第二百四話 日曜日の楽しみ
「ラスで魔工ダンジョンを討伐できそうな冒険者?」
「はい。冒険者ギルドを通さないでこっそり討伐するような人たちです」
日曜日、いつものようにティアリスさんといっしょに朝食を食べている。
当然のように周りのテーブルにも人が集まってきている。
「そりゃそれなりに強い冒険者には何人か心当たりはあるけど、ギルドを通してないとなると違うかも。慈善もしくは水晶玉目当てってことでしょ?」
「そうなります。もしくは二つのダンジョンとも水晶玉が破壊されてダンジョンもろとも消滅してしまったのかもしれませんが」
「二つともとなると考えにくくない? 犠牲者や行方不明者とかの報告はないんでしょ?」
「はい。まぁきっとノースルアンの冒険者なんでしょうけどね。そっちのほうが一週間先に討伐されてますから」
「……マブール村の冒険者の可能性のほうが高くない?」
マブール村……ノースルアンの町とラスの町のほぼ真ん中にある村の名前だ。
「どうしてそう思うんですか?」
「立地的に二つの町を結ぶ中央にあること、村にギルドがないこと、それにもしノースルアンの人ならラスよりボワールのほうが近いからね。私たちが討伐したボワールのよりもだいぶ前にラスの魔工ダンジョンが討伐されたってことでしょ? それならボワールに行かない理由がわからないもの」
カトレアとジェマも最初は全くの同意見だった。
だが二人は少し考え、マブール村にそんな冒険者パーティがいればさすがにラスやノースルアンの冒険者ギルドでも存在くらい把握してるだろうから違うという結論になった。
村と言えどもそれなりに栄えているらしいが、人口は当然マルセールよりも少ないらしいし。
「俺マブール村出身だけど、村にそんな冒険者いないと思うけどなぁ~。冒険者希望のやつはまずラスの冒険者ギルドに行くか、通り越してパルドに行ってしまうやつが多いしさ。たまにノースルアンやボワールに行くやつもいるけど」
おっとここで新たな意見。
まさか朝食のこの場にマブール村出身者がいたとは。
……ってまぁいるのはわかってたんだけどさ。
カトレアはみんなの出身地を大体把握してるからな。
「そうなの? なら違うのかぁ。もしかしたら隣の国の人かもね」
隣の国……ラスから船で数時間で行ける国のことかな?
ヤマさんの出身国だ。
周りを海に囲まれた小さな島国らしい。
「それはないだろう。わざわざよその国で無断でそんなことしたら面倒になるだけだ」
「だろうな。ラスじゃなかったらパルドの冒険者の可能性がないか? パルドの魔工ダンジョンはララちゃんたちによって先に討伐されてるわけだしさ」
「あり得るな。水晶玉をどこかで高く売るために誰にもバレないように討伐したのかも」
「私はノースルアンの人だと思うな。ボワールに行って大樹のダンジョンの冒険者と被ったら嫌だもの。それならラスに行くことを選ぶわ」
みんなの推察がたくさん聞けて面白いな。
この話を聞いてるだけでご飯が進む。
いい日曜日の朝だ。
「でも水晶玉を探してるなんて、もしかして魔力ヤバいの?」
「「「「え?」」」」
ティアリスさんの言葉にみんなの箸がピタッととまる。
そして俺が注目されることになる。
「いえ、魔力は大丈夫なので安心してください。別件で水晶玉を活用できたら便利だなと思うことがありまして」
みんなは力が抜けたようにホッとする。
「別件てなに? なにか新しいこと考えてるの?」
ティアリスさんは安心した様子を見せることもなくすぐに追及してくる。
本当に好奇心旺盛だな……。
まぁすぐにわかることだから先に言っておくか。
「ここからマルセールまでのトロッコあるじゃないですか? あれを隣の三つの村まで延伸することになりまして」
「「「「えぇっ!?」」」」
「「「「凄い!」」」」
みんなは驚いてくれたようだ。
トロッコの存在は知っていてもまだ乗ったことがない人がほとんどなのに。
「魔工ダンジョンの出現に備えてってこと? こないだみたいにメタリンちゃんとウェルダン君がダンジョンに入っちゃったら不便だもんね」
さすがティアリスさんだ。
まさに当初の目的はそのためだけだったからな。
「はい。ですが少し事情が変わりまして、一般公開することになったんです」
「「「「えぇっ!?」」」」
「誰でも乗れるってこと!?」
「あのトロッコが町中を走ったりするのか!?」
「どこ行くにしても数時間は短縮されるよな!?」
「馬車がいらなくなるな!」
ふふっ、あのトロッコの速さはみんなに知れ渡っているようだな。
