第二百二十一話 面倒な親子
どうしようか。
多少大袈裟に言っとけば引き下がってくれるかと思ったら逆効果だったか。
なんだか遺恨がのこりそうな雰囲気だな。
「あの、私たちの村はマルセールに近いから優遇されてるんじゃなくて、大樹のダンジョンに近いから優遇されてるんです」
お孫さん……セレニティーナさんが臆することなく言い放つ。
「魔王からすれば大樹のダンジョンや冒険者が邪魔なんです。だから魔工ダンジョンは集中的にマルセールの周りに出現してるんです。今回の魔道計画もその魔工ダンジョンにいち早く対応するためにロイスさんが考えられたことなんですよ? おわかりですか?」
「そんなこと知らん。マッシュ村周辺には出現したことないからな。それにもし出現したとしてもパルドの冒険者がすぐに討伐してくれるさ」
「なんにも知らないんですね。ではパルドの北部に魔工ダンジョンが出現したのはご存じですか? あのとき、パルドの冒険者たちはその魔工ダンジョンの魔物に手も足も出なかったんですよ? それを討伐したのが先ほどまでいらっしゃったあの方です」
「なんだと!? あの子が……」
「しかもパルドのダンジョンは初級ですからね。先月ソボク村近くに出現したダンジョンはそれよりも遥かに難易度が高い中級者レベルのダンジョンだったそうです。村長さんはご存じないでしょうが、その魔工ダンジョンが出現してからすぐに周辺では魔瘴が拡がりはじめました。もちろん魔物もどんどん湧いてきてましたよ。それを昼夜問わず討伐し続けてくれたのが大樹のダンジョンの冒険者の方たちです」
「なんと……」
「そのおかげでソボク村とマルセールの町には魔物は一匹たりとも入り込んでいません。特にこの村はロイスさんのお仲間の魔物さんがずっと見張っててくれましたので安心して眠ることだってできました」
「……」
「ただそのとき問題として挙がったのが大樹のダンジョンから魔工ダンジョン周辺までの移動問題なんです。距離があるのでどうしても時間がかかりますからね。そこで思いつかれたのが魔道列車です。その駅としてマルセールの町の隣村三つが選ばれたのも今後魔工ダンジョンが出現する可能性が最も高いからなんです」
「そうだったのか……」
「それにロイスさんは元々魔道列車を一般の方に開放する気はなかったそうですよ。自由に使えなくなりますし、魔力の問題もありますからね。それでも周りや国がうるさいから仕方なく一般開放してくれるんです。運賃を聞いたらきっと驚きますよ? お金儲けが大好きな誰かさんとは大違いですから」
「う……」
「これでも不満があるようでしたらソボク村、ビール村、ボクチク村、そしてマルセールの町の四町村で相談させてもらうことになります。さっきロイスさんの話にも出てきましたが、マルセール町長のことはさすがにご存じですよね? あの方は魔道列車というよりも魔工ダンジョン対策を一番に考えてますから、きっと村長さんのご期待に添えるような答えはもらえないと思います」
「……いや、なにも不満はない。……すまなかった」
「なら良かったです。心配されなくてもそのうちマッシュ村への延伸は考えてくれてるそうですから気長に待ちましょう。今は私たちではわからない理由がおありなんだと思います」
「……そうだな。ロイスさん、申し訳なかった」
セレニティーナさん、なんでこんなにウチの事情に詳しいのだろう?
間違ってるところが一つもない。
オーウェンさんやクラリッサから聞いてたとしてもここまで正確に理解できるものなのか?
それにウチのダンジョンに来たことはあるがユウナとは今日が初対面のはずだよな?
俺とセレニティーナさんの言い回しのせいで、この村長さんはユウナが一人で魔工ダンジョンを討伐しまくってると思ってるかもしれないがそれはまぁいいか。
「ロイスさん? ……お疲れですよね。すみません、今日はもうお開きということでいかがでしょうか?」
ん?
やっと終わってくれるのか?
どうやらセレニティーナさんがこの場をお開きにしてくれるようだ。
というかこの村長は魔工ダンジョンのことをほとんど知らないようだが、さっき俺が魔工ダンジョンの話をしたときも全く理解できてなかったってことだよな?
俺が適当に長い話をして断ろうとしたせいで、イライラしてあんな毒づいた発言をしたのかも。
やっぱり言葉って難しい。
これからは寡黙な男として生きてみようかな。
「パパ、ダサすぎ」
「少し黙っててくれ」
「そんなんだからソボク村程度の村に駅の利権を奪われるんだよ。パパさえしっかりしてればさっきの可愛い二人もすぐ僕のところに来たかもしれないのにさ」
「みなさん、すみません。おい、宿に帰るぞ」
息子の腕を掴み、護衛の三人と共にこの場を去ろうとする。
だが息子は苛立ちが治まらないのか立ちあがろうとしない。
だから俺はその息子を黙って見つめてみることにする。
「君だって魔物使いかなんだか知らないけど、結局はお金儲けしたいから魔道列車なんて変わったことやるんでしょ? パパや僕となにが違うんだよ」
ほう?
