第二百三話 ソボクの悩み
マルセール駅の設置場所も決まったのであとのことはセバスさんたちに任せ、俺たちはダンジョンに帰ってきた。
バイキングの営業時間はすっかり過ぎてしまってるな。
「……まだ食べてるのか」
会議に出席した人たちはまだバイキング会場にいた。
「ここに来たのが十二時過ぎだと仕方ありませんよ。初見で一時間での攻略は不可能です」
攻略って……。
無理にいっぱい食べようとしなくてもいいじゃないか。
でもそれが食べ放題の醍醐味ってやつか。
気を遣わせても悪いから少し離れた席で食べようか。
今日は海鮮丼とアサーリの味噌汁にした。
「あ、さっき親父が言ってたんだけどよ、マルセールでもランチバイキングを始めようか検討してる店がいくつかあるらしいぞ」
「へぇ~。流行りそうだからもっとどんどんやればいいのに」
「でも食材が無駄になりそうな気がして尻込みしてしまうんだとよ。食べ放題なんだから食材切れは避けたいしな」
「ウチみたいに状態保存がかけられたり、自家生産ってわけじゃないもんなぁ」
「客が少ない昼だからこそやりたいらしいんだけどな。夜はなにもしなくても大忙しだし」
「なるほど。宿場町であって観光の名所があるわけじゃないから夜にしか人が集まってこないのか。なら隣の三つの村は昼時が一番客が多いのかな? まぁそれも今後変わるかもしれないけど」
マルセールから一番近いソボク村とは今まで乗合馬車で二~三時間かかっていたのが今後は十五分くらいに短縮される予定だ。
ボクチク村やビール村とも約二十分程度になる。
だから魔道列車の利用客はマルセールを含め四つの町村においてはどこも近距離にあるという感覚を持つと思う。
「ビール村は酒蔵の見学、ボクチク村は動物との触れ合いができたりしますからね。マルセールにもなにか名所か名物があるとお客さんも嬉しいと思うんですけれども」
「まぁそれはさすがに俺たちが口を出すことじゃないよ。セバスさんや町の人たちがどう考えるかだな」
マルセールがただの宿場町だからこそバランスが取れてる感はあるな。
ただソボク村は……。
王都との道の途中にあるんだからほかの村より人が多く来るのは間違いないだろうけど。
「あの」
「うわっ! …………ソボク村の村長さん?」
右横からいきなり声をかけられた。
向かいに座ってるメロさんは気付いてたよな?
それなら言ってくれよ……。
「どうかしましたか? とりあえずお座りください」
村長さんはメロさんの隣に座る。
自分が飲むお茶もしっかり持ってきてるようだ。
「お食事中申し訳ありません。少し相談したいことがありましての……」
「いえ大丈夫ですよ。あ、カミラさんたちにはお会いしましたか?」
「はい。みんなわざわざ挨拶に来てくれました。オーウェン君の仕事ぶりもそこのガラス越しに見させてもらいましたよ。とまぁそのことは置いといて、ソボク村のことなんですが……」
村長さんは村で抱えてる悩みを打ち明け始めた。
要約すると、駅ができたあとに村としてどう対応していけばいいかがわからないそうだ。
村は小さく、村民も少ない。
かといってなにか名物があるわけでもない。
店や宿が少なかったり、魅力がなければお客は全てマルセールに流れるおそれがある。
俺たちでも考えていたくらいだからソボク村の人たちは余計に懸念していて当然なのかもしれない。
マルセールはまだ宿場町として名が通ってる分マシなのかもな。
そんな中でもほかの町村と連携はとろうと、次期町長である息子さんは今積極的に交流中だそうだ。
確かに向こうに人が多く集まってるテーブルがある。
マルセールの副町長やビール村、ボクチク村の村長さんの姿も見える。
「魔道計画に参加しないという案もありますけど?」
「いやいや! それはご勘弁を! 魔道計画自体に不満があるわけじゃないんです! あまりの急激な変化に付いていけるかどうかが不安なんです……」
村長さんが大きな声を出すものだからみんながこっちを見る。
だがすぐに元の会談に戻ったようだ。
「ソボク村は発着点になるんですから、マッシュ村や王都パルド方面の乗合馬車、それに魔道列車の出発までの時間に駅近くの店には人が集まると思いますよ。少しでも早く王都に行きたい人なんかはマルセールよりもソボク村に宿泊するでしょうし」
「それはロイスさんのおっしゃる通りなんですが、今後はマルセールと比べられてしまいますからね。聞けばさっき会議に出席してたマルセールの代表の方たちはもう駅の場所や設置する施設なんかを決めてるんだとか……」
情報が早い……。
でも別に急いで決めたからって人が多く来るかどうかとは関係ないからな。
それに村内部のことに俺たちが関与すると色々面倒になりそうなんだよな……。
「ロイス君、真剣に考えてください。ソボク村の人たちにとっては死活問題なんですよ?」
「……あぁ、わかってるよ」
いや、わかりません。
だってそんなアイデアを俺たちが出していいのか?
村の人たちが村を乗っ取られたって騒ぎ出すんじゃないか?
