第二十一話 毒
「あっ、毒を受けたな」
ソファに腰掛け、ララが作ってくれた弁当を食べながら水晶玉でダンジョン内部の様子を窺っていると、一人の冒険者がポイズンスライムと戦闘になった。
冒険者は敵の攻撃を完全には避けきれず、液体のようなものが数滴、顔にかかることになってしまった。
冒険者の次の攻撃により敵を撃退することには成功したものの、戦闘が終わった後、すぐに冒険者の体に異変が訪れた。
眩暈でもしたのかふらっと体が揺れ、思わずその場に座り込んでしまったようだ。
ここでようやく毒にかかっていたことに気付いたようで、慌てて鞄の中から解毒ポーションを取り出し、一気に飲み干した。
少しして、症状が治まったのか立ち上がり、休憩エリアがある方向へ向かって歩きはじめた。
ああいった敵は近接タイプにはキツイだろうな。
魔道士なら離れた所から魔法で攻撃できるからな。
それにもし毒を受けても解毒魔法ってやつも使えるんでしょ?
あれ? 魔道士最強じゃね?
でも攻撃もできて回復もできる魔道士は少ないって聞いたことあった気がする。
なんでも系統が正反対だからとかなんとか。
ということは回復魔法だけが使える魔道士は一人では冒険しないのか?
う~ん、俺が魔法を使えないせいか、今まで魔道士にあまりにも関心がなさすぎたな。
ララが熱心に本を読んで魔法を使えるようになったのは知ってるけど、俺にはそこまでの気力もなければ情熱もない。
……ララが回復魔法をマスターすればポーションを買ってこなくてもよくなるよな。
あ、でも冒険者がララ頼りになってしまうのもタダで回復させられてるようで気に入らないな。
かと言ってお金とるのもあれだしな。
……魔物ならどうなんだ?
「ピピ、魔法使える?」
「チュリ? チュリリー(魔法ですか? 風魔法と速度上昇の魔法なら使えますよ)」
「使えるんだ!?」
「チュリッ! (いつも使ってるじゃないですか!)」
どうやらいつものあの速さは速度上昇とやらの魔法によるものだったらしい。
「回復魔法は使えないの?」
「チュリリー(使えないですね。回復魔法を使える魔物は希少なんです)」
「そっかー。シルバは魔法使えるのかな?」
「チュリリ(使ってるの見たことないですね。氷魔法とかなら使えると思うのですが……)」
やっぱそう都合よくはいかないよな。
ダンジョンの魔物一覧の中にはいないのかな?
そういや一応ここもダンジョンの一部なのに、ここには魔物を連れてこられない仕組みがいまいちよくわからん。
モラルの問題か?
とか考えてると、水晶玉に映ってた画面がいきなり切り換わった。
「ん?」
そこにはアンゴララビットと倒れている冒険者が映っていた。
HPは……赤か。
どうやら地下二階の休憩エリアっぽいな。
HPが赤になったから強制転移されたんだろう。
というかこんな機能あったっけ?
HPが赤になった冒険者を映す自動切換機能?
……全然起きる気配がないな。
意識を失っているのか?
アンゴララビットがこちらを見てるのは気のせいか?
これって水晶玉越しに話ができるのかな?
「えー、そこのアンゴララビット君、聞こえますか? 聞こえてたらジャンプしてください」
すると、ウサギはピョンっと勢いよく跳躍した。
さすがそこそこの戦闘力を持つアンゴララビット、いいジャンプだ!
じゃなくて本当に聞こえているのか。
「どういった状況ですか?」
今度は軽くピョンピョン跳ねだした。
可愛いな。
じゃなくて、そういうことか。
このウサギは言葉を話せないが、俺にはなにが言いたいかわかる。
魔物使いだからな!
