第二十二話 魔物急襲エリア
地下二階休憩エリアから奥に進むこと約十五分。
西側に、地面から空までやや赤みがかったように見える魔力で覆われているエリアがある。
地面にはそのエリアの僅か外を取り囲むように木の柵がしてあり、何か所かは柵が途切れていて、そこから中に入れるようになっている。
「そういや魔物急襲エリアのことをすっかり忘れてたな」
俺はソファに座りながら思い出したかのように水晶玉を覗き込む。
え? なぜ管理人室ではなくリビングのソファに座ってるかって?
いつもなら誰かしら帰ってくる時間なのに今日はまだ誰も帰ってこないから、外はシルバとピピに任せて俺はソファでゆっくりしてやろうと思っただけだ。
「……本当にみんな行ったんだな」
そこには魔物と戦う冒険者たちの姿が映っていた。
このエリアは四角形に作られており、地面の芝生こそエリア外の芝生と同じだが、草むらや木は多めに設置され、そしてなにより中央には東西に流れる幅五メートル深さ十五センチ程度の浅い川がある。
エリアの入り口は南側と北側にあるが、そこから中央の川まではなだらかな下り坂になっており、高低差は四メートルとなっている。
このエリアは冒険者が戦いやすいようにではなく、このフィールドの魔物が戦いやすいように設計した。
ところどころに薬草や毒消し草を少し多めに設置しており、リアルな薬草採集体験もできるようになっている。
採集してたら魔物に襲われたって話はお決まりの話でしょ?
柵の外、エリアの西側と東側から見た場合は、柵の内側がちょっとした崖みたいになっている。
中央部分に関しては、きれいな川を高さ四メートルから見下ろせることになる。
もちろん冒険者が戦闘してるところは外からも見れるから、それはそれでいい勉強にもなるだろう。
地下二階に出現する魔物は、ゴブリン、ブラックドッグ、ブラウンキャット、ワシカラス、ポイズンスライムなのでこの環境を作り出すことにしたのだ。
ゴブリンは完全に囮で、木の陰からブラックドッグ、木の枝からブラウンキャット、空からはワシカラス、そして川からはポイズンスライムが襲いかかるといった感じだ。
ララはポイズンスライムを川以外にも出現させると聞かなかったが、それじゃ解毒ポーションが足りなくなるから可哀想だという俺の意見が最終的に通った。
……俺の意見は間違ってないよな?
「なんでみんな川で戦ってんの?」
十人ほどの冒険者たちが川の中や川のすぐ傍で戦闘をしているのが映った。
いやいや、そこだとポイズンスライム祭りだよ!?
いくら深さ十五センチしかないといってもさすがに足もとられるし靴も重くなるよ!?
あっ、上も注意してないとワシカラスが来るよ!?
ほらっ、くちばしで突かれたり、羽でバサバサやられてるじゃん!?
というか何人かHP黄色になってるよ!?
あっ、犬や猫も川まで来るんだね!?
……可愛いな。
じゃなくて、やっぱり毒くらってんじゃん!?
そこの川から出口までも魔物いっぱいいるんだよ!?
地味に帰りは上り坂になってるからね!?
それにその子たちはHPオレンジになっても攻撃するよ!?
あっ……、まぁそうなるよね。
何人かが急にその場からいなくなった。
HPが赤になりおそらく休憩エリアに強制転移されたのだ。
アンゴララビットからの救難信号もないようだから、ここへ戻る必要はないのであろう。
それにしてもこのエリアはおそろしいな。
なんでこんなところに行きたがるんだ?
確かにレベルアップには持ってこいの環境だとは思うけどさ。
実際に地上でこの環境に放り込まれたら即死だよ?
