第二百八話 ソボク村再構築計画
メアリーさんの言葉により、村の人たちは再び緊張感に包まれたようだ。
「マルセール⇔ソボク間の道路整備の件ですが、これについては大樹のダンジョン様が請け負うことになります。なのでこの件に関する予算は全て大樹のダンジョン様にお支払いすることになります」
「「「「……」」」」
まぁ当然だろうな。
道路整備と言っても道をきれいにすることではなく、魔道プレートを埋める作業のことだ。
これを誰かに任せるわけにはいかない。
というか補助金なんてものが出るなんてことにまだ俺たちも驚いてるんだが。
それほど魔道計画の将来性について期待されてるんだろう。
もちろんシャルルやセバスさんたちのおかげなのは間違いない。
すんなり話が通ったこともそうだが、予算も結構な額らしいからな。
国王がシャルルを好きっていうのは本当なのかもしれない。
「ですが大樹のダンジョン様はこの予算の受け取りを全額拒否されました」
「「「「えっ!?」」」」
村のみんなが驚いた顔で俺を見てくる。
だって俺とウチの誰かが数人行くだけだから人件費はそこまで気にすることでもないからな。
それに道路整備はほぼ魔物たちの仕事だし。
魔道プレートの素材費もただみたいなもんだし。
「これはビール村とボクチク村への道路に対してもです。ロイス様はその予算を町や村の施設整備の資金として充ててほしいとおっしゃってくれています。ですので私共としましてはその言葉をありがたく受け取りたいのですがみなさまはどうでしょうか?」
「え……」
「いいのかな……」
「マルセールやほかの村の判断に委ねたほうが……」
迷うのは仕方ない。
特にこの村の場合は予算を持て余すことになりそうだし。
もちろん俺たちが予算を受け取って今後の運営費用として使ってもいい。
でも全体の集客を考えると、その予算で各村の施設を整備するほうがより効果があると思ったんだ。
「ロイス様、一言お願いできますでしょうか?」
そうだよな。
みんなが困惑してチラチラと俺の様子を窺ってるもんな。
メアリーさんも俺から言ったほうが説得力があると判断したんだろう。
一応メロさんを見てみるが、メロさんもそのほうがいいという風に頷いた。
「では一言だけ。今日改めて村を見させていただきましたが、村の中に店が点在してることが気になりました。今後はマッシュ村から馬車で来たお客は駅に向かわれることが多くなりますし、駅の場所によってはお客が激減してしまう店が出てきます。特に駅からマルセール側にある店は厳しいでしょう。もちろんこれはほかの村でも同じですが」
「「「「……」」」」
村の人たちも思っていたことなんだろう。
マッシュ村側にある店は目につきやすくて当然だ。
だからといって駅をマルセール側にすることもできない。
今後もしマッシュ村へ魔道列車を開通することになった場合、今度は駅から遠いマッシュ村側の店が死ぬことになるからな。
それを考えると駅の場所は村の中央一択となるはずだ。
「それにみなさんが住んでらっしゃる家や店の老朽化も気になりました。なにか大規模な自然災害でも発生したときが心配ですね」
「「「「……」」」」
みんなは下を向いてしまった。
マルセールの建物と比べると明らかに古いからな。
きっと代々何百年も住んできた家なんだろう。
新しめの家もあることにはあるが数軒だ。
「予算の話から逸れたように思いますが、ここからはその予算を使った俺からの提案だと思ってください」
ここまでは俺がただこの村を批判してるだけだ。
俺のことをよく知らない店員さんはなぜか泣きそうになってる……。
村のことを悪く言ってるつもりはないから許してほしい……。
「村全体を再構築しませんか? 家や店の場所から建物まで全て。予算はメアリーさんになんとかしてもらいますので」
「……はい?」
「いったいなにをおっしゃって……」
「さすがにそれは……」
「村全体の建物を全て? そんなことが可能なんでしょうか?」
おっ?
確か村長のお孫さんで次期町長の娘さんだっけ?
