第二百十五話 ララ考案施設
「じゃあエマちゃんと約束があるから行ってくるのです!」
そう言ってユウナが部屋を出ていったのが十五分ほど前。
日曜にも関わらず、八時に図書館で待ち合わせをしているそうだ。
やる気があるのはいいことだな。
ユウナの話をずっと聞かされてたので、ララとは地下室の件についての話はできていない。
ユウナが出かけてやっとララと話ができると思ったのも束の間、今度はシャルルとジェマが起きてきた。
さすがに二人はここで食べるようなことはしないらしく、挨拶だけしてバイキング会場に向かっていった。
そのあとすぐにモニカちゃんが起きてきた。
挨拶だけしてソファに寝転がり、目を瞑る。
次にマリン、そしてスピカさん。
当然のようにソファに寝転がる。
ララとは特になにか話すわけでもなく、沈黙の時間が流れ、今に至る。
ソファが五つも埋まってるな。
ユウナがいたらきっとつられて寝転がっていたはずだから全部埋まることになってただろう。
「……カフェラテ飲むけどお替りいる?」
「あぁ、頼む」
そしてカフェラテの二杯目が俺の前に差し出される。
「じゃあ始めよっか」
「そうだな」
始めるというか再開だけど。
「やっぱりみんな自分の部屋で一人でトレーニングするのは寂しいと思うの」
「寂しい? こっそりトレーニングして強くなるほうがカッコよくないか?」
「それができる人はいいけど、誰かがいることでやる気になるって人のほうが多いんだよ」
「ふ~ん。じゃあ例え自分の部屋でできるようなことでもみんなで集まってやることで効率が上がるってことか?」
「うん。だからとりあえずトレーニングルームを作るのはどうかな?」
「そんな簡単なことでみんなが満足してくれるんならいくらでも作ろうじゃないか」
みんなで集まって腕立てや腹筋をしてる光景は凄そうだな……。
でも果たしてそれは楽しいのだろうか。
「で、問題はその部屋に設置するトレーニング設備ね」
あ、やっぱりなにかトレーニング用の器具みたいなものがあるのか。
そりゃそうだよな。
「少し重めの武器を置いて魔物と戦わせようとも思ったんだけど、危ないからそっち方向はダメね。新鮮味も少ないし」
それいいんじゃないか?
いつもより重い武器で魔物と戦う訓練部屋とか魔導図書館のパクリっぽくてみんな喜びそうだけど。
でもそれじゃ結局重い武器持って通常ダンジョンに入ればってことになるのか。
図書館は本で勉強しながらっていうのが重要なんだもんな。
「だから気軽にふら~っと手ぶらで来て、自分の身体だけで黙々とできるトレーニング場にしようと思うの」
なるほど。
散歩に出かけて少し走ってみたくなる感覚だな?
トレーニングルームからトレーニング場に変わったのが気になるけど。
「ねぇ、さっきから無言だけどここまでどう?」
「いいと思う。感心しながら聞いてるんだから自信持ってくれ」
「うん! でね、そのトレーニングエリアは複数のエリアで構成するんだけど」
トレーニングエリア……しかもその中に複数のエリア?
どれだけ大きな規模を想定してるんだ?
まさか新階層を作るとか言わないだろうな……。
「まずは水泳エリアね!」
「水泳?」
「うん! 水泳って全身の筋肉をバランスよく鍛えられるらしいの。もちろん心肺も鍛えられるしね」
いいアイデアだと思う。
地下四階の海底での動きとは全く異なるだろうが、実際に泳ぎながら戦うときが来るかもしれないし。
というか俺、泳いだことないけど泳げるのかな……。
「海を設置するのか?」
「海水じゃなくて大樹の水で作るの。みんなが適当に泳いじゃうと規律が守れなくなりそうだから、個人専用のレーンだったり、水がゆっくり流れる周遊コースだったりが良さそうね。でもメインは水がこっちに向かって勢いよく流れてくる逆流レーンかな」
「おお、流れに逆らって泳ぐわけだな。強さを何段階か調節できても良さそうだ」
「いいでしょ!? 絶対面白いと思うの!」
確かに面白そうだ。
気付けばマリン、モニカちゃん、スピカさんは目を開けて俺とララを見ている。
興味がある証拠だ。
「水泳エリアはこれでおしまい。次は……」
みんなの視線がララに集中する。
ララもそれに気付いたのか、少し恥ずかしそうな様子を見せる。
「次は岩壁エリアね」
「岩壁? 岩の壁?」
「うん。単純にゴツゴツした岩の壁を上に登ってくの。ただし、ほぼ直角の壁だけど」
「直角……」
「主に上半身の筋肉を鍛えられると思うの。これもレーン制にするつもり」
「……落ちるのか?」
「そりゃそうだよ。危険さも理解してもらわないと。スタートしたら地面の上の空中に転移魔法陣を出現させるけどね」
俺は絶対にやらないからな。
いくらダメージゼロとはいえこわすぎる。
「で、次は森林エリアなんだけど」