俺の本性を見抜いてるのか。
人間なんてみんな汚い生き物だからな。
「魔工ダンジョンだって別に君が討伐したわけじゃないよね? 君の成果みたいになってるけど、結局はさっきの子や君のダンジョンに通ってる冒険者が強いから討伐できただけじゃん」
「おい! それ以上」
村長さんが息子をとめようとしたのでそれを俺が手で制する。
なんだか面白くなってきたから言いたいだけ言わせてみよう。
「てゆーかまだ子供だよね? 魔物使いってだけでダンジョンの管理人になれるなんて楽でいいよね」
あと一か月もしないうちに十六歳になるぞ?
だからもう大人だ。
ダンジョンと魔物使いの関係もそれなりに知られるようになってきたな。
というか去年まで俺が知らなかったことがおかしいのか。
「パパはもう村長引退したほうがいいんじゃない? 明日から僕がやるからさ。そのほうが村のためでしょ」
なんだ、俺に対する批判はもう終わりか。
セレ……ん?
名前なんだっけ?
お孫さんといっしょで、言ってることは結構正しいのに。
みんなどうやってそんな情報調べてるんだろ。
「それに嫁探しならこんな小さな村よりマルセールに行ったほうが良かったんじゃない? 王女様はなにか問題起こして飛ばされたからパルドに戻りたいがために魔道計画なんてものを仕方なくやってるんでしょ。それなら僕が結婚してあげれば王女様だって嫌々パルドに戻らなくてすむしさ。そうすれば駅だってすぐにウチに設置してくれると思うよ。可愛いっていう噂だしさ」
うん、シャルルの噂も正確に届いてるな。
そういやシャルルも俺に結婚してあげるって凄い上から目線で言ってきたっけ。
権力持ってる人たちってこういう人が多いんだろうな。
というかこの人、王女相手に上から目線で言ってるのは凄いな……。
所詮第三王女なんだから自分のほうが上の立場とでも思ってるのだろうか?
……あ、飛ばされて王様から見放されたことになってるからそう思ってるのかもしれない。
ジェマはシャルルに利用価値はないから誰も寄ってこないみたいなこと言ってたけどしっかり寄ってきてるぞ……。
魔道計画なんてやってたら嫌でも目立つからな。
「ねぇ? 君もなにか言ったらどうなの?」
え、俺?
後ろには……誰もいないな。
そうか、俺か。
「村長になられるんですか?」
「うん。君も僕のほうが向いてると思うだろ? パパは僕みたいな合理的な考え方ができないからね」
「なるほど。立派な息子さんがこんなに早く継いでくれるとなるとパパさんも安心でしょうしね。これからのんびりできるパパさんが羨ましい」
「のんびりなんかできるわけないでしょ? 僕が実権を握るけど実際に動くのはパパなんだから。パパにはまだまだ僕の手足となって働いてもらわないと」
「確かにしばらくはそれが望ましいかもしれないですね。パパさんも村民のために働きたいでしょうし。村長になられてからまずなにをするおつもりですか?」
「当然魔道計画とやらへの参画でしょ。こんなビジネスチャンスを逃すバカいるの? こうやって君との縁もできたわけだしね。だからどうにかして駅を設置してくれないかな? できないとか言って実はできたりするんでしょ?」
「いえ、魔道具の素材の関係で本当にできないんです。先ほどの私とパパさんとの会話でお察しできませんでしたか?」
「ならその素材を調達すればいいだけじゃないの? なんでやらないの?」
「貴重な素材ですからね。あなたやパパさんが手に入れてくれるというのであれば別ですけど」
「素材さえ手に入れたら駅を設置してくれるの? なんだ、簡単じゃん。ほらパパ、交渉はこうやって進めるんだよ。さっきよりだいぶ前進したじゃないか。で、その素材ってなに?」
「素材名は明かせませんが、魔工ダンジョンでしか取れない素材です」
「え……」
「それも最深層の隅々まで探して一つでも見つかればラッキーというレベルのレア素材です。冒険者なら誰でもすぐその貴重さに気付くでしょう。もしそれを二つ手に入れてくれるのでしたら、今すぐにでもマッシュ村への魔道列車延伸作業を始めることをお約束します」
「……本当だね? みんなも聞いたよね? よし、早速明日から冒険者を雇って探させてみるよ。じゃあ今日はもうお開きだ。パパ、明日は朝一で村に帰るよ」
そう言って息子は一人でさっさと店から出ていってしまった。
慌てて護衛の二人が後を追う。
最後まで勝手な人だったな……。
「ロイスさん、本当に申し訳ない……」
「いえ、息子さんも納得してくれたようですしね。あ、素材を手に入れることを村長になる条件にしたらどうです?」
「……そんな簡単には見つからないということですかな?」
「少なくともウチでは入手の目途が全く立ってないものですから」
