってことか。それよりシルバに様はやめてくれよ……というか同居人や従業員にも様付けだと距離感があるからもうやめにしないか?」
「やはりそうですよね……。ユウナさ……ユウナちゃんやマリンちゃんとも仲良くなりたいんですけど壁があるようで……」
「壁を作ってるのはジェマのほうだからな。シャルルも言ってただろ? 町を離れたら執事はやめろって」
「はい……努力してみます」
さすがに今から口調を変えろというのは無理だろうからな。
シャルルのことも気になるが、今はまずトレーニングエリアだ。