「了解しました。地上へ送ってください」
それを聞いたアンゴララビットは冒険者の足を持ってすぐ近くにあった転移魔法陣まで引きずって運んだ。
すると、冒険者の姿がその場から消えた。
「ご苦労様。ありがとう」
そう言うとアンゴララビットは嬉しそうに草原へ駆けていった。
見回り巡回に戻ったのであろう。
「さて、まさか本当に解毒ポーションが必要になるとはな」
急いで家の外へ行き、ダンジョン出口の転移魔法陣へ行く。
そこには先ほどまで水晶玉に映っていた冒険者の姿があった。
「重いな。シルバ、ドア開けてくれ」
「わふ(うん)」
俺はその冒険者を抱え、小屋の中のベンチへ仰向けで寝かせることにした。
そして、少し上半身を起こし、解毒ポーションを飲ませた。
これでそのうち意識も戻るだろう。
アンゴララビットによると、その冒険者は一人で複数の敵と戦っていたそうだ。
その中で、HPがオレンジ色になり逃げようとしたところ、毒を受けていたせいかその場に倒れこむように転び、その拍子でHPが赤色になってしまい、転送されることになったらしい。
冒険者の体力が黄色になっていたことから一部始終を監視していたアンゴララビットが、休憩エリアの近くにいたアンゴララビットに信号を送り、それを受けたアンゴララビットが休憩エリアに転送された冒険者を保護しつつ、解毒ポーションを持っていないことを確認して俺に救難信号を送ってきたとのことであった。
このウサギたち超優秀じゃね?
それに薬草栽培にタグ付け、設置までできるんだよ?
しかも可愛いんだよ?
毛並みについても語りたいところだが、どうやら冒険者が目を覚ましたようだ。
「……ん、ここは?」
「地上の休憩小屋です」
「……あぁ、そうか。意識を失ってたのか」
「はい、HPが赤色になって、休憩エリアに転送されました。意識がなかったようですし、毒を受けておられるようでしたので強制的に地上に転送させました」
「それはすまない。ありがとう。……そうだ、毒だ!」
「勝手だとは思いましたが、こちらで用意してある解毒ポーションを使いました」
「え!? ……そうか、良かった。もちろん解毒ポーション代は支払うよ。準備してこなかった俺が悪いからね。迷惑をかけたね」
「頂いてもよろしいのですか? こちらが強制的に使用しただけですので断ってくれても構いませんよ?」
「はは、そんなわけにはいかないよ。大丈夫、お金はあるから」
「そうですか。なら遠慮なく50G頂戴しますね」
「50G? 本当にマルセールと同じ相場じゃないか、いいのか?」
「えぇ、商売でやってるわけではありませんしね」
「まぁこちらとしては助かるが……。それにしてもセーフティリングがあって助かった」
「それがなくても死んではいませんよ? 魔物には弱った冒険者には攻撃しないように設定してますし。現に今も少しは体力残ってるでしょう?」
「いや、もしHPがオレンジになっていなければ逃げようとは思わなかっただろうからな。そのままもっとギリギリまで戦い続けて、最後には毒で倒れて運が悪けりゃ死んでてよくてももっと重症だったはずだ。それが今は意識もしっかりしているし、体力も一割? は残ってるんだろうから町にも帰れる」
「そのためにこのシステムを導入したんですからね。ただ、これがなくても以前のシステムで助けていたでしょうから死んではいませんよ。もし、同時に複数の方が死にそうな状況であれば以前のシステムでは対応できていたかはわかりませんが」
「システムのことは詳しくわからないが、ここに来る人もずいぶん増えたみたいだからね。それに対応できるように変化させなきゃならないから君も大変だね」
冒険者は鞄からお金を出すとそれを俺に渡し、小屋の外の水道へ向かった。
俺は管理人室に戻り椅子に座った。
確かに彼が言ったようにセーフティリングシステムは今回のケースにおいては有効のように思えた。
だが、それはダンジョン内で誰も彼を助けなかったということでもあるのだ。
休憩エリアには他にも人がいたであろうし、HP赤で倒れている冒険者が転移されてきたならさすがに気付くはずだ。
それでも助けなかったのは、
①ポーションや解毒ポーションなどの回復手段を持っていない
②持っていても人に使うほどの余裕はない
③人は人、自分は自分
④どうしたらよいかわからなかった
⑤アンゴララビットの対応が早すぎた
やっぱり⑤かなぁ?
冒険者同士助け合うことで俺の仕事が楽になるという考えだったけど、ウチの魔物が優秀すぎるせいで結局俺の仕事が増えてしまった。
それに地上へと戻ってきたらさすがにもう一度地下二階まで行こうとは思わないもんな。
むりやり戻されて不機嫌になることもあるだろうし。
それなら俺が地下二階へ行けばよかったって考えもあるけど、ドラシーは寝てたし、なにより面倒だしなー。
うーん、休憩エリアに回復専用の魔物を配置するのがベストか。
魔力対効果を考えて要検討だな。
制限回数をつけたらなんとかいけそうか?
その前に魔物探しからだな……
「今日は帰るよ、ありがとう! また明日、今度は解毒ポーション持ってくるから!」
顔色が少し良くなった冒険者はそう言って笑顔で帰っていった。
また明日も来てくれるのか。