ソボク村じゃなくてダンジョン村だとか思われたりするかもしれないし。
「オーナー、そんなに深く考えることじゃないと思うぜ? 単純に軽くアドバイスするだけだと思ってればいいんだよ」
簡単に言ってくれるけどそれならメロさんがアドバイスすればいいのに。
仮にも魔道列車の責任者なんだから、ソボク村側との相談事はメロさんの管轄だぞ?
「オーナー、俺には話を聞くことはできてもオーナーみたいなアイデアは出せねぇからな? というわけで村長さん、表向きには魔道列車全体の責任者は俺ってことになるからさ、一度村を訪れさせてもらうよ。そのときに村の中を案内してもらってもいいか? 駅の場所や施設のこともそのときに相談させてくれ」
「えっ!? あなたが全体の責任者!? それにわざわざ村まで来てくれると!? それはありがたい! 今日でも明日でもいつでもいらしてください!」
村長さんは隣に座るメロさんが責任者と知り驚いている。
会議のときメロさんはマルセール代表の席にいたからな。
というか結局そうなるのか。
まぁこんな相談はソボク村だけだろうし別にいいよな。
利益供与とかするわけでもないし。
村長さんは先ほどまでの表情とは打って変わって笑顔でみんなが集まる席へと戻っていった。
「メロ君、私もいっしょに行きますね。ロイス君も暇そうだったら連れて行きましょう。来週の火曜日とかどうでしょうか?」
「……火曜日は確か予定が入ってたはずだから無理っぽいな。残念」
「ロイス君?」
「…………行けばいいんだろ。わかったからそんな目で見るなって……」
それなら最初から暇そうだったらとか言わなければいいのに。
「でも俺が行くのはソボク村だけな。メロさんはビール村とボクチク村にも行って駅の場所や魔道プレートを埋める道を相談してきて」
「任せろ! 早速日程の調整をしてくるぜ!」
そう言ってメロさんは向こうのテーブルに割り込んでいった。
みんなから歓迎されてるようでなによりだ。
メロさんと交代でジェマがこっちに歩いてくる。
もちろんまだ変装中だ。
「お疲れ様です。父は来ないんでしょうか?」
「なんか駅のことで盛り上がってるみたいでさ。明日は休みって言ってたぞ」
「そうですか。では明日は家に顔出してみます」
家か。
シャルルが町長を辞めることになってパルドに戻るってなったらどうするんだろうか。
シャルルの母親には別の執事が付いたってことはセバスさんたちにもう戻る場所はないんじゃないのか?
執事なんて腐るほどいるって言ってたし。
もしそうなったらウチで働いてもらえるように言ってみようか。
こんな有能な人たちがいてくれたら増々のんびりできること間違いなしだ。
「ジェマちゃん、水晶玉の件はどうでした?」
「あ、はい。今その件についての報告をしようと思っていたところです」
「ノースルアンとラスの魔工ダンジョンの件? 水晶玉は見つかったのか?」
この大陸で俺たちが関与してない二つの魔工ダンジョン。
だいぶ前に討伐済みということを冒険者ギルド経由で最近知った。
俺たちの目的は当然水晶玉だ。
「いえ……どちらの魔工ダンジョンも水晶玉どころか討伐した者が誰かさえ不明だそうです。でもまずノースルアンのダンジョンが討伐され、その一週間後にラスのダンジョンが討伐されたことはわかっています。おそらく同一パーティによる討伐かと」
「そうか。時期的に魔工ダンジョンがそこに出現してすぐなんだよな? それなら俺たちと同じように魔王に対して危機感を持ってる人たちかもしれない。まさか水晶玉が目的ではないだろうからな」
この大陸にもそれなりの冒険者がいるんじゃないか。
しかも冒険者ギルドを通したりするんじゃなくて自主的に討伐をするとは。
まるで俺たちとそっくりだな。
「ロイス君、そのような方がいるのはありがたいことですけど、ウチには水晶玉が必要なんですよ?」
「誰が持ってるかわからないんじゃ仕方ないだろ。だから当分の間ここに駅は設置できないな」
マルセール、ソボク、ビール、ボクチクと四つの入り口が必要になる。
今手元にある水晶玉は四つだからウチが遠慮するしかない。
映像保存用の水晶玉をリセットし入り口として設定することもできるが、魔道列車でなにかあったときのために駅や列車の映像も残しておきたいからな。
「……まぁウチとマルセールの間は地上の列車でも困りませんしね。新規の冒険者のみなさんにも最初はここまで歩いて来てほしいですし」
……この前このことで少し揉めたからか今日はやけに引くのが早いな。
カトレアは俺がドラシーに水晶玉をいっぱい吸収させたことを今更また持ち出してきたんだ。
吸収させちゃったもんはもう戻ってこないんだからそれを言われてもな。
カトレアからするとそんな貴重な物を魔力に変換しちゃうなんてってことなんだろうけどさ。
カトレアからは何度かこのことを言われてるせいか俺は別になにも思ってなかったんだが、この前はたまたまララがその場にいた。
ララは吸収させるための水晶玉を王都の魔工ダンジョンまでわざわざ取りに行ったくらいだからな。
でもそれがなければカトレアたちがここに来てたかもわからないし。
というような話を俺じゃなくてララとしたことでなにか思うところがあったんだろう。
過去のことはどうやっても変えられないからな。
「……水晶玉のことは諦めましょう。ジェマちゃんは今日このあとどうされますか?」
むりやり話題を変えたな……。