「なるほど。そんなものをウチの息子が雇えるような冒険者レベルで探し出せるとは到底思えませんな。まぁ珍しくやる気になってますし、言っても聞かないでしょうからやりたいようにやらせてみますが」
そのあとはみんなで少し談笑してから解散になった。
マッシュ村の村長は急に人が変わったかのようだ。
今頃また毒づいてるのかもしれないけど。
人ってそんな簡単に変われないだろうからな。
外に出るとあたりはすっかり真っ暗になっていた。
「ロイスさん、今日はありがとうございました。その……実はあの方との縁談話がとても嫌だったんです私……」
「嫌じゃない人のほうが珍しいと思いますよ。カトレアとユウナなんてイライラの限界に達してましたから。まぁ立場は全然違いますから簡単に断ったりはできなかったんでしょうけど」
「でも本当に全てロイスさんのおかげなんです。魔道列車もそうですが新しい村のこと、それにこの村から移住したクラリッサたちのこともです。ロイスさんが初めて来てくれたあの日からこの村にとってはいいことしかありません。魔王に感謝しないといけないのかも……って不謹慎ですよね」
「魔王に感謝……ですか。確かにウチのダンジョンもこの三月から急激に変わりましたね。冒険者たちも魔王に対抗するべく以前よりも厳しい修行に励んでますし。そう考えると魔王が復活したことは悪い影響ばかりじゃないのかもしれませんね」
「きっと世界がそういう風に上手くできてるんですよね。あ、すみませんもう帰らないといけませんよね? もしかしてカトレアさんたちをどこかで待たせてたりします?」
「はい、村の外で待ってもらってます。待ちくたびれて寝てるかも」
「そうなんですか……。あの、また来てくれますか? というか私がそちらに遊びに行ったりしてもいいですか? その……クラリッサに会ったりもしたいですし」
「もちろんです。会いに来てくれたら嬉しいでしょうしね。しばらくは列車の運行試験などでウチの者が頻繁に出入りすると思いますのでいつでもどうぞ」
「はい! 近いうちに絶対に行きます! もちろん泊まる準備をして!」
そしてお孫さんを家まで送り届け、一人村の入り口までやってきた。
「悪い、遅くなった。息子につかまってさ」
「災難でしたね。でもあの方にとっては現実を知るいい機会になるんじゃないでしょうか」
「魔工ダンジョンをなめすぎなのです。本当に探せるもんなら探してみろって感じなのです。というかパパさんパパさん言いすぎじゃないのです?」
俺たちが調べてる限りでは今この大陸に魔工ダンジョンは存在してないからな。
行方がわからない二つの水晶玉を探し出してくれるんならそれはそれでありがたい。
別の大陸を調査してくれてもいいんだが。
……ん?
「もしかして聞いてたのか?」
「もちろんです。護衛なしでは不用心すぎますから」
「リスちゃん三匹をお店の中に潜入させてたのです」
全く気付かなかった……。
どうやらリスたちにはスパイの才能があるみたいだ。
「でも二人はどこで会話を聞いてたんだ?」
「私たちはここにいましたよ。リスちゃんにはこれを持たしてましたけど」
「これ? なんだこれ?」
「試作中の通話魔道具です。魔道プレート付近においてはどこでも会話ができるという画期的な代物です」
「おおっ!? それは便利だ! これがあれば駅でトラブルがあったときも出向かなくてすむんじゃないか!?」
「ふふっ、凄いでしょう? マルセールの各宿屋にもこれを置こうと思いまして。今はまだ対になる魔道具同士でしか通話ができないのが難点ですが……」
「対になる魔道具……いや、それでも凄い! 駅だけとの連絡ならこっちに四つあればいいってことだろ? 宿屋は知らん」
またとんでもないものを作ったな。
魔道プレート付近ってことは魔力プレートによる魔力の力ってことだよな?
この魔道具の存在を知られたら魔力プレートの需要が一気に増えることになりそうだ。
ただでさえ問い合わせが増えてきてるらしいのに。
「あまり公表しないようにな。面倒事が増える」
「はい。それよりロイス君、セレニティーナさんと随分仲がよろしいようで」
「今度泊まりに来る約束までしてたのです!」
「え? クラリッサに会いたいって言うんだから仕方ないだろ」
「一応この件はララちゃんに報告させていただきますから」
「マリンちゃんにも言っておくのです!」
「おい? なぜそうなる……」
ララにはついこの前フランとの距離感を注意されたばかりなんだぞ……。
防具について真面目に話してただけなのに。
……というかさっきのって盗聴ってやつじゃないのか?
またなんて面倒な魔道具を作りだしてくれたんだよ……。
やはり俺は寡黙な男として生きるしかないようだ。