あっ、だからここで経験を積むのか、なるほど。
入り口付近で敵と戦っている二人の冒険者の姿が目に入った。
……この二人抜群のコンビネーションだな。
前後左右をお互いに瞬時にカバーしあってる。
剣の腕はまだまだのように見えるけど、ダメージを受けているようには見えない。
さすが双子だな、顔は似てないけど。
ティアリスさんは……あぁ、後ろにいた。
両手で杖を構え敵の攻撃はかろうじてかわしている。
魔法で攻撃してるわけではないな、杖の先は兄たちに向いてるから補助魔法ってやつか?
それとも回復魔法かな。
魔法の知識が少なすぎてどんな魔法があるのかさえわからない。
あっ、兄の一人が崩れた……となるともう一人も……。
……ご愁傷さまです。
ティアリスさんは……走ってエリアの外へ出たようだ。
さすがに冒険者になって一週間ちょっとの彼女たちにはいくらパーティとはいえ難しいようだ。
それにしてもHP赤になる人多くない?
これ、もしセーフティリングシステム導入してなかったらドラシーの仕事が大変なことになってたよ?
さっき帰ったあの人が言ってたことは正しかったのかもしれない。
おぉ、エリアの外は人がいっぱいじゃないか。
中に入るのを躊躇している人や、中から出てきて倒れこんでる人。
ティアリスさんもしゃがみ込んでるようだ。
お? でもここはみんなが助け合ってるような印象を受けるな。
中の様子を聞いている人や、肩を貸して休憩エリアまで連れて帰ろうとしてる人がいる。
この場でポーションを飲んでさぁもう一度中へ! って人はあまりいないように見えるな。
そんなに離れてるわけじゃないし、いったん休憩エリアまで戻るのが鉄板か。
……エリアの中も人が減ってきたみたいだ。
いくら敵を倒してもいなくなるわけじゃないから、体力の限界が近づいたら出るしかないからな。
……ん?
なんかやけに動きが速い冒険者がいるな、しかも速いだけじゃなく攻撃も強い、ほとんど剣で一撃じゃないか。
えっ? 右手の剣とは別に、左手で火魔法みたいなの放ってる?
木に向かって火はダメだろー火事になったらどうするんだ?
……いや、魔力の木だから問題ないって言ってたな、ララが。
というかこの冒険者はこのダンジョンに来る必要ないんじゃないのか?
木の中を素早く動いてるから顔はよく見えないが明らかに他の冒険者とレベルが違う。
クソ弱い俺が見てもわかるんだからな。
まぁでも誰もクリアできないエリアと思われて来る人が減っても困るからありがたいと思ったほうがいいのかもしれない。
そうだ、南側の入り口から入って北側から出てこられたらなにか景品をプレゼントとでもしたら面白いのかも。
……でもそういったものはやめるべきか。
目的がその景品になってしまってもなぁ、でも例えその景品のためでも強くなるって考えたらいいことなのか?
……考えるのが面倒になってきた。
ってまた今消えなかったか?
消えたってのは転移されたってことね。
川で戦ってる人たちは解毒ポーションをいっぱい持ってきているんだろうか?
完全に防ぎきれるような相手ではないと思うけど……。
でもアンゴララビットがなにも言ってこないから大丈夫なんだろう。
というかいまだに誰も帰ってこないし、もう十五時だっていうのに。
そういやララもポーション何本か持っていったんだっけか。
なら休憩エリアで販売してる可能性もあるな。
それよりもこの状況を冒険者たちはどう捉えるんだろうか。
ポーションや解毒ポーションをたくさん使う羽目になり、薬草採集や魔石分を足してもお財布的には赤字になるって人もたくさんいるだろうし、魔物を倒しまくるぞと勢い込んでいったはいいもののボコボコにされて瀕死状態に陥った人も数知れない。
ましてや彼らは初級者であり、こんな危険な目に合うんなら冒険者を辞めたいと思う者まで出てきてもおかしくない。
はぁ、失敗だったかな~。
「チュリリ! (出てきたようです!)」
ようやくダンジョンから帰る人が現れたようだ。