第二百七話 ソボク村に名物を
「ロイスさん……着きましたよ」
「ん…………もうか」
太腿を優しく叩かれて起こされた。
今日は約束していたソボク村への訪問日。
受付を九時半までしてすぐに出発したからたぶん今は十時くらいだろうな。
「ロイス君、ハナちゃんにもたれかかって寝てましたよ?」
「え……ハナ、ごめんな」
「いえ……私なら全然構いません。なんなら帰りもどうぞ」
気を遣わせてしまってる……。
ハナの性格的に嫌がることなんてできなさそうだもんな。
仮にこれが列車の中でしかも知らない男性がもたれかかってきたら最悪だよな。
もし俺の肩に汗まみれのおじさんがもたれかかってきたら確実に振り払うだろう。
女性からしたら嫌というよりこわいと思うかもしれない。
そうだ、列車の各車両の中に見回りのためのウサギを一匹ずつ配置したほうがいいな。
座席と座席の間にも薄い壁のようなものを作ったほうがいいかも。
それをデフォルトにしておいて、知り合い同士で座る場合には壁をなくせるようにしようか。
「ハナ、ごめんな」
「え……大丈夫ですよ?」
もう一度謝っておいた。
わざとじゃないとはいえ嫌な思いをさせてしまったからな。
これがハナじゃなくてカトレアなら俺はなにも感じなかったかもしれない。
これも経験だよな。
「あれ? ほかのみんなはもう降りたのか?」
「はい。ロイス君が寝てるのを邪魔しないように先に村長さんを呼びに行かれましたよ」
「そっか」
今日ソボク村を訪れたメンバーは、俺、カトレア、ハナ、メロさん、オーウェンさん、メアリーさんの六人。
メアリーさんはマルセールの町役場を代表してという立場だ。
俺たちからしたら身内同然だけどな。
まぁそんなことは知らなくていい。
そして馬車を降りるとちょうど村長一家と、この前会議に出席していた村の人たちが家から出てきた。
オーウェンさんがいないところを見ると先に実家に顔出してるのかもしれない。
「ロイスさん! お疲れのところわざわざお越しいただきありがとうございます! 本日はどうかよろしくお願いします!」
「こんにちは。そんなに気を遣わないでください。こっちも気を遣ってしまいますよ」
「それはそれは失礼しました! では早速参りましょうか!」
村長さん元気すぎるんだよな。
これじゃ息子さんが次期町長になるのなんていつのことになるのやら。
村長さんのあとに続き、村の中を歩いて回る。
村長さんの横を歩くメロさんは色々質問をしているようだ。
途中でオーウェンさんも合流してきた。
「カトレアはここに泊まったことがあるんだよな?」
「はい。私が泊まった宿屋さん、なんと朝食バイキングがあるんですよ」
「へぇ~。採算は取れるんだろうか」
「どうでしょうか。でもあのときはバイキング初体験でしたので感動しましたね」
店を一つずつ紹介してもらったにも関わらず、すぐに全部を見て回ることができた。
この村の人口は確か百人くらいだっけ?
ほかの二つの隣村と比べてもだいぶ規模が小さい。
「宿屋は三軒しかなかったけど、それで足りてるのか?」
「このパルド⇔マルセール間での宿泊はほとんどの方がマッシュ村を選ばれます。あちらのほうがたくさん宿がありますし、マルセール⇔ソボク村間の道と比べて、ソボク村⇔マッシュ村間、マッシュ村⇔パルド間は山道で時間もかかりますからね。長い休憩を取るならマッシュ村のほうがいいですから。現在この村には昼休憩で訪れる方がほとんどです」
「ふ~ん。でも今後はどうなるかわからないよな。パルドに向かうとしたら俺ならこの村で宿泊することを選ぶかも。朝から列車に乗ったり馬車に乗ったり面倒だし。マルセール方面に向かうとしたら多少暗くなっててもマルセールまで行って泊まるけどな」
「どちらにしてもマルセール⇔パルド間はその日のうちに移動可能になるんですから、マッシュ村の宿泊客は減るかもしれませんね。ただこのルートを使う人は大幅に増えるでしょうから一概に減るとも言えませんが。マッシュ村では昼食時間帯において大幅にお客が増えるのは間違いありません」
「じゃあソボク村についてもあまり懸念する必要はないってことか。宿泊客を目当てにしてるわけじゃないんだから収益が減る心配はなさそうだな」
「だからハナちゃんを呼んだんじゃないんですか? 昼食時じゃなくて列車や馬車の待ち時間を狙ってのことでしょう?」
「ん? いや、俺はただこの村の雰囲気を考えたときに、ハナならピッタリの名物を作ってくれそうだなって思っただけだ」
この昔ながらのほんわかした村という雰囲気。
ハナかアンかで悩んだが、なんとなくハナが作るお菓子のイメージが浮かんできたんだ。
三日前くらいに話したばかりだが、昨日にはもう新作お菓子を作ってきた。
だから今日はハナにもいっしょに来てもらったというわけだ。
「みなさん! 今日は暑いですし、少し早いですがあちらの店でお昼休憩を取りましょう! 特別に早く店を開けてくれるそうなので!」