「だから昨日知らない人がいっぱい来てたのね」
「えぇ。各村の村長さんたちが視察に来てたんです」
「でも隣村までとなると線路の設置が大変なんじゃない? なんか特殊な素材を埋めるんだっけ?」
「そうなんですよ。だから運用開始は数か月先になりそうですね」
「そうなんだぁ。…………でもなんで水晶玉が必要になるの? 魔力を蓄えておいてトロッコを動かす動力として使うとか?」
「……」
少し迂闊だったか……。
魔工ダンジョンの水晶玉を利用していることはまだどこにも言ってない情報だからな。
でもそれもいずれわかることか。
みんなは地上を走ると思ってるし、魔道ダンジョンのことを伝えておこう。
「実は……ん?」
「え?」
太腿をトントンと軽く叩かれた。
横を見るとウサギがすぐ傍にいるではないか。
「どうした? …………ふむ、わかった」
「なんて?」
「仕事の相談のようです。ではみなさんごゆっくり。魔導図書館もご利用くださいね」
「え……なにか言いかけたのに……」
そそくさとバイキング会場をあとにし、魔導図書館へと向かう。
ウサギによるとどうやらシャルルに俺を呼んできてもらうように頼まれたらしい。
ウサギをおつかいに使うなんてウサギをなんだと思ってるんだ。
というか日曜のこんな朝っぱらから図書館へ行ってるのか。
そしてウサギに連れられシャルルがいる訓練個室にやってきた。
軽くノックして中に入る。
「なにか用か? 日曜の朝食は冒険者のみんなとの大事な交流の場にしてるんだぞ」
「やっと来たわね! ちょっとそこで見てなさいよ!」
シャルルは人の話を聞く様子もなく、杖を握りしめた。
そしてなんと杖を振りかぶり左上から右下に勢いよく振り下ろした。
まるで斧でも振るかのようだな。
というより槍を装備してるときもあんな攻撃の仕方をしてたよな。
「ほらっ!? 見た!?」
「豪快な杖捌きだな」
「違うわよ! もう一度よく見なさい!」
なにを?
と思ってる間にシャルルはもう一度杖を振り下ろした。
「……あっ!?」
「どう!? 氷魔法よ!」
確かに杖の先からは氷が放出された。
とても小さな氷でゆっくりとした速度で空中を舞いすぐに消えたが……。
「……一応聞くけどそれカトレアの魔法杖か?」
「違うわよ! 正真正銘の普通の杖よ! あっ! 普通の杖だからこんな小さな氷しか出ないのね!」
「いや、それは違うと思うぞ……」
これじゃ初級攻撃魔法とすら呼べないよな。
コップにちょうど入りそう。
でもさっきのは間違いなく氷だ。
本当に魔法が使えるようになったんだな。
「どうせならもう少し精度が上がってから見せるもんじゃないか?」
「いいじゃない! 嬉しかったんだもん!」
初めて魔法が使えたらそりゃ嬉しいよな。
俺だって誰かにすぐ自慢したくなるかもしれない。
……まだユウナもララもジェマも家で寝てるか。
起きてたとしてもウサギに呼んできてはもらえないもんな。
つまりダンジョン内にいるのが俺だけだったから俺が呼ばれたわけか。
「あんなに杖を振ってよく真っ直ぐ飛んだな」
「そこはイメージよ! あの魔物に向けて放ってるんだもん!」
「それならわざわざ杖を振る必要なくないか?」
「試しにやってみたら出たんだから仕方ないじゃない! じっと杖の先に魔力を集中させてるだけじゃうんともすんとも言わないんだもの……。槍での戦い方が身についちゃったのかも……」
「じゃあ槍で突くイメージだとどうなるんだ?」
「突く? …………あ、出た」
「二~三個同時に出せれば製氷魔道士として働けるかもな」
「ちょっ!? ひどすぎない!? そのうちララの炎でも融けないような氷を出してみせるんだからね!」
なるほど。
ララの炎に対抗しての氷か。
しかも確か氷魔法ってレアなんだよな?
「あとでユウナにも来るように伝えとく。でもあまりユウナに自慢するなよ」
「わかってるわよ。杖への魔力の流し方や氷魔法のイメージを教えてくれたのはユウナだし。意外にあっさり氷魔法が使えて正直少し申し訳ない気持ちもあるもの……」
「それならいい。……ついでだし、シルバといっしょの訓練部屋で氷魔法の練習するか?」
「え? シルバ? あの子も練習とかするの?」
「もちろんだ。ウチの魔物たちは常に戦闘訓練を積んでるんだぞ。まぁシルバの魔法訓練の場合はまず環境に適応するところからだけどな」
「環境? ……面白そうね。案内しなさい」
ララとユウナにはまた特別扱いとか言われそうだな……。