「ん? なんか普通だな」
「うん。リスのみんなが遊び場所欲しがってたでしょ? それを考えてたときに人間も同じ動きができたらなぁ~って思ってさ。だから木と木を飛び移って移動していくイメージにしたいの。人間に合わせるからリスたちには物足りないかもしれないけどね」
「いいと思うぞ。バランスを鍛えるのに良さそうだ。でも怪我は避けたいな」
「ここも地面は全面転移魔法陣にするつもり。木も手で掴むところは丸くしたりツルツルにしたりしないといけないかなぁ」
このエリアは細かく調整が必要そうだな。
まぁそういうのはララに任せよう。
「これで終わりか?」
「あと二つあるの。一つはただ走るだけのエリアね。平面を走るのもいいし、砂場や坂道を取り入れるのもいいと思う。目的に応じて短距離や長距離コースを分けられたらいいな」
走ることだけに特化したエリアか。
味気ないが、なにも考えずにただ走るというのが結局一番需要ありそうだな。
ちょっとした運動には最適だ。
このエリアなら俺も利用するかもしれない。
「シンプルでいいと思う。で、次が最後?」
「うん。最後は極寒極暑エリアね」
「ごっかんごくしょ?」
「最近シルバとシャルルちゃんが寒い訓練部屋に籠ってるでしょ? 環境に適応するのは大事だなって思ってね」
「なるほどな。で、内容は?」
「シルバみたいにただその場所にいるだけだよ。極寒は氷山の中、極暑は溶岩の周りね」
「氷山と溶岩……」
少し極端すぎないか……。
氷山って明らかにシルバたちの訓練部屋より寒そうだぞ。
それに溶岩ってこの前ウェルダンが焼かれそうになったっていうあれだろ?
「こないだの魔工ダンジョンの第四階層は火山フィールドだったでしょ? 溶岩とかもあって凄く暑かったの。そのせいで判断が鈍ったっていうのも少なからずあったと思うし」
やはりあの体験談からなのか。
それを言われたらなにも言えない。
経験者は語るってやつだな。
「わかった。物は試しって言うし、とにかくやってみよう」
「うん!」
少しどころかしっかり考えてくれてたんじゃないか。
そのおかげでようやくみんなにいい報告ができそうだ。
「あ、肝心なこと言うの忘れてた!」
「ん? まだエリアがあるのか?」
「違うの! えっとね、このトレーニングエリアではね、体にかかる負荷を10%増しにするの!」
「体にかかる負荷? 10%増し? ……重く感じるってことか?」
「そう! エリアに入った時点で普段より10%体が重く感じるの! それ以上を希望する場合は別途相談で!」
「ちょっとララ、そのことドラシーに相談したの? というかそんなことできるの?」
スピカさんが起き上がり、ララに問いかける。
つられてマリンとモニカちゃんも起き上がる。
「もちろんドラシーも許可済みだよ! 地下室の本に書いてあったから聞いたらできるって言ってくれたの!」
「そう……。それも魔法なの? このダンジョンまだまだ知らないことがいっぱいありそうね」
「スピカさんは人工ダンジョンに興味なかったから知らないだけでしょ。カトレア姉は知ってたもん」
「仕方ないじゃない。私もまさかまたここに住むことになるなんてこれっぽっちも思ってなかったんだから」
もしかしてさっき地下室の話になったのはこれを説明するためか?
スピカさんが言うように俺もダンジョンについて知らないことがまだまだありそうだ。
時間ができたら久しぶりに地下室行ってみるか。
というかなんか少し空気が悪くなったぞ……。
朝から喧嘩はやめてくれよな……。
マリンとモニカちゃんもなんとか言ったらどうだ?
「ララちゃんとお兄ちゃんばかりに任せてたらダメだよね……。私も少しずつ勉強するね」
「私、まだ地下室に入れない……。ドラシーさんに認めてもらってないんだよ……」
「二人はいいの! 今は仕事がいっぱいでしょ!? 勉強は仕事が落ち着いてからでもできるからね!? そもそもダンジョンのことを考えるのは私とお兄の仕事だからさ!」
まぁそうだよな。
本来なら俺とララの二人だけで運営してたはずだ。
でも錬金術師だけじゃなく従業員もこれだけ増えた。
今は俺とララだけじゃなくみんなで運営しているダンジョンだ。
「ララ、魔道計画が無事に運用開始できたらみんなにも面白いこと色々考えてもらおうな」
「お兄……うん。みんながやりたいこと実現できるといいね」
魔道列車なんか戦闘と全く関係ないからな。
冒険者のため以外のダンジョンがもっとあってもいいのかもしれない。
「ねぇ聞いてよ! ジェマがナンパされてたの!」
「シャルル様! 恥ずかしいのでおやめください!」
シャルルとジェマが部屋に駆け込んできた。
朝からみんな元気だな。
結局まだトレーニングエリアのことしか話せてないが、昼食は気兼ねなくバイキング会場に行けそうだ。