みんなで近くの定食屋に入る。
ここも昔からある店なんだろう。
店員さんはなぜか緊張しているように見える。
この村では村長さんが誰かを接待するなんてことはあまりなさそうだからな。
「あ、前にここ来ました。確か……天ぷら定食を食べたんです」
「価格も安いな。マルセールと比べて良心的だ」
天ぷら定食も美味そうだが、肉じゃが定食をいただいた。
味は普通だった。
普通というのは普通に美味しいって意味だ。
だが普通であって特別美味しいって意味ではない。
みんなが食べ終わったのを見計らって、メロさんに目配せをする。
「実は今日、この村の名物になりそうなお菓子を作ってきたんだよ。だから一度試食してみてほしい。ハナ、頼む」
メロさんの合図でハナはレア袋の中からお菓子を出し、オーウェンさんといっしょにみんなに配り始めた。
せっかくなので店員さんにも試食してもらおう。
「……これは?」
「わらび餅です。緑色のほうは抹茶を混ぜてあります。どちらもきな粉につけてお食べください」
ハナがお茶を配りながら説明する。
わらび餅とお茶の組み合わせがこれまた合うんだ。
それにこのわらび餅、プルプルして弾力があるのが面白い。
もちろん美味い。
きな粉との相性も抜群。
抹茶をわらび粉に混ぜるんじゃなくて、きな粉のようにつけて食べてもいい。
とにかく名物になるのは間違いない。
「なんだこの食感!」
「美味しい!」
「冷たいんだね!」
うん、予想通りの反応だが普通が一番。
もし美味しくなくても名物ってだけで売れるだろうし。
……いや、これは美味しいから名物って言わなくても売れる。
「ハナ、もう一品も頼む」
俺ではなくメロさんがこの場を取り仕切る。
こうすることによって村の人たちはメロさんを責任者と認識してくれるだろう。
実際にメロさんは優秀な人だからな。
相手が誰だろうと敬語を使ったりはしないけどさ。
でもそれがメロさんの良さでもあると思うし。
「こちらは焼き団子です。串に刺さった状態のまま焼き、最後に特製の砂糖醤油をつけることで香ばしくて甘い仕上がりになってます。また、店頭で焼くことによってお客様の興味をそそることができると思われます」
「おぉ!?」
「これも美味しいですよ!」
「本当に甘い! タレがドロッとしててたっぷりついてるのもいいな!」
先ほどのわらび餅といっしょにこの焼き団子もすぐにでも大樹のダンジョンで出したい。
でも先にダンジョンで出してしまったらダンジョン名物になってしまうからな。
まぁヤマさんの国ではそれなりに出回ってるらしいからオリジナルではないんだけど。
ハナもヤマさんから聞いてたのをそのまま再現しただけみたいだし。
もちろんハナの技術あってのことだが。
「てわけでまずはこの二品をソボク村名物として売り出そうと思うんだがどうだ? 駅構内に新しく店を建てるつもりだ」
「ぜひそれでお願いします! でも予算と相談させてもらってもいいですかね……」
「もちろんだ。でもその心配はあまりいらないかもしれない。メアリーさん、頼む」
「はい。ここからは私の出番ですね。みなさん、私はマルセール町長の側近の者でして、この魔道計画においては主に財務関係の仕事を任されました。なので今後の予算などのご相談がございましたら私へご一報お願いいたします」
ん?
村の人たちの顔が急に強張ったな。
町長側近というくらいでは緊張しないだろうから、おそらく財務という言葉で緊張感が生まれたんだろう。
「先日行われた会議の時点ではまだお知らせできませんでしたが、今回の魔道計画に国から補助金が出ることが決定いたしました」
「「「「おおっ!?」」」」
「ソボク村が関係してる事業としまして、ソボク駅の建築、マルセール⇔ソボク間の道路整備といったものがございます。事前にみなさまにご納得いただいたように、魔道計画はマルセール主導で進められます。そのため、国からの予算は一旦まとめてマルセールへと支払われ、それから各村への配分となりますのでご了承願います」
「もちろんそれで構いませんとも」
「むしろ国とのやり取りまでしていただいてありがたいです!」
「王女様のおかげでもありますから!」
よくそんなにすんなりと納得できるな……。
マルセールがちょろまかさないとでも思ってるのかな。
俺なら絶対文句言うけど。
まぁセバスさんたちに限ってそんなことはないと思いたいが。
「なので駅の建築に関しての予算は心配いりません。マルセール駅の規模とまではいきませんが、それなりにしっかりした駅をいっしょに作りあげましょう」
「「「「はい!」」」」
「では駅の詳細はこのあと決めるとしまして、今日はもう一つ大事なお話があります」
どちらかというと次の話のほうが村への影響が大きい。
果たしてそれを聞いた村の人たちはどんな反応をするんだろう。