話がわかりそうじゃないか。
断ってくれてもそれはそれで構わないけどな。
ただそのときは浮いた予算がマルセールで使われるだけだ。
「もちろん予算にも限度がありますのでそんな豪華な家を作ったりはできませんよ? でも最低限今の生活レベルは維持できるはずです。家に使う木はこちらで準備させていただきますから費用の多くは人件費ですかね。家の中の魔道具類についてはメアリーさんと相談してもらいたいですが」
「日常的に必要となる魔道具については少し型落ちのものを激安で仕入れることができるルートがありますのでご心配なく。それよりここで問題となるのは村全体がいきなり新しくなることです。いくら大樹のダンジョン様のご厚意とはいえ、国から出た予算を不正に使ったと思われても仕方ありませんから」
「え……」
「マズいでしょ……」
「……」
へぇ~、魔道具の購入にそんなルートがあるんだ。
でも大量に在庫処分できるんなら売るほうも楽でいいもんな。
って村のみんなは予算を不正に使うってほうが気になってるのか。
「ですのでもし本当に村を再構築するのであれば、道路整備の一環および駅設置の都合上、どうしても今ある家や店が邪魔になり、取り壊さなければならないと大樹のダンジョン様が言うから仕方なく了承したとおっしゃってください。もちろん予算は大樹のダンジョン様が捻出したことにしてください。もしくは大樹のダンジョン様が作業中に壊したからお詫びに新しく建ててもらったというのでも構いません。とにかく大樹のダンジョン様主導で一連の作業が行われたということにして、村の本意ではなかったことを伝えましょう。自分たちは昔ながらの村を維持したかったと」
「……はい?」
「いやいやいやいや……」
「明らかに嘘ってバレるじゃないですか……」
「ロイスさんたちはそれでいいんでしょうか? 大樹のダンジョンが一方的に悪く思われてしまうんですよ?」
ほう、また君か。
動揺してるにも関わらずすぐさま質問をぶつけてこれるのはなかなか評価が高いぞ。
って偉そうにしてすみません。
下手すると村の存続に関わる一大事になるかもしれないからな。
「いいんですよ。道路整備をするのは主に俺の仲間の魔物たちですから、実際に力加減を誤って家を壊したりするかもしれないじゃないですか。これについて国がなにか言ってきたときにはきっと魔道計画自体なくなりますけどね。最悪の場合この村もなくなるかもしれませんが、そのときはマルセールかほかの二つの村、もしくは大樹のダンジョンにでも移住してください」
「「「「……」」」」
こんなこと言うとビビってしまうか。
慣れ親しんだ村がなくなるのはツラいに決まってる。
それを俺に他人事のようにサラッと告げられたんだ。
普通なら怒りを覚えても仕方ないと思う。
だが多少のリスクがあることを理解してもらわないとな。
世の中そんなに甘くない。
「ロイスさんたちが利益を求めないことはわかってるつもりです。ですがマルセールとしてはどのようなメリットがあるんですか?」
やるじゃないか。
もうこの子が町長でいいと思う。
あ、俺より年上の女性にこの子って言うのは失礼か。
「まず短期的なものとしましては、ソボク村の建築作業によって仕事が生まれますのでマルセールから人材を派遣することができます。長期的なものとしましては、ソボク村が生まれ変わることでソボク村に訪れることが目的の人も出てきますし、ひいてはその方たちがマルセールへ来ることにも繋がるはずです。ですのでロイス様が拒否された予算をマルセールでは使わずソボク村に使ったとしてもそう遠くないうちに利益として得ることができると考えています」
「なるほど。それなら納得です。ぜひこの村の再構築をお願いします。建物の老朽化についてはいずれどうにかしなければと思っていたところなんです。村長も次期村長もそれでいいですよね?」
「え……あ、そうじゃな、うん」
「お、おう。みんなもそれでいいよな?」
村のみんなは何度も頷く。
別に今決めてくれなくてもいいんだけどな。
数日間悩んで悩んで決めるくらいがちょうど良くないか?
「横から口挟むけどよ、今後の村の心配はしないのか? 村の全実権を握られての実質乗っ取りとかもあるかもしんねぇしよ。もしかしたら村を潰すことが目的かもしんねぇ」
俺も気になっていたことをメロさんが聞いた。
このままじゃマルセールや大樹のダンジョンの言いなりだからな。
予算を全額出してもらったようなもんだから頭が上がるわけないし。
「それこそなんのメリットがあるんですか? この村を潰すことが目的ならわざわざこの村を再構築しなくても近くに新しい村と駅を作ればいいんでしょうし。村じゃなくてこの土地から人をいなくさせることが目的だとしてもそれならそれで構わないとも思います。大樹のダンジョンに移住した方を見れば羨ましくも思ったりしますし。乗っ取りだとしても命まで奪われるわけじゃないでしょうし。なにより大樹のダンジョンのみなさんがそんなことするとは思えません」
この子は今のこの村にそこまでの愛着がないんだろうか。
もし村がなくなっても移住すればいいだけだと思ってる。
だから村の変化を悲観するんじゃなく楽しみにしてるのかもしれない。
これ以上悪くはならないだろうとも思ってるのかもな。
まだ若いからこその考えだとも言えるが……。
それにあまり俺たちを信用しすぎるのはやめたほうがいいと思うけど。
でもカミラさんやクラリッサは前より活き活きしてるように見えるらしいからそう思うのも当然なのか。
「その通りだ! よく言った!」
「大樹のダンジョンのみなさんに任せておけば間違いない!」
「むしろ村をダンジョン内に作ってもらったほうがいいんじゃないのか!?」
「「「「……」」」」
俺たちだけじゃなくメアリーさんまでもが呆気に取られている。
この人たち、どれだけウチを信用してくれてるんだよ……。
「ロイス君、俺がダンジョンの素晴らしさをみんなに伝えたからかもしれない……」
あ、オーウェンさんがいたんだ。
二週に一回くらいは実家に帰ってるもんな。
ダンジョンについて熱弁するオーウェンさん……あまり想像はできないが悪いことは言ってなさそうだ。
「メロ、手間をかけさせるが村のこと頼むよ」
「おう、任せとけ! というかオーウェンもいっしょになにか考えようぜ!」
オーウェンさんとメロさん、同い年の二人の友情か。
こっちのほうが素晴らしいな。
「ロイスさん! ぜひこの機会に我が孫と婚約するというのはいかがでしょう!?」
「えっ!? ちょっとお爺ちゃん!? じゃなくて村長!」
「……」
あまり親しくなるのも困りものだから適度な距離感は必要なようだ。
あとのことはメロさんに任せて先に帰ろうか。




